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とある馬車の中での一幕その二

平民の暮らす町中を、貴族の馬車が二台前後続いて走る。町民はそれに何事かと眉を顰めながら顔を上げ視線を向け、だがそこから聞こえる声に気づくと表情を和らげた。


「八百屋のおばちゃーん!あのね、馬車見なかった?!十分ぐらい前!どっち行ったかわかるー?!」

「あっちに行ったよ!」

「ありがとー!!」

「何の遊びか知らないけど、ナナちゃん怪我すんじゃないよ!」

「うん!」


前を行く馬車の開けた窓から響き渡る聞き慣れた修道女のナンシーの声に、町の誰もが快く言葉を返す。それに前方の馬車の持ち主であるメルヴィンは舌を巻いた。


「ナナは本当に人気があるんだな…俺の馬車からなのに全員簡単に答えてるぞ」

「人に優しく生きてますからね!まだまだ天国に行くには、足りないんですけど!…あ、商人のおじさーん!」


メルヴィンはナンシーの返答に憐れみを覚えながらも、今この状況で時間を掛けずにリリアナの行方を捜すにはこれ以上に最適なやり方は無いと考えていた。

ナンシーはフィーよりもこの町で暮らして来た時間が長く、また彼女の生き方の功績により町民からの信頼が非常に厚い。故に、フィーでは出来なかった馬車を使った方法で後を追う事が可能となっていた。

また新たな町民に声を掛け始めたナンシーに、この馬車に乗っているにはナンシーよりさらにイレギュラーと言える隣国王子のノランは笑い声を洩らした。それにもう一人のイレギュラー、側近のゼロは訝しげな視線で笑いの意味を問う。


「フィーといい、この国の平民は面白ぇな」

「二人共一般的な平民ではないと思いますよ。絶対」

「にしても馬車が狭いな」

「そうですね。ノラン様には相応しくない馬車です」


二人の会話を聞きながらメルヴィンは心底、だったら降りろよと思った。彼の立場上言うわけにはいかなかったが。

そもそもメルヴィンがこの二人を乗せる事になった理由も酷いものだった。ノランが迎えの時間になるまで馬車を呼べないがどうしてもフィーの後を追いたがり、馬車に乗せてくれないなら走って追い掛けると本人としてはただ本気でそのつもりなだけの宣言をし、そんな事を許せるはずも無いゼロがメルヴィンに向けて乗せなかったら殺すとばかりに睨んだのだ。公爵の中でも権限の強い一族のメルヴィンとはいえ、実質彼に選択肢は無く脅しに屈するしか無かった。お陰で馬車に乗れる人数が限られメルヴィンの護衛は一人しか乗せられ無かったのだから、彼は見事に貧乏くじを引かされている。

フィーの知り合いで町にはただ遊びに来たと言うノランとゼロに、メルヴィンはあの女碌な知り合い居ねぇなと内心脱力しながらも、どうせこの状況が変えられないならとナンシー相手にはしても無駄だろう話をする事にした。メルヴィンは上半身を傾け首を後ろに回し、後方に続く馬車を見て目を細める。


「ノラン様、ニコラス様の護衛二人についてどう思います?」

「どうって?」

「…俺には、国に雇われている立場でありながら次期王妃が目の前で誘拐されたというのに、いくら何でもあの様子は…まるで事前にこうなる事を知っていたように見えまして…」

「へぇ、俺はただどうでもいいだけに見えたけどな。それより強そうだし是非剣を交えてみてぇと思ってた」

「相談相手を間違えましたね、メルヴィン様」

「恐れながら正直俺も今そう思いました」


その返答から、戦闘狂で裏事情はほぼ考えず見たままありのままで感情的に思考し行動するノランという人物の本質を多少垣間見たメルヴィンは肩を落とし、今度は肩を竦めているゼロの方に向き直った。ゼロもメルヴィンに頷く。

ゼロの方もメルヴィンに言われずとも、ニコラスの護衛達には元より思うところがあった。


「私も彼等には不審感を抱きました。リリアナ様の捜索を出来る術でも持っているようでありながら、業務外だからと王族相手に命令をあっさり断ったあの態度はおかし過ぎます。あれで不審感を抱いていないノラン様の方がいっそおかしいです」

「おいゼロ。おい」

「俺、あの二人の事は前々から知っています。国の秘密兵器…双璧の死神です。そもそも俺には、彼等が何故ニコラス様個人の護衛を引き受けているのかからして疑問でして…何か企みのようなものがあるのではと、正直勘繰っています」

「死神?へぇ、あの身のこなし只者じゃねぇとは思ってたが、国の秘密兵器か…。…なんかそれエルみてぇだな」


愉しそうに彼等との戦闘を夢想したノランだったが、ふと思い立った類似した人物像に考えをそのまま口にした。そんなノランにゼロが冷や汗をかく。ノランは気軽に口にするが、エルの名はあくまで国家的重要機密である。

聞かなかったことにして欲しいというゼロの願いは届かず、メルヴィンはノランの発言に素直に疑問を抱いた。


「エル?」

「ノラン様の鳴き声のようなものです。スルーしてください」

「おいゼロ、もっとましな誤魔化し方無かったのか?つーかそれ誤魔化せてねぇぞ。おい」


メルヴィンはこれは聞いたら面倒事に巻き込まれそうだとは思いつつも、自分自身の性質を抑えられず追求の為に口を開く。メルヴィンは人間の感情、行動理念を知る事に常に貪欲だ。今の場合においては何故ゼロがそうも焦っているのかが非常に気になっていた。無論、エルの正体も。

しかしメルヴィンが声を発する前に、彼は思わぬ人物に邪魔される事となる。


「ちょっとメル様も格好良い人も側近さんも煩いので黙ってもらえますか?周りの声が聞き取り辛いです」


片頬を膨らませ正論を言うナンシーに、メルヴィンは思わず表情をを強張らせた。その理由は彼の好奇心が潰されたからではない。ノランとゼロの立場も知らず、いっそ二人の名前さえ覚えていないだろうと思われる旧知の少女が、そんな無礼な発言を放ってしまった事とノランとゼロの反応を恐れ焦っているのだ。

隣国のとはいえ王子が平民一人の首を刎ねるのに、理由なんて些細なもので充分まかり通る世だからこそ。


「お前…俺はまだしもこの方々を誰だと…」

「俺はむしろ平民にこんな態度取られるとか新鮮過ぎて面白ぇけど。格好良い人って言われて悪い気しねぇし」

「ノラン様がいいなら私も問題ありません」

「ああ…そですか…」


メルヴィンはノランの心の広さにほっと胸を撫で下ろした。ついでにナンシーが気絶から目を覚まし丁度その時に顔を覗き込んでいたノランに向け、咄嗟に叫んだ第一印象の言葉が格好良い人で良かったと思った。これが罵倒の意味の言葉だったら確かに笑えない状況となっただろう。ノランはともかくとして、ゼロの手により。

メルヴィンは赤髪に目つきの悪い三白眼を備えたノランの顔を盗み見て思う。自分なら絶対怖っ!と叫んでいただろうなと。


馬車は走る。屋敷はもう近い。

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