第7話。 速やかなる撤収。
さて。
「戻って来たが、これからどうするか」
昨晩彼女達が野営をしていたであろう場所まで戻り、テントの中に二人を寝かせ、毛布を被せて一息ついたところ。
このまま意識が回復するのを待つべきなのか、それともさっさと立ち去るべきなのか。
他の異常は無いかテントの周囲を見て回りながら考えているとシャルルが口を開く。
『ユトはソーンバリアを持っているですの?』
「ん?……ちょっとまってて」
そう口にしつつ自身が現時点で使える魔法のリストを開く。
開く……
これ、上手く説明できるかどうか分からないけれど、なんていえば良いか、頭の中に1冊の本がすっぽり収まっているような感じがし、その中に魔法だのシャルルノートだのが収まっている。
で、必要な時に意識をその本へと移せば中身の確認を行えるばかりか、魔法ならそのまま詠唱すれば発動する。勿論精神的に安定して居なければ成らないけれど。
なんてファンタジーなんだと。
まあ、いまいち理屈は分からないけれど、そういう理ことわりなんだからと納得をするしかないわけで。
「ああ、うん、あるよ」
<ソーンバリア>とはどうやら範囲指定結界のような物らしい。
これ、実は何気に使い勝手が悪いらしく、通常の狩りではあまり使わずに個別に覆う<プロテクトシールド>というシールド系防御魔法をかけるのだとか。
まあ、元世界の遮蔽結界もすこぶる使い勝手は悪かったから似たような物なのだろう。
『ではではそれをこのテントを囲むように展開して、ユトはこの場から立ち去った方がいいと思うですの』
「あ、やっぱりそう思う?」
『今の段階ではこの人達がただの冒険者ちゃまなのか、そうじゃないのか分からないですの』
”不侵の森”から異世界人が出てくる事実は何気に広く知られている。
飛ばされて来た人は必ずどこかの”精霊の泉”に降り立ち、その泉を取り囲むようにして存在する”不侵の森”を抜けて世界へと旅立つのだが、その時点で豪商や貴族から直接依頼を受けた冒険者や傭兵が捕縛なり勧誘なりを行うらしい。
まあ、必ず1個はギフトを持って転移してくるのだから、懐に入れて囲って置けば何かと役立つかもしれない。そう考えての事らしい。
そして勧誘ならまだしも捕縛して攫った場合には強制的に奴隷契約を結ばせたりする事も少なくないという。
とはいえ中には手厚く迎えられる場合もあるのだから、右も左も分からない転移者にとって全く悪いという話ではないのだけれど、生憎と僕には今のところ必要はない。そればかりか悪い方に転がって奴隷契約とかさせられたら目も当てられないにも程がある。
「不侵の森付近に居たしな。偶然かもしれないけれど、少し用心した方がいいか」
『ですの。いつまで用心とかは決めなくてもいいと思うですが、全く身元が分からないですし、来て早々はちょと……』
シャルルの言葉は一理も二理もある。
来て早々あんなボス魔獣を倒してしまったし、それを見られてはいないけれど、魔獣を焼いた跡ははっきりと残っているわけで、そうなると何者だと思われてしまうかもしれない。
しかも”不侵の森”付近で出会ったってのが少し気になる。
気のし過ぎかもしれないけれど、気のせいならそれはそれでいいし。
「僕もそう思う。よし、じゃあシャルルの案に乗ろう」
『ハイですの!』
そうと決まればさっさと退散した方が良い。
直ぐにテントを中心に<ソーンバリア>を展開し、自分の荷物を背負ってその場を離れる。
正直に言えば少しお近づきになって置きたかったなというのが本音だったけれど、まあ、縁があればまた会えるだろう。
それが僕にとって良い縁なのか悪い縁なのかは分からないけれど。
◇
その後は順調に歩を進め、シャルルも眠気が覚めたのか、僕の肩に座って会話を弾ませた。
そもそもこの世界の事なんて何一つ知らないようなものなのだから、少しでも彼女の言葉を聞けばそれだけ情報になる。
例え理ことわり以外の情報は全て又聞きだと言っても、何も知らない僕よりは博識と呼べる程なのだから。
そんなこんなで色々聞き出し、ふぅん、へぇ~とか感心しながら歩を進めていると、2時間やそこらはあっという間に経過し、もうじき森を抜けるところまで来たようだ。
数十メートル先には眩しいくらいに光が広がっている。
『もうじき森を抜けますの。抜けたら左へ行けば国境砦があって、右に向かって街道を歩くと5時間程で”パース”という人口三千人程の小さな町がある筈ですの。ですから今日は”パース”へ行って寝るといいですの』
「了解。ところで明日からはどうすればいい?」
まるでシャルルは添乗員状態だなと。可愛らしくて月一でエロくなる添乗員ではあるが。そしてそんなエロ添乗員シャルルさんに明日以降僕がするべきことは何かを聞いた。
勿論その前にも軽くは聞いていたのだけれど。
『明日から何日かはちょと行ってほしい場所があるですのよ』
「行ってほしい場所?どこ?」
『後で説明するですの。ユトの巫女ちゃま……綾乃ちゃまに関する場所でもあるですの』
「そっか……綾乃の事をまだ詳しく教えて貰って無いもんな」
『長く成るですし、もう焦っても仕方がない話ですの。だから後回しにしてるですの。あ、でもでも綾乃ちゃまは今もどこかで冒険者をしてる筈ですの!』
結果がどうなったのか、綾乃は未来を変える事が出来たのかが気になるが、後回しというなら仕方がない。
シャルルの表情は悲観的なものでは無いのだから、綾乃も、それからあのハイエルフさんも上手く立ち回ったのだろう。
綾乃も今はどこかで無事に冒険者をやっているようだし、それならそれで焦る必要も無い。
どの道居場所はシャルルにも僕にも分からないのだから。
「そっか……って、さらっと流すところだったけど、5時間?町まで?」
『ですのー!ここは国境に近いですので町が近くにないですし、村も無いですの』
「……何というか、異世界へ来たなぁと」
ほんの昨日までは便利な乗り物ばかりに乗っていたのに、いきなり徒歩で5時間歩いて町にと言われれば、ある意味それだけでも別世界へ来たなと思えるかもしれない。
しかも泉からは既に4時間近くも歩いているのに。9時間も歩くなんて生まれて初めての経験だ。
『普段の移動は馬車がメインですの。でもでもテイマーちゃんがお仲間に居ればワイバーンという飛竜を乗り物に出来るかもですのよ』
巫女達と遊んでいたMMOを思い出しながら……
うん、飛竜というくらいだから恐らくはアレだろう。
「ワイバーンか……あ、そうだ。シャルルは知ってるかな」
乗り物と聞いて思い出した。
本人(特に青いの)に聞かれたら激怒してしまいそうだが。
白いのは喜ぶ気がするが。
『何がですの?』
ここで四神についての話をした。
元世界では青龍 白虎 朱雀を使役していた事と、それらはこの世界の住人であるらしいけど、居場所を知っているかと。
『ふむふむ……恐らくそれは幻獣ちゃまですの。んで、一つ覚えておいて欲しいことが有るですが、この国ロレイルはずーーーっと昔からあるですけど、この地はロレイルが出来る前から凄く重要な地だという事ですの』
そりゃ10数か所ある泉の殆どがロレイルやその近辺にある事からも重要だと分かる。それに――
「ん?まあ、天照様が僕を敢えてここに飛ばしたってだけでも重要な土地だってのは分かるかな」
『ですの。その事を踏まえるですけど、先に言っておくですがシャルルはその青龍ちゃまと朱雀ちゃまと白虎ちゃま……あと呼んでもらえなかった玄武ちゃまの居る場所は知らないですの』
「そうだよな」
『でもでも、そういう幻獣ちゃまが居るという話は、長ちゃまがシャルル達に昔子守話で聞かせてくれていたですから知っているのと、それから場所もこのロレイルのおっきな迷宮――亀裂ぐるぐるがある迷宮ですが、そこを中心にして東西南北に分かれているって、長ちゃまは言ってましたですの』
「分かれているって距離的なものは?」
『近くは無いですの。でもロレイル内か、もしくはそこまで外れては居ないだろうと言っていたですのよ』
「へえ……じゃあ探す事は出来るか……」
『でもでも、ユトが使役していたと言っても、すんなりお仲間になってくれるとは限らないですのよ』
「ああ、うん。それは天照様からも聞いている。なんでも力を示さなければ成らないみたいな」
『ですの。お仲間になってくれれば心強くはあるですが……』
「言いたい事は分かる。なんせ本体だからね。強さもそれ相応だろうな」
白虎や朱雀は何とかなるとは言っていたけれど、青龍は無理かもね?なんて天照様は言っていた。
『だとおもうですの』
何にせよ、それでも青龍には会って今までさんざん世話になった対価を支払わなければ成らない。元世界でのそういう約束だから。
どんな対価か非常に気になるけれど、まあ、五体満足で帰らせてくれるならいいかなと。
その後も景色を楽しみながら歩く。
街道へ出て少ししてからシャルルが寝てしまったのだけれど、初めて見る景色に心躍る気分なのだから退屈なんてしようはずもない。
「それにしてもすっごいな。日本じゃ考えられない」
世界の見るもの全てが初めてなのだから、何を見ても感動をする。
道路なんて舗装されている筈も無いし、馬車同士がすれ違えるギリギリだろう道幅しかない。これが隣国ジグラルド王国へと繋がる唯一の幹線道路だというのだから、ほんと魔法が絡まない発展具合は推して知るべしだろう。
そしてその道の両脇は森まで結構な距離の草むらが続いていて、前を向いても後ろを向いても何にも無い。結構先まで見渡せるのに何もないし誰も居ないのだから、外れの一軒家なんて絶対に無いだろうなと。
ただ、”不侵の森”を抜けて以降も思ったのだけれども、生えている樹木は割と地球のそれと似通っているような気もする。
そこまで種類に詳しくはないのだけれど、それでもナラやクヌギに非常によく似た樹木も沢山生えているのは確かだった。どうやら杉やヒノキは固有種ゆえなのか見る事はないけれど。
そんな風に2時間程歩けば、昼時をとっくに過ぎた頃合いなのだから、当然のようにお腹がすいてきた。
というか2時間歩いても誰ともすれ違わなかった。
なんて世界だ。
「シャルルさん?」
「…………」
起きない。
どうやら爆睡中らしい。
時間を聞きたかったのだが、まあ、一度寝て30分程でたたき起こしてしまったのだから、今はゆっくり寝て貰おう。
そう思いなおして先の方を見やれば大きな岩が道路端の丁度いい場所に横たわっていた。
「あそこで昼飯にするか」
独り言ちつつ、歩く速度を少し早める。
そして岩の上に飛び乗り、リュックの中から今朝別れ際に霞かすみさんが持たせてくれたお弁当を取り出す。
霞さんとはここ3年間あまりの間、僕や嫁達のお世話をしてくれていた一族の女性だ。
4カ月後に合流する僕の巫女達の中には含まれてはいないけれど、別れ際になにやら不穏な空気を醸し出していた気もする。
彼女には総司そうじさんという同じ一族の旦那さんが居て、それはもう仲が良かったのだけれども、不穏な空気はその総司さんからも醸し出されて居た。
とはいえ来てくれれば来てくれたで、二人とも非常に優秀過ぎる程に優秀だったので、それはもう僕達にとって助かる事間違いなしだろう。
「さてさて……どうなることやら」
『にゃむ……どうしたですの?』
シャルルが起きたようだ。
2時間しか寝ていないのに大丈夫なんだろうか?
そう思って居ると例の如く空間に切れ目を入れてにょきっと顔だけを出した。
「おはよう……独り言さ」
そう返事を返して霞さんが作ってくれたおにぎりを口いっぱいに頬張った。うん、相変わらず塩加減が最高だ。因みに具は辛子明太子マヨネーズ和え。これが非常に美味しい。
『ほむ。ユトそれ美味しいですの?』
興味がありそうな表情でおにぎりを見やっている。
「おいしいよ?食べる?」
『食べるですの!』
嬉しそうにそう口にしたシャルルにおにぎりを少しだけ千切って渡す。
でも何もかもが小さいのだから、ほんのちょっとでもそれは巨大なおにぎりの破片となるわけで。
こんなに要らないですのー!とぼやきつつも嬉しそうに明太マヨ部分を食べだした。
精霊は特別人族が食している食事を摂る必要は無いらしい。
でも普通に食べれば食べたでちゃんと消化されるそうなので、一体どういう人体構造をしているのか不思議でならない。
とはいえ起きて来たならやはり聞きたい事は山ほどあるわけで。
「あ、そうそう、今向かってる三千人の町って町の規模的に小さい方?」
『んぐっ!……はんぐっはんぐっ。ぎょっくん!』
急に聞いたからか焦って飲み込んだらしい。
盛大な嚥下音が耳元で響いた。
「ああ、ごめん。これ飲め」
『ちゅーーーーーっ。ふぅ……んー……町としては多分一番小さな部類よりかはちょとだけ大きいくらいだと思うですの』
パックのお茶に刺さっているストローを差し出すと、それを藁を掴む様にまさぐりながら口にくわえる仕草はまるでフェラチオをしているかのようだ。
「そっか。宿屋はあるのかな?」
泊まれと言う位だから宿屋はあるのだろう……まさか行き成り野宿しろとかは言わない……と、思いたい……けど、そこんとこどうなんだろうか?
でもあと3時間はかかるだろうし、既に昼はとっくに過ぎているしで不安ではある。
『パースには宿屋はある筈ですの。簡単な道具屋とかも有るですの。明日から向かう場所はそこから西南へ向かって進むので、必要な物資もパースで調達するといいですの』
ああ良かった。
どうやら初日から野営なんてハードモードではなかったらしい。
「その場所ってパースからどれくらいで着く?」
『時間ですの?……うーーーん……馬さんで行ったとして4日か5日ですの』
……へ?……え?
思わず思考が固まった。
「えっと……4日?という事は往復8日?」
『ですの。ですから野営の準備も必要ですの』
今晩の話では無かったが、突然の野営しろ攻撃に口をあんぐりと開けながらも思わず距離の計算を始める。
馬でゆっくりって事は歩く速度より若干早い程度だろうから……1日8時間進むとして32時間だから大凡320kmってとこか。……地球なら東京名古屋間ってとこだけれど……遠いぞこれは。何気に遠い。そりゃ4日掛かるっていうのだから遠くて当たり前なのだが。
「その為の買い出しか……んでも野営か。何気に楽しみだ。じゃあ野営をする為の買い出しをパースでしなきゃね」
『ハイですの♪。その場所は綾乃ちゃまが関わった人がいたですが、今はもうそこには居ない筈ですの。ですが何等かの痕跡を残してある筈ですので、どうしても向かってほしいですの』
「分かった。じゃあ一つ聞かせてくれ。その人は無事なのか?」
綾乃は冒険者をやっているという事で無事だとは想像できるが、その人が無事かどうかは未だ聞いていない。
『ですの!……と言いたいですが、シャルルも詳しくは分からないですの』
「そっか……そうだよな」
聞いて直ぐに答えられるくらいなら最初からそう言って居るだろう。
『シャルルお役立ちできなくてごめんなさいですの……』
僕の表情が少し曇ったのを見たからか、あからさまにしょぼくれてしまい少し焦る。
「いやいやいや、大丈夫。聞いてみただけだから。まあ、綾乃は無事みたいだし、恐らくはその人も無事だろう」
『きっとそうですの♪』
まあ、今更焦った所でどうしようもない。
全ては僕が居ない所で始まり、そして終わってしまっている出来事なのだから。
そう思いながら3個目の美味しいおにぎりを頬張った。今度は鮭だ。うまい。
そして紙パックのお茶をちゅーーっと飲みながら辺りを見渡してみると、遠く東の方から馬車らしき物体が迫って来るのが分かった。しかも二台連なって。
「お、馬車だ」
『ですの!』
先頭の馬車はそこまで大きくは無いが、その代わり遠目から見ても大層立派な造りをしているようで、正面上部には何やら家紋のような彫り物もある。そして後ろの馬車は前の物より派手ではないけれどその分随分と大きい。
単純に考えて前の馬車に人が乗って、後ろの馬車は荷物が乗っているかのような。
どこぞの貴族さんの馬車だろうか?
って!貴族!!!
何気にスルーをしてしまう処だったけれど、貴族らしい貴族をさっそく見れるなんて!
元の世界でもイギリス貴族の知り合いは居て何度も会った事はあるけれど、それでも現代の人だからか貴族貴族などしてはいなかった。
なのでこの世界の貴族をさっそく拝見できる喜びに思わず頬も緩む。
高鳴る鼓動を感じながら、ゆっくりと近づいて来る馬車をさり気なく待つ。
ゆっくりとは言ってもそこは馬車。僕が先ほどまで歩いて居た速度よりかは断然早い。
次第に大きくなって来る馬車を観察すると、護衛している人達は6人居る事も分かり、その6人が2台の馬車を挟むように歩いている。
御者台には一人ずつ乗って居るようだけれど、馬車は立派な木枠製で扉も閉まったままなので中は当然ながら見えず、後ろの馬車も扉をしっかりと閉じて窓すらも開けて居ない。
「あの馬車って貴族?」
顔だけ出していたシャルルは今は引っ込んで目だけ切れ目から見えている。やっぱりホラーだ。
『ほえ?……貴族さんですかね?』
どうやらシャルルにも分からないらしい。
そりゃそうか。
「立派な馬車だな……貴族か……豪商か……」
『護衛の方達を見る限り……貴族ではないかもですの。金属メイルではないですから』
あぁ……確かに護衛を見る限り、どうも傭兵のような見た目をしている。
ある意味先ほど助けた冒険者のような身なり。
護衛6名は全員が全員割合に軽装で、急所部分は革製の当て物で隠しているけれど、決してフルプレートだとかチェインメイルなどではない。
この国の重装備がどれ程の物なのかは分からないけれど、6名の顔を見てもあまり品があるようには見えなかった。
かといって下品とまではいかないけれど。
じーっと見つめて居ると何を言われるか解らない為、通り過ぎる時には目をなるべく合わさないようにし、通り過ぎたあとで馬車の後ろを見てもやっぱり荷台の中を見る事は出来なかった。
ただ……
「前の馬車から凄く黒いオーラが噴き出ている。それに、後ろの馬車は荷物じゃない?」
どうも後ろの馬車にも人が乗っているような気配を感じた。
しかも一人二人ではなく結構な人数。
『ユトはオーラが視えるですものね』
「おかげさまで、こっちでも視えるみたいだ」
ただ、どうも視え方が以前とは違うような気もするが。
『ユトが言った通り、確かに後ろの馬車にも人は乗っていると思うですの』
「だよな」
『獣人族ちゃまもそういう力を持って居るらしいですけど、人間族ちゃまでだとあまり居ないとおもうですのよ』
「そうなのか」
とはいえ、もっと便利な異能の<透視>もギフトとして持っているのだが。
それが使えれば中の様子など一発で分かるかもしれないのだけれど、使えるのか?
「ちょと気になるですのね。シャルルもあの馬車ちょと気持ち悪いですの……それに後ろの馬車は少し悲しいですの……」
シルフは悪戯好きではあるけれど、善の象徴のような精霊らしいので、そういう黒いオーラは本能的に体が拒絶反応を示してしまうのだろう。
でも悲しいと言った意味は何だろうか?
「こんな時の為にギフトがあるんだから確認するべきだな」
『ユトは見えないところに居る人がわかるですの?』
どうやらシャルルは僕の持つギフトと魔法全てを理解している訳ではないようだ。
ソーンバリアを持って居るかどうかを聞いて来たくらいだし。
『ああ、わかる。はず……』
そう思いながらこめかみに指を当て、中の様子を探ろうとする……
んが!
『見えない……どうして?』
何か理由があるのだろうか?
確か天照様はこちらでも使えると言っていた筈だ。
『どうしたですの?』
『いや、使えない。なんでだろ』
『それ、ちゃんと中に居る人の意識を掴んだですの?』
『うあ!』
確かにそうだった。
元の世界でも僕の<透視>は生体反応を掴んでからでないと視る事なんてできやしなかった。
明らかな凡ミスに顔が赤くなる。
『やっぱりユトはおっちょこちょいですの。まずはサーチするですの!』
『ごもっともです……はいそうします』
シャルルに指摘をされて落ち込むが、そうこうしている内に馬車はどんどんと先に。
まずいな、範囲を完全に抜けたぞ。
『……シャルルさん。どうやら範囲外になったらしいです……』
見れば既に数百メートル先に行ってしまった。
周囲の生体反応を調べる<サーチ>という魔法は100m程度しか届かない。
なのですっかり範囲外になり、必然的に僕の<透視>も使用不可能という。
『あらら……』
なんて声をかけていいか分からないらしい。
弄って良いのか貶していいのか呆れて良いのか。
どれでもいいから口にして欲しい気分だった。
『ま、まあ、あるある。うん。今度から気を付けよう』
『で、ですの!』
シャルルの心遣いが身に染みて痛い。
そういう時は弄って良いんですよ?先ほどみたいに。
とはいえ気になる。
中に人がいるのは確かでそれが複数名居るのも確か。
視れなかったから余計に気になると言われればそうなのだが、特に前の馬車から発せられたあの黒いオーラは間違いなく負のオーラ。
だからって走って追いかけるか?
明らかな不審者じゃないか。
不審車両に乗っている人に不審者呼ばわりとか勘弁してほしい。
なので結局気にはなるけれど、スルーをすることに。
「ま、仕方が無いか」
シャルルとのひそひそ話をやめ、普通に声を発する。
『ですのー』
馬車が通り過ぎてから10分は経過しただろうか?
5個めのおにぎり(紀州梅)をシャルルに少し渡しつつ食べ終わった。
「満腹だ」
『沢山たべたですの!酸っぱかったですの!』
明太子マヨおにぎりは大層気に入ってくれたようだけれど、梅おにぎりはシャルルには酸っぱかったようで、梅部分を口に含んだ瞬間に見事な酸っぱ顔を披露していた。
はちみつ梅干しで甘いくらいなのに。
もう馬車は西の丘を越えてしまい、その姿を見る事は出来ない。
1台目も2台目も中には恐らく人しかのっていなくて、前の馬車に乗る奴が黒いオーラを纏っていた。
そして何より窓を閉め切っているのがどうにも気にかかる。
この辺りは危険だから閉め切っているのか、寒いから閉め切っているのか、もしくはあまり人に見られたくはないから閉め切っているのか。
この辺りが危険かどうかは僕にはまだ分からないけれど、大体は敵が現れてから閉めるものなんじゃないだろうか。
そして寒いかと言われたら全くそんな事はなく、むしろ暖かい。
じゃあ人に見られたくないとなるけれど、そうなれば――
「いや、そうそう出くわすものでもないだろ」
『どうしたですの?』
「あの馬車の中身、一瞬、奴隷かなって思ったりしたけど、そうそうないよねと」
『ふむぅ……分からないですの。でもでも気持ち悪い気なのは確かでしたの』
「だな。言えばそれだけだ」
まあ、あまり考えても仕方がないか。
例え奴隷だとしてもそうじゃなくても僕にはどうにも出来ない。
どうにかするにしても、僕はこの世界の事をあまりにも知らなさすぎる。
その後も少し気にしつつも休憩を終え、ゴミをリュックに押し込んで、西の町”パース”へと再出発をする。
僕を追い越した馬車はもう数キロは先を進んで居るだろう。
気にはなるけれど、もう見る事もないだろうな。
そんな事を街道を歩く道すがら考えていると、ゆるやかな丘を越えた時に前方の異変に気付く。
「ん?……あれ?」
前方数百メートル先で土埃が舞い上がって居た。
何やら争って居るようだが……先ほどの馬車だろうか?いや、僕らを追い越して行ったのはさっきの馬車以外居ない。
『ユト!ユト!前方で争いが起こっているですの!』
「僕も今気づいた。なんだろう?さっきの馬車だな」
のんきに歩きながら前方を見やると、馬車2台を囲んで金属音がしきりに鳴り響いて居る。
「ちょっとまずいんじゃ?というより幾ら人気が無いとはいえ、街道沿いで戦闘するとか異世界へ来たなとの実感が湧くけど……って地球も似たような物か……」
ただ、元世界の戦闘は極力人に知られないように行動していたから、ある意味東海道線のど真ん中とも言える街道でドンチャンと戦闘を行って居る事に、不謹慎にも高揚感を覚えた。
『と、盗賊さんに襲われているですの!ユト!助けて上げるですの!』
「よおーっし、お任せあれー」
襲われていると聞いて何となく血が騒ぐ。
遠慮はいらないな的な。
『ユト!気を引き締めるですの!』
「ああ、大丈夫だ」
<プロテクトシールド>は先ほど掛けなおした。相手は人だが人を切るのは初めてじゃない。
僕はそう呟きながら、愛刀のムラサメブレードを引き抜いて一気に戦闘が行われている現場へと駆け出した。
『がんばるですの!』
ひのふのみの……いっぱい!……って10人以上は盗賊が居るんじゃ?
人数を数えて居ると、背中にゾクゾクと感じる程の緊張感を覚える。
そうだ……ここは平和な日本じゃない……相手は素手ではなく武器を……得物を必ず持って居る……
そう思って居ると荷馬車の御者二人を屠った盗賊の一人が僕に気付いて仲間に知らせた。
「お、一人気付いた。どんどん気づいてくれると助かるんだけど」
既に馬車を護衛していた鎧を着た兵士らしき人物は何人か遣られているようで、残る護衛兵も青色吐息の様相だ。
何人かは既に息をしていないだろう。見ると先頭の馬車の扉が開け放たれ、中に居たと思わしき身なりの良い男が引っ張り出されて既に死んでいる。そして黒いオーラを放っていたのはどうやらその男のようだ。
とはいえ、今は馬車全体を盗賊達の黒いオーラで覆っているようなものだが。
ただそれでも僕は落ち着いては居た。決して今は気が緩んで居ると言う訳では無く、地球で散々戦闘してきたからか、軽い緊張状態のままの自分に頼もしさすら感じる。
「まぁ、盗賊なんて何も考えず屠っても大丈夫だろう!」
『大丈夫ですの!ぬっころしちゃっても平気ですの!!ちなみに悪い子達は全員で13人ですの!』
今度は怖くないのか、シャルルは切れ目から目だけで前方を見つめている。
「13ね。おーけーい。じゃあ遠慮なく」
そう答えつつ走り続け、盗賊との距離はおよそ30m。
魔法は基本的に必中ではないので注意が必要だが、今から使用する魔法は先ほどの<ソウルアロー>の中級グレード。
念属性魔法の特徴で射程内ならば障害物があろうとも確実にHITする魔法だ。ただし威力はその分低いが、低い分は僕の高いINT値でなんとかなるだろう。INT見えないけど。それにまさかビッグベアロードより効かないなんて事もないだろうし。
よし、射程に入った。
感覚で分かるソレを感じ取り、弓を構えて警戒している二人と、僕を見つけて剣を構えている三人に向けて、僕は薄い笑いを浮かべながらも、手の平に魔力を集中させドカンと一発魔法をぶっ放す。
「くらいやがれっ!!――ソウル・バレット!!」
詠唱など無い速射念属性魔法が手のひらから5発、薄青白い念の球が唸りをあげながら発射した!
そして綺麗な放物線を描きつつ、まるで吸い込まれるかのように加速度を増して――
――ズンッ!
狙った場所と寸分たがわぬ位置へ鈍い音と共に命中をし、そして難なく貫いた。