Single 花は七日
○光田 桜
…生徒会長であり、特別生徒会役員でもある優等生
懸念材料、という楓の言葉を理解するのに時間はかからなかった。
「だから言っただろ。その件は承諾できないって」
流し台と電気コンロがついただけの簡易的なキッチンでお湯を沸かしていると、背後から言い合う声が聞こえた。
「桔梗が断ったからって今年のミスコン見送るとか、櫻華がまた舐められるだけだろ」
強い口調でそう言っているのは笹月藤だ。
「でも、今年の合同文化祭は来宮で遠いし。特会以外の生徒に頼むなんて真似はできないわ」
相手は生徒会長の光田桜である。
櫻華では年に二回、文化祭がある。秋に行われる通常の文化祭と、六月に行われる姉妹校四校合同で行う文化祭だ。
「来宮になったのは、誰かさんがじゃんけんで負けたからだろ」
四校合同文化祭は持ち回りだが、開催校はじゃんけんで決まるという謎の伝統がある。そして、櫻華の生徒会長は毎年なぜだかじゃんけんが弱い。そのため、櫻華にその合同文化祭はもう十年近く回ってきていないのだ。
今年は東北の来宮学園での開催のため、櫻華からは遠い。一応来宮までの貸切のバスは出るものの、夜行の長い旅になるため一般生徒の参加もしにくいのが現実だ。
「ミスコンの代表者は毎年特会から選ばれてるし、もし特会以外から選んだらその生徒への風当たりも強くなるわ。桔梗にいい返事をもらえなかった以上、どうしようもないじゃない!」
今議題に上がっているのは、四校合同で行うミスコンの件である。合同文化祭での一番の目玉イベントだ。
毎年最上級生の中から各校男女一人ずつ選出され、当日行われる投票で姉妹校の中での一番が決まる。櫻華は女子校なので、毎年女子生徒一人を代表に送り込む。
他の学校の代表の決め方は知らないが、櫻華において特会の選挙が人気投票とイコールになるため、毎年代表は特会のメンバーの誰かである。
しかし、今年の名実ともにナンバーワンの酒匂桔梗はかねてから不出馬を公言しているため、その候補擁立に難航しているのだ。
「ようやく櫻華も他校に認められつつあるというのに、この有様じゃまた邪険にされるな」
姉妹校四校で櫻華は一番歴史が浅い。そのため、姉妹校同士ではどうしても弱く見られがちである。それがここ数年になってようやく評価されるようになったのだ。
「去年みたいな絶対的エースは無理でも、なんとか候補を擁立したいものだけど……」
参加を断った手前、あまり大きな声ではないが桔梗がつぶやく。
「絶対的エース、ね……そのエースも今や、」
「藤!!」
笹月藤が言いかけた言葉を光田桜が制する。
「それ以上言ったら、許さないから……」
普段は温厚なイメージの強い光田桜が眉間にしわを寄せる。
「おー怖い怖い」
対して笹月藤は涼しい顔をしている。
光田桜と笹月藤は、犬猿の仲だった。
しっかり者で真面目な光田桜に対して気分屋で少し適当なところのある笹月藤の不仲は、一部界隈では有名な話らしい。
おまけに、どちらも頑固であるため決して譲ろうとはしない。最悪な関係だった。
結局この日は話がまとまることなく解散となった。
「はぁ……」
机に突っ伏してうな垂れている光田桜に、私はお茶を出す。彼女は紅茶よりも緑茶が好きである。
「お疲れ様です」
「あら……わざわざありがとう、紅葉」
桜がこっちを見て力なく笑う。
「ごめんなさいね、見苦しいところばかり見せて。今年の特会はここ十年で一番仲が悪いから」
全く笑えない自虐ネタだ。私も片足を突っ込んでいる身なので尚更である。
「……あの、桜様は」
「お姉様、でしょ」
「あ、すいません!桜お姉様……がミスコンにお出になる、っていうのはやっぱりナシなんですか?」
慣れないお姉様呼びが少し恥ずかしい。
「ナシね。うちの学校だけのミスコンならそれでもいいけれど……他校と合同ならやっぱり見た目は最重要事項。その点では桔梗が特会、いえ全六年生で一番だったから……でも桔梗は頑なに首を縦に振ってくれないわ」
酒匂桔梗は確かに校内一の美女であった。しかし、彼女は受験勉強に専念するために通常生徒会を外れた身であり、そんな経緯を持ちながらミスコンの代表になることに彼女自身があまりよく思っていないようだった。
また、ミスコンと言っても単なる見た目のコンテストではない。自身の特技を披露する審査もある。その練習などのことも考えると、勉強以外のことに時間を取られるというのは酒匂桔梗の目標にとっての妨げでしかない。
「藤の言い分もわかるのよ。去年うちの絶対的エースが危なげなくミスコンの優勝を掻っ攫ったことで、他校の生徒たちも櫻華に一目置くようになった。それが今年は候補者なしなんて、許されないこと」
去年の合同文化祭はまだ近場の学校だったので、私も直接そのミスコンを見に行った。その時の盛り上がり様を経験した身としては、もし優勝できなかったとしても参加することに意義がある、というのはあながち間違っていないと感じる。
「あの、これ聞いてもいいのかわからないんですけど……桜お姉様と藤お姉様はなんであんなに仲が悪いんですか?」
「ずいぶん直球ね?」
私の言葉に桜は笑った。
「特に、理由とかはないのよ。本能的にソリが会わないのよね。……ただ、確かにここ一年は当たりが強いかしら?思い当たる節はあるにはあるけど」
「思い当たる節……?」
「まあ、その話は今度ちゃんとしてあげる。ここじゃなくて、もっといいところで」
「ええっ」
変に焦らされて具合が悪い。
「そうね、今度の日曜日空いてるかしら?」
「空いてます」
「じゃあその日、一日空けておいてくれるかしら?」
そうして、私の週末の予定は埋まったのである。
あっという間に日曜日はやってきて、私は言われるがままに学校の制服を着て校門で桜を待っていた。
随分朝早いが、結局行き先は教えてもらっていない。
「お待たせ」
そう言って、同じく制服を着た桜がやってきた。その手には花束を持っている。
「花……ですか?」
「そう」
桜はにこにこ笑っているだけだ。こういう時は無闇に詮索しない方がいいのだろうか。
結局問いただすこともできずに、しばらくそこで待っていると櫻華のバスが見えた。
「あれに乗るの」
「へ?でもあれって……」
「鳳凰学園……名古屋行きね。大丈夫、片道三時間ちょっとだし」
前述した通り、櫻華には姉妹校がある。そのうちの一つが鳳凰学園という学校である。
鳳凰学園は姉妹校の中で一番古い歴史を持つ学校であり、姉妹校四校の中でも何かと特別扱いを受けている。
去年の合同文化祭の会場がその鳳凰学園で、私もバスに揺られながら見に行ったのを覚えている。
櫻華と鳳凰は一日に三本だけシャトルバスが運行している。無料で名古屋まで行けるのだから、そう思うと随分お得である。
バスに乗り込んで桜と世間話をしながらも、お互い朝早かったため、気付いたら二人ともいつの間にか眠っていた。その間に名古屋に到着し、久々に見る鳳凰学園の相変わらずな規模の大きさに圧倒される。
「お腹空いたわよね?鳳凰の食堂にでも行きましょう」
日曜日で人がまばらな鳳凰学園であるが、食堂は営業しているとのことであった。
鳳凰学園の建物は、山の中の櫻華とは比べものにならないくらい綺麗で最新鋭である。生徒の親からの寄付金もすごいという話を聞き、妙に納得してしまったことを思い出す。
私は食堂でハンバーグ定食を頼んだ。桜はカルボナーラを頼んでいた。出来上がった料理にお金を払って机に運ぶ。人がまばらとはいえ、櫻華の制服は目立つ。
「あ、いた!」
突如、背後から声が聞こえた。
振り向くと、派手な格好をした女子生徒が腰に手を当てながらこちらを睨んでいた。着ているのは恐らく制服であろうが、改造しすぎていて最早原型を留めていない。こんなこと、櫻華でやろうものなら一瞬で生徒指導室送りである。
「桜、アンタね、突然にも程があるわよ」
「ちゃんと昨日メールしたじゃない」
「それを突然って言うのよ!これだからオジョーサマは!」
派手な女子生徒は桜に向かって小型犬のようにキャンキャンと吠えている。
「あ、この子がメールで言ってた特会補佐の紅葉よ」
会話を容赦無く切って桜が女子生徒に私を紹介した。
「み、美濃越紅葉ですっ」
私はとりあえず頭を下げる。
「ほらまたそーやって話を勝手に変える……えっと、鳳凰学園生徒会長の弥生絢子よ。特会の子ならきっと合同文化祭で会うよね?よろしく」
「せ、生徒会長…?」
こんな校則違反もクソもないような格好をした生徒が、生徒会長……?
「ちなみにあやちゃんは私のハトコよー」
「ええっ?」
生徒会長というだけでも驚きなのに、更に余計な情報まで加わって頭が混乱する。
「で、桜。そっちの候補は決まったの?」
「出た、あやちゃんの詮索。公式発表まではタブーだから言わないわよ」
「ちっ」
「こら、女の子が舌打ちなんてはしたないわ」
桜のその言葉に弥生絢子は舌を出す。櫻華でそんなことしたら一瞬で生徒指導室送りだ。
「あやちゃんは放っておいて、食べましょう?冷めちゃうわ」
桜は弥生絢子を適当にあしらって席に着く。私も失礼します、と一応声をかけてから着席する。
「ほんっと、いちいち気に障るわね」
弥生絢子も悪態をつきながら席に着いた。
そこからは昼食をとりながらお互いの学校や生活の近況報告をしていた。私はたまにその話に相槌を打ちながら、弥生絢子という人物を観察した。
八割が私のわからない話であったが、桜も弥生絢子も何かと気を遣って定期的に私に話を振ってくれた。そんな小さな優しさが妙に嬉しかった。お姉様ができる、というのはこういうことなのか、と実感した。
弥生絢子と別れ、鳳凰学園を後にする。市バスに乗り込み二十分ほど揺られて着いた場所は、紛れもなく病院であった。
「ここよ」
何の躊躇もなく病院に入って行く桜の後を小走りで追う。病院に一体何の用が、と疑問は尽きないが程なくしてその答えも出るだろう。
エレベーターに乗って四階で降りる。名前の出ていない個室の前で立ち止まると、桜がノックをした。
「どうぞ」
中からの声を確認して、扉を開く。
「失礼します」
扉を開くと同時に、病室独特の匂いがふわっと漂った。扉を閉めて桜の後ろについて奥へと向かう。
「ご無沙汰しています」
桜が頭を下げた先にはどこかで見たことがあるような同年代の男性がいた。
「桜ちゃんだね。久しぶり、元気だった?」
柔らかい物腰で桜に話しかけるその姿をじっと見ながら、誰だったかを思い出す。そして、パッと何かが頭を過るような感覚と共にその人物のことを思い出した。
「去年の……ミスター?」
「そう、河薙凛央さん。鳳凰の前の生徒会長さんで、前ミスターね」
ということは、そこのベッドで眠っている人物に心当たりは一人しかない。
目を閉じている姿を見たことがないから確証はなかった。それに、私の記憶の中の彼女とはあまりにも風貌が違う。
しかし、確かに面影はあった。
「河薙美姫…さま」
背が高くて美人でいつも笑顔で長い黒髪が綺麗だった彼女は、痩せて髪の毛も短くなってそこにいた。
しかしそれは紛れもなく櫻華学園の先代の生徒会長で、去年のミスコンの優勝者だ。
去年のミスコンが湧いた理由の一つが彼女とその双子の弟の存在であった。櫻華に通う河薙美姫と鳳凰に通う河薙凛央は、互いにそれぞれの学校でカリスマ性を発揮し生徒会長の座についた。そしてそのまま去年のミスコンを姉弟で制覇したのだ。
櫻華の絶対的エースに敵はいなかった。私は彼女がミスコンで披露したピアノの演奏を今でも鮮明に覚えている。
しかし、そんな櫻華の絶対的エースを昨年末、不幸が襲ったのだった。
「交通事故に遭われてから、まだ一度も目を覚ましていないの。……って、知ってるわよね」
器具に繋がれた河薙美姫の手を握りながら、桜がつぶやいた。桜は生徒会で河薙美姫と直接深い関わりがあった生徒だ。
「美姫お姉様……私がお姉様の後を継がせていただくことになりました。そして、この子が新しい特会の妹」
桜に促されるままに、私は眠っている河薙美姫の手を取る。細長い指は骨と皮しかなかった。
「美濃越紅葉です」
他になんて言葉をかけていいのか、わからなかった。
「美姫お姉様が事故に遭われた時のことを、知っているかしら?」
病院を後にして、再び市バスに乗りながら桜が私に問いかける。
「なんとなく、ですけど」
櫻華の絶対的エースの事故に、学校内は大騒ぎになっていた。詳細については色々尾ひれがついているはずなので、正しいことはわからないが大筋はもちろん知っている。
「美姫お姉様が懇意にしていた妹と二人で街へ買い物に行った時に、その妹を庇ってね。藤と桐は美姫お姉様とも仲が良かったから、その妹のせいで美姫お姉様がああいうことになったって、結構つらく当たっていたの。……で、私がその子を今年度の生徒会役員に推薦したことで更に怒ってしまって」
なるほど、そういう風に繋がるのかと納得した。
笹月藤と漣桐が尊敬していた先輩を事故に遭わせる原因となった下級生が、桜の推薦で生徒会に入ることになった。だから桜に対して笹月藤は露骨に嫌悪感を示している。
「でもそれって……やっぱりちょっと変ですよね。桜お姉様は直接関係ないのに」
元からソリが合わなかった、と言われれば確かにそれまでであるが、一番大きな原因が他のこととなれば話は別だ。
「桜お姉様は、ちゃんと理由があってその子を生徒会に推薦したんですよね?」
「もちろんよ。美姫お姉様のことは関係なしに、その前から彼女を生徒会に入れたいと考えていたわ。結果として、ああいう順番になってしまったのだけど……」
だったら尚のこと、笹月藤のあの態度は桜に対して理不尽が過ぎる。
「でもね、いいのよ、もう。多分私とあの子たちは分かり合えない。誰とでも仲良くなれるなんて思っていないし、五年間そうだったのだから今更……」
困ったように笑う桜が痛々しかった。
しかし私としても、このまま桜と藤の仲が悪いままだと困るのもまた事実である。下級生の私が簡単に踏み込んでいい話ではないことは理解しているが、自分も特会メンバーの一人である。
「あっ」
ふと、あることが頭を過る。
「どうしたの?」
桜が私を覗き込む。
「あの、今回のことと直接は関係ないんですけど……一個提案があるんです」
それから私と桜は名古屋観光を少しだけして、五時のバスで櫻華へと戻った。
さすがに一日の間に長距離バスに二回揺られるのは疲れてしまい、その日はすぐに床に就いた。
そして、あっという間に次の特会の会議の日がやってきた。
「ミスコンの件ですが、私から一つ案を提示させていただきます」
「案?」
桜の言葉に怪訝そうな顔をしながら笹月藤か聞き返す。
今日の会議は大会前で部活の練習が忙しい蘭と楓を除いた四人と私、合わせて五人で行っている。実際のところ、私には発言権はないので人数に含める必要はないかもしれない。
「私はかねてから酒匂桔梗に出場を打診してきましたが、彼女は頑なに首を縦に振ってはくれませんでした。桔梗が出ないなら出場を見送るべきでは……とも考えましたが……やはり、去年の優勝校である櫻華が候補者なしというのもよくないと考えます。そこで色々考えた末、とある人物に出場をお願いしたいと、先ほど通常生徒会の方でも意見がまとまりました」
長い前置きを終え、桜が一呼吸置く。
「お願いできるかしら?漣桐さん」
会議では基本的に発言をしない彼女の方を向いて、桜がそう言い放った。
今まで他人事のように髪の毛をいじっていた漣桐の表情が、みるみるうちに変わって行った。
「……へ?」
そして、彼女らしくない間抜けな声を出したのだった。




