第21話。 ワフウソース。
本日2話目です。
宿に戻った僕たちは一旦部屋へ荷物を降ろしに行って、19時にレストランへ集合する事にした。
19時という事はこちらの時間で九刻半。
この世界の殆どの人は何気に1分刻みで動かず30分刻みで動く。
それだけアバウトに生活をしているとも言えるのだけれども、何故アバウトなのかと言えば、やはりそれは生活魔法の<クロック>を持たない人が多いから。
先ほどから12種類のスクロールを全て順番に覚え、そして試していき分かった事だけれども、<クロック>を使用すれば確かに時間は分かる。
分かりはするのだが何気にクロックの生活魔法を持って居る人は冒険者や商人、それから役所の人とか兵士とかに限られるらしい。
因みにクロックを使用すれば分まで表示される。先ほど18:46という数字が眼前に浮かび上がったところからもそれは間違いないだろう。
なのにも関わらず”刻”とか”鐘”の単位で生活しているのも理由は同じ。持って居ない人が多いから”時分”とか言われても絶対に守れないゆえに。
要するに不便なのか便利なのかさっぱりだなと。
まあ、フィオナもエルフィナもセラもブレッドも<クロック>を持って居るから、僕らは今後”時分”で動こうという話にはしたけれど。
等と考えつつツインの部屋でベッドに大の字に寝そべり一人寛ぐ。
先ほど灯したライトの明かりが十分な光量を発しつつ部屋中を照らす。
ライトの生活魔法はどうやら2種類あるようだ。
まあ、簡単に移動と固定の2種類なのだけれど、今は固定の明かりを灯し、それを不思議な気持ちで眺めている。
「……見れば見る程不思議だ」
魔法の存在をあらかじめ知らされ、元世界で2度魔法を使用した経験がある僕ですら、目の前のイリュージョン的な現象に対し不思議でならないのだから、いきなり飛ばされて来た人達にとっては不思議どころかパニックにすらなるだろう。
「転移……か……」
考えて見れば大変な事だ。
昨日まで地球で生活していたのにいきなり飛ばされる。
転生ならまだしも転移なんて出来事が自身に降りかかったならば、どれほどの狼狽をしてしまうのか。
中には恋人がいた人も居れば、結婚をして妻や子供もいた人も居ただろう。
それら最愛の人達から強制的に引き離されてしまう訳で、そのストレスたるや計り知れない。
「辛いだろうな……」
昨日までの日常を奪われる恐怖は……
「ふぅ……」
小さくため息をつき、あまり覚えても居ない転移者の顔を思い浮かべる。
最初は同郷だからといって然したる感慨も無いかなと思って居たけれど、直接認識してしまうと少なからず動揺もした。
殺してしまったあとでも動揺をしたのだから、もしも殺す前ならどうなっていたか……
「なんで闇落ちしちゃうかな……」
そう呟いたのだが、心のどこかで少なくない同情も沸き上がる。
ブレッドが騎士団の屯所で口にした言葉、「人は弱いからな」は的を射ているのだろう。
――コンコン……
そんな事を考えて居ると、部屋の扉をコンコンとノックをする音が響いた。
……ああ、もうレストランへ行かなきゃいけない時間か。
「はい」
返事をすると同時に<クロック>の生活魔法をかけてみる。
―――ポウゥン……18:57
「ご主人様、そろそろお時間ですが」
ドアに遮られて聞こえる声は少しくぐもって聞こえたけれど、ご主人様と呼ぶこの声はエルフィナだ。
直ぐ行くと返事を返しつつ扉を開ければ、先ほどと同じように獣人族で狼人種の彼女が立って居た。
彼女は僕の姿を確認した瞬間に、尻尾をブンブンと振りながら両手を体の前で組んで嬉しそうに僕を見上げる。
どうやら買った服を着てくれたようで、しかもこの短時間の内にちゃんと尻尾穴まであけたらしく、大きく振れるふさふさの柔らかそうな尻尾が丸わかる。
「迎えに来てくれてありがとう」
「いえ、当然の事です♪」
そう口にしたエルフィナは更に微笑んだ。
あまり転移者の事は考えないようにした方がいい。
下手に同情なんてしようものなら、その分目の前に立つ美しい女性に危害が及ぶことに繋がるかもしれないのだから。
「じゃあ行こうか」
「はい、ご主人様」
僕らが宿泊を決めた時点で宿泊客は満タンだったのだからか、ラストオーダー直前になっても食堂もほぼ満席の状態だった。
とはいってもそこまで大きな食堂でもなく、せいぜい30人程度が座れるくらいだろう。
その一角にフィオナ達4人が席を確保して待ってくれている。
「ごめんごめん……また僕が一番最後だったようだ」
「お気になさらないでください。従者が主をお待たせするわけには成りませんから」
セラが4人を代表する感じで僕に告げる。
従者ね……んまぁ元世界でも源次郎さんは執事スタンスを結局最後まで崩さなかったし。
でも、うーん……どうするかな。
今後の彼女達の扱いを思い描きながら、僕の為に開けて置いてくれたのだろう席に座り食事の注文をする。
「よっし。じゃあ注文しようか」
その言葉を聞きつけた給仕の子が、僕の傍に何やら文字の書いてあるプレートを持って来た。
「メニューです。どうぞ~」
差し出されたメニューを受け取って一応眺めてみる。
うん、読めない。
表の看板すら読めなかったのだから、それより難易度が高いメニューなんて読めるわけが。
なのでメニューを持って来てくれた可愛らしい給仕の女の子にお勧めを聞く事に。
可愛かったから会話をしたいからではない。断じて。
「どんな料理がお勧め?」
そう聞くと給仕の娘は暗記をしていたのだろう、スラスラとお勧め料理を口にする。
「本日のお勧めですか?肉料理ですと、つい先ほど凄く久しぶりにワイルドボアのサーロインが入荷いたしましたので、ちょっとお値段は張りますがステーキがお勧めです。……ソースはワフウが良いかと思います。魚料理ですとジュエルパーチの香草オイル焼きです。どちらも魔獣の肉ですのでお高いですが、味は保証しますよ」
「ん?ワイルドボア?」
「わふ……?」
え?ワフウって言った今?
一体何を言っているのか一瞬訳が分からなかった。
ウエイトレスの口から突然飛び出した言葉……それは紛れなく和風という言葉。
「ワフウ?って言いました?」
確認の為に聞き返してみる。
「はい。10年ほど前から広がりだした味付けなのですが、何でも迷い人が伝えた故郷の味だとか」
ま、ま、まじでーーーーーっ!?
盛大に椅子から引っくり返りそうになった。
「じ、じゃあそれで!」
そして僕は当然のように一目散に注文した。
転移した初日に行き成り訪れた馴染の味に出会えるであろう機会に、僕は胸躍る気持ちになってしまった。
これが本当に和風じゃなかったとしても、それはそれでいいだろう。
もう二度と……少なくとも4か月は確実に味わえないと思って居た味なのだから。
こちらの生活を想像して気に成って居た事として食事の問題も当然ながら有ったのだけれど、どうやらその問題はあっさりと杞憂で終わりそうだ。伝えた転移者様はマジ神様だ。
でも、伝えた人ってどんな人なんだろうか?
昼間にあんな転移者を見たから愕然としていたけれど、どうしでどうして良い転移者も居るじゃないのと。
そう思った僕はワフウ味を伝えた人に俄然興味が沸々と湧いて来た。
ただ、ブレッド達は違う所に食いついたようで。
「もう一度聞くがワイルドボアのサーロインがあるのか?」
「ボアの肉があるのですか?」
「はい、先ほど二人組の女性冒険者の方がいらして、契約していたお肉を卸していかれましたので。なんでもこの周辺で依頼を受ける事が多いとかで、肉が手に入ったら卸すという契約を結ばせてもらっているそうですよ」
ん?二人組の女性?
僕は不意に助けた女性二人組を思い出した。
「ほぉ……それは良い冒険者を確保しているな」
「もしかして宿泊しています?その二人」
突然僕がそんな事を口にしたものだから給仕の娘は少し探るような視線になる。
「ああ、知り合いかなって」
「そうですか。いつもは宿泊もなさっているのですけれど、今日は満室だったようでお肉だけ卸していかれました」
そうか。
会わなくて良かったような良くなかったような。
なんだか複雑な気分だ。
「そうでしたか。あ、ごめん、注文の途中だった。皆はどっちにする?肉か魚か」
「お、お高くありませんか?」
ここでも遠慮の虫が発動したらしい。
「構わない。10倍だろうがなんだろうが美味しければ」
「まさか10倍もしませんよ?そうですね、せいぜい通常のロシナンテビーフやロシナンテパーチの倍というところです」
「だそうだから遠慮なしに食べてよ」
「はい!ではわたしもご主人様と同じものをを!!」
凄い勢いで食いついた。エルフィナが。
「では私もユウト様と同じ物を」
「フェリスもー!」
「俺も肉だな」
エルフィナはどうやらワイルドボアの肉を知っているようで、肉が有ると聞いてから涎を垂らす程に顔が緩んでいる。それほど美味しいのか?魔獣の肉は普通の肉より数段美味しいらしいし、しかも和風とくれば期待せざるを得ないのは確かだけれど。
フィオナとフェリスちゃんも迷うことなくステーキにするつもりだったようだけれど。
特にフェリスちゃんは、味付けはどうでも良い、肉ならなんだっていいんだーというような……なんというか子供らしいなと。
が、セラだけはどうやら違うようで。
「では私はジュエルパーチの香草焼きでお願いいたします。楽しみです……」
そして猫人種のセラは、やっぱりというか魚料理だと言うロシナンテパーチの香草焼きを選んだ。
やっぱ種族によって好き嫌いがあるのだろうか。
というかパーチというくらいだから淡水の魔物なんだろうか?元世界ではパーチと言えばナイルパーチが有名だったけれど。
全員の注文を聞いてウェイトレスが厨房に行ったあと、僕はエルフィナ達に聞いてみた。
「狼人種の人って肉料理が好きだったりするの?」
一瞬、え?あたりまえですよ?というような顔を見せた気がするけど、エルフィナは直ぐに表情を変えて丁寧に説明を始める。
「はい。狼人種と犬人種と狐人種は魚料理をあまり好んで食べる種族ではありません。魚料理が嫌いという訳ではないのですが、肉か魚か何方か選べと言われたら迷わず肉料理を選びますね」
「なるほど。やっぱそういう事ってあるんだな……じゃあセラは?」
「私は猫人種ですからエルフィナ様とは反対でお魚が大好物です♪……この辺りは方角的に恐らく内陸部で海は遠いと思いましたので、まさかお魚が食べられるなんて思いもよりませんでした♪……しかも淡水魔獣なのに癖が全くないジュエルパーチですからね……非常にご馳走です。恐らくはこの町からそう遠くない場所に大きな湖か川があるのでしょう」
そう言ってこちらも涎を垂らさんばかりに一気に説明を終えたセラさん。
もう厨房の方が気に成って仕方がないかのように、そわそわーっと体全体をゆすって居る。
でも、何気に初めて来た場所なのにも関わらず、セラはここが内陸部だと言う。
それは自身が住んで居た場所から運ばれた時間と方向感覚と距離感覚、それから世界地図の全体像を把握しているという事か……何気に凄いな。
というかやはり淡水魔獣だったか。
ここは内陸部だとセラが言う位だから、海の魚や魔獣はそうそう手に入らないのかもしれない。
魔獣の肉なら大丈夫だろうけれど、そもそも内陸に売りに来ずとも高値で売れるだろうし。
「だからセラは魚なんだね……という事はエルフ種は肉料理そのものが嫌いとか?」
僕の勝手な想像で言ってみる。
「えっと……確かにエルフ種は猫人種と同じで肉料理より魚料理の方を好む方が多いと思います。それも海よりも川の魚を好みますね。ダークエルフは肉料理が好きみたいですけど」
「違いますよエルフィナ様」
エルフィナの言葉をセラが違うと言う。そして何かを言いたそうだ。
「あら?違った?」
「エルフは確かにお魚料理を好むというので間違いはございませんが、猫人種は魚があれば後は何もいりません。そういう種族です」
腰に手を当てて胸を張りつつドヤ顔のセラは何故か誇らしげに言う。
なんというか……そのまんまじゃないかと。
口に出しては言いませんが。
「へ、へぇ~……じゃあドワーフは?どんな物を好むの?」
イメージは……酒だが。
「酒ですねやはり。料理は無くても酒があれば生きていけると豪語する方もいらっしゃいますし……」
「24時間毎日お酒を飲んで居る人も多いですね。お酒が水の代わりみたいですし……」
「仕事をしながらお酒を飲むというよりも、お酒を飲みながら仕事をするという感じです……笑ってしまいそうですが本当なのです」
うっは!やっぱ酒なのか……イメージ通りというのが凄く面白いけれど。
「へぇー。なるほど」
「ご主人様はどのような食べ物を好まれますか?」
と、ここでエルフィナが僕の好みを聞いて来た。
「んー……基本的に何でも好きだよ?好き嫌いは無いと思うけれど、甘い料理は好んで食さないかなぁ」
昔食べたココナッツミルクカレーを思い出した。あれはどうにも受け入れがたかった記憶がある。
辛い筈のカレーが甘いんだもの……舌がおかしくなりそうだった。
流石に米が無い世界らしいから、カレーは無いとは思うけれど。
「甘い料理……ココナッツミルク系ですかね……」
ココナッツは有るのか!……んまぁ昔からある素材は大方あると言われて居たし。
「ココナッツミルク自体はいいんだけどね?それを辛い料理に混ぜるとか……」
「辛い料理……例えば……カレーですか?」
カ、カレーもあるのか!凄いな。ってまぁカレーはスパイスがあれば作れるし、小麦粉で作ったナンで食すのが当たり前の国もあったし。というかそれが本当だし。
ただ、カレーとココナッツを組み合わせるなどという暴挙に出るかどうか……そこが問題だ。
「もしかして、カレーにココナッツいれる習慣が……あったり……?」
恐る恐るエルフィナとセラに聞いてみる……
二人は顔を見合わせて、どうだっけ?という感じでお互いの意見を目で探って居る。
「んー……見た事は有りませんがあると思います。南方の暑い地域ではカレーが主食の王国もありますし」
まじかよ……絶対に食いたくねぇ……
「あ……そう……でも僕は食べないけどね?」
「私も甘い食事は苦手です」
そう言って苦笑いを浮かべるのはフィオナだ。
「甘いスイーツはとても好きですけど」
スイーツが好きだとエルフィナが言うけれど、女の子は大体が好きだろう。
「私もスイーツは好きですけど、魔獣のお肉と同じで殆ど食べたことはありません……お砂糖が高価だったので……」
「ありません……」
フィオナとフェリスちゃんがしょぼくれた。
まあ、住んで居た場所が悪ければそうなるか。
とはいえならば僕が食べさせてあげれば済む話。
だからこれから沢山食べれるさと思いつつも、やはりエルフィナはスイーツを食べられる環境だったんだなと。




