Three -2-
しとしとと雨の音がする―――
修ちゃんが煙草を吸うためにほんの少し開けている窓から微かに聞こえる。
激しい音ではなく優しく降り注ぐようなそんな音。
あの日と、同じ音。オレが修ちゃんに想いを告げたときと同じ音がする。
告白、というロマンチックのようなものではなかった。勢い、というか言うつもりがなくつい口から出てしまった、という感じだ。
修ちゃんを好きだと感じたのはいつだったろうか。もうずっと遠い昔のことで忘れてしまった。
小さなころハーフという容姿と弱い自分のせいでからかわれることがよくあった。
そんなとき、オレを庇い助けてくれる修ちゃんの背中をいつも見ていた。かっこよくて憧れていて大好きだった。
そんな気持ちからだんだんと本当の"好き"になっていったような気がする。
シーツに顔を埋め息を吸いこむとシーツからも煙草の臭いがした。こうして修ちゃんと過ごすのは何度目になるのだろう。
オレの部屋と修ちゃんの部屋が同じ臭いがすることに優越感のようなものを感じていた。
修ちゃんがオレのものになったような気がする。そんなこと絶対ないのに。
窓からじとっとした風が吹きこみ何だかオレのようだな、とぼんやり考えた。
オレは修ちゃんに纏わりつく湿気だ。修ちゃんはきっと同情とかそんな気持ちでオレを抱いたから、だから切りたくても切れないでいるのだろう。オレが可哀想に見えるのだろう。
修ちゃんは冷たく見えるけど昔から優しすぎて優柔不断なところがある。
そんなことを考えていると頭上で携帯の着信音が鳴った。
手を伸ばし画面に表示されている名前を確認するとドキリとした。
"松嶋透子"
先日、セックスの最中に透子ちゃんに見られ、それ以来顔を合わせずらくなっていた。
透子ちゃんは「気にしていない」という風に振る舞っていたが何だか落ちこんでいるようにも見えた。
オレの部屋で透子ちゃんのメガネが眠ったままになっている。
返さなければ、と思っているが壊れているのでどうしようかと考えたまま数週間経っていた。
透子ちゃんは唯一オレの性癖を知っている人だ。
小さなころから「修ちゃん、修ちゃん」と修ちゃんに付きまとっているオレに「変なの」という顔をしていた。
ある日「ホモなん?」と直球だったがいつもの様子で聞かれた。「ホモかどうかは分からん。けど、修ちゃんが好き。」と答えると「そっか」と笑った。
透子ちゃんは軽蔑も何もしなかった。
お姉さんのようにオレを可愛がってくれていた彼女に否定されなかったことがとても、とても嬉しかった。
ただ、悲しそうに笑って髪を撫でてくれた。
どうしようもない恋だと不毛な恋だと子供ながらに思ったのだろう。
だけどそれはオレも今だってそう思ってる。
「電話、鳴ってるけど」
「……うん、知ってる……」
修ちゃんと一緒にいるときに透子ちゃんの電話に出るのを躊躇われた。
携帯を両手でぎゅっと握り、音が鳴り止むのを待った。
「……透子か?」
「……うん……」
「タイミング悪かったよな」
そう言って修ちゃんはハハッと渇いた声で笑った。
透子ちゃんはあれから何も言わないが、きっとオレのことを心配してくれている。
カミングアウトしたあの日のような笑顔で彼女は笑うのだ。
女の子なら、いやいや恋人のいない男なら祝福してくれただろう。
透子ちゃんのメガネが壊れることもなかったはずだ。
ああ、オレは何をしているんだろう。
永遠に修ちゃんは振り向いてくれない。それなのに。修ちゃんの彼女だけじゃない。
大切な大切な透子ちゃんまでも傷つけているのだ。
「修ちゃん……オレやっぱ無理や……修ちゃんのこと好きやもん」
好きだ、修ちゃんのことが好きだ。
このままセックスだけの関係がつづいてもいい。修ちゃんとの絆が切れない限り、オレはこのままでいたかった。
離れたくない。
修ちゃんのことを見限って嫌いになれる日がくるなんて到底思えない。
だけど、大切な人を悲しい笑顔にさせてまでつづけていい関係ではない。
見たことのない修ちゃんの彼女に気が狂いそうなほど嫉妬している。だからといって傷つけていいわけじゃない。
自分がどこかで区切りをつけないといけないのだ。
「星……俺ちゃんと彼女と別れてきたで」
「…………え?」
「先週、別れた。」
「う、うそや……何で……なんで……」
「…………星に惚れたからや」
修ちゃんは視線を逸らした。真っ赤な顔をしていた。
嘘や。嘘や。嘘や。嘘や、と何度も頭のなかで繰り返した。
修ちゃんと修ちゃんの彼女はもう何年もつづいていたはずだ。
それなのに、どうして。何年もつづいていた彼女を捨てて、オレを好きだと言ってくれるの?
―――そんなの嘘だ。
思いとが逆に次から次へと涙が溢れる。
「ほら、泣く」
「……だっ……しゅうちゃ……」
言葉にならなかった。
何年も何年もずっと想いつづけたこの恋に報われる日がくるなんて想像できない。今まで一度だって考えたことなんてなかった。
修ちゃんは煙草を押し消しオレの髪を撫でた。
「お前を抱く度にそんな悲しそうな顔されると、たまらんくなった。」
「……そんな……」
「お前のこと、好きや……」
真っ赤な顔をした修ちゃんは視線を逸らしながらも髪を弄る手を止めなかった。
そしてそのまま抱き寄せられ、唇が触れた。
いつもと変わらないキスだった―――