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もしかして私の取った行動や選択の全部が全部エルの思い通りだったんじゃないかという根拠の薄過ぎる漠然とした不安感から目を逸らし、私は笑みを作った。
作り笑顔でもうじうじしているよりましだ。偽りだろうが前を向ける。
「ニコラス様って、昔から大概フェリシア姉上に甘いですよね」
「…そうか?」
「そうですよ。まぁ俺としては都合良いですけど。俺は自分が死刑でも仕方ないって考えなんで、俺が死んだらフェリシア姉上の事よろしくお願いしますと今のうちに頼んでおきます」
「それは、前提のせいで了承し難い願いだな」
私の元義理の弟が、人が前向きな考えしてるすぐ前に来て遺言を残して来る。シェドがどんな考えだろうが私はシェドを救う気だけど、せめてそのやり取りは私の目の前じゃなく後ろでやってくれないか。前向いたら前方に暗雲なんて、テンションだだ下がるんですけど。
いやさっきまで私がニカ様と話していたからシェドがニカ様と話すなら私の正面に来るのは自然な話なんだけどさ。
「とりあえず処遇がどうなるにしろ、体裁的にも一先ず私達は拘束した方が宜しいと思うのですが」
一方、自分への拘束を提言する善の犯罪者エヴァン君。拘束なんてしなくても絶対逃げないだろうけど、そこは本人も言っているように王族や有力貴族の前で犯罪者を野放しにしておくのかという体裁の問題だろう。
しかしこの無駄に豪華なメンツの中で誰が一応危険と思えなくもない拘束をする係をやるというのか。
そんな時突如さっと手を挙げたのは、さっきまで部屋の隅でおとなしくしていたメルちゃんだった。
「じゃ、俺と俺の護衛でやっておきますね。この中なら身分考えると俺が一番適任だろうし。ニコラス様の護衛もあっちに行っちゃいましたしね」
問題行動はもちろん特に目立った言動もせず、だけど困った時だけ必要な事をさっとやってくれるなんて凄く助かる子だ。
というか、シェドとエヴァン君を除き女で拘束力の低い私も除いてしまうと、この中で身分が一番下なのはメルちゃんなのか…。銀行の役割をしていて公爵内でも一、二を争う最上身分なのに。このメンツ怖っ…。
「で、このフランスパン結局なんなんだよ」
今の私とエヴァン君の話を全部聞いても結局彼の中で今一番気になるのは部屋に落ちているフランスパンらしい隣国王子様。
私はどうやってシリアスっぽい空気を保ったまま、武器にしようとして取り出したけどナイフ吹き飛ばす為に投げて使用しました、というアホ臭い経緯を話そうかと悩みながら彼の方を見る。
ノラの片手には半分無くなったフランスパンがあった。要するに既に半分ぐらい食べ終わっていた。引いた。
「そんなに食べたかったんなら落ちてるもの食べなくても私のバッグの中にまだあったよ…」
「まだ持ってたのかよ、凄ぇな」
「あの話聞きながらフランスパン食べていたあなたの神経の方が凄いよ」
ゼロがノラの後ろでめっちゃ頷いて来る。苦労しているんだろう。かわいそう。
ところでフランスパンを飲み物無しで食べたら口の中パッサパサになるのでは?と思ったら、ノラはちゃっかり持ち運び用の飲み物ももう片手に持っていた。万全の準備態勢かよ、どういう事だよ。
「で、何で?」
「リリちゃんの自殺を止める為に投げた」
「おお!ファンキーな理由だな、いいぞ面白ぇ!」
何か知らないけどお眼鏡には叶ったらしい。別に叶わなくても良かった。
そう、こんな話は至極どうでもいい。それより戻って来ないリリちゃんとナナちゃんは今どうしているのか。私が様子を見に行くべきか。
悩みながらもリリちゃんとナナちゃんが出て行った、私がこの部屋に入る時に使ったドアへと戻ろうと身体を反転させると、丁度真後ろに人が居た。私は少し驚き後退り、それからそれが誰かを認識してぱちぱちと瞬きをする。
「フィー」
俺様殿下、セス様が真面目な顔で私を見ている。そういえばさっきまで無気力状態になって床にへたり込んでいたけど、どうやら立ち直ったらしい。
あー…結局セス様が何でああなっていたのかって、たぶん状況的に考えて、私のリリちゃんへの嫌がらせは嘘だったと決定づける証拠をエヴァン君に突き付けられて、自分が間違いを犯した事を心中で認めざるを得なかったからだと思うんだよね。
…この人俺様なだけで根が悪人じゃないから精神的に結構キツかっただろうな。少なくともゲームの中のセス様だと、婚約破棄の宣言をした自分に対して主人公が拒否して罪を否定してくれるのを信じていて「そう言ってくれると思っていた。なら俺もお前を信じよう」って台詞言うし。この現実だとどうかわからないけど、ゲームでは主人公の事を最初から疑っていなかったんだよね。
私が婚約破棄や罪をあっさり肯定しなければ、この人も今もっと幸せになれていたのかもしれない。
「今聞く事ではないのかもしれないが…お前は本当に俺の事を好きではなかったんだな?あいつの勘違いだな?」
え、あれ、そっち?!
不機嫌そうな顔で私を見て来るセス様。えー…なんかちょっとセンチメンタルな気持ちになっていたのに取り越し苦労?今気になるのは、私の好意の矛先?
「はい、そうですけど…」
「そうか」
今更嘘を吐いても仕方ないし、というかエヴァン君に対しての言葉を嘘だったなんて言える訳がないので正直に頷くと、セス様は何やら重々しく頷いた。
……ん?もしかして今のはセス様にとってそこまで重大な要素だったのか?もし私がセス様を好きだったとして話がどう変わるのかよくわからないんだけど。
「むしろ嫌いだった、か。言ってくれたものだ」
「はっ!あー、それはえっと、言葉の綾というかですねー…」
さっきまではエヴァン君に夢中で気がつきませんでしたけど、よく考えたら私普通に酷い事を言ってしまっていましたね。
セス様は性格が私と決定的に合わなかった。要するにほとんど相性の問題だ。だからこそもしセス様を傷つけていたらと思うと罪悪感が湧く。まぁそれでも幼少期に散々私を巻き込んで我が儘三昧をしていたのはセス様が悪かったし、嫌いになるのは仕方ないといえば仕方ない。
…ただ、私の場合はセス様より本当は精神的に大人だったしレディロをプレイしていたから、彼がそう振る舞うに至った背景とか心理とかそういうものも少なからずわかっていた。
だから、そこで普通に嫌いになるのも大人気なかったなと思う。理由が前世の兄とダブって見えたからやら理想の兄が居る事への嫉妬やら、そういう本人の問題ではない事も関係していたし。
「いい。それより、」
私がセス様にまで罪悪感を募らせている中、彼は少しだけ迷い考えるように俯いた後、何かを決意したように私を真っ直ぐに見た。
「自分が間違っていたとわかっていても、謝れなくて悪いな」
……それって、謝っているじゃないか。
でも、次期王様としては平民相手に自分の間違いを認め謝るなんて事は、いくら非公式の場でも威厳が無さ過ぎてしてはいけないんだろう。私だって正式な謝罪なんて殿下にされるのは重過ぎて拒否したいぐらいだ。だから、きっと彼の中でこれは謝っていない謝罪だ。
なら私もそれに乗ってあげるべきだ。だって私は心の底からセス様の事が嫌いな訳じゃない。いつか逃げる気だからと幼少期の彼を一切矯正する気無く流して来たのも私なんだから。
「この国の王となる方なんですから、それぐらい堂々と貫き通して頂かないとむしろ困ります」
セス様のそれは謝罪じゃない事にする。だけど私はあなたを許している。言葉とこの笑顔で伝わればいい。
セス様も少しだけ笑い返してくれた。その顔は以前より随分と大人びて見えて、きっと今この人も前に進めたんだろうなと思った。