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ナイフから力無く手を離したリリちゃんには、傷一つ無かった。彼女は思い切り刺したのに。血が舞ったのに。

確かにリリちゃんを止める手は誰一人として届かなかった。物理的に届きようがなかった。"あの瞬間にこの部屋に居たと私が認識していた人間"では。


「思いっきりやりましたね、聖女様。自分の首なんですからもうちょっと躊躇しましょうよ。軽く手、貫通してますよこれ」


そう軽口を叩くように言うと、彼女は正しく貫通しリリちゃんの手を離れても尚床に落ちず自分の手に突き刺さったままになっているナイフを一切の躊躇無く抜き取った。栓が無くなり彼女の手からはさらに血が噴き出る。


「…ナナ、ちゃん?」


リリちゃんが放心しながら、本人に聞くというよりは自問するように言葉を零した。

この場に居るはずがなく、さっきまで私にはただの壁にしか見えていなかった隠し扉から突如飛び出したナナちゃんは、瞬時に状況を判断すると自身の怪我を省みずリリちゃんのナイフを自らの手で受ける事で自殺を防いでみせた。

ナナちゃんはリリちゃんへと笑顔を向ける。


「ええそうです、私です。何故手を出したかなんて聞かないでくださいね。私今とてもあなたに怒っているんですから」


そう言うと、ナナちゃんは急に笑顔を消し無表情となった。


「私の知らないところで勝手に死なないでください。迷惑です」


その声はどこまでも冷たく、突き刺さるつららのように慈悲一つなかった。自殺を防いだ事がまったくリリちゃんを想っての行動では無かった事を明白にするように。

心底迷惑そうな声音はいつも私が接して来たナナちゃんの ものとは到底思えず、だけど現実には確かにナナちゃんが言っていて、私は理解が追いつかず認めきれなくてただただナナちゃんの一挙手一投足を目で追っていた。

するとふと、ナナちゃんが表情を崩す。


「…ぁ。いえ、違います!嘘です!今のは焦ってたから思わずキツい言葉になっただけで本心じゃ…っ!撤回します!わ、私この前聖女様に何があっても絶対に助けるって言ったじゃないですか!ええと、そう、だから勝手に一人で死のうとした事に怒ったんです!そういう事です!」


必死に弁明するナナちゃんはすっかり元の口調と表情に戻っている。所々しどろもどろになるのも早く撤回しなければならない焦りで言葉が出ないんだとしたらわからないでもない。

それらが全てリリちゃんを見ながらでなく、上を向いて、まるでリリちゃんではない誰か別の人にでも弁明しているように行われていなかったなら、私はナナちゃんへの今まで蓄積されて来た信頼感から信じてしまっていたかもしれない。


いや、ナナちゃんの真意は一先ず置いておこう。事実としてナナちゃんはリリちゃんを自殺の手前で助けて、そのせいで今手に重傷を負っている。飛び散った分だけならまだいいけど、その手は現在進行形で血をだらだらと流し赤色が床を染め続けていた。


「ナナちゃん、出血が…!早く手当てしなきゃ!」

「そんなのどうだっていいよ!」

「良くないよ!!」


興奮のせいか痛みや血を気にしていないらしいナナちゃんが心配で思わず怒鳴ると、ナナちゃんはまた表情を消した。


「どうだっていいんだってば」


心の底からどうでもよさそうな声音と無関心な目に、言い返す事が出来なくなった私は閉口する。


「この危ないのは私が預かりますね」


ナナちゃんは黙った私から視線を外すと、手に持っている自らの血がついたナイフを弄ぶように触りながらリリちゃんに向けて宣言した。リリちゃんも状況に付いて行けていないのか、ナナちゃんの言葉への反応は無い。

その時ふと、私はナナちゃんが開け放った隠し扉の向こうが騒がしい事に気づいた。視線を向けると、ちょうどそこからぞろぞろと知った顔が部屋に雪崩れ込んできたところだった。


「いきなり全速力で走り出すんじゃねぇよバカナナ!こっちは道も知らねぇのに…って、何だこの状況」

「フィー!無事だったか!」

「お、なんか面白そうな事なってんな!」

「そう思うのはノラン様だけかと。王族の前で流血騒ぎですよ?」


メルちゃん、ニカ様、ノラ、ゼロの順で各々個性溢れるお言葉をくださった国の重要人物達に、まさかレディロの攻略キャラが全員揃う時が来てしまうとはと頭痛を覚えた。

ちなみにニカ様のあの物騒な護衛二人と、恐らくはメルちゃんの護衛である一人は黙っている。

騒がしくなった室内の空気をシリアスに戻すように厳しい声を上げたのは、意外にも隣に居た私の義理の弟だった。


「おい、何であんた等がその通路を通って来られる?それを知っているのは俺と両親だけのはずだ」


無言のまま、全員の視線がナナちゃんへと向いた。その意味は、どう考えても"そいつに聞け"だろう。全員が示し合わせて嘘を吐いているので無いなら、知っていたのはナナちゃんという事になる。

…何故ただの平民のナナちゃんが、辺境にあるとはいえ貴族のものであるこの屋敷の隠し通路を知っていた?

というかシェドの言葉から推測するに、此処は恐らくスワローズの本家である私の元実家に引き取られる前にシェドが暮らして来た家なんだろう。要するに家族しか知らない秘密の通路だ。それをナナちゃんが知り得ているのはおかしすぎる。


「そうだ、お前確か教会の…何でお前が、それにどうして此処に、」

「…ああ、誰かと思えば坊ちゃんか。だからどうでもいいんだってば。あれもこれもそれも、ナナにはどうだっていいの」


ナナちゃんは一切誰の質問にも答えてくれない。謎だらけで自分本位だ。

ん?あれ?ナナちゃんとシェドも知り合いなの?何で?地方の教会にシェドが行く用事なんてあるか…?

というか…ナナ?ナナちゃんって自分の事、いつもは私って言ってたよね?それに、ナナちゃんの本名ってナンシーだから私が勝手にあだ名としてナナちゃんって呼んでるだけで…いや、でもそういやリリちゃんとメルちゃんもさっきそう呼んでいたな。特に気にするべき点では無かったか?こう、ぽろっと昔の自分への呼び名が出ちゃっただけ?


「聖女様、大丈夫だよ。ナナが助けてあげる」


そんな事を考えている間にナナちゃんはリリちゃんに優しく微笑みかけ、リリちゃんはそれに対し細く声にならない悲鳴を上げていた。リリちゃん、ナナちゃんの事をこの場の誰よりも怖がっていないか?この二人の関係も何なんだ?

…呼び方からして、ナナちゃんの言っていた尊敬する聖女様とやらがリリちゃんを指しているのはわかったけど…ううん、でもそこからしておかしいな。リリちゃんは何でわざわざ、リリちゃんの家からも遠く平民街にあるあの教会へと幼い頃から定期的に通っていたんだ?ナナちゃんの話では、聖女様は毎月教会に来ていると言っていた。

それに、ナナちゃんが尊敬していたはずの聖女様に対して勝手に死なれると迷惑なんて言うのもおかしい。リリちゃんがナナちゃんに対して妙に怯えている理由も気に掛かる。


「フィーちゃん」

「は、はい…?!」


全く状況に付いて行けず目を回している私に、突如今やこの場の中心人物と化しているナナちゃんからお声が掛かった。私がびくりと過剰反応したのを気にした様子も無く、ナナちゃんはいつもと同じ純真無垢…に見える笑顔をくれる。


「ナナはリリちゃんに少し落ち着いてもらう為にカウンセリングってやつをして来るから、こっちは任せるね!」


演技?これが、十六歳の少女に出来る演技か?今の私のナナちゃんを疑っている目線ですら…兄と、そう、前世の兄のように外面がいいだけだと思おうとしてよく見ても、違和感が何一つ無い。こんな事は初めてだ。

全くに、この子が純真無垢にしか見えない。年齢を一先ず置いておいたとしても、これは偽り演じる大人の顔じゃないと私の経験が言っている。なのに状況が純粋な子供ではない事を歴然たるものとしていた。


――この子は、何だ?



「……任せられました」


内心の葛藤はともかく、ナナちゃんの言葉に私は同意と了承を込めた言葉を返した。

様子のおかしいナナちゃんとすぐ自殺しようとするリリちゃんを二人きりにするのは気が引けるけど、正直私の脳は処理能力の限界、許容量オーバーだった。

リリちゃんを気に掛けながらじゃエヴァン君からじっくり話を聞けなさそうだ。かと言ってリリちゃんを連れて逃げるにしてもリリちゃん本人が拒否して来そうだし。なら今の、リリちゃんを何とかは出来そうな不思議とオーラのあるナナちゃんに一時任せておいた方がまだいい。

懸念すべきは…この状況、ナナちゃんがめちゃくちゃエルの正体っぽく見えるし、私が見ていない隙にリリちゃんを洗脳するかもしれないって事だけど…今のリリちゃんでも私は既にわりと手に負えていない。むしろ私としても一人ずつと話させて欲しかったところで、ナナちゃんの提案というかお願いは願ったり叶ったりだった。


ニカ様の指示ゆえか、もしくはナナちゃんがエルだからか、ニカ様の護衛二人もリリちゃんとナナちゃんの後に続いて部屋を出て行った。

まぁ、戦力的にはエヴァン君一人対複数みたいなものだし問題無いだろう。全員が私の味方じゃないにしても、まさかノラだって面識無いだろうエヴァン君の味方はしないと思いたい。


私はお待たせ致しましたとばかりに、エヴァン君に向き直る。



「なぁ、フィー。あそこの下に落ちてるフランスパン、お前だろ?何があったらフランスパンが部屋の隅に落ちてる事になんだよ。めっちゃ気になる」

「後で教えるから少し黙っていてもらえますか、そこの隣国王子様」


ちょっと今シリアスな場面なのでノラは空気を読んで欲しい。元凶作ったのはそりゃ私だけど。

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