8-1.同道
東西にのびるファイアーランド、その中央よりもやや東にあるもっとも美しいといわれる浜辺には、それに似つかわしくない光景が広がっていた。他国とは海を挟んでいるだけあってさぞかし平和なことだろうと思っていたが、ファイアーランドも揉め事を抱えているらしい。
上半身と下半身とが別々の場所に転がっている女の身体。頭部のみとなった男を大切そうに抱えている幼児、その小さな背中には爪で引っかかれたような傷がある。全身が真っ黒に焼け焦げて性別の判断すらできない者もいる。剣にまとわりついた衣服だけがはためいている。
リューズエニアから船を使ってファイアーランドを訪れたティーナは、そのありさまに絶句した。付き従う兵士たちも言葉を失っている。外には知らないものがたくさんあるのだと王城を出たものの、このような光景に遭遇するとは思ってもみなかった。
浜辺に立てられた小屋の前に、たいそうな鎧で身を固めて大剣を持つ男が立っていた。こちらには気づいていない。小屋の中から誰かが叫んだ。
「なんと言われようと、この土地のものは石ころ一つだって譲らんぞ!」
「そういうことは、今がどんな状況なのかよく考えてか言うんだな」
立派な体格の男はとうとう小屋へ足を踏み入れていく。持っていた大剣を、恐怖を味わわせるようゆっくりと片腕で振りあげる。
そこまでしか見えなかった。隣にいた兵士の身体が目の前にあった。
「姫様、どうなさいますか」
「そうね……。誰か、ファイアーランド城への道を知っている者はいないかしら」
「では、あの男を?」
「誰でもいいわ。わたくしを早く城に連れていって」
護衛は小走りで小屋に向かい、この惨状を生み出したのだろう男に声をかけた。しかし帰ってこなかった。血塗れた剣を持つ男が近づいてくると、そばに残っていた護衛は次々にそれぞれの武器をかまえる。
壁を作るように兵士たちに守られてはティーナが状況を理解するのは不可能だった。一人、二人と倒れて肉壁が薄くなり、やがてその男と向かいあう。ここまでくればさすがになにが起こっているのかわかるが、足は思うように動かない。それでも口が動くのは王女としての矜持に他ならない。
「ほんの少しお尋ねしたいのですけれど、よろしくて? ファイアーランド城はどこにありますの?」
「おまえ、誰だ?」
「それがわたくしの尋ねたことに対する答えですの? 領主の住むお城はどこ、と訊いたのだけれど」
男は剣を振りあげた。血塗れた剣が陽の光を浴びて鈍い輝きを放つと同時にティーナは背を向けて走りだす。だが大人と子供、男と女の歩幅の差にはかなわない。髪をつかまれ足が軽く宙に浮く。
「その卑しい手を離しなさい。わたくしを誰だと……」
「だから、誰なんだ?」
魔王の一人娘とはティーナのことだと知ると、黄色い歯をむき出しにして男は笑った。
久しぶりの地面を踏みしめたルリたちは別の港へ向かう貨物船を見送った。降ろされたのは砂浜だ。船ではこれ以上行けない比較的浅いところまで来ると、船長自らわざわざ小船を出して陸まで送ってくれたのだ。
フォレストランドからファイアーランドへの航行は十五日にも及んだ。もう少しなんとかならなかったのかとルリは小さく不満を漏らしたが、これで最速なのだという。幸運なことに嵐にも海に棲む化け物にも襲われず、船自身の速さもあってそれで十五日が最速なのだと。
「いいじゃないですか、ルリさん。秘宝を集めるのに期日があるわけじゃないんでしょう?」
「それはそうだけど……」
「あそこで船を買って、小船を漕いで行くよりずっと早いんですから」
コクフウもクロウも、強引に船に乗りこんできたあの男についてなにも尋ねてこなかった。それどころかいなくなって安心したようだった。事を実行したミカラゼルからの説明もない。自分だけが知っているというもやもやした気持ちを抱えての海路は気分のいいものではなかった。
「ところで君たち、これからどこに行くつもりだい?」
振り返ればカロンを撫でるミカラゼルの姿がある。朝の来ないゴーストランドでは気がつかなかったが、背中に背負った太陽が似合っていた。代行とはいえ領主のものとは思えない粗末な格好も彼のためにあつらえられたものにしか見えない。
問われたルリはそこで初めてどこへ行けばいいのか考えた。フォレストランドで領主殺しに関わったばかりだ、ファイアーランド領主の住む城には行けない。
「とりあえず、お城へは行かないにしても大都のほうには行きませんか? 火山のせいで大都以外はほとんど人が住んでないんですよ、たしか」
迷っているとコクフウの提案があり、ルリはそれに感謝した。
「よく知ってるわね、コクフウ君」
「ファイアーランドは昔からそうだったんです」
昔からという言葉にルリは一瞬眉をひそめたが、罪人だといったか、彼が明かしてくれた秘密を思い出して納得する。前の人生を覚えているというものだ。ゴーストランドではルリの疑問をよく解決してくれた。
「大都に行くなら、途中まで一緒に行ってもいいかい?」
「あたしたちのほうこそ、お願いします」
ミカラゼルの申し出に、気がつくとルリは頭を下げていた。大人がいるとなるとあまり自由な道行にはならない。しかしそれは大人がいることの心強さには勝てなかった。クロウたちの先頭に立って進むのには疲れてきていたのだ。
どこかほっとしたように微笑む領主代行だが、自分がなにを触っているのか目にした途端困ったような顔をする。船にいたときからずっと彼の手にされるがままになっているのは純白の翼を持つカロンだ。
「一緒だと飛べないけど、本当に大丈夫?」
指摘されると同時に、移動は徒歩でなくてもいいのかと思いあたった。けれども領主になるほどの力を持つ大人がいるのといないのとは、いくら飛べるとしてもその差は大きい。
「歩きでもいいわよね?」
念押ししたわけではないが、クロウとコクフウはそろってうなずいた。船に乗れたのはミカラゼルのおかげなのだから、よほど我の強い者でなければ当然か。
やっと和らいだ大人は礼を言ってから先頭に立った。
「大都はこっちのほうだよ。大都へ行くなら火山を貫く道を通るほうが迂回するよりも早い。ファイアーランドには詳しいんだ。たぶん、コクフウ君よりは」
名前を呼ばれたコクフウは喜色を浮かべてミカラゼルの後ろについた。いつもの知識人としての表情はどこへやら、こうなると普通の子供だ。カロンは今もミカラゼルの隣だった。ルリとクロウは妙な疎外感に目をあわせ、彼らに従う。
大人を先頭にしてルリたちは海とは反対方向に歩きはじめる。砂浜の足跡は風に吹かれて消えた。
リューズエニアでかかわりを持った王女がすでにファイアーランドに入国していたことなど、ルリたちには知るよしもなかった。なにしろルリたちが到着する数ヶ月は前のことであるし、こちらが船をつけたのは西海岸、対してあちらの船は東海岸にあったのだ。
ファイアーランドはウィンドランドに次ぐ序列第四位だ。サンドランドと同様に人の住める場所が限られているため、他国と比べてあまり人がいない。国土のおよそ半分が火山ともなるとどこで寝起きすればいいのだ。加えて数年前にリューズエニアが独立したためにさらに人口が減った。それでも四つめの席にあるのは火山があるおかげだった。
人が少なく、国土は狭く、限られた土地も作物を育てることには向いていない。しかし、ファイアーランドには火山がある。それをいえばこの国はサンドランドよりもかなり恵まれていた。鉱物が産出するからだ。
「他の国でも産出するけど、ファイアーランド産は質がいいって言われてたよ。研磨や細工はアイスランドに任せるのが一番だ」
砂浜を内陸に向かって歩き続け、岩が目立ちはじめたと思うとすぐに足元は岩石だらけになった。水気の乏しく彩のない荒地だ。このような山道から原石が採れるようには思えない。
歩きにくいその坂道をミカラゼルは慣れた様子で進む。ときおり後ろを振り返ってはルリたちのことを気にかける余裕さえある。口も軽いもので、この国に詳しいというのは嘘ではないようだ。
吹きつけてくる熱風にルリは足をとめた。どうも暑い。ファイアーランドについたときにそれほど暑く感じなかったのは海風があったからかもしれない。人間であるコクフウはというと別段暑がっているそぶりはなかった。なにかと比べられるファイアーランドとサンドランドだが、後者のほうが暑いのだろうか。
大人の足取りをなにも考えずに追っていくうちに、急に道が歩きやすくなった。坂道であることに変わりはないが、瓦礫のような岩石群はわきに除けられ、人によって踏み均されている。
「危険を承知でたくさんの人が火山に入るんだよ。ここで手っ取り早く儲けるにはそれが一番早いからね。学がなければなおさらだ」
進んでいくうちに道をともにする者がちらほらと見受けられる。彼らは籠や皮袋を背負い、また何人かで組んで荷台を押し、それぞれの腰には農具に似たものがぶらさがっている。人によって形は異なるが、共通しているのは短剣ほど鋭利ではないもののそれよりも小回りが利きそうだという点だ。
「腰にあるのはなにかしら」
「あれで石を掘るんだ。壊れた農具かなにかで作ったんだろうね。専用の道具は高いから」
火山に近づくにつれて老若男女問わず人が多くなってきた。同時になんとも言いがたいにおいが濃くなってくるが周囲の人々にそれを気にする様子はない。これが普通なのだろう。気温も上がってきたようだ。
傾斜のかかった道の先には山がある。登っていくにしたがって一つ一つの岩石が大きくなっていき、水を含んだように色の濃いものが目立ちはじめた。山に潜らずそのあたりで座りこんで作業をはじめる者もいるが、道の先でぽっかり口を開ける空洞へ消えていく者のほうが圧倒的に多い。
「領主様、あの人だかりはなんでしょうか?」
コクフウが首をかしげて指で示した。火山への入り口から少し離れたところ、人の群れの中心になにかあるのは見えるがはっきりしない。両手を擦りあわせ熱心に拝んでいるように見えるが素通りしていく者が数人。
「最近のことはあまり知らないんだ。ごめんね」
「そんな、謝っていただく必要なんて」
洞窟のような坑道の入り口近くまで歩を進めるとますます気になってきた。そこになにがあるのか知りたい。山に入る前に拝んでいかなければならないのかもしれないと思うと無視するのは気が引ける。しかしながら、小さな子供や年老いた夫婦、強面の男たちを押しのける勇気はさすがにない。
逡巡していると、ルリたちの中ではもっとも長身となるミカラゼルは背伸びして群集がなにを囲んでいるのか見てくれた。
「塚……かな。文字までは読めないけど、石が立ってる。注意書きを拝むとは思えないし」
「ここは初めてかい?」
しゃがれた声に驚いてルリたちは揃って振り返った。老齢の女だ。白髪頭にしわだらけの顔という見かけのわりに背筋はまっすぐで、やはり籠と小さな農具に似た道具を持っている。
「なんにも得物を持ってないじゃないか。なにしに来たんだね」
「東側に行きたいんだ。山を迂回するより早いだろう?」
距離を置かないミカラゼルの返事に、ああ、と老婆は納得がいったようだった。にいと笑って息子にでも説明するように口を開く。言いたくてたまらない様子だ。
「あんたの見立てどおり、あれは塚だ。墓とも言うね。ここで彼らが亡くなって以来、死人が目に見えて少なくなった。加護があるって話さ。拝んでおいて損はないよ」
「誰が亡くなったって?」
「現領主様の兄君とそのご友人さ。六、七年前になるかねぇ。石掘りしてるときに落石だなんて、本当ならそんな死にかたするようなお人じゃないのに。運が悪いにもほどがあるってもんだ」
さあ拝んでいけと言わんばかりの形相に気おされたルリたちは、周囲がするのと同じように両手を擦りあわせて頭を深々と下げる。手をあわせられないカロンは神妙になって低く頭を下げている。ちらと見た後ろでは老婆が満足そうにうなずいていた。
一通りの手順をすませたルリたちは年老いた世話好きの女に礼を述べ、火山を貫くという薄暗い坑道に足を踏み入れた。




