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第10話。 エルザとリズ 2。

「なあ……これはどういう事だと思う?」


 もう駄目だと感じ、意識を手放した所までは覚えて居る。

 だが次に目を開けた時、自分はまだ死んでいないと直ぐに分かったのだが、次に訪れた疑問は何故テントの中に寝ているのか……だった。


「分からないわ。でも天国ではないのは確かね」


 何故自分達は死んでいないのか。

 明らかに最悪な状況だった事は間違いはない。


 朝方に異様な気配を感じ取り、飛び起きてみれば火の番をしていたリズベットが杖を構えて森の方を向いていた。

 その瞬間に、来たかと思ったのだが、次にはどうやって奴から逃避するかしか考えてはいなかった。


 背中を見せれば一瞬のうちに襲い掛かって来る。

 普段は二足歩行で鈍重なのに、得物を追い詰める時だけは四本足で大地を蹴る様に走る。

 ゆえに見つけられたら逃れる事は容易ではないし、事実逃れられなかった。


 せめて戦いやすい河原に行くのが精一杯だったのだが、結果はやはり無残なものだった。


「それにあれが夢……という訳でもないな」


 そう口にしつつエルザは自身のまろび出た左乳房を見やる。

 ビッグベアロードの鋭い爪の一振りによって一気に胸当ての耐久値が削られ、それどころか胸当てすらも瞬時に破壊された結果がそこには生々しく刻まれており、明らかに夢では無かったと。


 しかもその時に抉れた乳房や脇腹も、今では何事も無かったかのように元に戻っている。血糊だけはべったり張り付いているが。

 何気に陥没した乳首だけは元に戻らなくてもいいとエルザは密かに思ったのだけれど。


「あの時の冒険者が助けてくれたのかしら……一人だったわよね……」


 これが夢では無いならそうとしか思えない。

 薄れゆく意識の中で見た冒険者らしき男の風貌。


 あれは、間違いなく――


「ああ、一人だ。それも転移者か、その子供か、だな」


 転移者の血は薄いのか、その孫ともなれば随分とその容貌が薄れる。

 勿論同じ人間族との間に生まれた子供であれば、だが。


「そうだと思う。でも意識が朦朧としてたから、はっきりと断定は出来ないかな」

「そうだな。私も断定は出来ない。ただ……」


「そうね、ただ、その人が助けてくれて、わたし達はこうして生きて居る。その事実は変わらない」

「ご丁寧に毛布までかけ、しかもバリアまで張ってくれているのだからな」


「そうとう強固よ?このソーンバリア。そうね、あと5時間は持つわ」


 テントを出てバリアとの境界を目で確認しつつリズベットは口にした。

 彼女は様々な感覚に優れている。特に魔素を感じる能力は並外れて鋭い。

 だからこそ宮廷魔術師として女王直属になれたのではあるし、勿論エルザも同じように宮廷剣士として女王直属だったのだが。


「ビッグベアロードはどうなったのだろうか?」


 常識で考えれば、あれを一人で倒せる者は少ない。

 ビッグベアロードはボスモンスターだ。

 相性は有るとはいえ全く手に負えない程のボスモンスターではないが、不意をつかれればAランク冒険者でもまず勝ち目はない。


 事実彼女達は冒険者としての年数はそれほど経っては居ないが、ランクは既にAランク。

 その彼女達二人をもってしても今回のように無様な結果を晒す程には手ごわい。


 だが、それをもしも一人で倒したとなれば、それはSランク以上を意味する。

 この辺りでSランクを持つ冒険者。しかも黒髪黒目となれば誰一人としていない。


 撃退をする程度ならばAランク一人でも可能ではあるのだが、それでもユニーク級の水属性武器は持たなければならない。

 ゆえに討伐を完遂したのかどうかが非常に重要になって来る。


「怖いけど確認をしてみた方が良いわね。幸いもう昼前だから生きて居たとしてもどこかで寝ていると思うし」


 既にリズベットは現場を確認するつもりなのだろう。

 マジックキューブからMP回復薬を取り出して飲み、ウィザードロッドを握りしめて準備を終えている。

 エルザはそれを見て、自身も魔獣から摂れた糸で編んだ肌着と魔法防具の胸当てと肩当てをキューブから取り出す。


「そうだな。確認をしてみる必要はある。倒されて居なければ分からないが、もしも倒されていたとしたら……」


「ええ、間違いないわね。倒されていたとしたら、それは間違いなくヨリシロ様よ」


 ヨリシロ様。

 この聞きなれない言葉は神託によってもたらされた。

 過去にも一人それを名乗った人物は居たが、その人物こそが我が主の先祖。

 その方も自らこの世界へと降り立ったという。


「いずれにせよ急ごう。仮にそうだとするならば、ロレイルはまだしもガルディアスとジグラルドの動きが気になる」


「ええ、行きましょう」


 急ぎ服を着替え、真新しい胸当てを装備する。

 だがふと着替える時に気付く。


 もしかして自分の秘密を見られてしまったのだろうか?いや、きっと見られたに違いない。

 だが、だとするならば……


 エルザは考えただけでも顔から火が噴き出る程の羞恥を覚える。

 決して知られたくない身体的な秘密。

 リズベットは付き合いが長いゆえに既に知っているが、最初見られた時の微妙な表情は今でも忘れられない。


「私のこの乳首を欠陥だとは思われなかっただろうか……」


 そう小さく呟く。


「どうしたの?」


「いや、何でも無い。いくぞ」


 羞恥の中にも陰鬱な感情、そして確かな決意を抱きつつエルザは出発の準備を整えた。

 見た本人がご褒美だと思ったなど到底予想だにすらしないまま。

 そして彼女のファーストキスが既に奪われてしまった事も、彼女自身知らない。





「これは……」

「確定ね。間違いないわ」


 二人警戒をしつつ河原へと到着すれば、そこにはビッグベアロードの死骸など何処にもなかった。

 だが、自身が倒れた場所からそれ程離れていない場所。火魔法による影響で、地面が円形状に黒く変色している場所を見つけた。


 間違いなく火属性魔法の中級小範囲を使った跡。

 エルザがしゃがんでその焼け跡を手で触る。


「火魔法だな。ならば確実だろう」

「ええ、ビッグベアロードは火属性だしね」


 火属性モンスターに火魔法はまずもって効果が無い。

 それどころか活性化してしまう事すらあるのだから、この魔法の痕跡でビッグベアロードを屠った訳では無いだろう。


 つまりは別の魔法か……いや、確かその男は剣を握っていた筈だ。

 そう思って居るとリズも同じ事を考えていたようだ。


「ねえ、その人って剣使いだったわよね?」


「ああ、遥か東方の小さな国で作られる、反りがあってそれなりに長い大太刀と呼ばれている片刃の剣だ。カタナと呼ばれているもので、それはもう素晴らしい造形美で業物が多い。いや、今はそんなうんちくを語っても仕方がないがな」


「エルザってば本当に脳筋で武器マニアよね」


 少しあきれ顔でリズベットがエルザに言えば、エルザは軽く鼻を鳴らしつつ、


「ふん、ダークエルフとは皆そういうものだ。獣人族程では無いがな。とはいえ、その男は剣の前に魔法を使っていたはずだが?」


「ええ、ソウルアローね。でもあれは四属性モンスターには効果は少ないから、あれで倒したわけではないわ。それに、増幅武器も無しだったと思うから尚更無理ね」


 だがあの時、確かに不利属性のソウルアローでビッグベアロードはダメージを受けていた。

 その事を同時に思い出し、リズベットは少なからず戦慄をする。

 自分ならば全くダメージなど与える事は叶わない属性でダメージを与えていた事に。


「だとすればリズの言う通り持って居た剣でという事になるな」

「そうね、それ以外の魔法痕跡は感じられないし」


 辺りを見渡し目を細めつつそうリズベットが口にすれば、それは確かな情報になる。

 その言葉に全く疑いを持たないエルザは、少しだけ頬を弛緩させる。


「やはりそうか……だが、これで完全にその男は……いや、その方はヨリシロ様だ」


 エルザの言い換えに小さく頷くリズベット。

 彼女達にとって、女王の命令は絶対であった。


 『ヨリシロ様を見つけ、そして可能な限り保護をするのです』


 理由は分からないが、どうしてもそうしなければ成らないのだと。

 悲痛な表情を見せる女王にそう言われれば、理由を知らないなど些細な事でしかなかった。


「そうと決まれば戻るぞ」

「そうね。急ぎましょう」


 依頼などどうでもいいと二人は即座に合意した。

 ペナルティを支払おうとも、手持ちにあるワイルドボアの毛皮5頭分を無料でくれてやれば済む話。

 それよりも、早く追い掛けねば。


 タイムの生活魔法を使用すれば既に時刻は六の刻を過ぎている。

 助けてもらったのはまだ三の刻半前だっただろう。

 そこから手当をしてもらったとしてもそんなに時間はかからなかった筈。


 ならば既に二刻は悠に離されている計算になるのだから、距離も相当に開いているだろう。


「目指しているのは、パースよね……きっと」

「ああ、国境にある”ガイネス要塞”ではない筈だ」


 今までの転移者の行動パターンからすれば、どの泉もロレイル側に向かって歩かされている。

 だから今回もそうだろうとは二人とも思うのだが、いかんせん相手は迷って来た人間族ではないゆえに、一抹の不安は残る。


 もしかしたら前回訪れたヨリシロ様と同じく精霊を従えていらっしゃるかもしれない。

 ならば何処に向かおうと迷う事は無いだろう。


 だが――


「きっと王都に向かう筈だ」


 その言葉にリズベットも頷く。

 今のロレイルの国情を知れば、ヨリシロ様と同じような思考を持つのであれば、きっと王都へ向かうだろう。そう思えてならなかった。


「じゃあまずはパースへ行って、依頼の処理を行ってから直ぐに王都へ向かう?」

「そうだな。そうするべきだろうな。それからパースで馬も買おう。もしかしたらヨリシロ様も馬を買うかもしれない」

「そうね」


 痕跡を探しつつ追い掛けるのはなかなか骨が折れるだろうが、先に行かれてしまったのだから仕方がない。

 恐らくパースの騎士団には一度寄るだろうから、騎士団員は――アルフォンソは気付くだろう。


 だが我らの国がこの国と同盟関係にあろうとも、ヨリシロ様が現れた事を素直に教えてくれるとも思えないし、むしろ今は聞かない方が良いかもしれない。

 ゆえに今朝の遭遇が千載一遇の機会ではあったのだが、それどころではないし、むしろエルザもリズベットも命を救われた。


 守るべき対象にいきなり守られるなどと言った失態は如何ともしがたいが、それはもう一度お会いした時心からお礼とお詫びをすればよいだろう。


 だからまずは追いつき痕跡を見つける。

 今はそれしか出来ない。


「まあ、奇跡ともいえる遭遇率と、奇跡のようなタイミングで助けられたのだから、もう一度奇跡はあるだろうし、またそうでないと困る」


「ええ、わたしもそう願うわ。お礼もちゃんと言わないとだしね」


「そういう事だ」


 既にエルザとリズベットは昨日までの疲労を滲ませた表情ではなく、生気に満ち溢れている。

 それはいつ現れるかもしれない人物を待つ不安から解放された喜びもさることながら、その人物はこの世界に居る野蛮な男どもと同じではなく、少なくとも紳士的な人物であった証をしっかりと自分たちに残して行った事実によって。


 そんな風に思えば思う程、二人の心は知らず知らずのうちに、助けてくれた名前も知らない男に惹かれて行くのだった。

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