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時を刻む紅  作者: 榊原
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6-2.奪われた陽光

 蝋燭が一つだけ灯されている薄暗い部屋。身分の高い客人のために用意されたという印象を受けるこぎれいな部屋には寝台が三つ並んでいる。そのうちの一つ、ルリがやわらかい寝台から身を起こすと同時に、押し潰したような低い声がした。

「揃って、隣室へ」

 ぎょっとして音源を見ると、止まり木に止まる鳥のような茶色の生き物と目があう。本来ならばくちばしであるはずの部分が蛇のあごになっている。今までに目にしたことのない生き物だったが、そういったことは珍しくない。魔界を治める魔王ですらすべてを把握することは難しいのだ。

 陽の位置を確かめるためにルリが丸い窓の外を見ると、ひたすら外部は暗かった。蝋燭の炎が明るく感じるくらいなのだから暗くて当然か。外の様子は夜も深まったころなのか、それとももうじき朝が訪れるころなのかもわからない。

 自分たちはアイスランド領主ガルディンの手によってフォレストランドに来たはずだ。それなのにこのような場所にいる。ここへ来るまでの記憶がすっかり抜けているとはどうしたことか。

 ルリは簡単に身なりを整えてからクロウを、そしてコクフウを揺り起こした。そこでやっとカロンがいないことに気づいた。しかし、自分たちの待遇がこれほどにもいいものなのだから、きっとカロンも粗末に扱われていることはないだろうと見当をつける。

 コクフウがゆっくりと金色の目を開けて身を起こす。焦点があって、やっとルリを認識した様子だ。

「ねえコクフウ君、あたしたちフォレストランドに行ったのよね?」

 念を押すように訊くルリの言葉をコクフウは肯定した。

「あたし、いつの間にかここにいたんだけど……ここ、どこだと思う? 誰があたしたちをここに連れてきたのか知ってる?」

 コクフウに尋ねても仕方がないとわかってはいたが、ルリはそうする以外にできなかった。

 わからない、と申し訳なさそうに彼は首を振った。そこへクロウが寝ぼけるでもなく口を挟む。

「隣室に呼ばれていたのではなかったか?」

 そいつが教えてくれるだろう、とばかりにクロウは文字どおり目を細めた。



 鳥のくちばしをもった蛇が鳴いたので、男はそろそろ来るか、と思って扉の鍵を開ける。隣室にはこれのつがいを置いておいたのだ。それから彼は自身のためにあつらえられた椅子にゆったりと腰かけ、滑らかな手触りの机に置かれた四枚の紙を手に取った。

 日付と、ルリ、カロン、コクフウ、クロウという四つの名前。それらの名前の下に出身国や人物の外見の特徴、馬車の御者に発見されたときの様子などが書きこまれている。横には捺印するための空白がある。これが出国許可証になるのだ。

 三人分の足音に気づいたころには、いまだに見慣れない、必要のないほど広い部屋の立派な扉が向こう側から開けられた。城主の伴侶が使う隣室とこの部屋とはたかだか数歩しか離れていない。いくら伴侶だといっても、もう少し距離があってもいいと思うのだが。

「ここはどこなんですか?」

 入ってくるなり、ルリというらしい金の髪をした少女は部屋の主に向かってそう言った。やや礼に欠くその姿はウィンドランド領主の娘というだけある。おそらく己よりも確実に地位の高い者に出会ったことがないのだ。もしくは、目が覚めたら知らない場所にいたことで気が動転しているか。

「まあ、落ちついて。そこの椅子にでもかけたらいい」

 一番小さな子供は不機嫌な表情を隠さずに、そしてまだ子供の域に含まれる少年はなにも言わず苦笑に先ほどの少女の行為に対して非難の意をこめていた。彼らは立っている気はないらしく、おとなしく小さな椅子に座る。問題の彼女はこちらを一瞬だけ睨んでから腰かけた。

「ようこそゴーストランドへ、ウィンドランドのお嬢さんとその仲間たち。ぼくはゴーストランド領主、アルドラという」

 アルドラは国名を出して相手の出身を明らかにすることで、それとなく優位を示した。ゴーストランドはウィンドランドよりも上に格づけられている。他国の領主には表面だけ敬っておけばそれでこと足りるが、次期ウィンドランド領主という身分に甘えていたルリという娘はどう出てくるだろう。

 彼女は翠色の目を見開いて背筋を正した。だが無礼についての謝罪はないところから、それなりのつまらない矜持はあると見受けられる。アルドラは位の上下に深くこだわる性格ではないのでさらりと流した。態度が変わるだけまだいいといえるだろう。

 アルドラは頬杖をついて長い脚を投げだした。

「さて、ここに一つ条件がある。これを呑んでくれたら、陛下には内密にこの国から出してあげよう」

 王に命を狙われていることを知らなかったことにするという意味をにじませると、あっさり言葉が返ってきた。

「いいですよ」

 答えたのは、少女と子供と比べればとても貧相な格好をしている少年だった。いったいなにを言っているのだとばかりに困惑した顔でルリが少年に呼びかける。

「コクフウ君?」

「ルリさんたちはなんのために旅をしていたんですか? こんなところにいたら目的が果たせないじゃないですか。、領主様にもよりますけど、ゴーストランドから出るのにはだいたい四、五十年かかるんですよ」

「よく知ってるじゃないか。さすが、話がわかる」

 満足げに笑ってみせると、コクフウは言ってはいけないことを口にしてしまったかのようにさっと目を伏せた。これはなにかありそうだが、アルドラの関与するところではない。面倒ごとは好きではない。

 きちんと整理された机の上に四枚の紙がある。名前の横に領主が判を捺せばその者はゴーストランドを出ることができるのだ。しかし物事というには順番というものがある。先ほど入国した者に出国許可の印を捺してしまえば、出国の日を百年以上待っている者に対して失礼だ。もちろんゴーストランドを出るのを渋る者もいるが、それはほんの一握りにすぎない。

 おそるおそるといった様子でルリが声を発した。あれ以上の失態は見せられないとでも思ったのか。

「それで、条件というのは?」

「……外を見てほしい」

 アルドラは自身にあわせて作られた椅子から立ち、後ろを向いて外を眺める。外界から来た者にとっては外はとても寒そうで、澄み渡った、他国でいうところの夜空には星がいくつもまたたいている。獣の遠吠えが響いた。遠くの音がよく聞こえる。

「今は、これでも朝なんだよ。それも早朝だ」

 そんなまさか、と驚きの声があがる。感情を出し惜しんでいるようにしか見えない子供の目が見開かれた。きれいな紫色ではないか。机上の書状を見れば、クロウというらしい。

「そこで条件だ。この国に陽の光を取り戻してほしい」

「陽の光を……」

 しかしどうやって、と疑問がもれた。アルドラは再び椅子に座って手短に説明する。

「数年前、大きな黒い獣が日輪をくわえて逃げていった。それ以来奇妙なことが続くんだ」

 光が消えたのは、アルドラが領主の座に就いてまもなくだった。こちらが手を出さなければ危害を加えてくることはないはずの森に棲む魔物が、隣の村へ行くために森を通り道にしている人を襲いはじめた。日輪がなくなってから、突然姿を消す人の数が増えた。当然作物は育たない。そこへ戦中のためにいつもより多くの兵士やら巻き込まれた民やらがこの国に運びこまれてくるのだから、たまったものではない。

「おそらく、獣しか知らない場所に日輪は隠されている。そいつから隠した場所を聞き出せばいいだけのこと。簡単だろう?」

 今まで霧の森に潜んでいたからおいそれと手出しできなかった。領主の立場にある以上、アルドラは命を落としてはならない。だが、この少女たちなら。

 日輪を取り戻すことができてもできなくても、ゴーストランドが損をすることはない。光が戻ればゴーストランドには活気が戻り、また彼女たちもこの国を出ることができる。戻らなかったならば、彼女たちの骸を魔王にわたせばいいだけのこと。なんらかの褒賞がもらえるはずだ。

 決して損などしない。事態がどちらに転んでもゴーストランドは得をする。

「その獣は、ここから東に向かったところの霧の森というところにいる。それで、もし戦うことになったら殺さないで、生け捕りにしてほしい」

 無理難題を言っているのはわかっているが、日輪が奪われるなどゴーストランドはじまって以来の不祥事だ。自分の手で始末をつけなければ気が静まらない。

「百万が一にでも殺したりしたら出国も許さないし、魔王陛下には君たちがこの国へ来たことを告げる」

 子供たちの目に絶望に似たものが浮かんだ。魔王の手から逃れられる者などいない。正確な居場所さえ王に告げてしまえばもう終わりだ。この混血児がゴーストランドに光をもたらすことができなくとも、うまくいけば王が日輪を取り戻してくれるかもしれない。

「それでは、殺さない程度にならいいんですね?」

「致命傷を与えなければそれでいい。生け捕りにしたら城に連れ帰ってもらいたい。まさか子供の手を汚させるなんてこと、ぼくにはできないから。……話はこれで終わりだ。出立の準備ができたら呼びかけてくれればいい」

 わかりましたと言って彼女たちは椅子から立ち上がる。一礼して部屋を出るが、一人残った。ずっと口を開かずにいた子供だ。

「スフィンクスはどこに?」

 声に感情などこもっていなかったが、双眸の奥に不安の色がある。アルドラはその視線にあわせてしゃがみこみ、できるだけやわらかく答えた。幼子と話すのは何年ぶりだろう。

「心配しなくても、城内にいる。病を持っていたようだったからこちらで隔離させてもらったよ」

 病だというのは嘘だ。話すのに少しばかり邪魔だったから。

 部屋に入ってきてから一言も口を利かなかったクロウという子供の声は奇妙な感じがした。こんなにも幼い、ものの条理もわからないような子供に嘘をつくのは忍びないが、仕方ない。

 とりあえずは城内にいるということで安心したか、クロウは軽く礼をして部屋から出て行った。



 そろそろ仕事でもしようかと思ったところで扉がたたかれた。入っていいと許可を出せば、控えめに扉が開く。彼女たちだ。今度は勝手に入ってくることはなかった。

「もう行くのかい? だったら、これを持っていってくれ」

 無駄に文様の彫りこまれた机の引き出しから、アルドラはとある人物から譲り受けた石を取り出した。大きさは小指の半分あるかどうかといった楕円の形をした赤い石だ。

「君たちが使うのとは少し違うけど、珠玉だよ。問題が解決したらそれを使って城まで戻っておいで。一応、転移術が使えるくらいには念が込めてあるから。森へ入ったきり帰ってこられないとなると困るからね」

 燃える炎を閉じこめてあるようにも見えるその石。一度も目にしたことはないが秘宝というものはこういうものだろうか、と思いながらアルドラはルリにそれを手渡した。

「あの、帰ってこられないってどういう……?」

「森に入った者で、帰ってきた者はいない。行方不明になった人を探すときはまず霧の森を探せというくらいだ。もっとも、探しに行ったところで帰ってくることができないんじゃ仕方ないけど」

 転移術を使える者でなければ調査にも行かせることができない、とアルドラは目にかかる白い髪を払いながら続けた。しかしながら、あれほど消耗する術を使える者などそうそういない。簡単に地形を調べるだけでもずいぶんと苦労した。

「そうだ、森では相当な腐敗臭がするから、気をつけて。病なんかにかからないようにね」

 そう告げるアルドラの目の前に、なぜ、という顔がそろった。

「今さっき言ったろう? 霧の森に入って帰ってきた者はいないって」

読了感謝。

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