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最初から、平民にさえなれば後は全て大丈夫なんて楽観的な事を思ってはいなかった。

平民になる為の努力が第一段階。平民になる為の婚約破棄及び追放イベントが第二段階。もちろんここまでで私は最高にハッピー。大はしゃぎ。

だけど、第三段階はこの平民の生活を守り切る事だ。これが出来なければ、何の意味も無い。

私は、その手段を何も考えていなかった訳ではない。




ほぼ週一のペースで来ていたニカ様が来なくなって十二日目。

ナナちゃん(尚、まだこの呼び方に本人の許可はもらっていない)というかわいい友人も出来て順風満帆な私は今日も今日とてパン屋で楽しく働いていた。

そしてそろそろ閉店時間となった頃ーーパン屋の前に馬車が止まった。

一週間と五日…そんなニカ様が来ていなかった期間はまぁ誤差の範囲と言えば誤差の範囲だけど、宣言通りリリちゃんの見極めも関係はしているんだろう。


「おや、良かったねぇフィーちゃん。ほら、もう店はいいからニカ君とこ早く行ってやんな」


私が反論を返す前に、ミシェルさんにはいはいはいと巧みな早業で店を追い出された。ニカ様に廃棄パンの買い取りをしてもらう気もないらしい。ニカ様は結構本気でパンを気に入っているようだから、逆に残念がるかもしれない。

にしても、ニカ様は王族なのにニカ君なんて呼ばれちゃっているのはどうなのか…ニカ様本人が良いって言っているんだから良いんだろうけど、ちょっと馴染み過ぎだと思うんですが。


「あんまり冷たくしてると、愛想尽かされてから後悔するよ!」


最後に忠告だけ残して、ミシェルさんは店の中に戻って行った。愛想尽かしてくれるのならそれでいいんですが。

私は苦笑いしながら馬車の方を見る。



…馬車に、違和感を覚えた。いつものニカ様が乗っている馬車じゃない。


と思ったその直後。馬車から降りて来た人物も、やはりと言うべきかそれはニカ様では無かった。

彼はおよそ馬車に乗るような身分の方がするとは思えないような適当さで馬車からぴょんと飛び降り、私を見て頬を緩ませる。


非常に明るい金、要するにプラチナ色。そんな白金髪も中々珍しいがそれ以上に珍しい、真紅色の双眼。白い肌。

目の前の人物の色を見ていると、前世知識のある私からするとアルビノという色素欠乏症を思い浮かべてしまうのだけど、この世界での赤目は珍しいとはいえ前世よりは格段に多いしそれを持つのも黒髪や褐色の人など、色素には何の規則性も無い。つまり彼がアルビノっぽい色素なのは偶々だ。

異世界というのはそもそも人間のDNAの構造からして違うのだろうか。修道女が見た目だけ同じでその実前世のものと異なるように、人間も見た目だけ同じで中身は全然違うのかも。人体研究は医療関係で多少されている以外はほとんど行われていないようだし、行われていたとして私に人間のDNA構造の詳しい知識なんて無いから違っていたとしてわかりようがないけど。

そもそも知っているゲームの世界という時点で相当捻じ曲がった次元に居るのは間違いないんだから、そういう細かい謎は目を瞑って生きる方が賢いのかな。

皆外国人の見た目と名前なのに、言葉は日本語で書き言葉も日本式。文化は日本と昔の外国とファンタジーがごちゃまぜ。気にしていたらキリが無い。


うん、深呼吸代わりに世界猜疑して自分を落ち着かせるのはこの辺でやめよう。

目の前の赤目の美少女みたいな美少年。名前をメルヴィン・クラビット。一ヶ月半前ぐらいまでは同じ学園で同じ学年に居たけれど、今まで私と交わした会話は社交界における、言葉の通りに社交辞令のみ。

ただしその正体はレディロの攻略対象キャラの一人。通称メルちゃんだ。


「こんばんは、レディローズ」

「こんばんは、メルヴィン様」


貴族の礼を交わし合う。正式な場では無いから「ごきげんよう」では無くていいだろうとはいえ、いくら今は平民と言っても、知っている礼儀をしない事は失礼だからね。

私は一先ず店の迷惑になるから、といつもニカ様としているように歩きながらの話を提案した。メルちゃんは快諾し、護衛三人を後ろに私の隣に並ぶ。

ちらっと振り返ると、仕事放棄しているニカ様の護衛二人とは違い、三人は私にも警戒しているようだった。そう、それでこそ護衛だ。応援しているよ。


「まさかあのレディローズがこんな所で本当に平民やってるなんてね?面白い気配に思わず飛び出して来ちゃったよ」

「それはそれは…部下の苦労が偲ばれますね」

「へへ、返す言葉も無いや。まぁま、それよりさレディローズ、社交界なんかでも思ってたんだけどあんた全然動揺しないね?」

「動揺を見せたところで、相手のペースに乗せられるだけですから」


とはいえ、今回メルちゃんが私に会いに来た件については内心でも別段驚いていない。

どうせメルちゃんがいつか私に会いに来るのは、四歳で平民計画を立て始めた頃からとっくに予定に織り込み済みだったからだ。

むしろ、待っていた。

この場所にさえ居続ければ、義理とはいえ弟である故に調べる事が出来たシェドや幼馴染かつ王家の力か何かを使っただろうニカ様のような多少予定外だった人物達は置いておいて、彼なら、そんな私との繋がりが何も無くても私を見つけてくれると信じていた。


メルヴィン・クラビットはこの国における銀行の役割を持つクラビット公爵家の跡取りであり、国内のみならず国外にも"耳"と称する数多の諜報員を持つ面白い事至上主義ちゃんだ。

そんなメルちゃんは、もうとにかく面白そうな事には目がない。特に人間関係ともなると目を爛々と輝かせぴょんぴょこ飛びつく。学園やクラビット家の仕事以外の時間ほとんどをその娯楽、好奇心で首を突っ込む事に費やしている程だ。

彼が、完璧令嬢レディローズなんて呼ばれていた女が同級生をいじめ婚約破棄された末に行方不明。好奇心に動かされ調べて行くうちになんと平民として普通に暮らしているーーという話を知って、飛びついて来ないはずがない。


「ねぇねぇ、スワローズ公爵家に軟禁されて暮らしていたようなもんなレディローズが、何で平民として大して不自由無く生きて行けているんだよ?あんた、元ご両親が手切れ金で渡した金にも一切手つけていないよね?」

「一個人の預金をわざわざ調べたんですか?」

「うん、俺知りたがりだから」


よく調べているなぁ。それは知られても構わない範囲だからいいけど。


確かに私は、クラビット金融に行って手切れ金を引き落とす事をしていない。必要が無かったからだ。これは、運が良かっただけでもあるんだけど。

単にミシェルさんが即日即払いという最高の雇用条件で雇ってくださったお陰で、平民生活初日からでも切り詰めれば生活して行けた。本当なら一度引き落として未来に利子でもつけて返そうと思っていたんだけど、そもそも引き落とさなくていいならそれに越した事はない。私が彼等に最後にもらったものは、今の家だけだ。あまり借りを作って後々足下を掬われたくない。

ちなみにお金に関しては、婚約破棄イベントまでの幼少期から何かに手を回し親からもらったお金じゃない固有財産でも作っておければ良かったのかもしれないけど…それはそれで、リスクが高いので断念した。私があまり親に対しての有用性を見せたり動き過ぎたりすると、レディロのシナリオ通りに上手く展開が進まず婚約破棄してもらえない、家から追放してもらえないという恐れがあった。


私が平民となる事で生じる問題としてお金以外の話をするなら、後はやっぱり戸籍かな。この世界に戸籍という概念は無いので、身元保証が必要な際は家族や親戚など身内が行う。だから私の場合、そもそも新しい戸籍をもらうなんて必要がなかった。私が零から信用を築かなければいけない、それだけ。たったそれだけのどこの世界でも変わらず難しい話。

正直人間関係にはどうしても博打な要素があるし、後ろ盾も逃げ場も無いのにミシェルさんを始めとしてこんなに良い人ばかりの町に来られた私は幸運だった。治安によっては、最初の私の格好で貴族絡みなのを察した人達に金銭目的やら逆恨みやらで殺されていてもおかしくなかったんだから。


「金で情報買えそうなら楽だったんだけどなぁ。あ、平民ならそもそも本人を金で買えちゃう?」

「人身売買は奴隷法に引っかかりますね。網を掻い潜る貴族も居ますが…金融業は信用第一。クラビット家後継者ともあろう方が、私一人の為に博打なされます?」

「参ったな。脅しも効かないし学も度胸もある…へへ、面白っ」


メルちゃんは本当に楽しそうで嬉しそうに笑う。レディロファンにはこの屈託無い無邪気な笑顔が人気だった。メルちゃんは知りたがりだけど悪意が無いし、理由が好奇心でしか無いのがわかっているから特に警戒しなくてもいい。


「レディローズがリリアナ・イノシーをいじめたってのも腑に落ちないんだよね。だってんな事しなくてもあんたリリアナ様よりほぼ全部勝ってただろ?どう見ても余裕だったのに、馬鹿な事するような玉かな?」

「人は外見だけでは判断出来ないものですよ」

「そう!そうなんだよ、わかってるー!だから俺は人の思考を知りたいんだ!」


大はしゃぎなメルちゃんにつられる事も無く、私は優雅な笑みを浮かべ悠然と歩く。格好は綿の襟付きVネックなシャツにもんぺのようなズボンという、ここらの平民のスタンダードでラフな衣装だから何ともちぐはぐだけど。

メルちゃんはマイペースな私をちらっと見ると、急速にテンションを落として行き、遂には溜め息を吐いた。


「参ったな。こんなに面白い人間初めて会ったのに、想像していた以上に全然話を引き出せる気がしない」

「まぁ。メルヴィン様ともあろう方からそんなお言葉を頂けるなんて光栄です」

「……おい、おちょくるな。俺はさ、散々あんたの事調べてから来たんだよ。リリアナ様とのあの事件から調べて、面白そうな事を見つけたと思ったら謎が深まる。その謎を解こうと思ってさらに調べたら、面白そうな事がどんどん見つかる。でも謎は解明されないどころか深まるだけ。…せっかく面白そうなのに、謎だらけでもうお手上げだ」


メルちゃんはぐったりと空を仰ぐ。

リリちゃんとのあのいじめと婚約破棄から私を調べメルちゃんがこの場所を突き止めたという事は、同時に現在元貴族の私が平民として何ら不自由無く暮らせている異常に気づく。それだけでメルちゃんが此処に来る理由としては充分だ。でも…口ぶりから察するに、もっと調べられているなこれは。

私の事をどれだけ正確に知って、どれだけの謎を持ったのかはわからない…個人的にはそこまでおかしな人生は送っていなかったつもりなんだけど。まぁ何にせよ、私が言うべき事は予め決めていたもので問題無いだろう。


「散々回り道をされたようでお疲れ様です。私から話を引き出したいのであれば、方法はもっとずっと簡単でしたのに」


私は微笑む。

私はもう貴族ではないし、貴族に戻る気は無い。だけどレディローズのふりをするのは今も昔も簡単だ。

シェドの時はあまりにも予想外な事が起こり過ぎて脳筋な行動を取ってしまったけど、心の準備さえしていれば私はもっと上手くやれるんですよ。上手くやるのは、慣れているんだから。

私は目を細め口元に弧を描き微笑んだまま、威圧するように口を開いた。



「メルヴィン様、取り引きを致しましょう」


さて、正念場だ。

ここで私がどれだけやれるか。出来るか。


運命に勝てるか。

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