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昔、いや私が婚約破棄する前だったら、間違い無く自分から動く事はなく、私から近づいて行かない限りは階段上から私を見下ろしたこの態勢のまま話を始めたであろう何様俺様王子様なセス様だったけど、今の彼はなんと自ら階段を下りて来て私の前に立った。
彼にも私と会っていない間に何か心境の変化でもあったりしたんだろうか?もしかしたらリリちゃんが俺様王子を精神的に成長させてくれたのかもしれない。
「フェリシア…じゃなくてフィーか。あだ名で呼ぶような気分だな」
「……何故、私の今の名前がフィーだと知っていらっしゃるのですか?」
私が新しい名前を決めてから、私は一度だって俺様殿下と会った事はない。兄であるニカ様から聞いたんだろうか。それとも。
私の問いに、俺様殿下は最初階段上に居た時に見たのと同じ苦々しい顔をした。
…何だ?何かを隠しているような、触れて欲しくない事に触れられたような…。
「どうでもいいだろ、そんなの。俺に知られちゃ何かまずかったのか?」
「いえ決してそんな事は…」
…やっぱりこいつ、あんまり変わっていないかもしれない。この自分の基準で物事を判断しそれに従うよう威圧して言う事を聞かせようとして来るところ、全然変わってないや。
ノラは冗談混じりだしノリが軽いからいいけど、こいつは冗談抜きで人は自分の思い通りに動いて当然と思っているからタチ悪いんだよね…。
そもそも、私はこいつとこんな話をしたいんじゃない。話していてもどうせ私が苛々するだけだ。だからさっさと此処に居る理由や目的を聞き出したいんだけど…明らかに私だけじゃなく俺様殿下も不機嫌になっているからな。ソフトな話題で場を少し和ませてから質問するのが妥当か。
リリちゃんの事はもちろん心配だけど、この場で意味ありげに登場した俺様殿下をガン無視して先に進むのはさすがに無理だ。
「セス様、まだこのお守り持っていてくださったのですね」
私は見るからに空気を和ませてくれそうな、ついさっき階段から転がり落ちて来て今は私の手の中にある金猫のガラス細工を話の引き合いに出してみた。
なのに俺様殿下はまた苦々しい顔をする。何。何なんだよ、さっきから。いつもの自信に満ちたお前はどうした。
「お前に返そうと思って、持って来ただけだ」
わざわざ子どもの頃のちょっとしたプレゼントを…?しかもそれって裏を返せば、私がこの場所に来るのを知ってて俺様殿下も此処に来たって事だよね?
さっきから私への言葉がつっけんどんなのは、まぁ、私と俺様殿下の前の立場と今の立場を考えれば当然だ。それどころかもっと冷たい扱いを受けてもおかしくないだろう。
だけど、何だろう…やっぱり俺様殿下の私への態度に妙に違和感を覚える。
「…一応、お聞きします。貴方はエルですか?」
「……エル?予言士のか?何故お前がその名を…いや…エルに接触されたのか?」
違うらしい。
…ん?待てよ?エルの顔は王様ぐらいしか知らないんじゃないかってノラが言っていたけど、俺様殿下はもしかしてエルの事を結構知っているのか?…次期国王として考えると、王様の次に知っている立場でもおかしくはない。
そこから考え、今の発言も演技じゃ無いとすると…エルは、俺様殿下と私が婚約している間には、少なくとも彼の前で私と接触した事は無かった…?
……なら少なくとも、ニカ様は候補から外れるな。
「エルに接触は、間接的にはされていると思いますわ。恐らく私を此処に呼び出したのもエルでしょうし、リリアナ様を攫ったのも、」
「待て」
話を険しい顔で遮られたので、私も大人しく言葉を止め俺様殿下の発言を待つ。この殺伐とした時に難だけど、何だか昔を思い出してしまう。私達の間では、発言はいつだって俺様殿下が優先されていた。
「…エルが、お前を此処に?」
「いえ正確にはエルとは限りませんが…この手紙が家の前に置かれていまして、それからリリアナ様が攫われたのを追い掛けるうち、住所が近い事から此処に居る確率が高いと」
手紙を俺様殿下に手渡すと、それを読んだ俺様殿下の顔がさらに険しくなった。
「リリアナは、自室で療養しているはずだが?」
「それは私には何とも…ですが教会前に停まっていた馬車はリリアナ様のものでしたし、呼び出されたにしろ町の教会までは自らの意思で来たものだと私は思っていますわ」
俺様殿下の言葉を信じるなら、俺様殿下はリリちゃんが教会まで来ていた事からして知らなかったらしい。…婚約者なのに、知らないって。いくら何でも殿下の婚約者なんだからリリちゃんもそれぐらい立場を弁えて伝えてから行きそうなものだけど。
…ああ、でもそういえばリリちゃんと俺様殿下は不仲説みたいなのが噂として流れて来てたな。その辺かなり事実に近かったのかもしれない。
「女の考えている事はわからん」
私があれこれ推察していると、俺様殿下が手紙を突っ返しながらため息を吐き愚痴のような事を零した。私は手紙を受け取り肩を竦める。
「男も大概だと思いますけど…」
「男はわかりやすいだろ」
「わかりませんよ。今現在、セス様のお考えも私にはさっぱりですわ」
そう、違和感の正体はそれだ。こいつの態度がさっきら妙に私に対し気安い。真実が何にしろ、私がいじめなんてしている性悪女だったから俺様殿下は婚約破棄を突き付けて来たはずだ。そしていじめられていた側のリリちゃんと現在婚約している。
となると、やっぱり私に対しもっと冷たくなければおかしいし、全部実はわかっているならそれはそれで立場上私に謝れないまでももっと何かアクションがあるだろう。こいつは本当に何を考えているんだ?
俺様殿下はまたも苦い顔をする。その表情の意味が私には全然わからない。
「お前は…いや、だったら一生知らずに生きて行け」
結局突き放されて、そうされてしまっては立場上私はそれ以上の事を聞く事も出来ない。もやもやする。
「リリアナが攫われているんだったな。早く助けに行くぞ」
「はい…あの、セス様はどうして此処にいらっしゃったのですか?護衛も連れていらっしゃらないように見えますし…」
「ただの誰かの悪戯だ」
何だか勝手に迷いを吹っ切ったような顔をした俺様殿下が私をリードし始め、誰かの悪戯なんて私が納得出来るはずもない理由で話を切られる。
私の疑問を全く解消してくれない俺様殿下は、もう前だけを見ている。私は小さく聞こえないようにため息だけ吐いて、今はリリちゃん奪還に集中する事にした。全部終わってからもう一度聞いてみよう。…教えてくれんのかな、こいつ。
「…とりあえず、上階を探そうと考えているんですが」
「ああ、一刻も早く見つけ出すぞ」
私の事はいまいち気にしてくれないし会話すると苛立つとはいえ、真っ直ぐに目的の為に突き進む姿は…まぁ一応頼りにはなるだろう。見た目はいかにもな王子様だから様になっているし。そこそこは強いはずだ。一緒に行動しておきながら王子様を怪我させる訳にはいかない辺りが難しいけど。
「目的が何であれ、俺の婚約者を攫った時点で死刑だ」
真面目な顔で階段を上って行く俺様殿下の背中を見ながら私は、こいつのこういう所は格好良いんだよな、と微妙な気分になりながら後に続いた。
あくまでレディロのメインヒーローは俺様殿下だ。ゲームのパッケージでも中央に大きく顔が載っているしシナリオのボリュームもある。私が俺様嫌いフィルターを通して見ているせいで余計嫌な奴に思えるだけなんだろうし、引っ張って行ってはくれるタイプだから自分勝手さを許し偶に矯正しながらも支えてあげられる人ならいいお相手だと思いますよ。愛情深いし。まぁ、私はごめんだけど。