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第12話。 シングルライフ終了のお知らせ。

本日3話目です。

 その後言葉の誤解を何とか解き、それでもなお嬉しそうに手を取り合って喜んでいた4人だが、エルフィナさんが何かをセラさんとフィオナさんに目配せをした後、スッと僕の方を向いて口を開く。


「では私達の事は呼び捨てでお呼び下さい」


「あー、うん、じゃあそうする」


 まあもう慣れたし、従者だというならそうするべきだろう。

 ただここでブレッドさんが少し真顔で口を開く。


「旦那、いいのか?」


「何がです?」


「いや、大丈夫だな、その強さなら」


 僕の顔を見やり、何か納得をしたようにそう言うが。

 何をブレッドさんは言って居るのだろうか?

 呼び捨て云々ではない事は確かだろうが。


「意味が分からないんだけど、どういう意味?」


「いや、税の事とかいろいろある。旦那はその4人を奴隷として扱わないんだろう?」


「そりゃ勿論」


 当たり前だろうに。


「だったら4人分の税が必要になる。勿論奴隷だとしても税はいるが、奴隷と市民の税額は10倍以上違うからな」


「そんな事か。全然平気ですよ」

「それと、狼人族は非常に貴重だ。しかも飛び切りの美人と来ているからちょっかいを掛けてくる輩も多い」

「それも問題ないですね」


 どういう経緯で彼女達が戦時奴隷となったのかは分からないが、首輪が無くなった以上街中の暴漢程度にエルフィナがどうこうされるとも思えない。

 それに僕の従者となったからには僕が全力で守るし。


「だろう?だから大丈夫だなって言ったのさ」


 ブレッドさんが口にした一つは税の事。

 この4人は他国から訪れた事になるのだから、役所でロレイル王国の市民権を購入しなければこの国に住むことは叶わない。勿論僕も市民権を買わなければ成らないのは同じだが、それが一人分か5人分で随分違うのは確か。


 一体どれだけのお金が必要になるのかは今の時点では分からないし、商人が持って居たゴルドがどうなるかも分からないけれど、まあ、シャルルがくれたゴルドもあるし、それで十分生活出来てお釣りがくるだろう。


 ただ、その事を聞いた大人3人は暗い表情を見せる。

 フェリスちゃんはいまいち分かって居ないようだけれど、特に分かりやすいエルフィナが目に見えてしょんぼりとしている。なぜかって?そりゃもう先ほどまで服の中で尻尾が千切れんばかりに暴れていたのに、今ではひっそりと鳴りを潜め、まるで萎れた花のようにしな垂れてしまっているのだから。


 余計な事をとは思わなかったけれど、今口にする事では無いなとは思う。


「ブレッドさんってさ」


「ん?」


「空気読まない人って言われるでしょ?」


「なっ……い、いや……どうしてそれを……」


 面白いように狼狽した。

 当たりか。

 どこかの田中みたいな雰囲気を持って居るあたりそうじゃないかと思ったんだよ。


「ブレッドさんの言葉は必要な言葉かもだけど、今言わなくてもいいだろう?って思うんですよね」


「た、確かに……すまなかった」


「いえ……事実ですし」


「事実かもしれないけれど、今はそれを考えずに喜んでいいと思うよ?」

「はい、有難うございます……」


「参ったな……本当にすまなかった……」


 そう頭を掻きながら直ぐに謝罪をするあたり、悪い人間ではないんだろうなと。

 ただ口が滑るってだけだろう。


「とはいえ、僕も何等かの仕事に就かなきゃならないけれど、ブレッドさんって冒険者って言ってましたよね?ギルドの依頼とか言ってたし」


「ああ、本拠はハイドラって大きな町なんだが、旦那は冒険者になりたいのか?」


 何故か僕の事を君ではなく旦那と呼びだした。

 その事に何か意味はあるのかなと思いつつ、


「うん。あー、もう分かって居ると思うから言いますけど、僕って転移者なんですよね」


 思いっきり暴露をしてしまったけれど、ブレッドさんとそれから意外にもセラは特別驚くようなことも無く。

 エルフィナとフィオナは若干驚いているようだが。


「ああ、それは薄々感づいてはいた。この近くには例の”不侵の森”があるしな」


「冒険者ならでは、か」


 僕の言葉に顔を半分だけこちらに向けつつ頷きながら、


「そうだな。地理は冒険者が一番詳しい。それに強さが半端ないばかりか古代魔法使いともなれば答えは一つしか無い。詮索するなって言われたから何も言わなかったけどな」


「やっぱり古代魔法は控えるか……」


「その方がいい。この場所とその見た目と古代魔法だけでも割と分かる奴はいる。ただ、この場所から離れて古代魔法もそうそう使用しないようにしていれば、そうそう分からないかもしれない。その見た目でもな」


「迷い人ってどれくらいいます?」


「このロレイルには迷い人が他と比べて多いらしい。それは”不侵の森”がある場所は殆どがこの国内だからなんだ。そのせいで迷い人の子供も多いんだが、それでもどうだろうか……血の近い子孫を入れても草原エルフよりも遥かに少ないだろうな」


 その物差しが僕には分からないのだが。


「その草原エルフはどの程度?」


「んー、ハイドラに行けば結構いるが、今向かって居るパースって町にはエルフは一人二人いるかいないかだろう」


「3000人で一人二人か」

「草原エルフだとそうだがパースには迷い人は住んで居ない筈だ。昔は留まった迷い人も居たらしいが、殆どが都市部へ向かう」

「ふむ……そうかもね」


 そもそもこの国の人口が分からないんだが、ブレッドさんに聞いても分からないだろうし、シャルルも分からないだろう。

 とはいえまあ、転移者の子孫も多く居るらしいし、ブレッドさんが言うように街へ着いてしまえば心配はいらないんじゃないかなと。ただ、古代魔法だけは気を付けなければならないだろうけれど。


「髪も、まあ町へ行けば魔法で作られた染髪材を売って居るからそれを使うのもいいかもな。目の色だけはどうしようもないが、黒目なんてそれこそごまんといる」


「そんなのもあるんだ」


「ああ、元々は迷い人隠しで迷い人が自ら作り出したものらしいが、今じゃオシャレで染髪してる奴の方が多い。だから本音を言えば実際の人数って聞かれると正直分からない、が答えになるな」


 過去にそうとう苦労したんだろうな。

 いや、今でもか。


「そっか。とはいえまあ、そういう事で来たばかりなんだ、僕は」


「なるほど。じゃあ尚更騎士団の詰め所に行かなきゃだな」


「そういう事。それで後は冒険者になる。それプラス何か商売が出来ればそれもかな」


「でしたら、わたしもお手伝いが出来ます!前衛しか出来ませんが!」

「私も及ばずながら前衛を!」

「あ、私も回復魔法でしたら少しは……以前ギルドに所属していたことがありますし」


 僕とブレッドさんの会話を黙って聞いていたエルフィナ達だが、タイミングを見計らうかのようにズイっと身を乗り出して口を挟む。

 胸を突き出すそのポーズは止めて欲しいんだけど。折角寝た愚息がまた起き上がるから。


「じ、じゃあ一緒に冒険者ってのも悪くないね」

「はい♪」


 だから古代魔法の事を知っていたのか。

 そう納得していると、フェリスちゃんが少し暗い顔を見せつつ、


「フェリスは何もできません……普段のお姉ちゃんのお手伝いくらいしか……」


 しょぼくれた彼女を見やり、なんて可愛いんだと思いつつ、


「フェリスちゃんは心配しなくていいよ。沢山食べておっきくなってくれれば良いから。後の事は僕ら大人に任せて」


「あい!お姉ちゃんみたいにおっきく成ります!」


 そう口にしつつフィオナの胸を見やるのは止めましょうね?

 フィオナもその事に気付いたのか少し苦笑いを浮かべた。


 とはいえ前衛三人に支援一人なんて、なんてバランスが悪いんだと思うけど、それはそれで面白い。脳筋みたいで。というかこれに雪那と香那多が加わったら酷い事になりそうだ。

 絵面を想像してしまい思わず苦笑いが浮かぶ。


「そう言えば旦那は何歳なんだ?」


「ん?20歳。ブレッドさんは?」


「俺はもう30歳になっちまった」


「じゃあ先輩ですね。やっぱり敬語にしないと」


 割と真顔でそう口にしたのだが、とうのブレッドさんはそれを見て苦笑いを浮かべつつ、


「よしてくれ。命の恩人にそんな事を言われたら困る。折角砕けてくれたんだから今のままでいいさ」


「ですか。じゃあまあそういうなら」

「でもあれだな。旦那は今日来たんだろう?」


「今朝飛んできた」


「それなのにえらく堂々としているな。いや、悪い事ではないんだが、俺も何人か転移したばかりの迷い人を今までみてきたが、皆最初はおどおどして不安を絵に描いたような表情しかみせていなかった」


「ああー……まあ、うん、考えても仕方がない。来ちゃったんだからさ」


「凄いな……」


 感心しているみたいだが、本当の事なんて言わない方がいいだろう。

 とはいえ4人には早めに伝えられたら良いとは思うが。

 仲間になった人に対してあまりにも秘密が多いと、申し訳なさで息苦しくなる。


「だからこれから皆で冒険者を頑張ってみるさ。一人じゃないのは僕も心強い」


「はい!」

「そう言って頂けるだけで嬉しいです!」


 今にも飛びかからんばかりにエルフィナがお尻をもじもじさせだした。


「それでな、あの……俺も……お願いがあるんだが……いや、有るんですが」


 ブレッドさんがなんともわざとらしいタイミングで敬語になる。

 そして何気に申し訳なさそうに僕を見やって居るブレッドさんは、まるで捨てられそうなワンコのようだ。しかし飛びつくタイミングを折られたからなのか、本家わんこエルフィナは少しブレッドを睨みつけているけれど。


「ん?どうした?」

「ちょっと待ってください……馬車を止めます」


 何となく言いたい事は分かるけれど、僕は男には冷たい。これはどうする事も出来ない事実だ。

 しかも何気にエルフィナに飛びついて貰いたかったから尚更だ。


 僕の返事を聞き、直訳するとパンの男は、わざわざ馬車を止めておずおずと口を開く。


「俺も……できれば雇って欲しいです!!!何でもやります!!!お願いします!!!」


 なんで行き成り敬語になるんだろう?

 そちらの方に気を取られてしまうけれど、要するに雇ってくれと言う訳だよな?まあ雇って欲しいと言っているのだから要するにも何もないが。


「敬語は無理に使わなくてもいいけど……僕も殆ど使って居ないし。でも僕は今すぐ商売をするわけじゃないよ?」


「でも商売をする気はあるんですよね!?」


「だから敬語は良いって。何が出来るかも分からないし、何時するかも分からないけど?」


「それでもいい、何でもします。あ……いや、流石にケツは貸せないが……」


 尚も食い下がるブレッドさんはあり得ない言葉を口にした。


「要るか!!!馬鹿じゃないのか!?」


「で、ですよね。良かった」


 何ホッと胸を撫でおろしてやがるんだ?

 ほらエルフィナとセラが睨んでいるだろ。二人とも目が吊り上がり毛が逆立っているし。

 しかし分かりやすいな、獣人族とは。


「じゃあ一つ聞くけど、ブレッドさんに家族は?」

「居ないんだ……根無し草だ」


 ふむ……女性には優しく男性には厳しくが僕の考えだったりするんだけれど、どうしたもんかな。

 女性なら無条件で保護する対象になるんだけれど。……とはいえ戦力になるかならないかはこの際度外視するとして、ちょっと真剣に考えてみよう。


 雇うとなると一体幾らで雇えばいいのか……インセンティブにするべきなのか、固定にするべきなのかすら良く分からない。

 落ち着いて定住した場合、住む処をどうするかとか一緒に暮らすのか別で暮らすのかも問題があるが、恐らく一緒に暮らす事は無いだろうから、住まわせる家も僕が確保しなければならないのかもしれない。


 人柄は……まだ良くは解らないけれどそんなに悪い人間ではないようだ。発しているオーラもそれなりに綺麗だし。

 おつむが弱いのかどうかは現状は解らないが、極端に弱いとも思えないな。少し考え無しな所があるくらいだろうか。


 とまぁそんな事を考えるより何個か質問をするべきだな。

 そう思った僕は思い付いた質問をブレッドさんに投げかけてみる。


「いくつか質問があるけど、いい?」


「いくつでもどうぞ」


「雇ってほしいとの事だけれど、年俸制がいいのか月額固定制がいいのか教えて欲しいかも」


「その事なんだが……正直今回の事で冒険者に見切りを付けたいとも思って居たりするんだ。……勿論迷宮に入れと言うなら入るが、多分俺では足手まといにしか成らない気がする。

 だから月額固定制でいいし、仕事も何だってする。こう見えて計算もそれなりに出来るから何かの役には立てると思う」


 迷宮は……まぁブレッドさんの言う通り僕が期待できるような戦力には成らないと思う。

 とはいえエルフィナ達がどれだけできるのかも知らないから、そこは同じだろう。


 でもそれだけで雇う訳では無いのも確かだし、一番は僕以外に女癖が悪い男を僕の周りに置きたくない。それだけだったりもするし。僕ってなんて我儘で自己中で独占欲が強い男なのかと思う今日この頃だが、それも今更だ。


 思いの外真剣に見つめるブレッドさんに、まぁいいかな?色んな意味で危なそうなら叩きだせば良いだけだし……なんて軽く考えつつも、次の質問を投げかける。


「固定制だね……分かった。……次の質問だけれど……今後一緒に行動する上で守って貰いたいことがあるんだけれど、守れると約束できる?」

「どんな内容でも守る事を約束するよ。破った場合には俺を好きにしてもらっていい。どのみち俺は旦那に命を救って貰った身だ」


「救った云々はもうどうでもいいけれど、守って貰う事は……僕には沢山の秘密があるんだけれどその守秘義務を負う事。それから僕の周りに居る女には決して手を出さない事。あと、何か問題ごとを抱えた場合は即報告相談をする事。そして最後に、絶対に僕らを裏切らない事。……これくらいかな」


 一つ一つ真剣に聞き、そして頷いていくブレッドさんは最後に大きく頷きつつ、


「分かりました。忘れないよう肝に銘じて置きます。それと俺には心に決めた女性が居ますから。……勿論居なくても手は出しませんが」


 お?そんな相手がいるなら尚更安心かもしれない。


 質問を投げかける時、僕はじっとブレッドさんの眼を見やったままだったのだけれど、その間彼は一度も瞳を揺らす事は無かったし、勿論オーラも揺れなかった。

 だからブレッドさんは信用をしても良いかもしれない。それくらいには僕も人を見て来たという自信はある。


「なるほど。じゃあ固定金額に関してはまた相談するとして、冒険者として僕と迷宮に入って一緒に戦う事は無いと思うけれど、其れなりのサポートはして貰うつもりだからお願いします。

 あと、定住地を見つけて定住した場合は、ブレッドさんの住居確保は僕の方でするし、何か商売を始めた場合はそれの手伝いもして貰うつもりで居て欲しいです」


「はい。旦那の役に立てるよう色々考えて行動します。それから、さん付は必要ないですよ。ブレッドと呼び捨てに」


「んまぁ……わかった。じゃあ呼び捨てにさせてもらうよ」


「はい、おねがいします。では……」


 そう言ったブレッドさんは嬉しそうな表情を見せつつ前を向き直し、口笛を吹かんばかりに機嫌よく再度馬車を走らせた。


 そんなに嬉しいのか。

 っていうかいきなり名前を呼び捨てか……まあいいか。


 そう思えば僕も変わったもんだなと。

 3年前には考えられない程の変わりようだ。

 とはいっても未だに源次郎さんだけはさん付けしてしまうけれど。流石に50歳越えた人を呼び捨てには無理だった。


 そんな風に昨日までの事を思い出して居たら行き成り横から声が。


「ご主人様……」


 どきっとした。


 誰が言ったのかと思ったらエルフィナだった。

 まさか琴音が居たのかと思ってしまったと……声質も何となく似ているし。……見た目は全然違うけれど。

 いや、エルフィナが無い女性だという訳では無く、むしろかなり有る女性だとは思うけれど、いかんせん琴音が有り過ぎる女性だというだけの、ただそれだけの話なのだが。


「いきなりご主人様って言われてびっくりしたよ……」

「既に主従関係が結ばれた以上、ユウト様はご主人様です」


 これは譲りませんよといった感満載の表情を見せている。

 とはいえ僕はご主人様呼びにやたらと慣れているので極普通に返す。


「んで、どした?エルフィナ」


 ご主人様呼びが許されたと感じたエルフィナの尻尾が、ローブの中で恐ろしい程に唸りをあげて左右にぶんぶんと振れる。

 もうわかったから、言いたい事を言ってくださいよ。


「はい。先ほど定住地を決めたらとおっしゃいましたが、候補はありますか?」


「まだ無いなあ……今日このままそパースの町で宿泊したあと、明日以降ちょっと往復10日くらいかけて、急いで行かなければならない処があるんだ。でもそれが済んだら北に向かって行って、首都に近い大きな都市へ行った時に色々決めようかと思っているくらいかな」


 本当は目的の事をさっさと言ってしまいたい。

 綾乃の事や亀裂の事。僕が飛ばされてきたのではなく自ら進んで飛んできたと。

 とはいえ言ったところでどうにかなるのか?何か問題でもあるのか?と言われれば返答に困るけれど。


「ご主人様は今後迷宮へ入られる予定ですよね?」


「そのつもりだよ」


「でしたら首都に近い場所で迷宮が街中にある比較的大きな都市が有るそうなので、そちらに行ってみてはどうでしょうか」


 それってシャルルが言っていた都市じゃないのか?

 大きな町のど真ん中に迷宮があるって。

 そして僕が言葉を返す前にブレッドが口を挟む。


「それはハイドラの事か?」

「確かそのような名前だったような……どう?セラ」

「はい、ハイドラですね」


 ん?セラさんはロレイルの国情に詳しいのか?

 まあいい。


「あー、うん、こっちへ来た時に話をした精霊にそんな話を聞いたけれど、どれくらい大きい?」


 そうセラに向けて聞いてみると、彼女は直ぐに言葉を返す。


「ロレイル王国内では王都よりも大きな都市で、人口も100万人は超えていると聞いた事があります」


「ハイドラはそれくらいの大きさですね」


 でっか!100万人って相当大きいぞ?

 元世界のように高層マンションなんて無いだろうし。あるのか?いやいや無いだろう。

 とはいえその都市なら……


「町のど真ん中に迷宮があるって話だけど、まさかまさかの100万人都市か……」


「そうです」


 そしてどうやらブレッドは敬語をやめないらしい。

 雇用関係を結んだ途端だから、彼なりの何かがあるのだろう。

 まあ、別に気に成らないから良いけど。

 まだ初任給も払って居ないのになとは思ったけれど。


「ハイドラは私も噂で聞いた事が有ります。とても大きな都市で気候も穏やかな住みやすい土地だと」


 フィオナも両手を握りしめて、遠く山脈の向こうだろうハイドラ方面を見やりながら、思いを馳せて居るようだ。


 ただ、僕は違う意味でハイドラに思いを馳せる。

 恐らく綾乃はハイドラに居る……と。

 迷宮が街中にあって冒険者をしているなら恐らくはそこに居る。


 だから今すぐにでも走って行きたい程に気持ちは昂るけれど、でも今はぐっと堪えてシャルルのお願いを実行する事だけを考えなければ。回り道になるだろうが、多分それが一番近道のような気もする。


「そのハイドラって街までパースからどれくらいかかる?」

「パースからですと馬車のみで行けば凡そ15日くらいでしょうか。無理をすれば10日というところですね」


 ブレッドが考える事もなく教えてくれたが、10日から15日間か……

 セラも同意するかのように頷いた。


「最長15日だね。そこまで遠くは無いか……」


「それに王都に近づく事になりますので、魔獣ですとか盗賊の類は少なくは成ると思います」


「あぁ、まぁそりゃそうだ」


 まぁ王都近郊で魔獣や盗賊が跋扈しているようでは、この国は危ないって事だろう。


「まあでも、ジグラルドは王都に近くても普通に魔獣やらが出没しますけどね」

「まじで?」

「はい。俺が行ったときも都市部なのに物乞いだらけだったですし。だから大丈夫か?この国はとは思いました」

「ジグラルドは、全体的に治安が著しく悪い国ですから……」

「うは、駄目な国か……」

「そうです、駄目な国なのです。そして、憎むべき……」

「セラ」

「あ、申し訳ございませんエルフィナ様……」


 ダメだと言ってしまったけれど、そういう国は当然あるだろう。天照様の言葉でも、僕が降り立つ国は治安が良い方だと言って居たし。


 ただ、ジグラルドの名が出た時のエルフィナとセラの表情が一瞬で暗くなった。

 そりゃ彼女達の国や家族を滅ぼした当事国なのだから当たり前だろう。

 何気に詳しく聞きたいけれど、それを今根掘り葉掘り聞くのも憚られる為に、僕は一旦心にとどめておくだけにした。


「二人が恨むのも無理もないでしょう。……とはいえこの国は大陸全土で見ても、比較的政治や治安が安定している方です。……それでもここ数年は盗賊が目に見えて多くなって来ていますが」


 ブレッドが嘆くように言った。


 急に盗賊が多くなった理由……近隣諸国の影響もあるだろうけれど、大体が内部で何かごたごたが発生している場合だろう。……と言う事は、この国も安泰では無いと言う事か。


 ただ、まぁ、一先ずそこまで考える余裕もないし、必要性も感じられない。向かう先も決まったし、ベースとなる場所も一応は決まった。だから今はそれだけで十分だろう。



 そんなこんなでいきなり従者が5人増えて6人旅になってしまった。

 ほんと一人のスローライフはどこいったのかと思うけれど、そもそもシャルルが最初から付き従っているのだから今更かと。


 あ、でもシャルルの事はどうしよう。

 いつかは話さなければとは思うが、遅くなればなるほど言いづらいような気もするな。


 そんな事を考えながら馬車に揺られてパースの町を目指した。

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