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私の前世にプレイした『救国のレディローズ』とかいうとある乙女ゲームの、ノランというキャラクターのルートの話をしよう。

最初のうち、ノランは隣国の王子にも拘らずその辺の貴族よりよっぽど気安い態度だ。だけど常に誰とも一線は引いているそんな彼に近づく為に、主人公…というかプレイヤーは、ノランの行きそうな場所に徹底的に通い詰める。

その結果、ノランルートの中盤にもなると主人公はノランと友人関係になっている。そして中盤終わり、ノランは明るく飾り気無い言動の端々に今まで時折見せて来た、鋭い目つきや剣術への執心なんかのフラグの意味を遂に大公開する。

主人公に明日の天気の話でもするような気軽さでふと「もうすぐ戦争やるから俺の方につけよ」と、勧誘するのだ。


はい、現在私に掛けられた質問とほぼ同じですね。私はノランと友人でも何でも無いです。


「…何がどうしてそんなお考えになったのか存じ上げませんが、聞かなかった事に、」

「されちゃあ困るな?だが、この反応じゃ俺達を待ってたってわけじゃねぇらしい」

「ええ、フェリシア様であればここまで見越してリリアナ様をお使いかと思ったのですが…どうやら目的は別らしいですね」


この二人はさっきから何を言っているんだ。

ノランとゼロを待っていた?…あ、もしかしてもしかすると、私この二人にまで国への謀反の意思有りと疑われていたり?

でも私がリリちゃんを何がしかで使った側と思われているなら、どうやらリリちゃんが私を暗殺しようとして二人を差し向けた説は違いそうでほっとし…。……いや、ほっとするには早くないか?この使ったの意味が、私がわざとノランとゼロと交流を持つ為リリちゃんに指示してこの二人をけしかけるよう誘導させた、なんて思われているんだったとしたら…リリちゃんの真意は私を暗殺したかった説はどちらにせよ取り消せないぞ…。


「なら言い方を変えるか。お前が望むものを何でもやるから、俺達に協力しねぇか?」


挑戦的に笑むノランは、何と言っても隣国の正真正銘王子様である。つまり世界の半分は無理にしろ、この望むもので叶えられる範囲は莫大に広い。

てか、これもゲーム中で主人公が言われていたよなぁ…主人公はなんて返していたっけ…えーと、確かノランの目をじっと見ながら「どうしても欲しいものはあります。…けど、私が取りたいのは今のノランの手じゃないから」

……こっぱずかしいな。画面越しならきゃっきゃ楽しめるけど、自分がこの台詞を言うのは無いわ。言う前に羞恥で倒れるわ。


王子様にだって叶えられない事はいくらでもある。レディロ主人公の望みというか恋は結局叶ったわけだけど、私の望みはノランじゃ叶えられない。


だけど…断ると、じゃあって殺されそうなんだよね。レディロ主人公なら多少信頼の積み重ねがあっただろうけど、私はこの二人と初対面で信頼関係なんて微塵も無いし。自分達の考えを知られたからにはってあっさり刺されそう。…どうしよう。

私がこの二人から逃れる方法って、どうにかして言いくるめる以外無いよね…でもノランは言葉で説得しようとしたところで自分の意志を曲げないだろうし、ゼロはノランの意志を全肯定する頭脳派。私はといえば、ただ前世の記憶があるだけの平民。

あれ、詰んでない?私の人生今日で幕閉じる…?


「急にだんまりですか。参りましたね…ノラン様に付けば、貴女をあっさりと見捨てたセス・キャボット殿下や国への復讐も出来ますし、有り余る程の富も名声も手に入れられますよ?」


うわぁ、どれも要らない。どれも望んで手放したものだ。

ここは、一先ずさも嬉しそうに頷いておいて二人が帰ったら即逃亡するか…?……ダメだ。それだとノランとゼロは撒けたとしても、いきなり消えた私をニカ様が不審に思うだろう。で、調べられて隣国からの接触がわかり、私の意志と反して国家反逆を本当に考えていたと思われ、居場所突き止められた瞬間人生ゲームオーバー。


……。



私はパンを食べ始めた。


「…え、あの…?何で食事を始め…ええ?」

「俺も腹減ったな」

「ノラン様、順応が早過ぎます…食べてから来たでしょう…」

「歩いてたら腹減るだろ。おい、レディローズ。俺にもくれ」

「はい。ちなみに私、今はレディローズでもフェリシア・スワローズでもなくフィー・クロウです」

「おー、了解」


公式の場じゃないからか、私が手渡したパンにちぎりもせずもふもふかぶりつくノラン。このパンを食べた王族・貴族は君で三人目だよ。

ゼロはノランのあまりにも警戒心無く躊躇も無い行動に固まっている。


「美味いな、これ」

「でしょう!私、このパン売ってるんです。自慢の職場なんですよ」

「ふーん、お前は作らねぇの?」

「修行中ですね。中々派手なものや味を出さず、だけど飽きずに美味しく食べ切れるこの絶妙な味や食感を出すのは難しくて」

「へぇ、頑張ってんだな」


さっきの話なんてまるで無かったかのように、無邪気にノランが笑う。

ノランはやっぱり話しやすいなぁ。これで狂気属性さえ無ければ仲良くやって行けそうなんだけど。まぁ、剣片手に血塗れの瞳孔開き切った目で戦場に立ってるあの一枚絵は好きだったけどさ…ゲーム内では狂ってる系のキャラ好きだよ。うん、ゲーム内では。


「あの、返事が欲しいのですが…」


常識人が私とノランの和やかな会話にストップを掛けて来た。私は戸惑っているゼロをちらりと見て、またパンを一口咀嚼する。美味しく味わい呑み込んでから口を開いた。


「保留で」

「保留、ですか…?」

「ご覧の通り、私色々とありましたが今の生活は結構気に入っているんですよ。だからこれ以上に幸せになれそうな程の望むものって、すぐに捻り出せそうにないんですよね」


むしろ一生掛かっても出て来ないだろう。私戦争したくないし。


「なぁゼロ」

「…何ですか。これ以上ややこしい事言わないでくださいよ?」

「こいつ勧誘無理だと思うけど」


ゼロが訝しげにノランを見る。私も、その通りだけど何で今そう思ったんだろうとノランを見た。

ノランが立ち上がり、何故か私の隣まで来る。私はまさか勧誘無理ってわかったから斬られるのか?!と怯えながらノランの腰の剣を注視した。……せめて最初の一振りぐらいは避けたいものだ。


ノランの手が動く。

私はびくりと身構えた。



「だってお前、楽しそうだもんな」


予想に反してノランの手は私の頭の上に乗せられていて、髪の崩れへの配慮は一切無しに搔き回すように撫でられていた。

ぐちゃぐちゃな髪をそのままにきょとんとして見上げると、ノランが楽しそうに笑っている。

…あ、ちょっとときめきました。でもこのドキドキは半分以上杞憂だった恐怖によるものだと思います。頭って人体の急所でもありますし。


「俺、レディローズは能力こそ良いけど模範過ぎてつまんねぇと思ってたけど、フィーは面白ぇし好きだわ。しばらく戦争もいいや!フィーんとこ通ってたら面白そうだし!」

「…はぁ、ノラン様がそれでいいのでしたら、私はそれに従いますが」


え、何この私に優しい展開。…いや、優しいのか?

私の所通ってたらって、つまりノランがしょっちゅう会いに来るようになる…というのがニカ様辺りにバレたら、それだけで私が謀反を企んでいると思われかねない。隣国の王子とこそこそ会ってるって明らかに怪しいし。

しかも若干ノランフラグが立ってしまっているような…?気のせいだと思いたい。切実に。


「じゃ、俺等今日から友達な!敬称とか敬語とか使うなよ!」

「いえ、それはその少し、いえかなり問題が…」

「そうだなぁ…よし、ノラって呼んでいいぞ!特別だ!」


話を聞いてもらえない。

私は髪を手ぐしで整えながら困った顔でゼロを見た。ゼロは微笑しながら肩を竦める。だよね、ゼロがノランを止められる訳ないよね。

でもノラって呼び方は確かにレディロファンの中では一般的なあだ名だったけど、現在平民な私がそう呼ぶ訳には――


「何だよ、不満か?じゃあもっとフランクに…」

「わ、わぁい!ありがとう、ノラ!これからよろしくね!」

「おう、よろしく!」


私はこれ以上事態が悪化する前にあっさりノラを受け入れた。笑顔で握手を交わす私の顔は、珍しく完璧には繕えず引きつっているだろう。

こいつは良くも悪くも有言実行する男だ。今放っておいたら私ノラっちって呼ぶ事にされていてもおかしくなかったから。今私が折れたのは間違い無く英断です。


「…ノラン様がこうでは仕方ありませんね。先程の話は無かった事に致しましょう。ですが、もし誰かに洩らせば…わかりますね?」

「はい、私もその方が都合良いですから」


真面目な顔で凄んで来るゼロに、笑顔で頷く。


でもまぁ、この案件を比較的平和に解決出来た私は幸運だと思う。たぶん。やっぱりパンは最強なのかもしれない。今後も困ったらとりあえずパンに頼ろう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] パンってすごい!(笑) [一言] 食べ物は活殺自在。 はっきりわかんだね。
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