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平民最高。


私が平民になってから一ヶ月が過ぎた。望んだ暮らしを手に入れた後、私はなんだこんなものかなんて失望する事微塵も無く、毎日この幸せを神に感謝しながら平民ライフを送っていた。

前世の日本で暮らしていた私は当然平民で、それを当然と思っていたんだけど…こうして貴族から平民に戻る経験をすると、これがなんと得難い幸せだったのかと実感する。

日々生きる為の最低限の食べ物に困り帰る家も無く寒さに震える貧民や、戦争により傷つき傷つけられ傷つけて生きる人々に比べれば、どちらも同じとんでもない幸福とは言えるだろう。けど、不幸比べに何の意味があるのか。私は私が少しでも幸福になれる未来を選んだだけだ。

…それは嘘の上に成り立っているけど、でも恐らく俺様殿下と婚約したはずのリリちゃんは幸せなはずだ。俺様殿下だってレディロヒロインなら未だしも、根本的に性格が合わない私よりリリちゃんの方がいいだろう。両親は私に失望しただろうけど元々冷めた関係だったし、両親の幸せの為に私は犠牲になりたくない。一応今世の親だし、変に恨まれたくも無いから不幸にまではしたくなかったけど。エヴァン君は可哀想だったけど、私がエヴァン君ルートを選ばなければ結局彼は失恋なんだし、仕方ないと潔く諦めて欲しい。

誰も特別不幸にならない幸せな結末、これも一つのハッピーエンドだと私は思う。




「フィーちゃんは本当に楽しそうに働くねぇ」


私の現在のお勤め先、パン屋の店主ミシェルさんがにこにこと私を見ながら言った。

ちなみにフィーちゃんというのは愛称で呼ばれているわけではない。スワローズ家から追放された私は親からもらった名前を名乗る訳にもいかないので、前の名前からそう遠くなく呼ばれても反応出来るようになんて安易な理由でフィー・クロウと現在は名乗っているのだ。

ちなみに平民でファミリーネームがあるのはむしろ珍しいんだけど、生まれてから今まで貴族として過ごして来た私は所作が所々どうしても平民育ちらしくない。だからこそ、ファミリーネームを隠さず名乗ってちょっと訳ありな事自体は隠さない方がむしろ変に勘繰られないかなと考えた結果の、ファミリーネーム込みの新ネームだ。


「お仕事、本当に楽しいんですもん」

「お金の為に若い娘でも働くのは珍しかないけど、こんな意欲的な子滅多に居やしないよ。あんた雇って良かった」

「そう言って頂けて私も光栄です」


仕事自体も人間関係もこの通り至って良好だ。しかもその日余った美味しいパンももらえる。なんて最高の職場なのか。


「でもあんた、ちょっと太ったけど大丈夫かい?毎日あんな量のパン持ち帰って…どうせ廃棄だしそれは構わないんだけど、まさか全部一人で…」

「…し、幸せ太りなんです!大丈夫、今はまだちょっと浮かれちゃってるだけで、すぐテンションも体重も戻ります!戻しますから!」


私は冷や汗をかきながら必死に言い訳した。ちょっと太ってもがみがみ言って来る世話係やら嫌味を零す仕立て屋やらが居ないから油断して調子に乗っていたかもしれない。今日からダイエットしよ…。


「そうそう、フィーちゃんはせっかく別嬪なんだから体型管理は気をつけるんだよ。最初フィーちゃんを雇った時はあんまりにも綺麗な髪やら手やら仕種やらで、どこぞの貴族のご令嬢に見えたもんだよ」

「そ、そうなんですかー」


冷や汗が増した。ま、まぁ、そそそそれを見越してのファミリーネーム込みの名前だし、大丈夫!問題無い!はず!

しかし、そういえば長かった腰までのロングヘアを邪魔だし誰にも咎められないしと躊躇無くがっつりショートに切った時、オーバーなぐらい勿体無いって言われたっけ。


「ま、ご令嬢がこんな町のパン屋で幸せそうに働けるはず無いさね!」

「ですよねぇ…!」


すみません、嘘吐いて。でも私が実は元貴族の公爵令嬢なんて真実言っても誰も得しないと思うんです。嘘は時として真実より幸せなんです。リリちゃんの嘘のお陰で現在進行系で幸せな今の私のように。

こうして話がひと段落したところで店のドアが開けられた。私はさっと店員の顔となり笑顔でドアの方に身体を向ける。


「いらっしゃいま!……せー」


そこに居た人物は私のよく知る御人だった。


「此処にフェリシア・スワローズ嬢は居るか」


いいえそんな人は居ません。お引き取りください。

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