44
兎にも角にも、エヴァン君から直接考えを聞き出せるに越した事は無い。という訳で、私はまずエヴァン君に話し掛けた。
「色々、聞きたい事があるんですけど」
全然状況を理解していないのを隠しもせず言えば、エヴァン君は穏やかな顔で微笑みを返してくれた。
「フェリシアさんが知らない事は全部、知らなくていい事なんですよ」
話にならねぇ。
それで私が何も知らないままでも私が次期王妃に戻る嫌な危険性が皆無で、リリちゃんは死なないし晴れて王妃になって、私を取り巻く全てのフラグが折れてくれるっていうんならそりゃ、私だって知らなくていいと思えたわ!!何も知らずに不幸になる未来を許容出来るはずないでしょうが!!
エヴァン君は何でこんな事をして、リリちゃんは何で自殺未遂を二度も起こして、俺様殿下は何で無気力状態になっていて、それがどう、シェド曰く私が傷つく事と繋がって来るっていうの?!
…待てよ。そうだ、そういやシェドも部屋に入る前にフェリシア姉上は知らなくていいと言っていた。つまりはシェドも、その私の知らなくていい事である真実とやらを知っているはずだ。
「シェド、教えて。あんたも知ってるんだよね?」
「エヴァンさんが言わないって決めたなら、俺はフェリシア姉上の為にもそれを尊重するかな。その方がリリアナ様も喜ぶらしいし」
誰一人教えてくれない!
「…フィー、そいつがリリアナの誘拐実行犯なんだろう?なら一先ずそいつを捕まえていいか?」
ここに来て、ニカ様が至極真っ当な意見を。そういやこの人、私の前では王族なのに毎度平民のパン買って食べたりいきなり食材の押し売りしたりして来てたけど、比較的まともな人間だったわ。
しかし、ここで当たり前のようにエヴァン君を捕まえて…いいのか?私は、いいのか?
よくない。
シェドは知ると私が後悔すると言った。それはつまり、エヴァン君がこんな事を起こすまでに至った理由に私自身が絡んでいるからだ。恐らく、シェドと同じくエヴァン君も私のせいでこうなった。
「捕まえるって話してるのに、逃げる素振りも抵抗もしないんですね」
「言ったでしょう?私は死刑になって構いません」
「……私を、王妃にする為なら?」
「いいえ、貴女は私が起こしたバカな事件により、偶然王妃に戻るんです。リリアナ・イノシーという悪役が死んで、セス・キャボットの真の愛を取り戻す。よくある勧善懲悪のおはなしですよ」
私を王妃にする為、とは本人の口から言う気は無いらしい。だけどリリちゃんの言っていた事を信じる信じない以前に、今のエヴァン君の発言は"偶然"と言う言葉さえ抜かしてしまえば、完全にわかりやすく彼の望みそのものだろう。
何故彼はそうまでも、私を王妃にしたいんだ?
「ニカ様、すみません。我が儘だとは思いますが、捕まえるのはもう少し待ってください。私はエヴァン君と今、対等に話して聞きたい事があるんです」
「……」
ニカ様の反応が無い。やっぱり次期王妃を誘拐した相手を捕まえるのに待ったを掛けたのは色々まずかったかと、ちらっとニカ様を横目で窺う。
ニカ様は特に手や口を出す様子無く、腕を組み静観の姿勢になっていた。どうやら任せてくれるらしい。エヴァン君が大人しいのも理由として大きいだろうけど、私への信頼からだろうか。有難い。
だって私の目には、エヴァン君がどうしても悪い人には見えないのだ。
「…シェド、一つ聞いていい?」
「答えるとは限らないけど、どうぞ?」
「もしかしてエヴァン君の事も、私はシェドの時と同じで思い出して考えをこねくり回せばいいだけ?私は既に答えを導き出せる所に立っている?」
「…正解」
困った顔をしながらも答えてくれたシェドに、私は笑顔を返す。
成る程。さっきはシェドがヒントをばしばしくれた上でようやく答えを出せた。でも今度は直接ヒントはもらえなくてもシェドとの会話経験を持った上で考える事が出来る。そもそもヒントは、さっき交わした会話のあちこちに散りばめられていたと思う。
「シンキングタイムをください。その間誰も不審な行為はしないでいてくださると助かります。…特にそこの隣国王子」
「えー?俺、隣国王子が名前じゃねぇし」
「わかったから、ノラ!そこ黙って座ってて!」
王子に対し人前にも拘らず完全に犬に対してみたいな扱いをしてしまっているが、これはたった今ノラが落ちていたフランスパンを齧ろうとしていた事に起因するので私は悪くない。彼の威厳が落ちるのは彼自身のせいだ。その証拠に彼の側近というかお目付役…いやむしろ手綱係のゼロから感謝の優しい視線を感じる。
とはいえまぁ、落ちているパンを食べるぐらいなら、勝手に戦闘意欲むき出しのバーサーカー状態になられるより万倍マシだけど。
そんなどう転んでも問題児なノラに引き換え、借りてきた子ウサギのように部屋の隅に行ってちょこんと大人しくしているメルちゃんは癒しだ。たぶんあの子状況わからな過ぎて途方に暮れてるぞ。可哀想に。無事帰った暁にはちゃんと何だったのか説明してあげるからね。
さて。
私の今までの言動をエヴァン君が誘拐事件を起こすまでに至った理由だと仮定しよう。とするとつまり、私がエヴァン君との今までの会話やら関わりやらを思い返せばいいはずだ。
……いや、ほとんど関わってないよ本当に。乙女ゲーム『救国のレディローズ』のシナリオ通りに、たぶんエヴァン君は学園で会った主人公ポジションな私に一目惚れした。それは普段の視線やらクラスメートとして偶に話す本当にただの事務会話の中でも明白だった。だけど、そう、別に特別な会話をした事なんて無かった。
となると、やっぱり考えるべきは婚約破棄後にスワローズ家を追放された直後、私がエヴァン君と交わした会話なんだけど…私は何故だか、妙にこの時の記憶が曖昧だ。これにも何か理由があると思うんだけど…。
あ、そうか!私、あの時やっと俺様殿下や次期王妃の座や家から念願の解放をしてもらった喜びでスーパーハイテンションになっていたんだった!あー、そんなテンションだったんじゃそりゃ記憶も曖昧になるわ!そうだそうだ、そういえばスキップ通り越してコサックダンス踊ろうとしていたわ。…わぁ、凄くどうでもいい黒歴史まで思い出しちゃったよ。でもこれは確実にいい傾向だ。
「ニコラス・キャボット様、ここは俺を捕まえて終わりな話だと思うのですが」
「ああ。だが、フィーにも考える自由がある。私は出来る限り、彼女が納得出来た末での結末を迎えさせてやりたいんだ」
「…弟やあの女の危険より、彼女を優先させると?」
私が考えている間に、何だかエヴァン君とニカ様が不穏な会話をしていやがった。
確かに話の内容はもっともで、私が予め注意しておいた不審な行動ではないけど!やめて!今、私の思考がいいところなんです!
「私は私の意志を優先させているに過ぎないんだがな」
つまりニカ様の意志が、イコール私の自由意志だと。深読みすると色々考えるどころじゃなくなりそうなので、私はニカ様の今の発言を聞かなかった事にした。ナニモキイテマセーン。
そうそれで、婚約破棄で家を追放された直後の異常ハイテンションな私がエヴァン君に会った時の事だ。確かエヴァン君が突如私の前に立ち塞がって――
……?
……あれ、待てよ?あの時の私が異常ハイテンションだった?…これ、今まで全く気に留めて無かったけどもしかしてだいぶまずい事なんじゃないか?だってそれってつまり、私はその時普通じゃなくて、何なら正気の状態じゃなかったって事…になるよね?
待って。待って待って!誰も私を急かしていないし急かしているのは私自身だけだって自覚はあるけど、ちょっと待ってほしい。
私は正気じゃなかった。なら何かやらかしていても不思議じゃない。でも、かと言って特別におかしな行動を取っていたならさすがに後から気づいたはず。私はちゃんとあの時も完璧に演技をしていた。
なら、私はあの時――
ああそうだ、わかった。
私は、エヴァン君と会ったあの時…いつも以上、必要以上の、過剰演技をしたんだ。
「あ、ぁああ…そうだ、そうだよ私…。セス様に一生に一度の恋をしたなんて言って…涙ぐんだりもしたし…無駄に芝居掛かったいかにも悲劇のヒロインみたいな事を…っ」
私はその場に崩れ落ちるようにしゃがみ込んで頭を抱え、ぶつぶつと過去の私の言動を震え声で呟いた。こんなのリアルに頭を抱えなければこの場から逃げ出してしまう。
そう、あの時の私は正気じゃなかったゆえに、絶対もっと他に手段があったエヴァン君への対応を間違えた。しかもその間違いをさらに最悪な結果へと押し進めてしまったのが、シェドに指摘されよく私も自覚した、私のただでさえ上手かった演技力だ。
エヴァン君はたぶん、私の言った事を全て間に受けたのだ。
ちらっと顔を上げると、皆私を心配そうにガン見していた。
ですよね。いきなりこんな奇行しだしたら注目しますよね。今の私、コサックダンス踊ろうとしたのが目じゃないぐらいの黒歴史が掘り出されたような心境で穴があったら入りたいところなんだけど、そういう訳には行きませんよね。
だってそんな馬鹿な行動のせいで、恐らく全ては私の為にと犯罪にまで手を染めてくれてしまった人が今目の前に居るんだから。
私は震える足で立ち上がった。
「エヴァン君、あの、ね?間違っているならそれでいい。だけどこれがもし合っているなら、お願いだから肯定して欲しい。…私がセス様を好きって言って、最後にアナタの手を取らずいかにも悲劇のヒロインのようにお別れしたばっかりに……あれからずっと、リリアナ様に私がしたいじめについて調べた?」
足を震わせ手も震わせ声も震わせながら話す私に、エヴァン君は肯定も否定もしてくれない。いや、それはいい。欲しいのは、最後まで私が話した時点での真偽だ。
リリちゃんに私がしたいじめとは当然、正確には私がいじめをした事になっている嘘に過ぎない。さすがに多少調べた程度では証拠は出ないだろう。けど、詳細に調べたなら…さて、リリちゃんがどれだけ捏造出来ていてさらに捏造の証拠を残していなかったかは私にはわからない。
わからないけど、俺様殿下の決定的発言が大きいとはいえ私を婚約破棄までさせられる程の大事件を一人で起こして、綻びが全く無かったとは思えない。
エヴァン君の愛はぶっちゃけ相当重い。初恋だけで私を信じて追い掛けて来てくれて一緒に逃げようとまで言った程だ。彼の執念ならきっと、綻びまで辿り着けたと思う。
「そして集めた証拠を今披露して、リリアナ様に罪を認めさせセス様にもそれを聞かせて自分が間違っていたってわからせた。私を次期王妃の座に戻しセス様と私をくっつけて、全ては私を幸せにする為だけにこの誘拐事件を起こした。…違いますか?」
全部、全部が私の為で、私のせい。きっとこれが正解だ。だって真相を知っているシェドが、私を労わるように支えるように強く手を握ってくれた。この優しい私の義理の弟は、全部私が悪くても私の味方になってくれる子だから。
エヴァン君は私に向かって優しく、それはそれはどこまでも優しく笑った。
「違いますよ」
返答は確かに否定だった。それに私は泣きたくなった。
エヴァン君は全部自分が罪を被る為に、私を関係無い巻き込まれただけの第三者にして、いっそ私が何も知らないままに私の願いだけを叶えようとしている。
バカだな、純情一途なわんこキャラなくせに嘘なんて吐き慣れてないもの吐いちゃって。私がどれだけ今まで嘘ばっかり吐いてきたと思ってるんだ。それに前世の兄の外面のお陰様で、嘘なんて見抜き慣れてるんだよ?
私にとってはそんな下手くそな嘘じゃ、肯定にしか聞こえない。
「そうじゃ…そうじゃないんだよ、エヴァンくん…全部、嘘なの…っ」
シェドが後悔すると言っていた理由がよくわかった。それでも何も知らなければよかったなんて思わないけど、今の私は後悔に押し潰されて息もろくに出来ない。
私の考え無しな嘘のせいで、もう取り返しがつかない。こんなの、私はどうすればいいんだろう。
それでもどうにかしなければいけない。それによって何を失う事になったとしても。




