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ヒロインの名前は自分で決めるタイプでデフォルト名…要するに予めゲームに入力されている名前が無かったから、最初私は生まれ変わったこの世界が前世で私が好きだった乙女ゲーム『救国のレディローズ』…通称レディロの世界だなんてまったく疑わなかった。
精々外国人のしかも超金持ちな家に生まれたのに驚いたり、スワローズって珍しい家名だなぁと思ったり、言語や書き言葉が何故か日本語な事に私としては馴染んだものをそのまま使えていいけど変な世界だなぁと思ったりしたぐらいだった。
…だけど、そう、私は前世で今自分が住んでいる世界、また自分や周囲の幾人かが登場する乙女ゲームをプレイしその記憶を持ったまま生まれ変わったというとんでもない令嬢だったのだ。
そんな私は五歳までの間に、両親には全く会えない上視線言動その他諸々で自分が愛されていないし道具としてしか見られていないのもわかってしまっていたし、望んでいない贅沢の対価に貴族の義務を押し付けられるのも嫌で堪らなかった。この時点で既に家から逃げたいとはいつも思っていた。
この世界の事に漸く気付いたのは私が五歳の時。勝手に親に決められた婚約者の、俺様殿下ことセス・キャボットに会った時だ。当然二次元な見た目では無かったし五歳だったけど、彼はもうモロで見た目も中身もレディロのメインヒーローだった。
ちなみに私は俺様な性格には前世の兄のせいで激しい拒絶反応があるので、前世でレディロをプレイした時も一応ハッピーエンド、ノーマルエンド、バッドエンドの三周だけしてそれ以降は俺様殿下はスルーした。いやちゃんと全ルートやってんじゃねぇかと思われそうだけど、他のキャラのルートは軽く二桁はやっていたので察して欲しい。こいつただゲーム自体のファンとして一応目を通しただけなんだなと。
さて、俺様殿下と婚約しこの世界をレディロと認識し、俺様殿下なんてごめんだわと必死に避けようとした私だけど、名前だけの婚約ですとは残念ながら行かず仲良くなるんだぞと言わんばかりに殿下と二人きりにされ放置される事が多々。親から愛されていないとはいえ、自ら殿下に無礼を働いて両親から叱咤折檻されるなんて絶対に嫌だったし、中途半端に婚約破棄だけされ家で肩身の狭い思いをしながらも縛り付けられ、挙句自分より二回りも歳上の悪評高いロリコン男と無理やり政略結婚なんてさせられたくは無かった。
だけどそんな私の思考なんてつゆ知らず、俺様殿下あの野郎は俺様我が儘三昧を思う存分発揮しやがり、大人の余裕を合言葉に穏やかに微笑む私を何度キレさせかけた事か。もし同程度の身分差だったら一日三回はぶん殴っていた。心の中ではやっていたけど。
一応注釈させてもらうけど、私は別にキレやすいわけじゃない。無駄に顔の素晴らしくいい殿下のイケメン補正が俺様への忌避感により丸ごと消され、全く効かないだけだ。
そんな私の天敵である婚約者。そしてそれと結婚させられるからと厳しくなる教育。望んでもいないのに妃なんて責任と重圧にも耐えられる訳が無い。
婚約者は心の支えとなってくれそうな気がまるでしないし、むしろストレス倍増で倒れそうだし、親からの精神ケアも期待出来ないし、そんな不安と嫌悪だらけで勉強にも身が入る訳がないし、王妃になりたくないし、婚約者嫌だし…。……無限ループの嫌嫌嫌に取り憑かれた私は、何としてでも逃げようと決意した。
それが六歳の時…今から十年前だ。
どう平和的に、自分に出来る限りの負担無く婚約を解消し、家から逃げ出し生きて行くか。
なんと、その方法も手段も最初から私は知っていた。真剣に泣きながら考えた六歳児は、それに気付いた。
レディロのゲーム内で主人公が殿下ルートのハッピーエンドの時に、悪役令嬢リリアナ・イノシー嬢に課せられる事となる、家を追い出され平民にされるその終わり方は正に今の私の理想そのものだと。
しかも!願っても無いことにこのストーリーなんだけど、リリアナは殿下が好きだからと婚約者である主人公、つまりは私が気に入らず嫌がらせをしまくる。それに対し主人公は私はそんな事をやっていませんわと否定し続け、健気に直向きに立ち向かい、見事殿下の信頼を勝ち取り逆にリリアナの今までの嫌がらせや虚言が発覚し、リリアナが罪を暴かれる。
これはつまり、私が否定せず全肯定しちゃえば、リリアナの立場にそっくりそのまま私がなれる可能性があるという事だ。
それに気づいた瞬間大興奮した私は、それからの俺様殿下の我が儘三昧にも王妃教育にも冷めた生活にも重圧にも耐えた。耐えて耐えて、学園に入学し愛しの悪役令嬢、いや私を助けてくれる天使令嬢リリちゃんを一目見た瞬間恋に…は落ちなかったけど嬉し過ぎて泣きそうになった。俺様殿下との日々により鍛えられた表情筋がほぼ自動で優雅な微笑みを作ってくれていなければヤバかった。
もうね、リリちゃんが嫌がらせして来る度にこれが私の幸せへの軌跡かと思えて本当に嬉しかった。
リリちゃん、自分が殿下にどんな嘘を吐いて私の評価を下げてくれたのか、胸を張ってふふんと私に逐一報告してくれるんだけど、その度にありがとうと伝えたくて仕方なかった。
しいて心残りを挙げるなら、私が俺様殿下の婚約者だったばっかりにリリちゃんに嫌われ、これからも邪魔な女だったと思われ続けるんだろうなって事だけ。
さて、そこそこ掻い摘んで話してしまったけど、これで私の今までの人生と考えは誰にでもわかって頂けたと思う。
「では、フェリシア・スワローズ嬢。この婚約解消に異論は無いかね」
静まり返った会場、私の待ちに待った正式な場で陛下が何故か下がった眉で私に問う。
勿論私の答えはただ一つ。
「はい、御座いませんわ」
今この時をもって私は!晴れて!自分にとって最低最悪な未来からの回避に成功したのです!!
小説内できちんと記載していなかった話し言葉、書き言葉が日本語である事を加筆させて頂きました。
正しくゲームの、外国人名と見た目のくせに言語は日本語喋ってるファンタジー状態と思ってお読みください。