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「お、此処がお前の家か。犬小屋みたいだな!」


私の家に着くや否やノランが笑顔で侮辱して来たので、そのネタはもう元義理の弟シェドさんがやった後だわと脳内で突っ込みながら、口では形式上だけ狭くて申し訳ありませんと謝った。

勝手に椅子に座ったノランと私は結構ですとその傍らに立ったゼロに、私もテーブルを挟んでノランの向かいに座る。何故か攻略キャラ達とよくこのシチュエーションになっているなと私はぼんやりと現実逃避した。

どうせ私は話を聞く立場なんだから、自ら藪をつつくように話を促す気はない。この場合、つつかなくても蛇は飛び出してきそうだけど。


「じゃ、後頼んだゼロ」

「はい心得ました」


ノランはゼロに言うだけ言うと、テーブルに頬杖をつきながら私の家を見回し始めた。王族なのにこの行儀の悪さはどうかと思うけど、ノランはこの飾りの無さで人気を得ている面もあるし公式の場ではちゃんとやれるからそう問題にはならないんだらう。

まぁ、ノランの事は今はいい。問題は、立っている故に私を見下ろすように眼鏡越しの紺色の目を光らせている威圧感たっぷりなゼロの方だ。



「フェリシア様、我が国を間接的に救った予言の少女という存在に心当たりはお有りですか?」


…ああ、やっぱりその話でしたか。どうして今更洩れたんだろ、本当。

不思議には思いながらも私は何一つとして心当たりはありませんというきょとんとした顔を作り、自然に顎に手をあて考えるように首を捻る。


「いえ、まったく。予言と言いますと、確か教会所属の方が極々稀に未来の啓示を受ける事がある、というものでしたか?」

「ええ、よく子どもが嘘を吐く時に用いては罰当たりだとさらに怒られる通例ですね」


そうそう、予言というのはそんなに信憑性が無いんだよね。例えばもしナナちゃんの大好きな聖女様が公式の存在と位だったとした上で、その聖女様が仰った事、となると話は別になるのかもしれないけど。

だから、どこぞの幼い貴族の女の子が予言なんて言葉を用いたとしてもまず誰も本気では信じない。そういうもので、そういうものだった。


「しかし予言の少女は違います。彼女は、正しく我が国を救いました。我が国の危機を予言でこの国のエドワード・キャボット陛下に話し、見事に救ってみせました」


ゼロは私を試すような目で見て来る。

…陛下に話し、って事は陛下から洩れたか。でも何で今更そんな話をするのかな?何度も言うけど本当に、これは今更の話だ。

私は学園にノランが編入して来る事無くゼロも教師として来なかったから、やんわりと上手く二人に違和感を与えないままに回避し切ったものだと思っていたんだけど。今になって、なんて明らかに時期がおかしい。


「予言の少女がした事は、そう大きなものではありません。熱烈に訴えたわけでも現地に赴き行動を起こしたわけでもなく、ただエドワード・キャボット陛下に世間話のように予言を受けたと話しただけだとか。ですが…それにより、エドワード・キャボット陛下は我が国を気になさるようになり、危機に気づき、援助を行ってくださるまでに至りました」


その通り。最初は難しいと思っていたけど、トチ狂って苦肉の策でやった予言発言が大成功を収めた。…私は『救国のレディローズ』における救国の役目を、既に果たした。


話を整理しよう。

前世で私がプレイしていた今世のこの世界を舞台にしたゲームの名前は『救国のレディローズ』だ。

"救国の"という題名の通り、ゲーム中ではどのルートに行こうともハッピーエンドにおいては必ず主人公、プレイヤーは国を救う。多くの場合はそれに攻略キャラが絡むんだけど、その辺は置いておいて。

そしてその国を救うというのが何からかというと、隣国からだ。このゲームはだいたいの場合、終盤で国間戦争が起きる。その予兆にいち早く気付いたヒロインの内政やら軍事作戦やら奮闘により国は救われるに至り、ヒロインは救国のレディローズと呼ばれるようになりましたとさ、とそういう話だ。


要するに、私が何もせずに自分勝手に舞台から足を下ろしてしまえば、救国がままならなくなる恐れがあった。そうなってしまった場合、被害は甚大だ。人死やら貧困やら、私に受け止められるものではない。私が頑張らないと戦争が長引き、最悪隣国に負けるかもしれない。

だから私は、フィクションの転生者にはありがちと言えばありがちな手段を取ろうと考えた。――事前に戦争さえ防げれば、私は好き勝手してもいいだろうと。


「予言の少女が居なければ、追い詰められた我等の国はこの国と戦争でもしていたかもしれませんね。いえ、起こらなかったただの可能性のお話ですが」

「…恐れながら、可能性でも滅多な事は言うものではありませんよ」

「そうですね、失礼致しました」


速やかに軽い謝罪をしたゼロに、本当に笑えない話だと嘆息する。

ゲームの中ではまさにそうなったんだから。


幸いゲームだから、隣国の敵兵が丁寧に戦争に至るまでの悲しい出来事やらをわざわざ語ってくれていた。詳細は省くけど、隣国も食料難や疫病に苦しみやむを得ず国の為に戦争していた。

しかもうちの国の陛下は慈愛の人だから、もし相談していてくれたなら助けたと。むしろ気付けなかった事が悔しいと。間違っても好機だと攻め込むなんて事はしなかったのにと。そうゲーム中で発言している。悲しいすれ違いですね。

この悲しい事件は私からすれば、じゃあそれを事前に回避もしくは解決すればいいじゃないかというわかりやすい道標があったって事だ。


私はこれをどうやって陛下に伝え戦争を防ぐかに苦心した。

最初はゼロが言っていて私が実際にしたように、陛下ぁ私、神のお声を聞いたんですようふふあははー…というふわふわした予言なんて事をするつもりじゃなかった。

まず、陛下に訴えるには多少なり事実であるという証拠が必要だろうと、幼いなりに隣国で起こっている事を調べようと拙い人脈を使った。けど、隣国の情報統制や審査が厳しく私程度の人脈じゃ全く事実確認出来ない。そこから人脈を広げるとか優秀な人材を雇うとか無理矢理でも自分が現地に行くとか、まぁ色々と考え、その全てが私の今後の平民ライフを揺るがしかねないものだと頭を抱えた。

そう、そもそも隣国の現状を私が明確に示唆してしまうと、その時点で私は救国とまで行かなくても評価がかなり上がるはず。出来ればそこからして遠慮したい。だけど平民になりたいのは私の我がままなんだから、せめて国は救うべき。


ぐるぐるぐるぐる、前世での勉強や日常で使うのとは違う難しい問題に何か抜け道は無いかと日々頭を悩ませた。

その結果、堂々巡りでストレスの溜まった私の頭はトチ狂った答えを出す。


それが、予言。夢で神の啓示を得た事にしようという妄言。


前世の日本よりは上というぐらいでそんなに神を信仰している世界でも国でも無いけど、七歳の少女がいきなり、例えば隣国のこの地域でこの時期に疫病が起こりその対処にはどうたら、とか言い出したらさすがに不審にぐらいは思ってくれるだろう。

それでいい。不審に思って、少しだけ気に掛けてくれればいい。その相手が陛下本人、もしくは陛下に雑談の中でそれを話してくれる人なら。要は刷り込みだ。

それからは極たまにしかお会い出来ない陛下に無邪気な子どもの世間話という武器を使いそれとなく話したし、ニカ様にも話したし、俺様殿下にも話した。


結果、私の穴だらけのトチ狂った案はなんと実を結び、全てがトントン拍子に上手く行ってくれたので、私がそれ以上何をするでもなく陛下は隣国の状況を知って援助し戦争の理由は無くなり、私は平民に何の心残りも無くなれた。

そう、これはもう約十年前にもなるもう終わった話だ。


「私は、予言の少女は貴女であったのだろうと確信しております」


薄く笑うゼロに、私は困った顔をする。そういう顔しているとこの業界では腹黒鬼畜眼鏡と呼ばれてしまいますよ?実際腹黒ではあっても鬼畜では…ない、かな。一応。まだ。

しかしこれは意地でも肯定する訳にはいかない。例えばこれが、この二人では無く隣国の別の人間に言われたのであれば話は別だった。感謝され、私は子どもの頃の事は覚えていませんがと苦笑しながらも受け入れ、それで終わりだっただろう。

ああ…本当、ノランとゼロには死亡フラグ的意味で一番会いたくなかった。何が好きなゲームのキャラだよ。好きなのは自分が安全圏に居られる範囲でだけだよ。


「時にフェリシア様、リリアナ様とは現在ご交流はございますか?」

「…いえ?現在殿下の婚約者であられるリリアナ様と私では明らかに立場が異なります。交流などあるわけがありません」

「成る程」


一つ頷いたゼロに、私は困った顔のままだ。

何の質問だったのか。リリちゃんと私に交流なんてある訳が無いだろう。私がリリちゃんを大好きでも私はリリちゃんに嫌われている。


「ちなみに私が貴女がそうだった、と知る事が出来たのはリリアナ様のお陰なのですが」



一瞬、そうとは何の事だかわからなかった。


話の流れを頭で追って、予言の少女の事だとすぐに気づき、それからまた困惑する。

リリちゃん…が、どうして私が昔予言した事と関わって来る?リリちゃんはそもそも私が予言したなんて知らないだろうし、どうやっても結びつかない。


…いや待て、もし私が今まで起こした全てをメルちゃんのようにリリちゃんも洗っているとしたら…私の予言の少女としての功績を知り、復帰の可能性…いや危険性を危惧し、ノランとゼロと組んで私を排除しようとしたなら。

――悲しいかな、今更予言の話が出たのも、この二人が私の居場所を突き止められたのも、遠回しに自分達とリリちゃんの関わりに気づいているかと聞かれたのも、全て話が通ってしまう。


真面目な顔を作り空気を正したゼロに、元々伸びていた背筋がさらにピンと伸びる。張り詰める。

…最悪を想定するなら、私は今ここで殺されるだろう。私に武術の心得なんて護身術程度しかない。逃げる間も無くあっさり殺される。

リリちゃんの事を考えなかったとして、私が予言の少女だったと知られている以上、彼等にとって私は幼少期の話とはいえ既に"一度邪魔した存在"だ。


「では次の質問を、ノラン様から」


ゼロがノランにわざわざ話を振ったという事はつまり、決定的な問いをするという事だ。恐らくその質問への返答次第で私の生死が変わる。

ノランがさっきまでの邪気の無かった笑みに、じわりと凶悪で狂気的な彼の本質を滲ませた。それは血に飢えた猛獣の笑みだ。



「レディローズ、俺と共にこの国と戦争を起こさねぇか?」


ああ、二番目に最悪だった。

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