第仇話
「で、これはどういう事だ?」
戒翔は目の前で親子揃って頭を下げている光景に隣にいるサラに聞く。
「この親子はあの者達から解放した戒翔殿に感謝と恩を感じての事だろうが、まさか…自ら奴隷になりたいと申し込んで来たのは…」
「だから、感謝とか恩を感じたからって極端な話だろ?」
「ですが、わたし達に出来るのはこの位しかないのです!収入の少ないこの安宿を経営するだけで精一杯の恩返しはわたし達の身体を差し上げる事しかないのです!勿論…娘のキノも同意の事です。」
戒翔が疑問を口に出すとここの店主であり、母親をするミレイが顔を上げて悲痛な面持ちで語る。
「…ってもなぁ?」
「私に振らないで下さい。これは戒翔殿がお決めになることです。」
戒翔はサラに振り向くがバッサリと切る。
「ん~…。よし!サラ、この宿を表通りの空いている土地に移すぞ。」
「…どうしたらその考えに至るのですか?そもそも資金はあるのですか?」
「手元には2000万Gはあるぞ?」
「にッ!?2000万G!?……どこにその様な大金を?」
「前の世界でも同じ通貨だったものでな……念の為に持ち歩いたのが幸をなしたな…。で、足りるか?」
「足りるも何も土地の料金は100万Gが相場なのだぞ?建築は別になるがな…?」
「なら地主である王女に渡せば問題あるまい。建物はこのまま移すぞ。」
「は…?って、どうするおつもりなのだ!?」
「文字通りだ。この建物を先程の大通りの半ば辺りにちょうど良い敷地があったからな…。転移させれば問題あるまい?」
「は…!?ちょ、ちょっと待て!転移だと?それは魔術士数十人規模で発動する物だぞ!」
「…?いや、俺は一人で簡単に出来るぞ?」
「…もう何も言わんし突っ込まんぞ。」
「あ、あの…」
サラが呆れた表情で溜め息を吐いているとミレイがおずおずと声を掛けてくる。
「ん?どうした…?」
「わたし達の店を移すと言いましたが…」
「あぁ、店の立地条件が悪いのが運営に悪影響だと考えたからな。丁度此処に来る前に見つけた空き地にこの店を移すんだ。金なら心配するな。」
「で、ですが…100万Gは大金ですよ!」
「俺はな…理不尽な扱いをされている人間を見逃せない性質でな…。アンタらを奴隷にするのはもってのほかだ。それにお礼と言うのなら次に来るときには友人と一緒に泊めて貰えれば十分だ。」
「そんな事で良いのでしょうか…」
「そいつは言った事は覆さないし、揺るがないぜ?」
戒翔の後ろから祐樹が現れてそう語る。
「あ、あの…貴方は?」
「俺は祐樹と言います。其処に居る戒翔の相棒兼親友ですよ。」
「は、はぁ?」
「祐樹、首尾はどうだ?」
「ん~、ダメだった。名は知れていたみたいだけど末端の扱いで碌な情報は持っていなかったな。後はこの件以外に何をしていたか白状した位だな。」
「…そうか。では、外にいる兵士たちを退却させてくれないか?店の移動は早い方が良いだろうな。」
「その事なのだが…」
「何か不味い事でもあるのか?」
「リオ様からの言葉なのですが「先に帰るが後の事は戒翔様にお任せします。」と言う事なのだ。勿論、この宿の移動にも賛同して下さるはずだ。」
「なら、問題ないな。」
「ちょ、ちょっと待て人の話を…」
「空間を支配する聖霊よ、今こそ我が応えに応えよ!この場の全てを彼の地へと飛ばせ!空間移動!」
「はぁ、結局こうなるのな…」
サラの言葉を最後まで聞かずに戒翔が呪文を詠唱すると辺りのモノが戒翔達を含めて掻き消えた。祐樹の呆れた声も聞こえていたか謎である。
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