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皆の居る部屋から廊下へと出た私とリリちゃんは、十歩程ドアから離れてすぐそこに下へと続く階段のある所まで行き向かい合って立った。話し合いの場とはいえ、ただの廊下なのでおあつらえ向きに椅子なんて置いていない。そもそも椅子に座って悠長に話せるような話にはならなさそうだけど。

緊張している私と反し、リリちゃんに硬い空気はまるでなく穏やかな笑みさえ携えていた。ただしその目は心ここにあらずで、瞳に映っているはずの私の事さえ見てはいないような印象を受ける。

私が話を切り出す前に、リリちゃんが口を開いた。


「私こういうものにはあまり詳しくないのですが、そこのドアの閉めた時の隙間の無さはやはり防音なんでしょうか?」

「え?ああ、はい。シェドもそう言っていました」


さっき出て来たドアを指差されながら聞かれた。私はまるで世間話のような内容だったので普通に答えてしまってから、まさか音が聞こえたらまずいような事をする気なのかとハッとした。

でもナイフはナナちゃんが取り上げているはずだし、と考え直している間にリリちゃんがまた口を開く。


「先程私、ナナちゃんから少し遅れて部屋に戻りましたでしょう?」

「ええ、そうでしたね」

「その間にこの階段から落ちてしまおうかとも、考えたのですよ」

「……」


私は思わず声を失った。

……し、知らない間に死なれるところだったのか。

そうか、そうだよね。ナイフで二回自殺未遂していたからついそっちに気を取られていたけど、落下でも自殺は出来たんだった。


「私としては死なないでくださり嬉しいんですけど…何故、それはしなかったんですか?」

「だってそれだと、自殺ではなく他殺だと思われてしまうかもしれないでしょう?」


優しく説明してくれるリリちゃんの言葉に、私は虚を突かれた

……リリちゃんは、死にたいのではなく、"自殺"をしたい…?周囲から自殺だと思われなくては意味が無いと思っている…?いったい何の為に、何故。


「私は、自殺で無ければいけないのですわ。それが私も皆も幸せになれる最後の方法ですから」


そう言ってふわりと、優しくだけどどこか寂しそうに笑ったリリちゃんは、非現実的とさえ思えるような幻想的な美しさを纏っていた。儚さと、相反した強く揺るぎない意志の固さを感じるその姿に、私は思わず唾を飲み込む。

ナナちゃんの言っていた、考え方まで聖女という意味が今私にもわかった。リリちゃんの考え方は自己犠牲に偏り過ぎ、だけど心から皆の幸せを願っている。


でも私は、少なくとも私だけは絶対、そんな方法では幸せになれない。



「そんな事しなくても、私がそれ以上に皆を幸せとやらにしますから貴女は死なないでください!!」


何の考えもなしに啖呵を切った。それは思慮が欠けていようが、後付けで方法を模索して結果的にその通りにすれば構わないだろうという、馬鹿の叫びだった。

リリちゃんは突然の私の大声にきょとんとした後、わらった。それはまた自嘲だった。だから私は、返って来る彼女の言葉を聞く前から自分が失敗したと悟っていた。


「本当に、おかしな方。…いえ、らしいと言うべきなのかしら。貴女がどう考えられようが、今死ぬのが私自身も一番幸せですのよ」

「……どうして、望み通りにセス様と婚約し次期王妃となったリリアナ様は、全てが思い通りに行ったはずなのにそんなに生きるのが辛そうなのですか?」


私の言葉を聞いたリリちゃんは一瞬返答に詰まったように見えた。苦々しそうな表情の彼女を見るに、また私は言う言葉を間違えた気がする。

だけど私にはどうしてそんな顔をするのか解せない。何をどうしたらリリちゃんを救えるのか、まるで見えて来ない。


「ええ、貴女には…私がそう見えるのでしょうね。ですけど私、全て思い通りになんて行っておりませんわ」


リリちゃんが浮かべる笑顔はやっぱり自嘲だ。


「全て、何もかも、一つだって、思い通りに行かなかったから私はこうなのですわ」


リリちゃんの澄んだ紫色の瞳が泣きそうに揺れる。リリちゃんの言葉で、今まで私が彼女の事を決定的に何か間違えて認識してしまっていたのは明確となった。

でも腑に落ちない。だってリリちゃんは、王妃になりたくてそれからセス様とも結婚したくて、その為に私を嵌めたんじゃなかったのか?だって、それ以外私に嫌がらせを受けたと彼女が嘘を吐く理由は無いはずだ。だけどリリちゃんは一つも上手く行かなかったと言っていた。つまり、そもそもそれらは彼女の目的では無かったという事になる。

いやだけど、だとしたらリリちゃんは……私と同じく平民になりたかった?でもあのいじめの結末が貴族として身分を剥奪され平民に堕とされるという罰となるのは、ゲームを知らなければわかり得るはずがない。何より、私に嫌がらせをしている時の彼女の表情には確かに私への嫉妬があった。まさしくゲームのリリアナ・イノシーと同じように。平民になりたいという考えだったなら、私相手に嫉妬なんてしないだろう。

じゃあどうして…私は、何かを見落としている…?一体何を…?


「それは、どういう、」

「何故私が、大嫌いな貴女からの質問全てに懇切丁寧に答えてあげなければならないのでしょうか?」


今度は私が言葉に詰まる番だった。そう言われてしまっては、返す言葉も無い。リリちゃんは私に甘いシェドとは違うんだから。

……リリちゃんは自殺が一番自身も幸せになれると言っている。もしそれを一時的に止められたところで、私は彼女の不幸の要因を何一つ理解していないし教えてももらえないのに、どうにかするなんて出来るのか?ただ生きながら苦しむ時間を いたずらに増やすだけじゃないのか?

今死なせてあげた方が、もしかしてリリちゃんの為なんじゃないか?見送る事こそ、優しさなんじゃないか…?


だけど…私は、私、がーー



いやだ。私が、いやだ。

私は、わがままで、リリちゃんと違って自分の事ばっかり考えていて、だから、つまり、死なないでほしい。

これ以上、私に取り返しのつかない後悔をさせないで欲しい。だってきっと、私がもっと違う道を選んでいたなら彼女はこうはなっていない。

リリちゃんが本当は悪い子じゃない事を、私はゲーム越しによく知っていた。なのに自分が平民になりたいからと利用した。その結果、最後彼女が自殺するなんて、私がそんなの堪えられない。


「……どうして貴女が泣きそうな顔をするのかしら。優しいお方ですわね。知っていますけど」


違う。ちがうちがうちがうちがう、ちがうっ!!

皆、私を優しい人という事にしないで。優しいと、本当に優しい人に言われる度に心臓が刺されるように痛む。

私はシェドやエヴァン君やリリちゃんのように誰かの為には死ねない。自分の人生を犠牲になんて出来ない。


「困りましたわね、これでは……いえけれど、仕方ない話だと思いますわ。私がレディローズを思い通りに動かすなんて最初から出来るはずがないのですから」


憂いを帯びた諦観した表情でため息を吐いたリリちゃんは、私を労わるようにほんの少しだけ無理するように微笑んでから視線を逸らした。


「ではレディローズ、これにてお話はお終いに致しましょう。どうか、私が死んでも悲しまないでくださいな」

「待って。…待って、よ」


追い縋るように情けない声を出す私を置いて、リリちゃんは真っ直ぐ一歩二歩とドアへと向かって歩いて行ってしまう。私は第六感で、今止められなければリリちゃんが本当に死んでしまう事を理解していた。だからどうしても止めたいのに、止めなければいけないのに、その背中に私は何を言えばいいのかの答えが見つからない。

まるで被害者みたいな悲痛な顔で泣きそうになっている私の空気に後ろからでもあてられたのか、最後の最後にリリちゃんは少しだけ振り返り眉を下げながら声を掛けてくれた。


「大丈夫ですわ、レディローズ。貴女は主人公なのですから、悪役一人退場したところでまだまだ貴女の為の物語は続きます。幸せになれましょう」


"主人公"?"悪役"?…私の為の"物語"?


そんな訳がない。

今まで持ち得た全ての情報を統合しても、最後のリリちゃんのその台詞以外に、彼女が"そう"だと疑う要素は無かった。

だけどもし、彼女を止められる可能性がそこに一欠片でもあるのなら。


私はドアへと迷いなく手を掛けたリリちゃんに、この世界に来てから一度も口に出さなかった言葉を、最後の切れかけている糸に縋るような想いで口にした。



「ねぇ、リリちゃん、『救国のレディローズ』って知ってる?」


彼女の迷いなかった手が、止まった。

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