第17話。 エルザとリズ 3。
本日2話目です。
「なあ、これはどういう事だ?」
先ほども同じような言葉を発した気がするが、またしても目の前の光景に疑問が湧く。
あれから二人は急ぎ野営の後始末をし、直ぐに森を抜けて”パース”の町へと向かっていたのだが、その道中で明らかに今日出来たであろう不審な焼け跡を二つ見つけた。
「ファイアーストーム……ね」
「ああ、そうだろうが、ここで一体何があった?」
「知らないわよ。でもあちこちからその焼け跡に向けて血痕が線を作ってるところからすれば、盗賊か魔獣か……いえ、魔獣では無いわね。魔素の流れが違うもの」
見ればリズはこめかみに手を当て、周囲を見渡している。
その瞳は怪しく明滅を繰り返している事からも、彼女が口にしたように魔素の流れを視ているのだろう。
相変わらず鼻が利くというか眼が利くというか、大したギフトだな。
そうエルザは感心しつつも同じように周囲を見やる。
「だがそうだとすると結構な数だぞ?これは……」
リズベットも周囲を見渡しながら残された気の痕跡を数える。
「そうね、軽く10……20人弱かな……殆どが負の気。良くない気質ね。あ、うん、わたし達を助けてくれた人の気も確かにあるわ」
リズベットが指摘したようにファイアーストームの焼け跡に向けて既に変色した黒い道が何本も伸びている。ただ、彼女は変色した血糊の筋で人数を把握したわけではないが。
「だろうな」
ここで盗賊に襲われたのだろう事は直ぐに分かる。
そして難なく返り討ちにした。
当然だ。
ビッグベアロードを一人で一瞬のうちに倒したであろう剣技と、この魔法をもってすればその辺に居る盗賊だろうが魔獣の群だろうが赤子の手をひねるよりも簡単だったに違いない。
「……でも、たった一人の旅人を10以上で襲うかしら」
「ふむ……人が襲ったならばあり得んがな」
エルザが答えたように、確かに一人の人を狙うならば10人で襲うなどあり得ない。
それはとどのつまりは10人で襲ったとしても一人を切りつけられるのはせいぜい3人が限度だからだ。
だが、魔獣ならばそれらは関係ない。むしろ我先にと襲い掛かろうとするのだから10体で襲ったとしても何ら不思議ではない。エルザはそういう意味で人が――と言った。
「それにファイアーストームの痕跡が2か所あるって事は、分けて燃やしたってことよね?」
「そうなる……のか?」
いまいちよく分からないといった風にエルザはリズに聞き返すが。
正しくリズベットの考察で正しい。
「だってそうじゃない?盗賊だけなら2か所に分ける必要も無いし、それにほらここ見て」
そう口にしたリズが指さした場所。
それは争った形跡の中にぽっかりと空いた、何も痕跡が残って居ない場所だった。
それはつまるところ、その場所には何かがあったわけで、その周囲は未だ小さな肉片や大量の出血痕が残っていることからして、この場で馬車が盗賊に襲われたと判断しうる材料となる。
「なるほど。だとすれば商隊は全滅か……それとも……」
商隊ならば護衛が必ず付く。
その護衛がどうなったのか、盗賊に遣られたのか。
「それに……ファイアーストーム以外の魔力の痕跡もあるわ……属性は……念かしら」
毎度驚かされるギフトの威力にエルザは唖然とリズベットを見やる。
本来このような広く風通しの良い場所での魔力痕跡など分かる訳がない。
だがリズベットにはそれが分かるというのだから、エルザが唖然と見やっても不思議でも何でもない。
「相変わらずだな……やはり”森エルフ”の血は伊達じゃないな」
呆れつつエルザはそう口にする。
もうすっかり慣れた筈なのだが、やはりそこは自身に無い感覚だからだろう。
リズベットは森エルフの血が半分流れている。
尤も、母親は人間族なのだからリズベットの見た目は紛うことなき人間族そのままなのではあるが、やはり能力的に優れたエルフの血は優秀だ。
「ふふ、製作系のギフトなんて属性付与くらいしか無いけれど、このギフトはきっとヨリシロ様に役立ててもらえるわ」
「ああ、間違いないな」
さも嬉しそうにそう口にしたリズベットを優しく見やるエルザ。
リズベットとエルザは小さな町の孤児院で一緒に育った幼馴染。
貧しい孤児院で育った二人は苦楽を共にしてきた間柄か、喧嘩をしても直ぐに自然と仲直り出来る程に仲が良い。
今も昔も変わらず親友と呼べる間柄だが、昔のリズは今程明るくは無かった。勿論、それはエルザも同じなのではあるが、リズの場合は特に暗かった。
今でこそリズベットはこうやって自身の能力を誇れているが、子供の頃はこの能力と魔法の素養が嫌で嫌で仕方が無いと、いつもエルザの隣で泣いていた。同じ人間族からのやっかみをその小さな体に受けて。
彼女が受け継いだギフト。
この世界には魔素が無い場所など殆ど存在しないがゆえに有効なギフト。
そのギフトの名は<痕跡トレース>
それは空気中に漂う魔素の流れや歪みを感知するレアギフト。彼女が持つ森エルフのギフトはあらゆる魔素の動きを漠然としながらも追えるという。
ゆえにこのような広大な野外ですら、その場で急激に発生した魔素の集約痕ならば感じられる。
その能力をリズベットは色濃く受け継いでいる。人間族の容姿のまま。
だからこそ彼女がヨリシロ様を探す役目に選ばれた理由でもあるのだが……
ダークエルフそのままの見た目のエルザと違い、リズは見た目人間族なのにも関わらず、能力は人間族を超越しているのだから、それを知る者からすれば自分より優れた者に対する僻みが沸き上がる。
見た目がエルフならそれも我慢が出来るが同じ人間族ならば我慢が難しいと、親友の涙に堪らず食って掛かったエルザに向けて僻みを持った者達は口々にそう言った。
ゆえにリズベットは自身の能力を呪った事すらある。
どうしてこんな能力が自身にあるのだと。
そして、彼女が更に孤児院の男達を嫌うようになった切っ掛けもあるが、それはまあ……その容姿でその体つきなら仕方がない。
そう嬉しそうに口にするリズベットを、自身の容姿は棚に上げるエルザが優しく見やっていると、彼女はパースの方角を向き、目を輝かせつつ、
「でもどのみちこれでパースへ向かっている事がはっきりとしたわね」
「ああ、それも間違いない」
少し血の匂いが残る現場を見渡せば、否が応でも二人の鼓動は高鳴る。
当然だろう。彼女達はヨリシロに会うためにこの地をベースとして来たのだから。
この場でどのような立ち回りがあったのかは分からないが、ここでヨリシロが戦ったならば――
想像をし、思わずエルザは身震いをした。
そしてそれはリズベットも同じ。
「なんだか……クルものがあるわね……」
「奇遇だな、私もだ……だが今は不味くはある」
「ええ……でも、早く会いたいわ……」
「同感だ……」
二人の沸き上がる興奮は同じだった。
だがそれと同時に余計な興奮まで催してくるのだから困ったものだと。
具体的に言えば下半身の疼き。
強き者に惹かれるのは戦士としての性だろうか。それとも命を救ってもらったからだろうか。
二人で顔を見合わせれば同じように困った表情を見せている。
きっとリズも濡れているのだろう。
また寂しく二人で慰め合わなければならないのか。まあ、嫌いという訳でもないのだからそれでもいいが、自身の初めてを捧げる対象が確実に表れた今、既に気持ちはうっすらとしか覚えて居ないその男にしか向いていない。
そしてそれはリズベットも同じだった。
見やれば彼女の潤んだ瞳はパースの方角を見つめたまま、陶酔の域にまで陥っているかのようだった。
(まあ、それは私も同じだがな)
そう思いながらエルザは薄く微笑み、そして意識を先に移す。
「ともあれ急ごう。もう八の刻をとっくに過ぎた。あと一刻かそこらで夜になる」
「ええ、宿が空いて居れば良いけれど……」
陶酔にも似たリズベットの表情が一瞬にして曇る。
「そこだな。出来ればバンサンカンに部屋が空いていればいいのだが」
「もう一つの宿屋なんて嫌よ?わたし……」
「その気持ちは私も同じだが空いていなければ仕方が無いだろう。それともまた野営でもするか?」
「うう……野営の方がましよ……」
「まあな……」
精一杯に嫌そうな表情を見せるリズベットにエルザも同意をする。
二人はこの2年間、パースから北西へ向かって30キロの距離にあるマスプラード伯爵領一の都市”ユエレス”を拠点にし、冒険者ギルドでパース周辺の依頼を受けて出かけ、そして依頼をこなして戻る。その繰り返しを続けていた。
ゆえにパースに宿泊する事は何度もあった。
そして何度目かは忘れたが、何時もの様にバンサンカンへ泊まるつもりでパースへ訪れたのだが、いつも利用していたバンサンカンが空いておらず、仕方なしにもう一つの宿屋に初めて泊まった。
元々あまり評判が良いとは聞いていなかったので、二人は嫌な予感を感じては居たのだが、まあ、思い出すだけで腸が煮えくり返る程の扱いをその時に受けた。
何があったかなど、何気に田舎の村や町では当たり前のように行われている行為。それはいわゆる夜這い的なもの。
しかも宿屋の主人が息子の筆おろしをしてくれと、更に自身もついでにと二人で訪れたのだからたまったものではなかった。
そしてその時の言葉、冒険者ならば、ダークエルフならばお願いをすればヤらせてくれるかのような口ぶりに、エルザは激高し、リズは極限まで冷め、結果、そのまま主人と息子を蹴飛ばして宿屋を後にし野営を行ったという苦い経験がある。
ゆえにその宿屋には金輪際泊まらないと二人は固く誓ったのだが。
「それに、もしかしたらヨリシロ様も泊っているかもしれないしな。まあ、時間によっては泊まらずにそのまま次の町まで進んだかもしれないが……」
「そうね、半々かしら。でもこの機を逃したら当分会えないような気がするわ」
それは困ると言いたい処だが、またしてもやはり運が付きまとう。
運が良いのか悪いのか。
いや、今日現れた事を知り、助けられたとはいえ少なからず接点を持てただけでも運を使い果たしたのではないのか?と思える程なのだから、運は良い方だろう。
(あ、まずいな……垂れてきそうだ)
そしてヨリシロの事を思い出すとどうしてもエルザは身震いをしてしまう。
それによる自身の体の変化を感じれば、やはり愚痴となって口を吐く。
「今日は温水で体を拭きたかったのだが……まあ、仕方が無いか」
「まだ満室だとは決まって居ないわ」
そう口にしつつも時間が悪いのはリズにも分かって居た。
一応パースの町は幹線街道沿いにあり、それなりに人の出入りが多い。南へ行けば10万人程の都市”ネストル”があり、更に南へ行けばもっと大きな都市もある。
それゆえに小さな町なのにも関わらず宿屋が二つもあるのだが、九の刻を過ぎれば途端に宿屋が人であふれる事も多いのはもう経験上知っている。
「まあ、期待はしないで置こうか……」
血糊をお湯で落としたい願望も有るが、それと同じくらい湿って蒸れた股間を綺麗にしたい。
凄い事に成っているだろう事は少し歩いただけで分かる。
歩くたびに音が聞こえてきそうな程に濡れそぼっているのだから。
「ほんっと、今日はホットパンツじゃなくて良かったわ……」
「全くだ。……というかそれは私に対する嫌味だな?お前はそんなもの普段から着ないじゃないか」
リズベットは昔から肌の露出を拒む。
その内に隠す豊満な肉体を男どもに見られたくないという理由と、触れられれば過敏過ぎる程に反応をする体を持つがゆえに。
現に今も丈の長いウィザードローブを着こんでいる。
「ええ、わたしの体はヨリシロ様の物なのよ?他の人には見せないわ?昨日までエルザに貸してはいたけれどね?ふふふ」
「ふん、それは私の台詞だ」
エルザとて別に男を誘う為に露出が多い服装を着ている訳ではない。
動きやすいからという理由も有るにはあるが、それはあくまでも建前で、いわば露出癖の有るダークエルフの本能的な物といった方が本人もしっくりとくる。
だからこそ彼女の周りには男が常に群がる。しかもダークエルフの本能を知っている者も多いゆえに。
ただ、彼女は他のダークエルフとは違い、19になった現在も未だに男を知らない。リズベットと慰め合う事はあってもキスと膜は残そうとお互い誓う程に身持ちは堅い。
全て捧げるのはヨリシロ様にとの誓いの元に。
「まあ、とにかく急ぐぞ」
「そうね、急ぎましょう」
とはいえこんなところで下らない言い合いをしている暇は無い。
苦笑いと共にそう口にしつつ、二人は”パース”への道を急いだ。




