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強制休暇三日目。今日も早朝に自然と目を覚ました私はニカ様が置いて行った食材を使い簡単に調理して朝食を食べた。

それから何の緊張感も無く、暇だからお散歩でも行こうかなというお気楽さで昼食用のパン二つと少量のお金だけ詰めた安い布のバッグを肩に引っ掛け外に出た。

そうして家を出た瞬間、私は眉間に皺を寄せた。


家の前の地面に封筒が落ちている。


いや落ちている、という表現は相応しくないかもしれない。風で飛ばされないようにと上に石を置かれた、この平民が暮らす町には不釣り合いな綺麗過ぎるいかにも高そうな質の封筒は、明らかに故意に置かれたものだ。


「み、見るからに怪しい…」


罠ですという注釈が見えるかのようだ。

私は一先ずしゃがんで、封筒には触れずに観察した。

少なくとも表面には何処かの家の家紋が刻まれているという事はない。封筒のサイズはハガキが入る程度だし特に厚くもないから、普通に考えて入っているものは紙。そう危ないものをこのサイズの封筒には仕込めないだろうし、薄い刃物類なら警戒して開けさえすれば大丈夫。

しいて言うなら封筒事態に毒類が塗られているのだとしたら怖いけど、まぁ触った後粘膜に触らなければ死にはすまい。


私は意を決して封筒を手に持ち、中を開けてみた。

中身は予想通りで、封筒の一番スタンダードな用途通りに紙が入っていた。紙には文字が書かれている。

そこには此処から歩いて三十分以上は掛かるだろう、私が今まで行った事の無い場所の住所と『待っています』と書かれた文字のみ。


「え、果たし状?…行かないよ?」


私はきょとんとして、果たし状に向けて意味無く返答した。

誰が好き好んで罠丸出しな場所にのこのこ行くというのか。こんなの絶対どうしても行かなきゃいけない理由が無い限りは行かないわ。私、漫画でいじめの呼び出し展開を見ている時なんかも、行っても行かなくてもどうせ言い分聞いてもらえず集団でいちゃもんつけられるだけと相場は決まっているのに、何でわざわざ自分の時間削って自らより不利になる人気の無い場所に行っちゃうんだろうって疑問に思っていたからね。

私は手紙をバッグに押し込み、当初の予定通りに散歩を始めた。


朝の空気は冷たく澄んでいる気がして心地良い。

…しかし、やっぱり手紙はエルからなんだろうか?行ったら本人が待っていてくれたり…しないよなぁ。まともに私と話してくれる気があるなら、こんな意味深なやり方するとは思えないし。普通に会いに来るだろ。

でもエルが手紙を出したんなら、エルは私がこの手紙に対し行かない選択をする事さえ見透かしていそうな不気味な印象だったんだけど…何でこんな意味の無い事を?私の買いかぶり過ぎだったのか?


そんな私の違和感は、聞こえた蹄の音で頭の隅に追いやられた。

…馬?馬車、か?


聞こえた方向に視線をやると、確かに馬車、しかもよく見慣れたものが此方の方向に走って来ていた。

いつもニカ様が乗っている、護衛が二人だけだからか王族が乗るには少々小さめな、だけど見るからに豪華な馬車だ。


…何で、昨日の今日で?

私は思わず一歩後退る。急激に働いた第六感が、この後起こるだろう漠然とした何かを察知して頭の中で警報を鳴らしていた。

私は自分の思考が追いつくより先に、恐らく私の大嫌いな運命ってやつから逃げる為、向かって来る馬車とは反対方向へと全力で走り出した。

しかしもちろん人間の足では馬車とはいえ馬には敵わなかった。前世では速く走れた方だったけど、相手が悪過ぎた。恐らく数分も経てば追い付かれる。

このままではまずいと、私はやむを得ずあまり行った事のない狭い路地に入る為に一気に九十度走る方向を変え、馬車に背を向け――



瞬間、腕を掴まれた。


「なぁ、何で逃げんの?レディローズ」


私は目を見開き、早鐘を打つ自分の心音を聞きながらゆっくりと振り返る。

そこにはニカ様の護衛の一人が冷めた目で私を見ながら腕を掴んでいた。


馬車を見る。まだかなりのスピードで動いている馬車のドア部分は開いている。

…まさか、飛び降りた?でもドアはさっきまで開いていなかった。彼が飛び降りられたタイミングは、私が踵を返し馬車から目と意識を逸らした瞬間だけだったと思う。という事は飛び降りてすぐ腕を掴んで来た事になるはずで…なのにあまりにも、私の腕を掴んだその動きは優し過ぎた。

どんな身体能力と余裕を持っていたら、スピードの出た馬車から飛び降りてすぐのほぼゼロタイムで人の腕を優しく掴めるんだ。


「おいおいおい、らしくねぇぜ。そんな怯えた顔。あんたはもっといつも堂々と…って、それは俺の偏見か。あー、まぁとにかく逃げんなって。俺も逃さないのがオシゴトなんだよ」


こいつは、何の話をしている?私が堂々とした人物である偏見…?それは、私が今まで演じて来た完璧令嬢のレディローズのせい…?それともゲームの中『救国のレディローズ』に登場する主人公の…?


「…今日は、随分と饒舌なんですね。いつもは無口でしたと思いましたが」

「あーまぁ、あんたとはちょっと話してみたかったし?」

「単刀直入にお聞きします。あなたがエル?それとも、」


続けるはずだった言葉は目の前の男の殺気により呑み込まざるを得なかった。

鋭く凶暴な目が私を射抜き、貫き、それだけで攻撃されているような錯覚に陥る。


「おい、何であんたがその名前知ってんだよ。エル様の存在は機密事項で、そうでなきゃなんねぇのに…参ったな。どうするか。クソ、考えるのは俺の役じゃねぇのに。一緒に飛び降りろよあの敬語野郎。ばーかばーかうんこ」


見た目は物凄く怖いし殺気に私の脚は震えるものの、最後の罵倒が小学生並みなせいで私はどんな反応及び対応をすればいいかわからず途方に暮れた。

動物のように唸り声を上げていた男は、ふと後ろを振り返りため息を吐いた。


「…ちっ、時間切れかよ。まぁいい、この話はまた今度だ。いいな、エル様の事誰にも話すなよ」


見れば、ちゃんと町の人に迷惑が掛からないよう道の端に停められた馬車を降りたニカ様ともう一人の護衛が此方に向かって来ていた。逃げていたはずなのに私はむしろそれにほっとして、私を睨み脅すように言って来た男へこくりと頷く。

慌て急ぐように此方に来たニカ様は、気遣うみたいな態度で屈んで私を見る。眩しい銀髪に、私は咄嗟に目を伏せた。


「すまない、怖がらせたか?私もまだ時間があると思っていたんだがどうやら一刻を争うようでな」


早口の謝罪と心配そうな表情に毒気を抜かれ、私は咄嗟に逃げたのが申し訳ない気持ちになった。…すみません、なんか嫌な予感がしたものでつい。

どうやら昨日の今日で来たのにはちゃんとした理由があるらしい。じゃあニカ様はエルじゃない?

でも護衛の男がエルを知っていて口止めして来てるし、となると二人の主人のニカ様がエルと考えるのが妥当なわけで…。

だけどニカ様が近づいて来たらエルの話を中断するって事は、ニカ様はやっぱり関係無い?それともエル自身にも聞かれちゃダメな、例えば独断で私を粛清するとかそういう内容だった?

あぁあ、訳わかんない!結局どっちの確率もあるし、考えるのやめ!!


「…えーと、もしかして昨日仰っていらした本来の用事のお話でいらっしゃったんですか?」

「そうだ」


なら別に、そう警戒しなくていいか。内容に依るけど。

私はそっとさっきの護衛の男の一人に視線を移す。男はいつも通りの澄ました様子に戻りニカ様の後ろで黙って立っていた。そっちがそうならと私も今は無視してニカ様に集中する事に決めた。

私は用事の内容を問うようにニカ様の目を見た。…相変わらず美し過ぎるアイスブルーだ。あまり永くは見たくない。

ニカ様は逡巡するように一瞬目を伏せてから口を開く。



「フィー、リリアナと会ってやって欲しい」


私はぽかんとして、次いでその真摯な目から視線を逸らし考えを巡らせた。

…いやいや、ニカ様がエルにしてはちょっと直球過ぎやしませんかね?

そりゃリリちゃんと私を会わせるとエルは面白いだろうからそうなるように動くはずとは私も予想はしていたけど、こんな直球で頼む?てかお願いって形なのはどうよ?


「それはそのえーと…」

「戸惑うのは当然だ。だが、彼女の命が懸かっている。無論君が断るなら無理強いはしないが…」


何この人、良心に訴えかけて来てる?

これ、私がエルの存在知らなかったらニカ様を疑う事もないので、事情がわからなくてもリリちゃんの為に!ってオーケーしかねなかったと思う。

だけどちょっと待てよ。色々おかしいだろう。


「私とリリアナ様が会うのは立場上難しいと思いますが」

「場所は此方が秘密裏に用意する」

「リリアナ様は療養中と小耳に挟みました」

「恐らく君に会わないでいる方が今の彼女は危険だ」

「ちょっと意味が…命とか唐突過ぎて、その何故リリアナ様は…」

「彼女は、さすがにあまりにも…君という存在に縛られ過ぎている。首が絞まる程に」

「え、と、どうも穏やかな表現じゃありませんが…婚約破棄の件をそこまで…?」

「それもだが、それ以前にもっと深くだ。君自身にはわからないのだろうな。だが私にもわかる」


全然わからない。リリちゃんが私に縛られている…?婚約破棄の件ならまだわかるけど、それ以前にって…しかもニカ様も…?だいたい私、リリちゃんとは大して会話も…。リリちゃんが転生者でヒロイン枠の私に縛られているって話…ではないよね。だってそれならリリちゃんは婚約破棄の瞬間に私の言動がおかしいって気づいていないと変だし、ニカ様にもわかる話らしいし。

リリちゃんがエルだから私に会いたいと考えていると仮定するとおかしいから、やっぱりそれは無いと思う。リリちゃんはあまりにも舞台のど真ん中に立っていて、しかも話を聞く限りあんまり幸せそうじゃないようだし。たぶん彼女も私と同じで巻き込まれているだけじゃないだろうか。


「そもそもニカ様は、そんなに肩入れする程リリアナ様を好きでは無かったと記憶していますが…?」


ニカ様は痛い所を突かれたとでも言いたげに苦々しい表情で口籠った。


「…….少し、情が湧いた。彼女は私に似ている」

「わかりました、行きましょう」


気づけば了承の言葉が口を突いて出ていた。

もしこれがニカ様かエルか誰かの思い通りで掌の上で運命だったとしても、リリちゃんがニカ様の言う通りに本当に死んでしまったとしたら、私は後悔してもし切れない事になるんだから、結局最初から私に選択肢は無い。今の問答はただせっかくだから聞きたい事を聞いただけだ。


…というのは、真実ではあるけど言い訳でもあって。

結局、ニカ様がお人好しな事を私は前世からというより今世の子どもの頃一緒に過ごしたせい、またはお陰でよく知っていて、そんなニカ様に私は弱いんだよなぁ…はぁ…。

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