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ナナちゃんに癒されに教会へと行った私だったけど、私の顔を見るや否や「もしやその顔、恋の悩みですね?!」と斜め上な勘違いをされ、気を利かせてくれた牧師のジャックさんに暇をもらったナナちゃんと共に、広場で果実ジュースを飲みながら恋バナに興じるという年頃の女子らしい事をする流れになった。
本当に何故こうなっているのかまるでわからない。
「フィーさんは貴族な恋人さんがいらっしゃると噂でお聞きしていましたが、身分違いの恋の辛さとかそういったお話ですか?!私、彼氏出来た事無いけどアドバイスしますから任せてください!」
私はナナちゃんの興奮した楽しそうな声を聞きながら、この先もし真剣に恋する事があったとしてもこの子には面白半分な相談以外はするまいと胸に誓った。真剣な相談した所で良いアドバイスをもらえないだけじゃなく、絶対良い方向の結果にもならないってわかるもの。ひしひしと感じるもの。
「まず、私に恋人は居ませんし…恐らく噂のその方は私の友人ですね。恋愛感情はお互いありませんよ」
「えぇ…わかりませんよ?フィーさんがそうでも相手の方は…!」
「優しいお方ではありますが、かなり不敬な発言なのでその辺でやめておきましょうナンシーさん」
「ぁ、あい…!」
ナナちゃんはぶるりと震えて両手で自分の口を塞いだ。素直かわいい。
私はそんな事より、と軽く咳払いをしてナナちゃんに微笑んだ。
「ナンシーさんの方こそ、好きな方は居ないんですか?」
「私は聖女様一筋ですから!」
ああ、ですよね。私はナナちゃんのキラキラした顔にそう納得すると同時に、聖女様について改めて不思議に思った。
聖女様、本当に謎の存在なんだよな。何でって、貴族に女として生まれたらその時点でもう、身分の高い好条件な男にいかに気に入られるか合戦への参戦が決定するようなものだ。普通なら貴族が幼い頃から教会通いをするのは、自分は心優しく他とは違う素敵なご令嬢なんですよアピールになる。
なのにどうしてわざわざ聖女様は、こんな目立たない場所に人目を気にするように来ては感謝の礼なんてしているのか。元貴族だった私からしてみれば、百歩譲って好条件男取り合戦への参戦の気が無くアピールしようと思わないにしても、事実をあえて隠すような行動まで取る意味はやっぱりわからない。
「聖女様、本当にフィーさんに似てて!だから私フィーさんも大好きなんですよ!」
にっこにこ笑って三つ編みダブル尻尾をぶんぶん振るナナちゃん。
でも人と比較してだから好きっていうのは、人によっては自分を見てくれていないのかと気分を害しかねない地雷だからあまり言わない方がいいぞナナちゃん。私はんな事よりナナちゃんが私を好きって言ってるんだから細かい事はいいんだよ!ってタイプだからいいけど。
しかし…聖女様が私と似ている、ねぇ…?
「似ているとは、顔か何かの話ですか?」
「え、いえ!顔は、二人ともとっても美人ですけど…聖女様はかわいい感じで、フィーさんはきれーな感じだから違うかなぁ…なんかそういうのじゃなくてー…」
ううぅむ、と難しい顔で唸り悩むナナちゃんの愛らしさを肴に飲むジュースは格別だ。半分人工の安いジュースなのに、貴族時代に飲んだ搾り立て果汁百パーセントのものより万倍美味しい。やっぱり食事は環境で味が変わるわ。
私が和んでいると、ナナちゃんは突如パチンと手を叩き空を指差した。
「上を、見てる感じなんです!」
「…上、ですか?」
貴族から平民になろうと画策して見事になった私はむしろ、下を見ていたような…?
「えーっと、どう言ったらいいのかなぁ…とっても高い目標を持ってる凛とした感じの空気?を感じるというか…でもそれを、目標で終わらせずに叶えられそうで…あ、こうだ!高みを目指す気高さと強さ!があるんですよ!」
今私いい表現出来た!とばかりに胸を張ったナナちゃんに和みつつ、私はそっと視線を逸らした。
自分の前世のトラウマずるずる引きずって平民になる!という目標は、高みを目指す気高さとは言えない気がする。さすが私の幼い頃から積み上げたオーラ補正。私が意識しなくても勝手に周りが良いように勘違いしてくれる。
「聖女様とフィーさん、絶対会ったら仲良くなれると思うんですよねー!」
夢見がちなナナちゃんが絶対そう!と思い込みの激しそうなよくわからない自信を持って言い放つ。
私は仲良くなれないと思うなぁ…貴族のご令嬢達とは私、根本的に考え方が合わないんだよね…。そもそも私を完璧なレディローズとして見てあっさり騙され憧れて、俺様殿下にあんな人と恋仲になれたら…ってこれまた表面だけ見て憧れて、私と俺様殿下の並ぶ姿を見て仲睦まじいお似合いで理想のお二人なんて感想をほぼ共通認識で抱いている時点でちょっと…。
私が第三者として何も知らず貴族の令嬢やっていたとしたら、絶対私は自分みたいな奴の事はあんまり好きじゃない。それより俺様殿下に健気にアピールして恋も勉強も頑張っている、私より明らかに主人公オーラをバリバリに出しているリリちゃんを好きになるだろう。公爵令嬢時代のフェリシア・スワローズさんは完璧を演じるあまりいまいち親しみやすさが無いし、いつも微笑んでるけどいまいち本音が見えずに周りから距離取って虎視眈々と平民チャンスを窺っている猛獣みたいな目をした奴なんで、ちょっと…。
そして私なら絶対俺様殿下じゃなく、一見近寄り難くても誠実紳士なニカ様に憧れる。ニカ様を私なんぞの元にやすやす通わせるなんて貴族のご令嬢達は何をやっているのか。もっと肉食に狩りに行けよ。
「でも聖女様とフィーさん、私なんか置き去りですぐ親友になっちゃいそうで…ちょっとやだなぁ…妬いちゃいそうです。なんか、どっちにも」
頬を染め複雑そうにちょっぴり頬を膨らませたナナちゃんに、私は至極どうでもいいさっきまでの思考達をかなぐり捨て脳内で雄叫びを上げ悶え転がった。
もうこの子が居れば向こう十年は恋人要らない。小犬を飼い始めた一人暮らしのOLさながらメロメロだ。
「私の最初のお友達はナンシーさんですから。あの、よろしければこれからはナナちゃんとお呼びしても…?」
「へ、は、はい!じゃあ私も、その、フィーちゃんって呼びたいです!」
こうして世界は愛で包まれ平和になった。救国のレディローズ様はもうナナちゃんでいいと思った。君なら国なんてその可愛さで救えるよ。
ああ、でももう秘密裏に国は既に私が救ってしまっていたんだったっけ。こんな伏兵が居たなら私が幼少期に予言だなんて寝言を零さなくてよかったな。
私のお花畑にされた頭は置いておいて、私は狙い通りナナちゃんに癒され精神回復が出来たとさ。
明日からまた仕事と平民維持頑張ります!