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気持ちが先行して要領を得ていなく、自分で言っていても何に対して否定しているのか全く伝わって来ない否定の言葉を吐いた私に、エヴァン君は心配そうな顔をした。

私は少し落ち着こうと深呼吸してから、手を握ってくれているシェドを見て大丈夫と無理やり微笑み手を離してエヴァン君に向かって歩いて行く。血の気が引き頭から足まで冷え切った体は、自分のものなはずなのに死体かマリオネットでも動かしているようで足取りが覚束ない。


「全部、全部私のせいなの。エヴァン君は何も悪くない。エヴァン君は私に騙されただけなんだよ」

「…よくわからないんですけど、私の事を庇おうとしてますか?私は私のやりたい事を勝手にやっているだけですので、フェリシアさんが気に病む必要はまったく、」

「違うの!」


私はエヴァン君の前まで行くと即座にその場に膝をついた。そしておでこを床につける。要するに、最上級に謝罪の意を表す姿、土下座だ。


「ごめんなさい!!」


私は心の底から叫んだ。まだ私が何に謝っているのかもわからないだろう皆がざわめく声が聞こえる。

だけどそれに耳を傾ける事は無く、私はエヴァン君だけに集中していた。


「な、にしてるんですか…顔を、顔を上げてください!」


狼狽えた声音のエヴァン君の言う事に私は従わず、そのままの態勢で話を続けた。


「全部嘘なの、私あなたに嘘を吐いてたの。エヴァン君のした事は私の為なのに、全く無意味で無駄な事なの」

「あの、その嘘がなんだかは知りませんがそれよりいいから顔を、」


気配と声の遠近感からエヴァン君もしゃがんだのが伝わって来た。エヴァン君の手が私の肩に触れたけど、私は頭を下げたまま言葉を口にした。


「私は王妃になりたくなかったの」


エヴァン君の手が私の肩に添えられたまま、ピタリと止まる。


「自分を幸せにしようとする事だけで精一杯で、国を背負いたくなくてセス様とも結婚したくなくて家も嫌いで貴族で居るのも嫌で、だから私の我が儘で、望んで逃げ出しただけなのっ!!」


今まで誰に聞かれてものらりくらりとかわして口にせずに来た、自分勝手な本心を叫んだ。


「リリアナ様がしてくださった事は私にとってただただ都合が良かった。だから、私達は一度も話し合わずに意思疎通を図らなかっただけの共犯に近かったって、私は勝手に思っている」


リリちゃんが誰に対してもまったく悪くなかったとは言えない。だけど否定出来たのに自分の為にその嘘を否定しなかった私は同罪のはずだ。

むしろリリちゃんにも本心を話さず一部の人の視点では自分の方が本物の悲劇のヒロインのように思わせてしまったんだから、リリちゃんだって巻き込まれた被害者だ。さらにはそんな私の為にエヴァン君に罪を犯させた以上、リリちゃんより私の罪の方がよっぽど重いのは言うまでもないだろう。

こんなにも私を想ってくれていたエヴァン君に適当な嘘を吐いて、何も知らずに過ごして来た。その間エヴァン君が何を考え何をして来たかを、想像した事さえ無かった。もっと早く後ろを振り返ればきっと防げた事だったのに。


エヴァン君に肩を軽く押され、やや乱暴に無理やり顔を上げさせられた。その顔はさっきまでとは違い笑みはなく、真面目な顔で私の目をじっと真っ直ぐに見つめている。

怒っているだろう。そりゃそうだ。私はエヴァン君の真剣な想いに向き合わず馬鹿な事を言った。そのせいで、正義の善人としての行動を取ったに過ぎないエヴァン君は大罪人となってしまった。

エヴァン君はふと私から視線を外し、目を伏せ険しい顔で熟考するように動きを止めた後、また私を真っ直ぐに見て口を開いた。


「……セス・キャボット様を好きと言ったのも、嘘ですか?」

「…はい。むしろ嫌いなぐらいでした」

「……自分が犠牲になり周りを幸せにしようとしたわけでは、なかったんですか?」

「…はい。むしろ自分が幸せになる事しか考えていませんでした」

「……それで全部、貴女の思い通りになって、貴女は幸せに?」


三つ目の一番答え難い質問に、私は思わず言葉を詰まらせた。だけど答えないわけにも行かず、一拍置いて正直に答えを口にする。


「…はい、概ねは思い通りに。多くのものを犠牲にして踏み台にした事にも気付かずに、それでも平民として暮らしていた私は幸せだったと、心の底から言えます。…言えて、しまいます」


苦心の末に何とか言い切った。人を不幸せにしながら幸せだったと、そんな最低の事を。

エヴァン君はきっと今、こんなにも嫌な女に一目惚れして馬鹿な事をしてしまった事がわかり、やりきれない気持ちだろう。




「なら良かった」


だけど私の予想と反し、エヴァン君は穏やかに言った。


「貴女が傷つけられた訳では無く、今幸せに過ごしている。これ以上に嬉しい事はありません」


嘘を見抜くのは得意だ。エヴァン君は嘘を吐いていない。心から言葉通りの想いで笑っている。そこには一片の怒りさえない。どんなに目を凝らしても、見つけられない。



「何で怒らないの?!」


私はそんなエヴァン君の反応に、理不尽な逆ギレだとわかっていても怒鳴らずにはいられなかった。まったく自分の事を責めようとしない、ただただ私を想っている善の気持ちに、そうしないと自分の心が押し潰されそうだった。


「エヴァン君は騙されたんだよ?!私の為にそれが正義だって信じて次期王妃の誘拐なんて大罪犯して人生棒に振っちゃって、これだけの事したのに何の意味も無かったんだよ?!私が軽い気持ちで吐いた嘘のせいで!!」

「フェリシアさん、あのですね、それでもこれは私が…俺が勝手にしただけなんだよ」


ヒステリックに叫ぶ私に、エヴァン君は宥め諭す大人のように穏やかな否定をした。


「貴女を幸せにしたかった俺が、独り善がりに罪を犯した。貴女のその様子じゃ、俺に罪を犯させようなんて微塵も思っていなかっただろうに、俺が勝手に思い込んで先走って決めつけて、果てには貴女自身も今こうして巻き込まれている。貴女もただの俺の被害者だ」


もし。そう、もしかしたら、エヴァン君が一切自分は悪くなく全部お前のせいだと言っていてくれたなら、きっと私は少しはお前も悪かっただろうとエヴァン君が言ったような事を考えただろう。

だけどそれを貴方自身が言うなら、私にそんな言い訳は赦されない。私の免罪符にはならない。私がした事の重さは、変わらない。


「貴女に罪は一つも無い」


貴方の言う事はあまりにも優し過ぎて綺麗過ぎる。

エヴァン君は心から私に罪は無いと思っている。彼は私の真実を全てを知っても尚、望んで罪を被る気だ。


そんな…そんなの、納得出来るはずがない。


「私が誰かを踏み台にしても平気な顔して生きて行けるぐらい強いなら、そもそも救国なんてしなかった」


私が予言という虚言を使って救国した事は私の中で絶対に認めてはいけない事だったはずなのに、自然と口をついて出ていた。


「私のせいで、私の為に、私の知る優しい人が罪に問われるのを放っておける程、私は強くない!!エヴァン君とシェドが死刑になっても自分には無関係だなんて平気な顔して生きて行けない…二人がそれを望んでいたとしても、私は弱いからそんなの耐えられない…っ」


私の訴えに、エヴァン君はどうしようもない事をごねる子供を見ているかのような困った顔をした。いつの間にかエヴァン君の隣に立っていたシェドも似たような顔で私を見ている。


「フェリシアさんは優し過ぎますよ」

「参ったなぁ…こうまでなるなら、俺も何もフェリシア姉上には気づかせなきゃ良かったかも」

「まあ、時間が解決するでしょう」

「だといいですけどね」


二人はそんな、何でもないもう終わった話みたいに私の訴えを流す。

責められない事がこんなに辛い事だったなんて初めて知った。私を優しいと思うのは、二人が優しいからだ。私は優しくなんてない。優しかったら、周りの期待を裏切って嘘を吐き平民になるなんて事は出来ないはずだ。笑ってなんて過ごして来られなかったはずだ。


何とか、何とかしなければ。出来なくても…しなければいけない。

私が彼等のために出来る事は、シェドの話を聞いた時点でやろうと決意していた事と変わらないだろう。より、何としてでもやらなければならなくなっただけだ。


私は立ち上がり、真っ直ぐにこの場に居る一人の人に視線を向けた。


「ニカ様」


掠れた情けない声で名前を呼ぶと、ニカ様は黙って私を見返した。

この人はいつか私に、困った時に縋れと言ってくれた。こんな国が関わって来るような大事では話が別だなんてわかっている。

それでも、今この場で私が最も頼れるのは、助けを求められるのは、ニカ様だけだった。


「私を王様に、会わせてください。ただの平民でしかない今の私に減刑を願える程の差し出せるものなど無いとわかっていても、私は何もしないで二人を見送れません」


私一人の力じゃ、王様に会う事すら認められないだろう。初めて平民である我が身を悔しく思う。


「何に代えても、私は二人を救わなければいけない。私の、為にも」


ニカ様はエヴァン君に、私が納得出来た末での結末を迎えさせてやりたいと言ってくれた。だから、もしかしたら叶えてくれるかもしれないと思った。

この話は、私が悲劇のヒロイン気取りをするだけで終わらせてはいけない。


「平民が王様に、しかもいきなり謁見なんて、どれだけ無理な事をお願いしているのかはわかっています。ですが、どうか…!」


深く深く頭を下げ、強く願った。神様なんて居ないから、心の中までもニカ様だけに。



「ああ、他でも無いフィーの頼みだ。私が必ずしも君の望みを叶えよう」


了承をもらえた事とその優しさに、感動と安堵で涙が出そうになった。既のところで抑え込み、一度頭を上げまた深く頭を下げる。

――と同時に、あまりにも容易く即答され過ぎたそれに少しだけ違和感を感じてしまったのは、私がすぐに人を疑う汚れた心を持っているからなんだろう。

あっさりとした言葉が、まるでゲームの中のように予め決められていた台詞を返されただけのように感じてしまったのは、まだ私がゲーム脳を抜け出せていないからに違いない。

そうやって思い込もうとしている中、ふと、シェドの言葉が脳裏を過った。そうだ、シェドが言っていた。この件は俺が知ってる以上に誰かの思惑が絡んでる、と。整えられた舞台上に居る気分だ、と。


そういえば、私は結局まだ誰がエルだったのかを知らないままだった。

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