8-4.罰
ミカラゼルとオサード、彼らのその後はルリたちにはわからない。そのことについて口を開く者は誰もいなかった。オサードが最終的にどうなったかは予想がつくものの、わだかまりを抱えたままの道行になるだろう。
消えろとばかりにミカラゼルに睨まれたカロンが落ち着いたころを見計らってようやく地上に降りる。またがっていると体勢を変えることもできず、そこかしこが痛くなってくるのだ。
「ここをまっすぐ行けば小さな街があるはずです。そこで休みましょう」
難所といえる火山を抜け、あてにしていたミカラゼルとは砂浜で別れた。頼りになるのはコクフウの知識だけだ。
「その街から人の住んでる場所で一番近いのは?」
「新しくできていなければ、しばらくはないと思います。東から火山に行く人にとってはその街が最後の休憩所になりますね。宿屋は充実していたので心配はいりません」
「じゃあ、そこで休んで、準備を整えて、それからはカロンに頼ることになるのかしら」
うなずいたコクフウはカロンの額をそっと撫でる。頼りきることになって申し訳ないという顔だ。
「クロウさんもそれでいいですよね?」
答えは沈黙、沈黙は肯定だった。聡い子供だ、オサードの最後をなんとなく察しているのだろう。元から寡黙なのにさらに話したくなくなっているらしい。
それから無言で歩き続けるうちに、別段気まずい雰囲気になることもないまま陽は中天をすぎた。
乾いた砂と石でできた道をずっと歩いていくと、やはり籠や採掘に用いる道具を持って山へ行こうとする者たちとすれ違った。これだけの人数が火山に向かっているのに坑道ではすれ違うこともなかったのが不思議だ。しかし、まるで逃げるように背中を丸めて行くのはどういうことだろう。ちらと見えた荷台には家財の類が積まれている。
行き違った人数を数えるのにも飽きたころ、砂の道にうっすらと石畳が見えた。踏み均されて沈みこみ欠けている部分もあったが、街が近い証だ。進むにつれて石畳が赤く色づきはっきりとした形を現す。
地面ばかり見ていたルリが顔を上げると、その石畳の先には遠目にもわかる真っ赤な壁があった。ちょうどこちら側に向かって巨大な門扉が開け放たれている。
「あれが街?」
「はい。噴火しても大丈夫なように高い壁を造ったとか。実際に噴火したのはもう何百年と前になりますが」
またもや人とすれ違う。男が女の手を引き、まるで逃げるかのように急ぎ足だ。夫婦のようだったが彼らは石掘り道具を持っていなかった。身一つで山へ分け入るのは危険なことのように思える。
「なにかあったのかしら」
「街に行ってみないことにはなんとも」
「急ごう」
子供の声にルリは思わず振り返った。カロンと一緒に後ろを歩いていたクロウだ。
「いきなりどうしたのよ、珍しい」
「煙があがってる」
そう指摘されてルリとコクフウは街の上空に目を凝らした。言われてみればたしかにあれは煙かもしれないというような霞が空に漂っている。けれども雲と言われれば納得してしまうような霞だ。だがカロンはしきりに鼻をひくつかせているのだからクロウの言うことは間違っていないだろう。
火事だとしたら水術師の出番であって、ルリの出る幕ではない。しかしながら訪れる予定の街の様子は気になるものだ。カロンは三人を乗せて問題の街へ飛んだ。
外に向かって開かれた赤い門扉の前でカロンから降り、門番すらいないそこを通り抜ける。街の中を一歩進むたびに目隠しが取り払われるようだった。
街までそう遠い距離ではなかったのになぜ気づかなかったのだろうと疑問に思ってしまうほど街の様子は酷いものだった。石造りの家々は吹き飛ばされたように壊され、巻きこまれて死んだらしい家畜は燃えている。肉の焼けるにおいが今になって胸を満たす。
人の死体が目に見えるところにないのが唯一安心できる点だった。音を掻き消すように炎がいっそう激しく燃え上がる。倒壊した家の真隣にまったく被害を受けていない家があるのが奇妙だ。災害ではなく人が行ったものだろうか。
「どういうことでしょう……どうして、こんな」
「これじゃ休むなんて無理ね」
ルリは明るく振舞った。動物以外に死体を見ていないからこその余裕だ。だがその余裕は、まだ倒壊せずに残っている家から姿を現した男によって打ち砕かれた。
血塗れた大剣を片手に持った男に表情らしい表情はない。黒い鎧には銀色の装飾がされていて一目で上物だとわかる。どこかの役職に就いているのだろう男は今しがた出てきた家を眺め、そして初めてルリたちの存在に気づいた。
「誰だ」
「……ただの旅人です」
ルリが答えると、いい獲物がかかったとばかりに男は口角をあげる。
「金を出せ。旅人でもなんでも、この街に来たからには通行料と滞在料が必要だ」
「すぐ出て行きます。街は空を……」
「領空って言葉、知ってるか? 十レイルだ。四人で四十レイル」
「そんな! だってカロンは」
ルリは途中で口をつぐんだ。クロウに手を握られたのだ。逆らうのは得策ではないという意思が伝わってくる。男が持つ武器に思わず目がいった。
「通行料と滞在料、あわせて四十レイルですか?」
コクフウがルリにかわって前へ出る。四十レイルといえば、材料費だけで計算するなら山奥にあるような一つ部屋の粗末な家が一軒建てられる金額だ。
「一人につき街に入るのに五レイル、通り抜けるのに五レイルだ。夕方までいるならさらに五レイル、夜をすごすならそれに加えて十レイル支払ってもらう」
「それならすぐに出て行きますから、四十レイルでいいですね?」
鎧の男がうなずいたのを確認してコクフウはルリに向き直った。ファイアーランドに渡るために船を買っていたら今ごろどうやって切り抜けていただろうと思いつつ、ルリはコクフウにアイスランドで得た褒賞金のつまった皮袋を差し出す。
コクフウによって四十枚の金貨が恐ろしげな男の手に渡される。返ってきた袋はずいぶん軽くなっていた。支払いを拒めばなにが起きるかは男の持つ剣を見ればわかる。
きっかり四十受け取ったことをたしかめ、彼はなにも言わずにルリたちの横を通り過ぎた。迷いのない足取りで石の一かけらも崩れていない家に入る。屋内であがった悲鳴が不自然に絶えた。
「ルリさん、早く街から出ましょう」
怯えを含んだ空気が街中を満たしている。家の中で行われていることは明白だ。彼が街をこのようにしたのは間違いない。住民が逃げ出すのは当然だ。ここへ向かう途中ですれ違った者たちは逃げてきたのだ。
ルリたちはその場でカロンの背中にまたがった。すぐさま発たなければならないことを理解しているカロンは翼を羽ばたかせて姿勢を低くする。
「待て!」
背後の家屋から焦った男の声、それと一緒に血のにおいも漂ってくる気がする。支払いは終えたのだからルリたちに待つ義務はない。飛んでしまえばあちらはもう追いかけられない。
「カロン、お願い」
風をつかんだカロンの足が浮く。しかし、一息に上昇する寸前にがくんと揺れた。なにごとかと揃って振り返ると、見ず知らずの少年がカロンの後ろ足を必死になってつかんでいる。あの男が追いかけようとしていたのはきっとこの子供だ。
カロンはその障害をものともせず、すぐに体勢を立て直して街の全容が視界に収まるほど高くへ飛んだ。
街が後方に見えるようになったころ、ルリはカロンを下降させた。無理な体勢で後ろ足にぶら下がっている少年もつらいだろう。先ほどの大剣の男がすぐにでも追ってきそうな場所で少年を降ろすほど冷酷ではない。
カロンの足が地面につく前に、逃げきれたことに安心したのだろう、少年は力を失って落ちた。それほど高さはなかったため怪我はなさそうだ。
「いったいどうしたんでしょう、この人」
カロンの背から降りたコクフウがその子供をまじまじと見つめる。見かけはコクフウよりも少しばかり年下、並べばそう年の違わない兄弟に見えるかもしれない。着古した服や豆だらけの手から生活が垣間見える。
少年はすぐに意識を取り戻してルリたちと距離を取った。警戒したその動きは出会った当初のクロウを思い出させる。クロウと違うのは、それからすぐに感情を見せた点だ。なんの前兆もなくぼろぼろと泣き崩れたのだ。
大声をあげて泣くさまは赤子のようだ。こちらの声すら掻き消されるような気がして声をかけるのもはばかられる。落ちつくのを待つしかない。混乱しているのだろう。
「ねぇ、コクフウ君、この子って」
「僕、あの男の人が入っていった家から飛び出してきたの、見ました。おそらくご両親は……」
無我夢中だったとしても隙を見て逃げてきたのならたいしたものだ。その少年はまだしゃくり声をあげてはいるが、泣き出したときと比べればなんとか話せる状態までなっている。
一番近くにいたコクフウが少年の肩に手をやってなにごとか尋ねようとする。
「あの、いったいなにが?」
「助けてくれ!」
コクフウの姿を認めた少年はその膝にすがりついた。
助けてくれ、と夜のフォレストランドで事情もわからず言われたことをルリは思い出した。青の混血児以外に初めて会った同族の彼女。領主がいなくなり、彼女の願いは叶ったのだろうか。
「なにがあったんですか? あの男の人は?」
諭すようにゆっくり言いながらもコクフウの目はルリとクロウに助けを求めている。クロウに心配そうに手を引かれたルリははっとしてコクフウの横に立った。
「頼むよ、助けてくれ。あいつがまた来たら今度こそ街は焼き払われる!」
「あいつって、さっきの?」
涙や鼻水でぐちゃぐちゃの顔をして少年は激しくうなずた。やがて己の顔の状態に気づき、袖で顔を拭く。
「ご両親はもういないんでしょう? このまま違う街に逃げれば……」
「できない。あの街は、初代魔王陛下の生まれた場所だから」
それぞれの脳裏にゴーストランドで力を貸してもらった男の顔が浮かんだ。巨獣を生け捕るときにはよく助けられ、秘宝も彼から手渡された。あの街は彼の故郷だったのだ。ならばなんとか助力したいところだが、難しい。
「だからって、どうすればいいの? まさか殺すわけにはいかないし」
「殺す?」
なにを言っているんだという口調の少年の声にはもう震えは含まれていない。かわりにあるのは呆れだ。
「そんなの無理だね。あいつ、西海岸の村を一人で潰すようなやつだ。殺せるわけない」
「ならどうやって助けろっていうのよ。街を捨てるしかないじゃない」
「まぁまぁ、ルリさん。ところで、どうして彼が来るようになったんです?」
あ、と少年は小さくもらした。助けてくれと言うばかりで、まだ肝心な部分は話されていない。
「王女様を城にお連れして、領主様に認められてここを任せられたって自慢してた」
「任せられたなら、あんなに街を破壊して許されるわけがないわ」
「おれたちだって反論したさ。でも、税が払えないのに家に住んでるのはおかしいって、領主様もきっとそう言うって……」
「つまり、上納がたりないから催促しに来たってこと?」
少年はうつむいて肯定した。
これはルリたちに助けられるものではない。上納するのは民の義務であり、それをしない者は罰されるか土地を失うのが普通だ。やりかたは残忍かもしれないが、あの男のしていることは正しいのだ。
金がない、作物が育たないというなら近くに原石の採れる火山がある。火山へ向かう者のために街には大きな宿屋がある。外へ出れば人手を欲しがっている場所などたくさんあるだろう。稼ぐ方法がないとは言えない。
「高すぎるんだ」
「高いもなにも、義務でしょう」
「いくら稼いでも八割は持っていく、ちょっとした通行人相手に五レイルも取る国だぞ!?」
「国の方針なんだから仕方ないわ。それに、あの坑道があるじゃない。規定の八割くらい……」
そこでルリが口を閉じたのは、少年とのあいだに温度差を感じたからだ。ふと横を見ると、クロウは相変わらずの我関せずといった姿勢だったが、コクフウのほうは明らかに困惑した目をこちらに向けている。
「ルリさん、それは少しまずいです。たしかに僕らができるようなことはありませんけど」
「……おれも悪かったよ。通りすがりのただの旅人に話すようなことじゃなかった」
コクフウが口を挟んだおかげで少年は冷静さを取り戻したようだった。先ほど泣いたせいで赤くなった目をぎゅっとつぶって頭を振る。
「あいつももう行っただろうからさ、街の近くまで運んでくれないか? いきなり助けてくれだなんて言ってごめん」
その言葉を聞いてルリはカロンを飛ばした。少年を降ろしたのは門から少し離れた場所で、今度は街の領空を侵さなかった。




