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ナナちゃんとはあの後は普通に楽しく会話し、何だか一瞬流れた不穏な空気なんて無かったのだと自分自身に言い聞かせて家に帰った。
すると、家の前になんか居た。
「……心臓止まるかと思いました」
「あ?何敬語使ってんだよ」
「…いきなり来るのはやめて欲しい」
三日前に会ったばかりなのに、当たり前のように私の家のドアに寄り掛かっている隣国の王子。暇なの?
いやいや、そんな事は無いだろう。ノラン…じゃなかった、ノラは、この態度とキャラに反して非常に優秀だから公務なんてぱぱっと片手間で終わらせられるんだろう。羨ましい才能だ。
私の心からの苦言にノラはケラケラと屈託無く笑う。
「来る前に何すりゃいいんだよ。手紙か?伝令か?んなもんプライベートでやる気になんねぇって」
その発想はおかしいと思います。親しき中にもアポを取る事は普通必要です。相手の都合を考え思いやりを持て。
だいたい、一番近くに居る教育係みたいな立場の奴がこいつのやる事を全肯定だからこんな自己中ゴーイングマイウェイな王子に仕上がるんだ。
私はそんな不満を内心に秘めながら、ノラの隣でただ黙って立っているゼロをちらっと見た。爽やかな笑みを返された。強そう。戦ったら私一瞬で負けそう。
「家のドアこじ開けずに待っててやったんだぜ?むしろ俺を褒めろ」
「……」
こういった俺様発言をまともに聞くと拒否反応で蕁麻疹が出かねないので、私は速やかに言葉を流した。
「入るのはいいけど、何のお構いも出来ないよ?」
「ん?お前が俺に構ってくれりゃ他は何も要らねぇけど?」
さらっと顔色も変えず恥ずかしい発言をするのはやめてください。正直怖い系の顔の人好きなんです。照れます。
自分の発言が殺し文句だという自覚一つ無いだろうノラに一々反応していても仕方ないので、私は咳払い一つで気持ちを切り替えドアの鍵を開け二人を招き入れた。
「なんかこの家いい匂いするよなぁ」
「やめて、嗅がないで。恥ずかしい」
わかりやすく犬のように匂いを嗅ぎ、しかもそれを口にさえ出して来るノラに私は仕方なく突っ込んだ。
物理的に。
具体的に言うと、テーブルの上に置いておいたパンを顔面に軽く押し付けた。とりあえずパン使っときゃなんとかなるだろと最近私は変な楽観思想になって来ている気がする。
「あ、これの匂いだわ。この家パンの匂いする」
ノラの言っていたのが全然かわいい感じの女の子っぽい匂いじゃなかった事が本人の口から明かされ、今度は何とも居た堪れない気持ちにされた。
パンの匂いがする家って、年頃の女子としてどうなんだろう…でも平民のパン屋で働く娘としては正しい気もする。せめて部屋の内装を、見た目的にもう少し…は、花でも飾るか?明日にでもその辺から摘んで来るか…?
ノラが椅子に座ってそのままパンを食べ、私が自分の女らしさの枯渇について悩んでいる間、ゼロはただ黙っていた。というかさっきからずっと話していない。不穏な予感しかしないので私はゼロに話を振ってみる事にした。
「今日は無口ですね。ご体調でも優れませんか?」
「いえ、そんな事は。ですがフェリシア様、ノラン様に常体で私に敬語というのは些か体裁が悪いので私にも常体で接してくださると有難いのですが」
「そう、だよね。だけど私平民なのでだったらゼロ様も敬語をやめてもらえると…」
「私の話し方は幼少のみぎりより誰にでもこうですので、ご容赦ください。それと私もノラン様のように呼び捨てでよろしいですよ」
うん、嘘。レディロでもヒロインに自分は常に敬語口調だって言っていたけど、後のイベントでヒロインとかノラとかの身分が高い人の前以外の格下貴族相手にはタメ口で高圧的なキャラだって事が判明するって私知ってるよ。本性はそっちなんだよね。
私の望みはあっさりと却下しておきながら続けて自分の望みはさらに追加して来る辺り、片鱗出てるけど。あの主にしてこの従者有りだよ。
「時にフェリシア様、リリアナ様が倒れられたというお話はご存知ですか?」
「……え?」
何の前触れも無しに突如告げられたそれに、私は一瞬思考を停止させた。それからすぐ心配と焦燥が湧き上がる。
「そ、れは、大丈夫なの?ご病気…?」
「噂ですが、そう大したものでは無いらしいですよ。疲労だそうです。一週間は療養のようですが」
一週間も療養するのに、大したものじゃないわけあるか。疲労って、疲労で倒れるまでって、リリちゃんはどんな毎日を送っているの…。ニカ様は何をしているんだ…。いや、最近ニカ様が来なかったのはニカ様もニカ様で忙しかったのかもしれない。事情も知らずあの世界から逃げ出した私が文句を言うなんてお門違いもいい所だ。
あぁあ、だけど心配だなリリちゃん。俺様殿下にはちゃんと優しくしてもらっているんだろうか。その一週間でちゃんと心身休められればいいけど――一週間…?
……あれ、おかしい。何か引っ掛かるな。
「あの、リリアナ様が倒れられたのって、いつの話?」
「三日前、ちょうどノラン様と私がフェリシア様にお会いした日ですね。それがどうかされました?」
「…その日から、一週間?」
「いえ、その翌日から、でしたかと」
二日前から、一週間の休み。
…それって、私と一緒だ。いや正確には私はその翌日である昨日からだから、違う。違う、けど。些細な違い過ぎる。
これは偶然?それにしては、出来過ぎている。整い過ぎている。
ナナちゃんは、皆事情と理由で生きていると言っていた。
ミシェルさんは、この一週間が正念場だと言っていた。
この妙に整った舞台設定は、まるで私と彼女を使って誰かが何かをしたがっているかのような作為を感じる。
…作為とは、誰の作為だ?もし私が今リリちゃんと会ったとして、誰が得をする?誰なら…面白いと思う?
運命に逆らいたいと私は常々宣言して来たけど…その運命とは、果たしてそれを作っているのは本当に神だったのか?
「俺がパン食ってる間に何難しい話してんだよ。もっと簡単な話しようぜ」
「…そうだね」
私は表情を作り、内心の溢れ出す焦燥に気づいていないふりをした。
この世界は、人為的に運命が操作されているのかもしれない。私の他に転生者が居て、そいつが世界を良いように回しているのかもしれない。憶測だらけだけど、そう考えると納得出来るぐらいに今までおかしい事が多過ぎた。
そしてきっとその私以外の転生者なそいつは、とんでもなく性格が悪い。陰でこそこそ人の運命をいじくっている輩の性格が良いわけが無い。
…二人が帰ったら、少し考えるか。運命に抗いたいならこ私はこの先きっといつかそいつと戦う事になるんだろうし。




