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道行く人という人にリリちゃんを連れ去った馬車の行方を聞いて走り続ける事二十分。

さすがに二十分も走ると段々と景色も知らない場所に変わって来た。もし隙を突いて助け出せたとしても土地勘の無い場所でリリちゃんを連れて逃げ出せるかわからない。だいたい馬車の行方だけ聞きながら一心不乱に追って来たから帰り道も曖昧だ。

息を切らしながら横目で住所の書いてある張り紙を見つけ、一瞥する。



――思わず私は足を止めた。


「…此処、って、」


死角から後頭部をぶん殴られたような感覚だ。私は思わず空笑いした。


成る程、そうか。『待っています』ああ…。


私が来ざるを得ない状況にするから、この住所に来てねと、そういう意味か。ふざけている。

私は怒りに任せて握り潰さないようにと一度深呼吸してからバッグの中に手を突っ込み、朝家の前に置かれていた手紙を取り出した。

手紙を開き書かれている住所を見ると、案の定此処からそう遠くない。この辺の事は詳しくないけど、完全にこのまま進めば着きそうな住所だ。

こんな事なら大人しく馬車で追い掛けた方が利口だったかもしれない…いや。


「…誰も信用出来ないんだから、むしろ一人で良かったのかも」


あの中に内心私をせせら笑っている犯人が居た確率は高いだろう。幸い、張り紙の住所と見比べるに距離はそう遠くない。地図が無いので道は怪しいが、道すがら住所の書かれたものを見たり人に聞きながら行けば徒歩でも問題無い。

私はもう一度深呼吸してから、また走り出した。まさかエルがこのお膳立てを不意にするようにリリちゃんに乱暴を働いているとは思えないけど、リリちゃんが目覚めていたとしたら誘拐されて不安じゃない訳がない。大して仲良くもない微妙な関係の私が行って安心出来るかはわからないけど、少なくとも周り全員敵よりは私が居た方がまだ気持ち的にマシだろう。

…私ってリリちゃんに甘いよなぁ。いや、全部押し付けて逃げた負い目ももちろんあるんだけど。私はレディロのゲームを通して、リリちゃんをもっと幸せに出来る方法だって知っていて選ばなかった訳だし。


疲れ切った身体から意識を逸らす為にも色々な事を考える。

そういえば、偶然にも私は今パンを持っている。出掛ける前にバッグに入れたはずだ。運命を変える魔法の食べ物。うん、思い込みだろうと少しは気が楽になるものだ。

思えば、今までパンには沢山助けられた。まさか私にとってこんなにも重要なものになるとは思ってもみなかった。何度この子に助けられて来ただろう。無事帰れたらパンを讃えるパーティーでも開――



ふと、思い出した。

見た事のある回数は少ない。けど。手紙の字は、私の知っている誰かの字と癖が似ていなかったか…?

人の字なんてそうそう記憶は出来ない。間違っているかもしれない。間違っているんだったらいい。…間違っていて欲しい。


だってもし、あの人が本当にエルでリリちゃんを連れ去った人物なのだとしたら――



やがて私が辿り着いた手紙に書かれた住所が示すこの場所は、貴族の家らしく大きな三階建ての屋敷だった。その門は不自然にも、お好きにお入りくださいとでも私に言っているかのように開け放たれている。

…馬を休憩させる場所なんかでは無く、見るからに敵の本拠地だ。しかも手紙の通り相手は私を準備万端で待ち構えている。

対する私は武器の一つも持っていなければ、ちょっと走るのが速いだけで体術なんて出来ない。しかも三十分も全力疾走して来たせいで体力的意味ではボロボロだ。

…これ勝てる要素あるんだろうか?


だからと言って行かない選択肢なんて、最初から無いけど。



私は屋敷を睨み据え、"レディローズ"の顔で足を踏み出した。

私は、完璧令嬢レディローズ。貴族の中でも一線を画した令嬢達の憧れの存在。強く気高く美しい、容易く折れない薔薇だ。

弱音は終わり。絶対勝って私の運命を切り開く。


屋敷のドアもやはりと言うべきか鍵なんて掛かっていなくて、少し重いが簡単に開け放つ事が出来た。

この大広間には視線の先真っ直ぐ正面の場所、二つの柱に挟まるような形で一つドアがあり、左右両脇には広い廊下が続いている。また、大広間の左右斜め前方には階段があり二階へと繋がっているようだ。

…この広い屋敷で何処に向かうべきか、と私は頭を働かせる。

ゲーム的に考えるとボスは最上階の一番奥の扉の先に居るものだ。もしくは地下。…でもこれ、RPGじゃなくて乙女ゲームなんだよなぁ。まぁ、まずは上かな。一階の小部屋に居るとは思えないし。


カタン。


考えが纏まり階段へと向かおうとした私だったけど、耳が、何かを落としたような音を捉えた。

次いで、カンカンコンというリズミカルな音と共に小さな何かが私の足下まで転がって来る。要するにそれは階段から転がり落ちて来たのだ。

その物質の正体を警戒し注視していた私は、それが何なのかに気づいた瞬間目を見開いた。


「……金猫」


親指程度の大きさの小さな金色猫の、ガラス細工。

…レディロのキャラクターは皆、ファミリーネームに動物の名前が組み込まれている。その中でも、猫を組み込んでいるキャボットの姓のキャラクターは二人居るから…公式グッズで、彼等は金猫と銀猫に分けられていた。

だから、私は昔…子どもの頃に、悩むのが面倒だからという酷くかつ安易な考えで、お守りにとこれをプレゼントした。


見上げた先、階段の上に居たのはやっぱり金色の髪を持つ見た目からしてまさに王子様という、乙女ゲーム『救国のレディローズ』におけるメインヒーロー様が居た。


「…フェリ、シア」

「お久しぶり、です…セス・キャボット…様?」


苦々しい表情で私を見下ろす彼に、混乱しなかったといえば勿論嘘だ。エルかどうかはさておき、此処に俺様殿下が居るだなんて考えてもみなかったから。

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