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「じゃあ、上に行くよ」


シェドから出された質問三つ全てに解答した私は、心に重い鉛を蓄えたように感じながらも階段を真っ直ぐに見ながら背後のシェドに宣言した。


「待って」


言うや否や一歩踏み出そうと足を上げたが、間髪入れずにシェドから静止の声が掛かった。足を下ろし振り返ると、シェドは苦々しい表情をしていた。


「手は出さないって言ったけどさ、俺口は出すとも言ったよ」


そうだったかもしれない。とはいえまぁ、シェドと話をして彼の考えを知った後ではシェドが私の不利になるように口を出すとも思えない。むしろ何か助言がもらえるかもしれないんだから、急ぎたいのは山々だけどここは一旦話を聞いてみよう。


「行かない方がいいよ」

「…どうして?」

「行ったらフェリシア姉上は、今よりもっと傷つくし後悔する。だから行かない方がいい」


真剣な言葉は嘘では無いだろう。けど、精神的にこれ以上私をどう苦しめるというのだろう。私のせいでシェドがこうなってしまった以上に、私が後悔する事なんてあるんだろうか。

いまいちピンと来ていない私に、シェドは尚も私を説得するように言葉を続けた。


「リリアナ様を助けるのなんて、別にフェリシア姉上がするべき事じゃないでしょ?二人の間にどんな事情があったかなんて知らないけど、フェリシア姉上がそうやって自分の身を危険に晒してまで助けに行くのって正直おかしいと思うよ」


まったくもって正論だ。私の事情を知らない、傍から見た時の正論だ。

リリちゃんと私は、いじめと婚約破棄の一件が起こるまで他人同然で、その一件にしても私が被害者で彼女が加害者というだけの関係。親しく会話を交わした事なんて一度としてない。私は彼女の事をちっとも知らない。

だから私の行動は第三者の視点では、そりゃおかしい。


「リリアナ様に何があったとしても、それを助けに行った殿下にしてもさ、因果応報だよ。フェリシア姉上が心身を削る必要なんて一つも無い」


もしかしたらリリちゃん自身も、それから俺様王子にしても、そう考えているのかもしれない。少なくとも私が助けに行くなんて誰も期待していないだろう。

だけど私は最初から全部知っていて、リリちゃんや俺様王子を幸せにしようとしたんじゃなく、ただただ自分が平民になる為だけに二人を利用しただけだ。二人はもっと別の、あんな後味の悪そうな婚約の仕方じゃなく普通に恋愛して婚約も出来た。少なくともレディロのゲームの中では主人公が俺様王子のルートを選ばなければ、リリアナと俺様王子は円満にご都合主義にくっつく事になっていた。

私は全部知っていたのに故意にリリちゃんに罪を犯させ、俺様王子を騙し間違えさせた。


「…私は、私からすれば、リリちゃんもセス様も私に巻き込まれただけの被害者なんだよ」

「ふーん。でもそう思ってるのはフェリシア姉上だけだと思うけど」

「だとしても、私は行くよ。助けるよ」

「何それ。正義感?…行かなかったって、誰もフェリシア姉上を責めないよ」


そうかもしれない。そうなんだろう。だけど私は、自分のせいで後悔する事はもう過去に犯した事だけにしたい。


「私が責めるよ」


今行かなかったら絶対私は後悔する。


「リリちゃんが居てくれたお陰で自分だけ平民になって幸せに過ごして来たくせにって、私が私を責める。私が行きたいから行くの」


これで私が行かなくてリリちゃんがもし死んでしまった日には、私は後悔に押し潰されてそれこそ本当の意味で死にそうだ。

私にとってリリちゃんは、本人にその気が無かったとしても私を助けてくれた天使や女神みたいな感謝してもしきれない子。今でもその考えは変わらない。

私にはリリちゃんを助けなければいけない理由があるし、リリちゃんを助けたい理由もある。それが他人に理解されなかったとしても。私の味方として私の為に止めてくれているんだろうシェドの言葉でも、行かない選択肢を選ぶ気は全くない。

あまりにも意志を揺るがせない私に、シェドの眉が下がった。


「…俺は、俺が知ってる分だけでも充分にフェリシア姉上が傷つくには足りると思ってる。だけどそれよりたぶん、この件は俺が知ってる以上に誰かの思惑が絡んでる。上手く説明出来ないけど、何か…おかしい」


さっきまでの断定的な言葉とは打って変わり、シェドの言葉は曖昧だ。


「整えられた舞台上に居る気分だ。俺はいい。誰の掌で踊らされていたとしても、俺は俺のやりたい事をやっただけだから構わない。けど、」


シェドの目が強く意志を持って私の目と合わさる。


「フェリシア姉上はわざわざそいつの望み通りの行動なんてしてやらなくていいと思う」


シェドの言っている誰かがエルなんだとしたら、これが全部エルの掌の上の遊びなんだと言いたいんだとしたら、私はそもそもそんな事わかっていたけど此処に来た。


「ごめん、それでも私行くわ」


シェドの説得にもあっさりと意志を覆さない意を示した私に、私の優しい弟は大きくため息を吐いた。


「…本当、強情だよね。何か策でもあるわけ?」

「無い」

「いいよ、わかった。俺も行く」

「ありがとう」


微笑むと、シェドは複雑そうな顔をしてさっさと私より先に歩いて行き階段を上って行った。私も慌てて後を付いて行く。

少し緊張しながら階段を上った先、三階は、今までの一階や二階とは構造が少し異なっていた。

階段からすぐにある壁と中央のドア。厳重で重く硬そうなそれらに私は嫌な予感がして、シェドの腕を掴み冷や汗を流しながらまさかと言葉を口にした。


「…ねぇ、この壁とドアもしかして、」

「防音だね」

「……」


ジーザス!くそ、ああ成る程ね!不気味な程に音が聞こえなかった訳だ!…つまり、この中で何が起こっていたとしても外には聞こえなかっただけだったと。

シェドは私に最初から此処には行かせたくなかったんだから、上を気にする私にそりゃこの事実を教えてくれた訳も無い。

私はますます強くなった不安感を押し込める為、肩に掛けている自分のバッグを開いた。


「ドア開けないの?」

「うん、開けるんだけどその前に」


私が取り出したもの…それは持ち運び用の為、直径は約十五センチと小さめだ。横幅や厚さは握り心地が中々良い程度。中々の硬度を持つこの明るい茶色の物質の名前はーー


「……パン、じゃないよね?それ」

「何処からどう見てもパンでしょ。フランスパン。何言ってるの」

「俺の台詞だよ。今この場面でフランスパンを鞄から取り出したフェリシア姉上の心情が全く読めないよ」

「こうなると持って来たパンが偶々フランスパンだったのは幸いだったよ。飲み物無いとキツいし持ち歩きには不向きだよなと思ってたんだけど、これなら硬いし、武器にもなるかもしれない」

「フランスパンで戦うとか正気?」


シェドが本気で心配そうな顔をしている。というか言葉通り正気を疑われていそうだ。でも私は正気です。

ところでこの世界にはフランスという国はもちろん存在していない。なのにパンの名前がフランスパン、なのはゲーム内で確かフランスパンという名称がニカ様ルートだったかに出ていたからだと思われる。こういう所から、この世界が偶々ゲームに酷似した世界だったのでは無く、私の前世暮らしていた世界有りきで存在している、ゲームから出来た二次世界だというのが窺える。緊張ほぐしの閑話休題。


「大丈夫、パンは運命を変えられるのよ。此処から先は万が一の為に手に持っておいた方がいいはず。もう一つあるけどシェドも要る?」

「…要らない。何でこうなっちゃったかなぁ」


シェドが深刻そうに頭を抱えた。シェドはこの世界におけるパンの運命改変力をまだ理解していないんだから仕方ないね。

私はフランスパンを右手に持って構えながら、真剣な顔で左手でドアに手を掛ける。


「開けるよ」

「あ、はい」


私はシェドにいまいち緊張感が足りないように見えるのを案じながらも重いドアを開け放った。

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