10
元義理の姉弟な公爵家跡取りと平民で向かい合い無言でパンを食べ終えるという珍妙な事をした後、ごちそうさまを言い終えるか終えないかの時点で私は勢い良く席を立ち上がった。
「ではシェド、元姉弟の心温まる交流も終わった事ですしもう夜遅いのでお帰り頂いても?」
「…うん」
我ながら何処に心温まる要素があったのか不明だけど、ヤンデレ爆弾シェドが大人しく帰ってくれると言っているのでそんな細かい事はどうでもいい。些細な問題だ。
外へ通じるドアまで歩いて行ったシェドは、私を振り返り何か言いたそうな顔をした。
「何でしょう?」
ヤンデレ発言以外なら発言を許そう。言うがよい。
「あの、フェリシア姉上って…あー…パン好きなの?」
「はい。今の目標はパン作りを極める事です」
「そ、そう…」
発言キャンセルにパン投げを使ったせいか、シェドが動揺しどことなく私に引いているような空気をひしひしと感じる。そして絶対聞きたかった事はそれじゃないと思う。私の平民パワーに気圧されたのか。
「えと…また来るね」
いや来ないで。
そんな無表情ながらちらちら窺うような躾けられた子犬の目で見て来ても、お前の中身がヤンデレなのは事前知識でバレバレだから。そんなまさか、あのシェド・スワローズさんを一回パン投げつけただけで躾けられるわけがないじゃないですか。
「ええ、また」
外面だけは余裕の笑みで、少し歩いてはちらちら振り返るシェドを見送った。見た目はやっぱり美少年だからかわいいね。三十秒時点でまだ背中見えてたけどもういいやと思ってドア閉めたけど。
あ。名前フェリシアからフィーに訂正するの忘れてた。…まぁいっか、別に問題あるまい。
まったく、今日は酷い休日だった。
…でも、何で今になってシェドのルートフラグが立ったんだろう。
レディロ公式で一目惚れを拗らせているエヴァン君と弟の婚約破棄への負い目兼正義感で動いているニカ様は説明つくとして、シェドは突発的過ぎて意味がわからないんだよな…いや、ヤンデレの思考を私に理解出来るのかと聞かれればそりゃ出来ないよね!ってなるんだけどさ。
だけど今までほぼ話しさえせず暮らして来たのに人目を忍んでどころか恐らく撒いて(そうじゃなきゃ護衛が付いていなかったのに説明がつかない)まで私に会いに来たのといい、いきなり好感度そこそこ上げなきゃ発動しないはずのヤンデレ爆弾が起動仕掛けたのといい、どう考えても不自然だ。
不自然と言えば、やっぱりニカ様の様子もおかしいよな…。パン美味しいってもぐもぐしてるだけだから、シェドと違って王族としては問題でも私に実害は無いんだけど…。
何がどうしてこんな事に。
――まさか、私がシナリオと大きく外れた行動を取ったせいで攻略キャラ達がバグってるなんて事無い…よね?
……。
な、無い無い!だっていくら前世の乙女ゲー世界とそっくりどころかほぼ同じとはいえ、私も皆も生きているんだし!システム上の問題でバグなんて、そんな機械的な話にはならないに決まってる!
婚約破棄のくだり以外にも実は私は一つ、どうしてもやむを得ず必要にかられてゲームの展開を大幅に逸れる…どころかぶち壊す事を幼少期にやってしまっているんだけど…それが今後響いて来たりする事も無いに決まってる。
大丈夫…今回のこれは偶々だ。また明日からはハッピー平穏平民ライフに戻れるはずだ。うん。…フラグじゃないです。