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第22話。 とろけるような肉質に。

 そんな話をしている内にどんどんと料理が運ばれて来る。


 さっきから醤油だろう香ばしい香りが厨房から漂ってきており、何気に僕の唾液腺はダダ漏れ状態だった。

 自分達で造らない限り、もう二度と味わえないと思って居た醤油味に、初日から再会できるなんてなんて幸せな事だろうか!


 そして、どうやら僕達以外の客はワイルドボアのステーキを頼んではいないらしく、熱々と焼けたプレートに乗せられ、今なおジュウジュウと美味しそうな音を立てているステーキを、羨ましそうに眺めて居た。


 お勧めだけどやはり高額だから普通では食べられない……って感じか。

 それ本当にお勧めなのか?とも思うけれど、この匂いだけでもお勧めで間違いは無いと思った。


 お勧めですよ絶対に!醤油最高です!


「良い香りだな。美味しそう」

「で、ですね♡涎がでてきちゃいそうです♡」


 エルフィナは僕の言葉に反応はしていても目はステーキに釘づけだ。

 漂う香ばしい香りを鼻をスンスンと鳴らしながら、そう口にした彼女のテンションは若干おかしい。今日昼過ぎに出会ってから食堂に来るまでの、澄ました上品な佇まいはいったいどこへやら?


 宣言通り、今にも涎を垂らさんばかりに運ばれて来る分厚いステーキを、今も瞬きすらせずに凝視している。

 尻尾?……当然のようにブンブンですよ。

 まるでエルフィナの背後は掃除が必要ない程にね。要するに尻尾がホウキ状態。


 ただ、ステーキを頼んだ上で気になっている事が一つ。

 それは主食がライスなのかパンなのか。

 もしもライスが出て来たりしたら、僕のお金儲け計画はかなりの確率でパーになる。


 計画という程でもないのだけれど、まあ、要するに出発前、天照様から「米は無いと思うよ?」と聞いていた。だから今後は米を食べられない。ならば米を持って行って作れば良いんじゃない?となり、種もみ数種類をリュックに50キロ詰め込んで背負って来た。ついでに米の育成方法もしっかりと覚えて。


 ゆえに僕のリュックの中身は殆どが種もみだったりする。

 こちらでも日本と似通った気候の場所はあると聞いたし、これは幸先良いと思って居たのに。


 皆がステーキに釘付けになっている間も、僕は祈るような気持ちでパンなのかライスなのかを見定めている。

 が――


「お、お?……え?ライス?」


 運ばれてきたのは遠目で見る限り米に見えた。

 これは……儲け話は無くなったか。

 運ばれてくるお皿に盛られたライスらしき白い物体を見やりながらも、米が既に有るならそれはそれで良いかと思いつつ眺めていると、僕の言葉にブレッドが反応をする。


「ライス?……というものがどんなものかは知りませんが、あれはスイトンの一種でチネリという物だそうです」


「え?……チネリ?」


 チネリって、あれか?小麦粉に塩と水を含ませて練ったものを米粒大にちぎるアレか?

 思わず無人島生活で芸人が作って居たアレを思い出したが、どうやら正解だったようで。


「確かそれも10年前に来た迷い人が広めたものの筈です」


「へー……」


 ブレッドが口にした通り、運ばれてきたライスらしき物体を見やれば確かに米では無かった。

 そしてそれを見て、心の中でガッツポーズを思わずしてしまう。 


「それにしても、う……うまそうだなぁおい……じゅるるる……ぁ」

「ブレッド……」


 余りに食欲をそそる匂いだったのだろうか?ブレッドが思わず滝のような涎をテーブルの上に垂らした。

 それに眉を顰める女性達。

 ブレッドの株が下がった瞬間でもあった。


「す、すまない……旦那……実は俺もワイルドボアは店で殆ど食った事がないんです」


 冒険者って儲からないのか?


「ブレッドって結構ランクが高い冒険者だと思ってたけど……冒険者って儲からない?」


「いえ、Cランク以上で尚且つ死ななければ結構儲かると思いますよ……でもそれ以上にこのワイルドボアのサーロインは……高価というか貴重というか」


「貴重?……個体数が少ない?」


「いえいえ、個体数はそれなりに多いのですが、奴らは普段から4、5匹程度の群れを成して生息しているので、Aランクの冒険者PTじゃなければ楽に狩れないんですよ」


「なるほど……ちなみにブレッドのランクは?」


 そう言えば聞いていなかった。


「俺はBランクですね。とは言ってもBになったばかりなので実質はCランクのようなものです」


「へえ~……じゃあこのワイルドボアを狩った冒険者は結構な手練れなんだ」


「そうですね。さっき聞いた限りでは二人で狩っているという話だったし、もしもそれが事実なら結構やりますよ。ワイルドボアの属性が土属性なんで、きっとどちらかは火が得意な弓師か魔術師でしょうな。4匹を相手にしたとすれば、遠距離職が居なければかなり難しいので」


「ふぅん……」


 そして最後にセラのジュエルパーチの香草焼きが運ばれて来た。

 ジュエルと名がついているから宝石のように綺麗で、逆に食欲をそそらない見た目なのかと思いきや、表面は赤く、中は真っ白な白身だった。それを香草と一緒に焼いた物らしく、ステーキ程では無いけれど、こちらも香ばしい良い匂いが漂っている。


 そして当然ながらセラはワイルドボアのサーロインステーキなど全く見向きもせず、ただひたすら自身が注文した香草焼きがテーブルへと訪れるのを、今か今かと待ちわびているようだ。

 因みに主食の穀物はどうやらパンだった。


 ただ、セラは感情をあまり表に出さない娘のようで、今この瞬間でも目の前にあるパーチの香草焼きを凝視しているのだけれど、なるべく人に悟られないように、密かに興奮している。……そんな感じ。


 その実お預けを食らった子猫のように、なにかを訴えかけるように僕をチラチラと見やるのだから、なんとも可愛いというか……意地悪をしたくなるというか。


 そんな眼で僕を見ないで!!興奮してしまうじゃないか。



「さて……食べよう」

「「はい!」」


 その言葉と共に僕は頂きますをするが、他の皆はフレイヤ教徒だからかキリスト教のように目を瞑ってお祈りを捧げる。

 ただ、呟いている言葉を聞けば、エルフィナやセラとフィオナやフェリスちゃんでは口にしている言葉が若干違う。恐らくは地域地域によって宗派の違いでもあるのだろう。


 肉の焼き加減は、見た感じレアとミディアムの中間ぽい焼き加減で、僕には何気に丁度いい気がした。

 見た目は神戸ビーフのような霜降りではなく、どちらかと言えばオージービーフのような感じだ。だからそこまで柔らかくはないのかな?……と思いながら、すっとフォークを添えてナイフを入れてみる。すると……


「あれ?すっごい柔らかい?」


 まるで神戸牛のそれのようにすんなりとナイフが入って行く。

 決して刃が付いて居るナイフではなく、日本でも使って居たようなごく普通のテーブルナイフなのに、だ。


「やはりすっごく柔らかいです!それにショーユの香ばしさが合わさってとても美味しいです!……おいしぃ……おいっしぃ……はふぅ……♡」


 エルフィナは瞳を潤ませながら、自身のほっぺたを擦りつつ、うっとりとした表情で頷いて来る。

 若干頬が赤らんで居るのも見て取れた。


「エルフィナは何度か食べたことが有る?」

「はい、セラとの狩りで何度か。ですが味付けはいつも塩とコショウのみでしたので、ショーユでの味付けは初めてでおいしいです♡病みつきになりそう♡」


 そこまで喜んでくれるならば食べさせ甲斐があるなあと。

 だって食べ物を食べてほっぺたをさする人なんて初めて見たし。


「はむっ……こ、これは……はむはむはむっ……く、くぅ……♡」


 セラはセラで、静かに……だが激しく、これは美味しい!という雰囲気を醸し出しながらも、ほぼ無言でモリモリと食べている。


「初めて食べましたが……魔獣のお肉とはこんなに美味しい物だったんですね……」


 フィオナも感慨深げにフォークに刺したステーキを見つめている。


「フィオナって魔獣狩りをしていたんだよね?」

「はい、ですが私の住んで居た地域は岩場と砂漠しかありませんから、魔獣ですとデザートヴォルフやスコーピオンなどの食べても美味しくない魔獣しか居なかったのです。ですからボアのお肉なんてとてもとても」


「なるほどね。フェリスちゃん美味しい?」


「あい!すっごく美味しい……です!おにいちゃ……あ、ユウト様ありがとうございます!」


 フェリスちゃんもご満悦のようだ。

 あまりのおいしさに僕の事をお兄ちゃんと呼ぼうとした。

 いいんだよ?お兄ちゃんでもね?その呼ばれ方は慣れているし。

 っていうか最初はユウトお兄ちゃんって呼んでくれていたじゃないか。


「最初のようにユウトお兄ちゃんでもいいよ?好きな呼び方でいいからさ?」


「あぅ……おにい……」


 ナイフとフォークを両手で握りしめ、口いっぱいに肉を頬張りつつも困った表情を見せるフェリスちゃん。困ってるんだけれど、美味しくて……でも困っちゃった……という微妙な感じなのだろう。


 ほんとフェリスちゃんは……目を離せば直ぐに攫われてしまうかもと思えるくらいに可愛いらしい。それは元世界のアリスを思い浮かべる程に。


「あははは……どんどん食べていいからね?」

「あい!はふはふ……あふっ!」


 そう言えばアリスと1歳しか違わないんだな。

 はふはふガツガツとむさぼるように食べるフェリスちゃんを見やりながら元世界に残した巫女の一人を思い出す。


 1歳違いとはいえアリスは発育が何故かやたらと良く、まだ小学生だったのにランドセルが似合わない体にまで発育していたけれど、目の前のフェリスちゃんは全くのつるペタのように見える。


 まあ、今から育つんだろうし、1年でそうとう変わるから10歳程度の1年差はあまり参考に成らないけれど。


「ボアのお肉は何度食べても美味しいです♡」

「パーチもです。でも……こんな美味しいお食事をまた味わえるなんて……」


 セラが魚を見つめながら感慨深げにそう呟けば、


「死ななくて本当によかったです……有難うございます……」


 思い出したのだろう……フィオナがしんみりと語り掛けている。……肉に向かって。


 恐らくワイルドボアとは猪のような魔獣だろう。

 ジュエルパーチがどんな形なのかは分からないけれど、これもナイルパーチを思えばそこまで遠くはないんじゃないかなと。


 どうやらこの世界で使われている様々な固有名称は、英語読みと日本語読みがごちゃ混ぜになっているようで、それはある意味それだけ日本人の転移者や転生者が影響を及ぼして来たんだなと、何となく思った。


「うまいなぁ……ほんと旨い……ワフウですか?……このソースが中々いい感じに辛くて……」


 ブレッドが感慨深げにそう呟くけれど、僕もそろそろ皆を見てばかりじゃなく頂こう。


「このソースは合いますね……材料はなんでしょう……」


 エルフィナもソースに意識がいったようだ。


「原材料は大豆だね。大豆ってあるのかな?」


「ありますよ?ロレイルであるかどうかは分かりませんが、私の国ではありました」

「ロレイルでもあるぞ。そっかぁ……これってダイズで作ったソースなのか……」


 醤油を造るにはその後の工程が沢山あるからだけれど、まぁ大豆が主原料で間違いは無い。それに小麦を配合したりして味を変えているし。

 そう思いながらフォークにぶっさしたサーロインを一口頬張った。


 ……!!!


「こ、こいつは確かに美味しい……」


 思わず目を見開きながら肉を凝視した。

 なんでサシが殆ど無いのにこんなに柔らかいんだろう?元の世界での常識が全くあてにならないくらい柔らかい。


 なんせ歯を使わず唇だけで肉を容易に千切る事ができるのだ。

 そんなの有名A5ランクの肉じゃなきゃ経験したことが無い。

 顎の運動が必要かなー……顎疲れるのかなー……なんて思っていた自分を叱ってやりたい気分だ。


 しかもワフウソース味。


 これは間違いなく醤油ベースだろう。

 どこで仕入れるのか分からないけれど、間違いなくこれは転移者が伝えた味だろう。

 昨日まで慣れ親しんで居た味と寸分違わないのだから。


 そしてご飯のような”ちねり”をフォークの背に乗せて頬張る。

 ドキドキしながら。


 んが……


「そっかあ……まあ思った通りの味だ」


 思わず口を吐いた。

 見た目米のような形をしているけれど、甘みなんて全く無い。食感もどこかネチネチしているし。

 小麦粉に塩を混ぜて茹でただけなのだからそりゃそうだなと。


 合わなくはないけれど、米の代わりに仕方が無しに代用している、という程度の味でしか無かった。

 なので、これでご飯があったらほんと最高だな!などと思わず口に出して言ってしまいたくなる。



 その後も余程美味しかったのか、結構なボリュームの肉だったのに僕も含め皆はあっという間に食べ終わり、今は食後の紅茶をすすっている。


 皆が食べている姿を見て居た分、僕が一番最後に成ったのだけれど、僕も食べ終わって、御馳走様をした後、皆に向けて今夜の事を告げる――前に現在時刻を調べる。


 ―――ポウゥン……20:02


「食べ終わったようだから、今夜これからの予定を伝える。今20時だけれど、22時になったら僕の部屋201号室に集まるように。話があるから」


「分かりました。有難うございます」


 エルフィナが代表するかのようにそう口にし、他の皆は何も言わず頷いた。

 それを確認し、


「ま、そういうわけなので、これにて解散。あ、ブレッドは先に打ち合わせがあるから」

「はい」

「美味しいお食事を頂き有難うございましたユウト様♪」

「ました!」

「ご馳走様でした、ご主人様♡」

「大変美味でした。有難うございます」




「十一の刻ちょっと前に部屋へ飲み物をピッチャーで1杯持ってきてほしいんだけどいいかな?」


 それぞれが部屋に戻った後、カウンターに居る給仕の女の子へそう告げると、直ぐに奥に引っ込んで居た恰幅の良い女将が出てきて、


「分かったよ。代金は部屋で頂くからね。大銅貨1枚だよ。コップは何個いるんだい?」

「6個お願いします」

「それならピッチャー二つがいいかもしれないよ?」

「じゃあ二つで。あと、今の僕達の食事代を全員分払います」

「あいよう……ワイルドボアのサーロインはどうだった?美味しかっただろう?」

 ニヤリと笑う女将。

「凄く美味しかったですね。滅多に食べられないんですか?給仕の娘が久々って言って居ましたし」


「1か月に一度入るか入らないかだねぇ……ほんとはこんな場所で出せるような肉じゃないんだけどね、聞いたかい」


「ええ、なんでも二人組の冒険者と契約しているとか」

「そうなんだ。もう2年の付き合いになるけれどさ、あの娘達のおかげでこのお店は大繁盛さね。今回は5頭倒したそうで、上質な部位ばかり卸してくれたんだ。だから今日はお客が多いだろう?」


 いや……普段を知らないので今日はと言われても……


「普段を知らないですが、満席ですもんね」

「流石にステーキは滅多に注文してこないけど、それでも肉の切れ端を使った野菜炒めとかもあるからね、皆それを狙って来るのさ」


「なるほど」


「だから宿泊客だけじゃなくってさ、今日は周りの割とお金に余裕がある家の人も来てるんだ。それくらい珍しいんだよね。特にサーロインは美味しいんだけど……貴重過ぎるから高いんだよね。今日食べたのもおたくらだけだ」


 んまぁあの柔らかさと味は確かに人気があるのも頷ける。

 というか値段は幾らなのだろうか?そもそも値段を最初に言わないなんて、高級寿司屋とかそういうとこしか今まで経験がないんですが……


「また機会があったら食べてみたいですね」


 その言葉に途端に落ち込む様な表情を見せる。


「それがどうやらもう手に入らないかもしれないんだよ」

「どうして?」

「いや、どうもこの地ですることは無くなったからって言ってたね。ああ、あと王都の方角へ向かうって言ってたね」


「へぇ~……」


 やっぱりあの二人かな。


「その人たちって一人はダークエルフで一人は魔法使いです?」


「お?その通りだけど、知り合いかい?」

「ええ、少しだけですけど」


 僕の言葉に何かを思い出すかのような仕草を見せる。


「ああ、そう言えばなんだか向こうも知っている風な感じだったね」


「え?」


「いや、宿泊客に迷い人は居ないかって聞いて来た。命を助けてもらったからお礼がしたいんだって言っていたけれど、こっちは泊まっている客の事は言わない主義だから口にはしなかったけれどね」


「そうですか」


「いつもこの宿に泊まってくれてるんだが、いかんせん来るのが遅すぎだったせいで泊まってはいないんだけどね。かといってもう一つの宿は反吐が出る程嫌っているから、恐らくは次の村まで走って行って野営をしているんじゃないかな」


 ここで思う。

 この世界に個人情報保護法何てないんだなと。

 あっても自分ルールだし。


「もう一つの宿って評判は良くないんです?」


「んー、普通じゃないかい?同業者をあまり悪く言いたくないのもあるけど、ただ、あの娘達を知っているならわかるだろうけれど、凄く美人だろう?」

「ええ、激しく同意します」


 確かにめちゃくちゃ美人だった。

 この世界の基準かと勘違いする程に。


「ははは、正直だね。まあ、美人や色気のある客に対して失礼な事をしでかすって噂は何度も耳にしたくらいかね。だから恐らくは彼女達もそんな目にあったんだろうさ。田舎だと夜這いの風習があるくらいだしね」


「夜這いですか……」


「ああ、とは言っても相手が拒否すれば成立しないけどさ」

「ですよね」


 その後何故か夜這いの話で盛り上がり、何気に逆夜這いなる女が男を夜這う事もあるとか、僕がもしも一人だったら給仕の娘の誰かが夜這いを掛けたかもしれないねとか、割と危険な話を聞かせてくれた。


 まあ、僕が迷い人っぽいからなのだと聞かされて、早く部屋に戻って染髪しなきゃなと。


 それから6人分の食事代として銀貨4枚を支払い、お釣り大銅貨8枚を貰って部屋へ戻る。


 なんとびっくりステーキは部屋代とほぼ同じだという結果に若干引いたけれど、それだけ美味かったのは確かだし、ある意味正当な対価だと言われれば逆に安い気もする。

 でも……これは流石に、皆には本当の金額は言えないな。素直に伝えたら卒倒されてしまいそうだ。


 そんな事を考えつつ、階段を上って201号室へ戻っていった。

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