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二つの問題の答えを知ったところで、私は漸くシェドに出された三つの問題の傾向というか何が言いたいかが、薄ぼんやりとはしているもののどことなく見えて来た。
ただ単純に"フェリシア・スワローズは何故運命から逃げられないのか?"と考えるのと、先二つの解答を聞かされた上で考えるのでは、捉え方が変わって来る。思考のスタート地点が移動する。
よって、一先ず私がするべきは確認だ。
「これも前の問答に関係ある理由だったりする?」
「うん。思い込みが激しいのと周りをちゃんと見られてないの辺りにはだいぶ」
「……」
成る程。…酷評にへこむのは全部終わってからにしよう。
一番初めに三つの問題を聞いた時、シェドが話せるのは私と自分についてだけだと言っていた。
と、すると、だ。
「エルはこの問題への解答においては全く微塵も無関係と思っていい?」
「うん」
だよね。前二つの答え聞いてそんな気はしてた。
上階に居るのはエルだろうけど、恐らく私が全部エルのせいだと思い込んでいただけで、エルのせいじゃ無い事もたくさんあるんだろう。思えば私はエルという存在を知ってから、説明がつかない私に都合の悪い事は全部エルのせいに違いないと押し付けてしまっていた。
それはきっと一種の責任逃れだった。誰かのせいにして逃避すれば悩まなくていいし、心も楽だから。
「シェドは、ゲームを知っている?」
「ん?…質問の意味がわかんない」
「…ゲームって言ってわからない?私が運命から逃げられないのは何故かっていう質問をする時、初め、シェドは私の事をいつもみたいにフェリシア姉上じゃなく"フェリシア・スワローズ"って呼んだよね?それはゲームどうこうとは別の理由があると考えていいの?」
「うーん…わかんないけど、ゲームとやらは俺の解答とは何の関係も無いんじゃないかな?」
シェドが肩を竦める。
シェドかゲームをわからない、と言うなら一つ疑問が生じる。
"運命から逃げられない"の定義を、私は"ゲームのシナリオから逃げられない"という意味で捉えていた。私の運命を変えるという決意はゲームのシナリオを変えると同意義だ。
では、ゲームがわからないと言うシェドはどういう意味で運命という言葉を使っているのか?…本人に聞くのが早いな。
「…ゲームを知らないなら、シェドの運命の定義はどこから来てるの?」
「うわ、なんか難しい質問された」
シェドが露骨に顔を顰める。
しかし、難しい質問をされたと言うわりにはシェドはまたすぐに口を開いた。
「知らないよ。だから俺は、そんな難しい事考えて生きてないんだってば」
ああ、うん。答えを用意する気無い時点でそりゃすぐに答えられるよね。潔いね。
…だけど、知らないか。この言葉を私はどう捉えるのが正解だ?定義という言い方では答え方が難しいという意味か…あるいは。
あるいは、シェド"は"本当に知らないのか。
「この話は、私とシェドの話だったよね。なら、知っているのは私って事になる。運命を知っているのは…運命を決めつけているのは私自身で、そもそもそうやって私が運命の存在を肯定しているからこそ運命に縛られている。だから逃げられない。…これが解答?」
「え?ごめん、俺そんな広大な話してない。運命の存在を肯定…?」
また話がずれていたらしい。
くっ、わりと正解かなって自信あったのに!そもそも運命の存在肯定しているのが悪いって話なのかなって思ったのに…っ!
私がよっぽど悔しそうな顔をしていたからか、シェドが慌てたように言葉を続けた。
「あ、いや、うん。たぶんそれはそれで合ってるんだと思うよ?俺の知らない次元での話だったってだけで、それはそれできっと真理?なんだと思う。だけどその、肯定?された運命から逃げられない理由を俺は聞いてるんだよね」
気を遣われた。つらい。時々シェドの語尾が上がり疑問表現な話し方になるのが、私としては何言ってんだこいつと呆れられているような気持ちになる。…。
私は深呼吸して気を取り直した。
よし、一度考えを数歩前まで戻そう。例えば…そう、何故シェドが私をフェリシア・スワローズと言ったのかについて。
ゲームと関係無いんだとしたら、この言い方をした理由は…婚約破棄前のスワローズ家の家名を名乗っていた頃の私を指しているからか、もしくはあえて姉上ではなく客観表現をする理由があったか…?
話は私の思い込みと、人をゲームキャラフィルター越しに見ていた事に関係がある。
…待てよ?そういえば、もう体感では何時間も前の事のように思えるけど、リリちゃんと会って話す為にとニカ様の馬車に乗っているあの少しの間…ニカ様が、リリちゃんと私が会わなければならなくなった理由について、「それを話すにはまずは…フィー、いやフェリシアだった頃の君が私や彼女からはどう見えていたかのかを先に話さなければ――」と言っていて、続きを聞く前にリリちゃん誘拐事件が起こったから私は結局答えを聞けていない。
フェリシアだった頃…フェリシア・スワローズだった頃の私がニカ様やリリちゃんから…そしてシェドから、どう見えていたか――?
これを考えるには…もっと色々と思い出すべきかもしれない。
……そう、そもそも私が平民となって一ヶ月半そこらの時。ニカ様と私の交わした会話。
確か、私が自分の実際の能力は平均より少し上程度(に調整していた)と話して、それにニカ様はその通りだと明確に同意して――その後。問題はその後だ。
何故かその話の後にニカ様は私に…何だったか。思い出せ。…えーと、そうだ。自覚が無いのか、と聞いてきた。何の主語も無かったにも拘らず、「そこに関しては自覚が無いのか」と驚いたように聞かれた。
そしてニカ様が自分が今まで勘違いをしていた事と、私も勘違いしている事を言うだけ言って、そのまま説明されずに話を切られた。
私が思い込みやすい事と、ニカ様の言う勘違い。これって言葉のニュアンスが似ていないか?なら、関連があるんじゃないか…?
私は、無自覚で?
思い込みやすくて?
勘違いをしていて?
私の基本能力は平均より少し上程度なのに、そこは確かで同意されたのに、そこに含まれた無自覚とは――?
フェリシア・スワローズは人から、どう見えていた?完璧令嬢を演じていた私は、私とは――?
シェドに出されたこの問題三つは全て、恐らく私の自覚の無さに関係している。
「私、は…完璧令嬢のレディローズだった」
私はそう見せて来て、魅せて来た。
「主人公だった。そう、演じていたから」
私が演じていたのは主人公となる女性だ。
「私は、自覚していながら無自覚だった。私が演技が出来るのは当たり前だったから。その才能が抜きん出ている事を、当たり前の事だと思って来た」
誰も私に前世の記憶があるなんて知らない。私にとって当たり前の、前世の間日常的に続けて来た故に身についたこの抜きん出た演じる才能は、この世界の人から見れば――私が生まれながらにして持っている、まるで熟練のように違和感を覚えさせないとてつもない鬼才に見える。見えてしまう。
もしくは、この人生経験と歳でこんな演技出来るはずがないと思い込み本物と見紛う。
どちらにせよ優れた才能だ。放っておいてもらえるはずがない。
「私は、たぶんやり過ぎた。ゲームの中の彼女以上に、完璧にやり過ぎた。目立ち過ぎた。…演じ過ぎた。レディローズ、だった」
偽物は、時に本物を超越する。
ましてや、私はゲームの中で見た範囲の事しか知らない。私が演じた完璧が、本来の主人公の完璧の域を上回ってしまっていてもおかしくはない。
これは現実だ。現実とはつまり、些細な事から人の目も、感情も、心も、変化する。
「だから周りは、私を今も放っておいてくれない。これが…答え?」
私が逃げられないのはつまり、私自身の才能とそれを当たり前に披露してしまった私の無自覚のせいだった。
出来れば、気づきたくなかった。だってもう終わってしまった話だ。もう、演技は見せ付けてしまった後だ。やり直せない。
シェドが憐れむようでもあり慈しむようでもある、優しいけれど少しだけ苛立つ目で私をじっと見つめて微笑んだ。
「そう。正解だよ。フェリシア・スワローズはさ、フェリシア姉上が例えたように物語の中の主人公みたいなんだ。過ぎた才能は、人を惹きつけ過ぎる。波乱を呼ぶ。そんな才能持ちながら運命から逃げて平民になるのなんて、許してもらえないんだよ」
…だけど、嫌だ。私は平民で居たい。
自分で作り出した必然の運命だとしても、私はそれも変えて壊して切り開きたい。
そう思うのは、傲慢だろうか。




