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私と俺様殿下が屋敷の二階へと上ると、またも開けた構造の大広間に出た。そこからは探すまでも無くすぐ隣に三階へと上がる階段も見つけられたけど、少なくとも私はそのまま上がろうとは思わなかった。

二階大広間に備え付けられているソファーに座り、私のよく知る人物が此方を見ていたからだ。


「…字の些細な癖に微か見覚えがありましたから、そうではないかとは思っていました」


私の言葉に、彼は少し目を見開く。私も確かに、よく覚えていたものだとは思った。だって同じ屋敷に住んでいたにも拘らず私が避けていたせいで彼と私はほとんど会話さえ交わして来なかった。


「ですが、あなたでなければいいとも思っていましたよ。シェド」


睨むように元義理の弟の目を見る。シェドはその無表情は変わらないが目だけほんの僅かに嬉しそうに細めた。

まだシェドがエル本人かはわからない。けど、この場所で悠長にソファーに座っているぐらいなのだからリリちゃん誘拐に無関係という事は無いだろう。

…シェドでは、あって欲しく無かったんだけどな。何でって、だってこいつ公式でヤンデレキャラで監禁して来るタイプだし。敵に回したら怖過ぎる。


「…シェド・スワローズか。俺には貴様がリリアナを誘拐した理由も俺を呼び出した理由も見当がつかない。だが、」

「ああ、ちょっと待ってください殿下。罵り合いでも喧嘩でも殺し合いでも結構ですが、俺はただフェリシア姉上に用があったので協力しただけです。殿下は先に首謀者とリリアナ様をどうにかした方がいいのでは?」


腰に挿していた剣を抜こうとした俺様殿下を、シェドが淡々と諭す。シェドは本当に俺様殿下には一切用が無いらしく、階段を指差し煽るように軽く小首を傾げて見せた。黒色の前髪がさらりと揺れてシェドの目にかかる。

シェドの言葉を信じるなら、首謀者とやらが別に居るらしい。確かにその方がシェドの立場や誘拐の理由の見つからなさからして妥当だろう。そしてその首謀者は十中八九エルだ。


「…詳細は後で聞くが、共犯の時点で貴様も罪に問う事は確定している。覚えておけ」

「はい、覚悟の上ですから。それより早く行った方がいいですよ?リリアナ様、なんかそもそも俺やあの人が何かする前に勝手に精神やられちゃってるみたいでしたからね」


シェドの発言でリリちゃんへの私の心配が増したけど、私がここでシェドを無視して行く選択肢は無い。私がシェドを引き付けておこうという意味もあるけど…これは、エルのせいがあったとしても私が事前にシェドと向き合っていたなら避けられたかもしれない問題だ。だって私は元々、液晶画面越しにシェドの歪みを知っていたんだから。


という訳で私は残る気満々なんだけど、俺様殿下はそうも行かないだろう。最優先事項はリリちゃんを助け出す事だ。こんな所で足止めを喰らっている場合じゃ無いし、本人も護られる立場とはいえ私より戦闘能力が高い俺様殿下は上階へ行くべきだ。

恐らく俺様殿下も私と同じような事を考えたんだろう。かといって私を残して行く事に迷いがあるのかもどかしそうな険しい顔をする。

私は俺様殿下の目を見て頷いた。俺様殿下が舌打ちする。


「何かあったら大声を出せ。駆けつける」


小声で言って、俺様殿下は急ぎ階段を上って行った。

…横暴な態度が無ければ格好良いんだよな、セス様。王子様フェイスだし。綺麗な金髪が明かりに照らされ光る後ろ姿は、さながら正義の味方の勇者様だ。

…なら今だけその勇者様パーティーの仲間な私も正義の味方か。平民Aが勇者様パーティーに居るのってどうよ。

……あれ、もしかして今の私の状況って勇者に対して弱い仲間が、私に任せてお前は先に行け!!っていう死亡フラグしか立たない事しちゃった感じ?私死ぬの?



「…さて、邪魔者も居なくなったところで」


ソファーから立ち上がったシェドが、綺麗な姿勢と淀みない足取りで私の近くまで歩いて来る。私は気を引き締めた。


「久しぶり、フェリシア姉上」


それはまるで本当に偶々再会したかのような気安さで。無表情と平坦な口調のせいで感情が読み取り難い事を抜いても、前に町で会ったあの時と全然変わらない様子での挨拶だった。

私は苛立ちを覚えながらも、冷静さは失わないようにと深呼吸してからシェドに厳しい視線を向ける。


「…私に用があって、何故こうする必要があったのか、意味がわかりません」

「違うでしょ」


即座にきっぱりとした否定を受け、私は何を否定されたのかわからず訝しくシェドの目を見る。返された視線はまるで私を見通しているようだった。


「フェリシア姉上は、わからないんじゃなくて知ろうとしていないだけ。知る事を最初からせずに切り捨てている。でしょ?」

「…シェドが何故そう感じたかは知りませんが、それは間違いです」

「あはは」


シェドが笑った。私は目を見開く。

…シェドが、声を上げて笑う?いや、だって、ヤンデレとしては口元に弧を描く程度ならしても、シェドが素直に笑ったり泣いたり出来るのはシェドルートでトゥルーエンドを迎えた時…要するに彼の中で色々な想いにけりをつけてからのはずだ。

何故、今既に笑える?エルが何かした…?


「相変わらずだね」


すっと表情を消し去ったシェドに、私は内心動揺したままだったけど気持ちを切り替える。シェドにペースを握られたままで居るのは良くないだろう。

…けど、あまりレディローズとしては話したくない。きっとレディローズとして…演じた私で勝てたとしても、それは根本的な解決にはならない。もう、誤魔化して受け流して先送りにして表面上だけを解決していいレベルの問題じゃない。


「…私の事より、シェド、あなた自分が何をしたのか本当にわかってるんですか?」

「怒ってる?」

「…当たり前でしょう」

「あはは」


真面目な話をしているのに、シェドがまた笑った。私はまた怒りを覚え、そして今度はもうそれを押し込めない事にした。

片足を思い切り床に叩きつける。空間を破るように大きな音が広間に響き渡った。


「ねぇ、本気で腹が立って来るから笑うのやめてもらえる?」

「フェリシア姉上に怒ってもらう為にやってるんだけど」

「はぁ?」


私は思わず裏返った声を上げた。私を怒らせる為に、って…。


「ちょっと待って、まさかあんた私の事嫌いだから嫌がらせの為に全部やったなんて言わないでしょうね?」

「え?何言ってんの?俺はフェリシア姉上の事好きだよ?」

「はぁ?!」


きょとんと私を見返すシェドに、私は意味のわからなさを訴えるように大きな声と声音で抗議した。

こいつのどの言動を考えれば私を好きになるのか。私にパン投げられてヤンデレキャンセルされていた時にはまだ可愛げがあったのに、何でこんな子になった?エルのせい?あれもこれもそれも全部エルのせいか?!


「フェリシア姉上は難しい事を考え過ぎて簡単な事実を見落とす上、自分の事も全然わかっていないんだよね」


シェドを理解出来ないのは本当に私のせいなんだろうか?私は自分の事がわかっていないというのをニカ様に何度か言われているので反論し難い。簡単な事実って…いや、無理。ごめん、諦め早いだろうけど本当にわからない。

…ああでもこの手の話術は洗脳の基本なんだよな。事実と織り交ぜる事で他の事も全部本当なんだと信じ込ませる心理誘導術。私を混乱させる為かもしれない事は念頭に置いておこう。


「まぁ、俺は難しい事を考え無さ過ぎな気がするけど」


私は疲れを感じながらも、頭の片隅でいつかどこかで聞いた台詞だなと思った。

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