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第六話「魅惑の世界は涙の味」

 俺は変態だ。そして生きている人間全員も変態だ。


 そもそも変態という言葉があること自体、常々俺はおかしいと思っている。

 ここでいう変態とは性的行動や性欲のあり方が普通とは変わっていることを意味している。


 果たして全く同じ性的行動や性欲のあり方をする人間などいるだろうか?

 多種多様に渡るプレイを完全一致で好む人間がいるだろうか?

 全く同じ細かい仕草や動作が好きという人はいるだろうか?


 否、それはありえない。これは断言できる。


 だいたい普通な性的行動や性欲って一体何なんですか、と俺は変態を隠している人たちに問いただしたい。


 そんなに変態を隠している人と変態を隠していない人とで差別したいのなら一つ一つの性的行動や性欲のあり方の普通なる基準を辞書に書き留めてほしいところだ。


 ……と、少し話が脱線してしまった。


 俺が言いたいのはそんな変態と似て非なるものがあるということだ。


 ──それは『変人』だ。


 俺の極論からして変態という概念は存在しないとしても変人は存在する。


 変人とは性質や行動が普通の人とは違っている人のことを示している。まさに俺の目の前に立つ男のことだ。


 もしも、女性になりたいという願望を持つ男性が女装をしていたとしたらその人のことを尊重し一定の理解を示さなければならないと思う。


 だが、俺の目の前に立つ男は違う。


 俺はその男になぜ女装をしているのか聞いてみたんだ。


 「あ、あの何でそんな格好しているんですか?」


 男は答えた。


 「なんとなく。強いていうならそこに女物の服があったからかな」


 そのとき俺は思ったんだ。


 ──何言ってんだコイツ。


 可愛い女の子の脱ぎたての服の温かさを共感してあげるためだというなら一理ある。

 だがなんとなくで公然と女子制服を着るのはさすがに理解不能だ。


 まずなんで女子制服が当たり前のようにあるんだよ、おかしいよね。……いや、おかしいのは俺なのか?




 俺は歓喜の言っていた本題に触れることにする。


 「まず、革新部って何なんですか? あ、聞いといてあれですが先に返答はしておきます、ノーです」


 「待て待て、そう焦るな」


 歓喜は笑いながら答える。


 「革新部について説明してからもう一度答えを聞かせてもらおう」


 残念だが説明されてからでも俺の答えが変わることは万に一つもありはしないだろう。


 歓喜は「ふむ」と一度頷き、考え込む。


 「そうだな……革新部とは──」


 石丸(いしまる)歓喜(かんき)と名乗った男が話始めようとしたそのとき、流れで会話を聞かされていた煌奈がそっと離れていくのを俺は視界の隅で捉える。もちろん俺は逃さない。


 「ふっ、逃がさないぜ。子猫ちゃ〜ん」


 俺はすかさず煌奈のスカートの裾をグッと掴む。


 「ちょ?! どこ掴んでんのよ!」


 無駄な動きを一切省いた効率的な動作から恐ろしい速度のパンチが俺の顔面に向かって繰り出される。


 なんだろう。どんどん煌奈のパンチに恐ろしさが増してる気がする。

 あったかもわからない躊躇いだが何度も俺を殴りつけることで完全に消えちゃったのかな。


 「ひぃい!」


 思わず俺は声を洩らしながら、目を瞑る。


 数秒間の静寂。


 ……。


 …………。


 ………………あ、あれ?


 何秒経っても俺の顔に拳が飛んでこない。


 俺は恐る恐る目を開いた。


 そこには信じられない光景が広がっていた。


 格闘技をやってる人でも躱せそうにない突飛で残虐なパンチを眉一つ動かすことなく片手で受け止める歓喜と軽く葦らわれて屈辱的な表情を浮かべる煌奈。


 「会話中だ。 今は暴力をやめたまえ」


 「ぐぬ……」


 煌奈は拳に力をさらに込めるが様子は変わることなくピクリともしない。


 俺は呆気にとられる。

 この女装魔、見掛け倒しのガタイじゃないのか。ますますよくわからない。


 「それに私が革新部に勧誘しているのは逆井君一人じゃない。 君もだよ、煌奈さん」


 「は、はあ? 何であたしもなのよ?」


 煌奈は唐突な事実に困惑し、一歩後ずさる。

 

 ──あれ、今名前で呼んだよね?


 俺の中で違和感が生じる。 

 なぜこの男は俺たちの名前を知っているのだろうか。

 よく考えたら他にもおかしいところはある。

 勧誘目的ならこの教室に入ってくるまでの間に他の人に声をかけるのが賢明じゃないか?

 

 ──まるで端から俺たちが目的でここに来たかのように。


 「革新部について、説明していい──」


 「ちょっと待った! 何で俺たちの名前を知っているんですか?」


 俺はすかさず疑問を投げかける。煌奈は俺の質問を聞いてハッとする。


 「そうだな。 それを踏まえて説明させ──」


 「確かにおかしい。 あんた……いったい何者?」


 煌奈も俺の発言に続く。


 「…………」


 俺たちに話を連続中断させられ、歓喜は黙り込む。イースター島に佇むモアイのような表情でわなわなと肩を震わせながら。


 「ふぅ……逆井君、左手は自由だ」


 ──俺の……左手……だと?


 俺の左手……そう、俺の左手には煌奈のスカートの裾が未だ握りしめられている。

 煌奈はそれに気付いていない。


 どんな困難な状況に陥ろうとも俺はスカートの裾から手を離すことがなかったのだ。

 だってそうだろ? 

 後はこれを捲るだけで神秘が見られるんだ!

 それならどんな暴力や罵倒さえも受けていいと思えてしまう。

 幸いにも、女装男と金髪暴力女に巻き込まれると思ってか教室には俺たち以外誰もいなくなっていた。

 いつでも捲れる状況は既に作られていた。

 だが俺はまだ捲っていなかった。

 ──いや、捲れなかったというべきだ。


 俺にも常識という概念は存在する。変態とは非常識な人間のことでは決してない。変態とは己に従い生きるものの総称だ。


 だから何か特異な状況にならない限りは捲ってはいけないという自制心が働き、俺を邪魔していた。


 ──だから俺はその特異な状況を待っていたのだ!


 そして俺は今、この目の前の男に確かにスカートを捲るよう強要された。

 これが特異な状況じゃないとすれば何といえるだろうか?


 常識というリミッターが俺の中で無惨にも破られる。


 俺は確認を求めるため、歓喜に熱いアイコンタクトを送る。

 歓喜は小さく頷いた。


 煌奈は何かの危険を感じ取り、俺の左手の存在に気付く。


 と、同時に俺はスカートを思い切り捲りあげた。雄叫びとともに。


 「うおおおああああああああ!」


 俺は目を見開き、凝視する。


 そして、ガバッと持ち上げられたスカートが心地よい衣擦れの音を出しながら静かに戻っていく。


 「……ふぇ?」


 煌奈の顔が徐々に染まっていく。


 一方、俺は完全に自分の世界の中へと堕ちていた。

 スカートが起こす微風によって放たれる甘美な香りと俺の視界に広がった魅惑の世界。

 実際、俺が想像していた縞パンではなく、微々たる装飾が施されたシンプルな白パンだった。しかしそんな想像をも遥かに凌駕する現実の奇跡ともいえる光景。細くて白い生々しい太ももがアクセントとなり、平凡とも言える白のパンツを最高峰のエロ──キング・オブ・エロスへと昇華させる。まさに芸術を生み出していた。

 俺は人生でこれまで一度も経験したことのないような感動を覚える。涙がこぼれ──


 ドン、と重い音が教室中に響く。


 今までのパンチとは比べものにならないくらいの殺人パンチが見事に俺の顔面にめり込んでいた。


 俺は吹っ飛ばされたと形容してもいいほど綺麗に倒れる。


 「い、痛え……何するん……」


 俺は押し黙る。

 別人かと思うほどの殺気を纏った煌奈が俺を見下ろしていたからだ。

 その殺気が俺に黙って殴られろと言っているようにさえ思えてくる。


 俺の上に煌奈が無言で馬乗りになる。


 俺は無様にも許しを請うことしか出来ない。無論、殺されると直感したからだ。


 「ちょっと待ってください! 俺に指示したのはあそこに立っている男だ! お、俺は悪くない! た、頼むから許しヘブッ──」


 煌奈の拳が俺の頬に一閃。それを皮切りに拳の殴打が顔面を襲う。


 「あぐッ、ま、待って、へぶフッ」


 殴り続けられるうちに喋る体力すら奪われていく。


 ──ああ、短い人生だった。でも後悔はしてないし、未練もない。だって、この世の一番の神秘を近くで見られたんだから。


 死を覚悟したそのとき、急にパンチの応酬が止まる。

 ど、どうし──ポタッと俺の頬に冷たい何かが落ちた。


 すぐに俺はそれが何か理解する。


 煌奈は泣いていた。


 「ばか……ばかぁ……絶対に、殺す」


 そういうと煌奈は泣きながら走っていった。


 さっきまでうるさかった教室が嘘のように感じられる。

 教室には唐突な静寂と重い罪悪感のみが取り残されていた。


 予想とは違う結果になってしまった現状に歓喜は申し訳なさそうに口を開く。


 「……すまない、まさかこのようなことになるとは思っていなかった」


 歓喜の言葉は俺の頭に入ってこなかった。


 ──俺は女の子を泣かせてしまったのか?

 いつも強気な態度だったから油断していた。

 女の子の泣き顔なんてみんな一緒じゃないか。

 俺の妹の泣き顔も、強気な煌奈の泣き顔も、みんな一緒だ。

 みんな一緒で、か弱くて守ってあげなくちゃいけないものなんだ。

 それなのに俺は──。


 スカートを捲ったこと、それについての後悔がないこと、また煌奈の泣き顔が可愛くて今抱くべきじゃない感情を抱いたことに罪はない。

 唯一、罪があるのは彼女を泣かせてしまったことだ。


 女の子を泣かせることだけは絶対にしてはいけない。それは俺のポリシーだ。


 「革新部のことなんか話している状況ではなくなってしまった。責任を取って私がなんとか──」


 俺は彼女の涙を舌で舐め取り、フラフラと立ち上がり開け放たれたままのドアに手を掛ける。


 「おい! どこにいったのか分かるのか!」


 「そんなの知らない。 …でも、後を追いかけなくちゃいけないだろ!」


 俺は教室から勢いよく飛び出す。


 顔に尋常じゃないくらいの痛みが襲ってくる。

 恐らく俺の顔はアザだらけで腫れているだろう。


 ──でもそんなの関係ない。


 俺は女の子を泣かせてしまった。過去に、絶対に女の子は泣かせないと誓ったはずなのに。


 校舎の周りを一周し終えるも煌奈の姿は見当たらない。

 俺は迷うことなく学校を背にし辺りいったいを探し始める。


 ──夕陽が沈み、町を、少し遠くに見える学校を、そして俺を、赤に染め始める。


 それから数時間探し続けたが結局煌奈の姿が見つかることはなかった。




 

 

 


 


 


 



 


 


 

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