とある教会での一幕その二
聖女様は今日も、城下外れの町の中でも端にある教会で両手を合わせ目を閉じていた。
もう謝罪を繰り返す事は無い。日を追う毎に、霧が立ち込め視界を覆い尽くされているような感覚に陥っている彼女には、その謝罪が正しいのかさえもうわかっていなかった。
ただ静かに見えない縄が首を徐々に締め上げて行く錯覚を覚えながら、毎日を静かに過ごして行く。終わりまでを抗わず大人しく歩く。
「…お義兄様は、どうして今更あんな事を仰ったんでしょうね」
聖女様は哀しげに笑う。そこに含まれる複雑に混じり合った感情を彼女自身も捉え切れていなかった。それは嬉しく哀しく幸せで辛い事だった。
聖女様自身の人生と同じだ。
「ありがとうございます。今日も私は幸せです…神様」
彼女は笑顔で帰り際にするいつもの礼をした。
けれどその先もいつもと同じように真っ直ぐ去るかと思われた彼女は、毎度の傍観者である牧師と修道女の方を見ると動きを止めた。
いつも自分達は見えていないのではないのかという程歯牙にもかけず一瞥すらくれた事の無い彼女の行動に、パニックに陥ったのは純粋で感情の起伏が激しい修道女だった。修道女は彼女の目に自分が見えていない事は当たり前で、そうあるべきだとさえ思っていたからだ。
視線を落ち着き無く四方に散らし見るからに動揺する修道女に、聖女様は微笑みかけた。
「宜しければ、少しお話し致しませんか?」
「ぅ、へ?!ぁ、あぁあの、わたひ?!」
「はい、貴女ですよ?」
修道女は真っ赤になり、ゆっくりと近づいて来る聖女様に少しでも動揺を発散させるように手をまるで羽ばたこうとする羽根のように細かくばたつかせた。
「な、な、なん…っ?!」
「何故、ですか?…私、私達が生きているこの世界には、どうしようもない逆らえない運命みたいなものがある気がしているんです。私みたいなただの子爵令嬢にはどうにも出来ない、頭の良い誰かさん達が動かしている何か。そんな毎日に巻き込まれているだけなのに疲れて、だから…動かしていなさそうな…関係無さそうな誰かと、話したかったのかもしれません」
聖女様の話に、修道女は先程までの子供っぽい表情を消し顔を顰めた。それは話が長かったからか、それとも話が難し過ぎたからか、もしくはまた違った理由があるのか。それは本人と隣で聞いている彼女をよく知る牧師しか真実を知り得ない。
けれど、彼女がこの後返した言葉だけで判断するのなら先の理由の答えは二つ目なのだろう。
「……何を言っているのか、よくわかりません。私、馬鹿なので」
「ふふ、すみません変な話をして。私が言いたいのはつまり、貴女と話したいのはなんとなくってただそれだけという事です。いかがですか?」
聖女様の柔らかく可愛らしい微笑みに、修道女は年齢より些か子どもっぽい天真爛漫な様子に戻りパッと顔を明るくした。
「喜んで…っ!!」
聖女様は修道女にとって憧れの存在なのだから、この答えは当然だった。
「何度も会っているのに私達、自己紹介もまだでしたね。私の名前はリリアナ・イノシーと申します」
「わ、私はナンシーです!ナナでいいですよ!」
聖女様であり、次期王妃であり、リリアナ・イノシーという名である彼女は露とも知らない。彼女はこれまでの自分がしてきた選択は未だしも、今の自分の選択に関しては何一つ疑っていなかった。
今この時でさえまさに、運命の悪戯に巻き込まれている事など、思ってもみなかった。それが幸運への導きなのか不幸への落とし穴なのかは定かでは無かったが。
三人称なのにタイトルがside ○○というのもおかしい気がしたので、三人称タイトルはとある場所での一幕の表記に統一しました。




