Three -3-
透子のことを意識し始めたのはいつだっただろうか?
そんな昔のこと、もうとっくに忘れてしまった。
星のことを好きだと感じた今でも彼女のことを可愛いな、とか放っとけない、とかそんな気持ちはまだ少なからず残っている。
こうして目の前で顔をぐしゃぐしゃにして泣いていてもだ。
「ごめっ、うち、修一のことまだ……ひっく……信じられひぇん……」
びっくりするくらいの不細工な顔になっている。
透子が泣くことは昔からあまりなかった。淡白だから、とかそういうことではなくて我慢しているだけなんだと思う。
小さなころ透子は母親を亡くした。だけどその時も泣かなかった。
たぶん長女という立場上、母に代わり弟を守らなくてはいけない、という考えが子供ながらに働いたのだろう。
おばさんを亡くして以来、透子は前以上に我慢強くなったような気がする。
もちろんそれは悪い意味でだ。自分の想いは押し殺し他人を優先したがる。
そんな彼女を放っておけないと思った。でもそれと同時に透子は俺のようなヤツを好きにならないと確信のようなものもあった。
彼女が星のことを好きだという想いに気がついていたが、それを抜きにしてもだ。
不毛な恋だなんて思わない。俺は一生彼女を想いつづける。それでもいい、そんな風に考えていたこともあった。
それが今では幼なじみとはいえ透子とは似ても似つかない男で身長もだいたい同じくらいの星とよろしくやっているのだ。
人生なにが起こるかなんて本当に分からないものだと心の中で笑った。
「透子ちゃん、泣かんといて」
隣でそう言いながら自分も泣きそうになっている星の横顔をながめる。
今から思えば星は透子よりも女々しいといえば女々しいのだ。
すぐに泣くし俺の後にへばりついて離れなかったし肌も男とは思えないほどの白さで、綺麗で―――…… ともかく。
星を可愛くて愛しいと思ってしまったのだ。
何年もつき合っていた恋人もそれなりに愛着は湧いていたはずだったが、こいつの前では何も感じなくなっていた。
星に初めて想いを告げられたとき、星は今の透子のようにぐしゃぐしゃに泣き腫らし「何か、透子に似てるな。」てそんな風に思ってたけど、抱きしめると震える体とかキスを何度しても慣れないところとか体を重ねる度、傷ついていく顔を見て、ああこいつは俺が想っている以上に俺のことを想っている。
星にはもう俺しかいないんだって思えたら急に愛しくなって居た堪れなくなった。
「透子……俺、自分でも思っている以上に星のこと好きやと思う。」
星のことを昔から、今もずっと好きなのを知っている。自分の想いを押し殺してまで他人を優先したがる性格なのも知っている。
星はきっとこんなにも透子に想われていることを知らないだろう。
透子の目をじっと見つめ、伝えた。
透子の濡れた瞳が俺を見据え、ずっと触れたかった彼女の黒い髪が揺れる。
透子は小さく頷き「わかった」とか細い声で答えた。
「修一のことは信じられへん。けど星が好きになった人やもん。信じてみる。」
透子は"泣く"ということに慣れていないのだろう。先ほどから涙を拭おうとはしなかった。
いつか、いつか頬を流れる涙を拭ってやりたと思っていた。だけどそれは俺じゃないのだと思い知った。
こうして星も透子も傷つけ、泣かしてしまっている。
ハンカチを差し出すと彼女は笑って涙を拭い「ありがとう」と俯いた。
外したメガネがいつものと違い、何だか俺の罪のように思えた。
隣で涙をいっぱい溜めた星の目尻に触れ涙を拭う。
星は、恥ずかしそうに笑う。俺も自然と笑顔になってしまう。
とても憎くてとても愛しい―――
完結です。
ここまでお読み下さりありがとうございました。