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「じゃ、次は俺の質問だ」
前置きをしたメルちゃんは、可愛い顔と真っ赤な目でじろりと私を睨み据え言った。
「あんた、自分の能力を詐称していたな?何故だ?」
途端、心臓の動きが早まるのと反対に頭が冷えた。それでも私の顔はいつもの笑みを浮かべたが。
ピンチな時こそ冷静になれ。気取られてペースを完全に握られたら終わりだ。地位も頭の良さも向こうが上だからこそ。
大丈夫、もし本当に知られていたところで問題無い。メルちゃんは前世の私の事に関しては絶対に知り得ないんだから。弱みは見せない。
「質問が抽象的でわかりません。詳しくお願いします」
「いいだろう。…俺は、あんたの歴代の家庭教師全員に話を聞いた。あんたは子どもの頃から…ものによっては子どもの時の方が優秀で、そしておかしい事がわかった」
メルちゃんが体の前で腕を組み、私の反応をつぶさに観察するように目を細める。
…あー、しまったな。この世界では交通の便の悪さや戸籍が無い為に、人探しが前世と比べて格段に難しい。だから油断していた。まさかそこまで金に糸目をつけず幼少期から洗われているとは…誰にも気づかれずやり切ったと自負していたのに、そんなところからバレるとはね。
「あんたは幼少期、特に秀でた能力がいくつかあった。例えばそれは数学、例えばそれは読み書き。だけど、あまりにも優秀だとあくまで幼児への教育という点で雇われていた家庭教師の能力が追いつかない。だからスワローズ家は優秀な科目のみその学問に秀でた教師を新たに雇った。すると、最初は優秀だったはずのあんたは段々とつまずき始める」
「最初はさておき、つまずくのなんて普通の事ですよね?」
「ああ、普通だ」
一応してみた反論の意を持つ言葉にメルちゃんはあっさりと肯定する。それから、私を赤い視線で射抜く。
「だけど俺は、話を聞いていて思った。まるで自分を"普通"に調整しているようだと」
苦々しい気持ちだった。ちょっとメルちゃんを嘗めていたかもしれない。
「最初の家庭教師から話を聞いた。当時、初めの授業で彼女は試用問題を作って来てあんたが現時点でどの程度出来るかのテストをしたらしいな。…あんたはそれに困ったんだろう。それがどれだけ出来れば"普通"と判定されるのかわからなくて、いくつかの科目で出来すぎるというミスをした。それから平均を理解して行く内に、段々とわざとつまずく事で"普通"に合わせた」
メルちゃんのまるで探偵のような話は、根拠が見えて来ず、だけど全て真実だった。動機がわかっていない以外は花丸をあげていい。
だって、この世界でいくつかの教科レベルが前世よりかなり低いなんてわからなかった。一つの恋愛を趣旨としたゲームの中に、世界の知識レベル説明が長々と組み込まれていたはずもない。
そして、あまり頭が悪いと思われると親の命令で私は折檻される。だから私の中の前世で培われた常識と照らし合わせて、この歳ならここまで出来たら普通ぐらいだろうと思った範囲で答えてしまった。
それから、家庭教師の反応で些細ながら自分の失敗に気づき、メルちゃんの言う通りに調整をした。自分の立ち位置を"普通"にした。それは当事者として関わっていたのであれば気づかない早さで。ゆっくり。ゆっくりと。
「だからあんたの学園での成績は、全てが全て平均以上。咎められないが、特別に目立ちもしない。そうなるべくして作られた」
私の成績までどうやって調べたんだか…学園では順位の張り出しなんて無かったのに。コネと金の力は強いな。
…ニカ様にだって、私の能力が平均以上程度に過ぎない事は否定されなかったのに。メルちゃんの好奇心と探究心には恐れ入る。お陰で心の中で少々余裕が崩されてしまった。今日は泥のように眠る羽目になるだろう。
「もう一度質問を言う。何故、あんたはそんな調整までして能力を詐称した?」
私はぐるりと脳内で思考を回し、瞬時に真実の中から言う事と言わない事の選択をした。
「両親に、期待されたく無かったからです」
それは確かに本当の事だった。
「私がほぼ軟禁されていた事は知っていましたね?両親にとって私は道具でした。使えないと思われれば壊されるか捨てられるか。ですが、逆に使え過ぎると最大限に無理を強いられ、消耗品にさせられてしまっていた事でしょう。私は私を守る為に、最低限の使える存在で居なければならなかったのです」
最低限の使える存在だった、故に、私は平民になれた。使え過ぎたら切り捨ててもらえないし、最低限も使えなければ婚約破棄の前に夢半ばで壊されたか捨てられたかもしれない。
どの程度なら丁度いいかは、レディロの中のリリアナを見て知っていた。
「能力を隠さずそれを伸ばそうと頑張れば、もしかしたら偉人になれたかもしれませんね。ですが私は、偉人になりたいのではありませんでしたから」
私がなりたかったものは、平民。それただ一つだ。
「…概ね予想内だ。だけど、今の話だと矛盾が一つ発生する。わかるだろ?」
「そうですね。嘘を言ったと思われ誓約違反にされるのも難ですから、一問一答外ですが簡潔にお答えしましょう」
今私は捨てられるのが嫌だと言ったが、最初の婚約破棄の件の質問では皆が幸せになったと言った。自分が捨てられた事も幸せのうちだと言っていたのだ。これは矛盾しているようにも聞こえるだろう。
「私は捨てられる事を不幸とは思っていませんでしたが、捨てられ方にも色々あるでしょう?燃えるゴミ、燃えないゴミ、不法投棄に、人への譲渡。嫌な捨てられ方はごめんでしたし、ましてや壊されたくなかったんです。ですから、私は間違いなくあの婚約破棄からの一連の流れも現状も幸せに思っています。嘘はありません」
メルちゃんは一応納得してくれたらしく、難しい顔ながら頷いた。
「ちなみにこれは好奇心で聞くが、あんたの中で今の捨てられ方はどれだったんだ?」
「捨てられ方…?ああ、そうですね…燃えないゴミではないでしょうか?燃やされていませんし、不法でも無く、お金も払っていますし、誰に渡されたわけでもありません。まさか捨てたゴミがゴミ捨て場に行かず暮らして行けているとは思っていなかったでしょうが」
むしろお金を払ってもらっているし、私の中では粗大ゴミの方が適当だと思っているんだけど、この世界粗大ゴミの概念無いんだよね。
…さてと、これでメルちゃんの二つ目の質問も終わりか。ふぅ、ちょっと肝が冷えた。
正直、私はここまでで本当なら聞きたい事は聞き終わっていたはずだった。
私が俺様殿下に婚約破棄をしてもらう前からこの会合を予想し、聞きたいと思っていた事はたった二つ。自分の起こした行動に対する客観的な判断、リリちゃんの今の立ち位置。以上だ。
それだけ聞けば、自分がレディロの物語にどこまで影響を及ぼしたか、だいたいわかるからだ。シナリオが大きくずれてしまっていると判断出来た場合は、遠くに逃げなければいけなかった。
でも聞いた限りではどうやら、細かな不具合こそあるものの大筋は変わっていないようだ。
リリちゃんはヒロインが俺様殿下ルート以外を選んだ時同様、見事に王妃への道を突き進んでいる。
私が謀反を企んでいると思われていかねないのはちょっといただけないが、ただの平民になった私が何の後ろ暗い事もせず誠実に生きて行けば特に問題も起こらないだろう。ニカ様が監視役ならそれはそれで私の無実の証明になるし。
…でも念の為、出来るだけ明るく人通りの多い大きな道を通るようにしよう。
まぁ残念ながら質問はまだ終わらず、私には一つのどうしても見逃せないバグの為に、まだ一つだけ聞かなければいけない事が出来てしまったんですけどね。
「私からはこれが最後の質問です。あの、メルヴィン様にこんな事を聞くのもどうかと思うのですが…弟の、シェドの今の様子やどのように生活しているかわかれば教えて頂きたいです」
「は?」
メルちゃんは突然の微笑ましい話題に胡乱気な目を向けてきた。
こっちとしては真剣に、シェドのあの突然ヤンデレフラグが経った後の動向を聞きたいんですけど。
「…ニコラス様じゃなくか?」
は?
予想外の言葉に頭の中で疑問符が乱舞する。
…何でニカ様なんだ?メルちゃんがニカ様に対してそんな気にするような事あるか?
私の視点から考えると、確かにリリちゃんを嫌っている天才王族という立ち位置のニカ様の動向は気にするべきだと思う。けど、ニカ様はリリちゃんを見極めると約束してくれたんだから探る真似は不要だ。リリちゃんの味方は私の味方。
レディロの事を抜いても彼との付き合いは十年以上。あの方は約束を守ってくださる。
メルちゃんはやっぱり何故か腑に落ちないような顔をしていたけど、質問に答えてくれる気はあるらしく緩やかに口を開いた。
「シェド・スワローズの事は…確かにあんたの事を調べている中で調べもしたが…あいつはあんたに強い劣等感と尊敬の情を抱いているようだな」
ああ、うん。それは原作通り。完璧令嬢と呼ばれる義理の姉に対して、血の繋がりも無く飛び抜けて優秀では無いシェドはそういう感情を持っているんだよね。
あの無表情も平坦な口調も、義理の姉への要らない感情を隠す為って設定だったし。
「現状となると、最近は軟派な態度が軽減したな。それと最近は少し表情を変えるようになったらしい。思いに耽っていたかと思えば苦々しいような恥ずかしがっているような顔をする時があるそうだ。それはそれで女子に人気のようだけど」
…つまり、それはえっと…どういう事だ?ちょっと予想してみようか。
先日の私の短絡的だけど効果は抜群だったパン投げにより、私が思いの外劣等感やら尊敬の念やら抱く程凄い奴じゃないと気づいたシェドが、昔の自分の私への想いに苦々しさと羞恥を覚えながらも、もうこの家を継ぎ当主となるのは僕なんだからしっかりしようと前を向いた。
…楽観的過ぎるかな?でも矛盾は無いと思う。
「勉強面や友人関係にも特に問題無し。とりわけて話す事も無いな。ま、元気にやってるんじゃないか?」
…他に違和感無し?それだけ?
え?シェドのルートあれで終わり?本当に?私、パン一つでフラグ完全に潰せたの?!
パンって凄い!!!
「…嬉しそうだな」
「麗しき姉弟愛です。泣いていいですよ?」
「泣かねぇよ」
メルちゃんのノリが悪い。
ついでに空気になっているメルちゃんの護衛達も、もう少し微笑ましい顔してくれていいと思うの。