試験
翌日になって何もなかった様な顔をしてジギーは船に来た。それでもネイリーの顔を直視することはできずにいたので、ネイリーもできるだけ意識しないように魔法の練習を続けさせた。ジギーは正確な魔力操作を、マリアとネイリーは新たな魔法の練習を毎日続けた。その間アレックスは何処かに消えていなかった。
そして約束の一週間が過ぎた。
「これで通常の船と同じく風の力で航行できます。」
「ありがとうございます。では操船について習わないといけませんね。お教えいただけますか?」
まだジギーの魔法は完璧には程遠い、ネイリーとマリアが習得できていない魔法もある。もう少し時間が欲しいと思ったネイリーは時間稼ぎの言い訳を口にした。
「それには及びません。当方から乗組員を数人用意致しました。すぐにでも出港できます。」
「いや、それはちょっと・・・。」
「ネイリー、元々一週間の約束だ。もう一つの約束も確かめさせてもらおう。ジギー、魔法は使えるようになったのか?」
「アレックス、それはまだ・・・。」
「ネイリー、もういいよ。ちゃんとできるところを見てもらうから。」
まだ披露させることに躊躇するネイリーの後ろからジギーが出てきた。少し緊張した面持ちではあるがどうやら覚悟はできたようだ。
「じゃあ行くよ。危ないから近寄っちゃダメだよ。・・・・・・Magna Ignis(大火球)!」
海に向かって構えたジギーは目を瞑って集中する。思考による詠唱、突き出された右手から直径1m程の火球が投射された。
「うおっ!何だ今のは?あんなの見たことないぞ。」
「今のは大火球の魔法、一番簡単な小火球の魔法の上級魔法よ。」
驚くアレックスにマリアが説明する。それを聞いたアレックスがふと疑問に思ったことを口にした。
「何で上級魔法からなんだ?」
「あれしか使えないから・・・。」
「はあ?今なんて言った?」
「だから火球の魔法はあれしか使えないの。どうやらあの娘、消費魔力4以下の魔法は使えないみたいよ。ジギー、次は別の火炎の魔法を。」
「うん、じゃあ・・・・・・・Flamma(火炎)!」
突き出された手から炎の帯が海面を走る。手の動きに合わせて炎の帯が広がり、放射状に広がった。
「うん、まあこれは見たことある。」
火炎の魔法は魔術士を象徴する魔法だ。軍隊でもよく使われるから魔法をよく知らないアレックスにも見覚えがあった。
「次は爆発の魔法を。小魔法から順に三つ、距離に気をつけて・・・行けるわね?」
爆発の魔法は効果範囲が広い。その規模が広くなるにつれて爆発の起点をどこにするかが問題になる。近すぎれば味方にも影響が出るし、遠すぎれば効果はない。それができて初めてこの魔法は使えたと言える。ジギーは無言で頷くと魔法の詠唱に集中し始めた。
「・・・・・Parma Fragor(小爆発)!・・・・・・・・・・Fragor(爆発)!・・・・・・・・・・・Magna Fragor(大爆発)!」
パワーワードの発生と共に爆発が起きる。最初は10m先で、次は20m先、最後は30m先、少しずつ高度を上げながら起こる爆発は完全なコントロール下にあることを証明していた。
「おお!これはすごい。最初のはともかく、後の二つは見たこともない。マリアは使えるのか?」
「残念ながら大爆発の魔法はまだ使えないわ。二番目の爆発の魔法ですら使える者はほとんどいないとされているのよ。」
「何で?」
「消費魔力が大きいの。基本となる消費魔力の3倍から5倍、そこまでの魔力操作は至難とされているわ。でもあの娘にとってはそこが基本の消費魔力、大魔法はその2倍の魔力を放出すればいいだけなのよ。あの才能を羨ましがらない魔術士はいないわ。」
マリアの魔法の才も人に羨ましがられる程の才である。だがジギーの才はその倍、マリアは初めて自分の才能を羨ましいと言った人達の心境を理解できた。
「ジギー、もういいぞ。アレックス、どう思う?」
「なんだもう終わりかよ。他にも氷の魔法とか旋風の魔法とかあっただろう。」
「まだ披露できる段階にない。それに全ての魔法が使える必要はないはずだ。」
そう強弁するネイリーの言葉には何処か不安のような感情が見え隠れしている。アレックスはなんとなくそれに気付いた。
「ネイリー、何か隠しているだろう?」
「まだ実戦経験がない。状況に応じて魔法を選択して使うことができるか分からない。当面は僕かマリアが指示した魔法だけを使わせるつもりだ。」
「ふ~ん、まだ何か引っかかるが合格だ。お前等二人して面倒みろよ。」
それだけ言い残すとアレックスは船へと上がって行った。見送ったネイリーはほっと胸をなで下ろした。実はまだ隠していることがある。ジギーの魔力操作は稚拙だが5の倍数に近い魔法は使える。逆に言うと消費魔力7や8の魔法が発動する確率は低い。先程使った火炎の魔法の消費魔力は8、発動したのは運が良かったとしか言えない。
「ジギー、とりあえず合格だってさ。」
「よかった。ぼく一緒に行っていいんだね?」
「ああ、だけどもっと魔法を練習しなくてはいけない。今のまま戦ったら命がいくつあっても足りないよ。」
「うん、分かっているよ。とりあえずよろしくね。」
ジギーがネイリーに向かって手を差し出す。その手をネイリーが握り、その上にマリアの手が重ねられた。