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「犬小屋より狭い」


私の家をきょろきょろ見回しながら侮辱の意識無く当たり前のように毒舌を吐く、私の元義理の弟シェド・スワローズ君。

私はニカ様に頂いたお高い紅茶を淹れる為お湯を沸かし、その間にニカ様に頂いたお高いビスケットをお茶菓子として出した。両方平民暮らしには相応しくなく貰った時は好意だろうとはいえ複雑な気持ちだったのだけど、まさか活用する機会が訪れるとは…訪れなくて良かったのに。


「…美味しい。このビスケットって高いのだよね?何で平民のフェリシア姉上がこんなの出せるの?」

「ニカ様に頂いたんです」

「ニカ様…ニコラス・キャボット?何であの人がフェリシア姉上に?」

「私への処遇があまりにも重過ぎると同情してくださっているみたいなんですよ」

「ふーん」


一応納得してくれたらしい。

俺様殿下が直接的に私にした事は婚約破棄だけだ。これは何の問題も無い。正確にはあのまま貴族やって行くとしたらまともな相手を選べなくなるとか色々あるけど、それは置いておいて。

問題は、両親が下し私が大喜びしている家から放り出され平民降格させられた処罰。これに関しては、私がもし普通の公爵令嬢だったとしたら…相当に重く、死刑を言い渡されたに等しい。

普通なら、上に立つ者として貴族としてしか生きて来なかった者が、たった一人で知らない場所に放り出され平民として暮らして行ける訳が無い。プライドの問題でどうしても出来ない事も多く、それを置いておいたとしても平民なら当たり前に出来る事でも常識の違いにより、どうやればいいのかわからない事も多々あるだろう。生活レベルの急激な降下に堪えられず自決を選ぶ人も居そうだし、振る舞いを変えられず村八分とされ生活に困窮したり…まぁ挙げ出したらキリがないからこの辺にしておこう。

私が幸せに暮らせているのは、前世でこの世界とは違いも多々あるものの平民暮らしを経験しており、さらにこうなる未来を十年前から望み、人知れず平民の暮らしを執拗に研究調査していたからだ。

つまり、ニカ様が私に同情しても端から見て恐らく何らおかしい事はない。冤罪だとバレているからです、なんてシェドに馬鹿正直に説明してやる義理は無いんですよ。


「ニコラス様とよく会ってるの?」

「偶にですよ」


具体的な数を言わない限り、それは個人の主観に過ぎない。仕事の場ではこういう主観による意見の相違で失敗する事があるから気をつけるべきだとよくよく前世で教えられたけど、私はあえて屁理屈を重ね平和に生きます。

話している間にいい感じに蒸れた紅茶をカップに移し、シェドの前と自分の前に出す。


「フェリシア姉上、なんか生き生きしてるね」

「ええ、貴族暮らしより此処での暮らしの方が案外性に合っていたみたいです」

「ふーん、楽しい?」

「はい」


なんか一見そこそこ良好な仲の姉弟会話に思えるんだけど、私達は今まで全然会話の無かった仲の冷え切った義理の姉弟です。そしてシェドは爆弾を抱えているので、私はさっきからただ話しているだけなのに神経すり減らしています。


「俺もなんかやらかして追い出されちゃおっかなー。フェリシア姉上、その時は一緒に暮らそ?」


絶っっっ対に嫌です!!

私はシェドの無表情ながらも誘惑するような流し目に毛程も揺るがされる事無く、心の中で全力拒否した。

シェドと暮らすなんて、それは即ち私の平民ライフ終了フラグだ。そんな旗は全力でぶち折る。


「シェド、スワローズ家の跡取りの貴方が冗談でもそんな事言うものではありませんよ」

「自分は上手く逃げた癖によく言う」


私は動揺を悟らせないよう、きょとんとした顔で首を傾げた。

カマをかけられただけ…か?でも話の流れが嫌な方向に行っているのをひしひしと感じる。

まるでそれを肯定するかのように、無表情なシェドの口元が弧を描いた。その瞬間、私の嫌な予感がぶわりと総毛立つ。


「フェリシア姉上は昔からずっとそうだね。さすが完璧令嬢レディローズって皆に呼ばれてるだけあっていつも笑顔で何でも軽くこなして、なのに俺を避けるし、きっと物凄く色々な事を呑み込んでる。ねぇ、なら俺の事も呑み込んでよ」


あっ…あっ…私、これと似た台詞凄く聞き覚えある…。

レディロシェドルートの中盤にて、今まで外見クールで中身チャラ男のギャップ凄いなぁと思っていたプレイヤー達の度肝を抜く予兆無しの特大トラップ解放合図。


「俺さ、姉上の事ずっと、」


その続きは聞きたくない。

私は無我夢中ですぐ近くに置いていたものを引っ掴み、シェドの顔面目掛けてぶん投げた。




「うぶっ…!な、…パ、パン?」


シェドが私の投げたそれを見て、困惑の目を向けて来る。

そうだ、パンだ。顔に当たってもソフトなタッチで怪我にならないやわらかパン。昨日職場から貰ってきた廃棄パンそのものだ。

とりあえず今の言葉の先を言われるとシェドルート確定からの死亡フラグ建設の未来が見えたから阻止の為に食べ物、しかもミシェルさんの絶品パンを物凄く申し訳ないが使わせてもらった。ミシェルさんとパンへの罪悪感の代わりに、私は見事発言の緊急キャンセルに成功した。


「パンを食べましょう…!!」

「え、は、は?」

「シェドが変なのはお腹が減っているからに違いありませんっ!」

「いや違、」

「美味しいものを食べておけば、私もあなたもスマイル!ミシェルさんのパンはニカ様さえ唸らせた美味しさですからね!ほら安心して食べる!」

「えっと、」

「いただきます!!」

「……いただきます」


やった!話題のアホさが酷かったけど勢い重視でどかどか畳み掛けシリアスを吹き飛ばす事で、見事話を流す事に成功しました!駆け引きも何も無い、とっても力技だね!!

諦めたように平民の作ったパンを毒味なしで食べる公爵家跡継ぎを目前に、私は内心勝ち誇りながら同じくパンにかぶりついた。平民だからちぎって上品になんて食べなくていいんです!ああ美味しっ!


…さっきのシェドの言葉の続き、あれが例えばもし「だって、姉上の事ずっと愛していたんだ…!」なんてものなら可愛げがあった。むしろ乙女ゲーとしてはそれが正しいはずだ。

でもレディロのシェド・スワローズはそんな可愛い義理の弟ちゃんポジションじゃないんですよ。奴が言おうとしていた台詞…それは――




「姉上の事ずっと飼いたかったんだ」です。


そんな告白呑み込めるわけねぇだろ、このトラップヤンデレマンめが!!お前のルートだけバッドエンドが監禁エンドと心中エンド二つもあって怖いんだよ!!

絶対に今後も言わせないから覚悟しておけよ、いいなシェド!

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