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時を刻む紅  作者: 榊原
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5-4.盗みと金

 カロンは降り積もった雪の上に鎮座していた。薬草らしいものは見つかったかと尋ねると、残念そうに首を横に振る。小さな身体で雪をどうこうしろというのは不可能だ。

 薬草になるものがあったとしても、それは当然雪の下に埋もれている。どこに薬草があるかわからないのだから炎術で焼き払うのは難しい。炎には威力があっても細かなことには向いていなかった。地道に手で掘っていくしかない。

「手袋かなにかあればよかったんだけど」

「……おまえ、混血児だろう」

「混血だからよ。人間ほどじゃないかもしれないけど今も寒いわ」

 魔物ほど強くはなく人間ほど弱くもない中途半端な存在が混血児だ。視力や聴覚などは人間より秀でているものの、それ以外にはこれといって生まれ持った力などの特徴は見当たらなかった。

「外套を着てるくせに寒いのか」

「魔物とは違うのよ。わかる?」

 再びため息をついたルリは雪を掘る。冷たかったが後で炎術で暖めればいい。屋敷に帰れば暖炉もある。

「カロン、屋敷に戻ってコクフウ君を看ててくれる?」

 ルリがそう頼むとカロンは一つ鳴いて飛び立った。伝令のかわりに使うのは申しわけなかったがその速さは頼りになる。

 カロンを屋敷に戻らせて、自分たちはそのまま雪を掘り続けてどれくらいたっただろう。陽はいつの間にか空の頂点をすぎていた。屋敷では昼食が用意されてるかもしれない。

 さすがに手は凍りついて動かなかった。衣服は雪のせいで濡れ、体温を容赦なく奪っていく。

「ねぇクロウ、この雪どれくらい積もってると……」

 ルリは近くで雪を掘っているはずのクロウに目をやって、絶句した。彼はなにもしないでルリのことをまじまじと眺めていたのだ。

「けっこう積もっているらしい。火を使っても少しは平気なくらい」

 高みの見物といった様子のクロウにルリは淡い怒りを覚えた。目の前の子供は魔物で自分よりも寒さを感じないはずなのに。周囲をよくよく見れば薬草を探していたという形跡はなく、彼は本当になにもしていないのだ。

 ルリはおもむろに立ち上がり雪に覆われた大地を見る。今まで無駄に掘っていたためどれほど積もっているかはなんとなく想像できる。広さを確認してこのくらいの加減ならできそうだ、と今度は膝をつき、続いて両手をついた。

 次の瞬間には大量の蒸気に覆われ、それが晴れると足元には茶色い地面が見え隠れしていた。薬草に影響はなさそうだ。

「最初からこうすればよかったわ」

 ルリはまたため息をつく。それから紙切れを取り出して、書かれている名の薬草があたりにないかクロウとともに丁寧に調べる。以前は一人でいただけあってクロウはよく精通していた。だが、これだけ苦労したにもかかわらず一致するものは一つとしてなかった。

 二人は顔を見あわせて肩を落とした。こうなれば町長の屋敷へ戻るしかない。

「帰ろう。あの医師も優しそうだったし、許してくれるわ。……たぶん」

 今度はクロウがため息をついて、二人はもと来た道を辿った。

 町へ戻ると、大通りからはずれた小道では騒ぎが起こっていた。つい先ほどそれは起こったようで、まだ喧騒を知らずにいた人々がそちらへ駆けていく。目で追っていくと小道から溢れるほどの人だかりがあった。

「赤花様がいらっしゃったぞー!」

「どうか、あの偽善の町長に罰をお与えください!」

 指先が触れるだけでもいいとばかりに彼らは必死に手を伸ばしていた。各方面へ来訪を知らせる声もあり、それにつられて人がまた増えていく。

「赤花様って、赤花賊のことかしら。いらっしゃったって……」

「行くか?」

 うなずく前にルリは人だかりへ走っていた。ルリの姿を見ても誰もが無反応だった。

「ああ、どうかお恵みを」

「すみません、ちょっと通してください」

 ルリとクロウはひしめきあう人のあいだをうまくすり抜け騒ぎの中心部へ向かう。その中心がどのあたりなのかはすぐにわかった。人々の手がなにかを求めているように伸ばされているほうへ進めばいいのだ。

「今回はあたし一人じゃないんだ。あんまり騒がないでくれ、連れがいるんだよ。頼むから道をあけてくれないか。役人に知られれば捕まるから」

「役人だって赤花賊のことは目をつぶっているんだ、きっと大丈夫さ」

「本当に今日ばっかりは……頼むから」

 女の声。ここまで慕われ人気のある賊というのも珍しい、と思いつつルリは急ぐ。

 いなくなってしまったら次の機会はいつになるかわからない。こちらだってこれからの命がかかっているのだ、逃げられる前に捕まえなくては。彼らがここまで好かれているのでは町の人に嫌われるのは確実だが、賊は物を奪い取る悪人の集団である。被害が出る前になんとかしなければならない。

「次に行くのはあそこだ。道はわかったね?」

 近づいてはいるのだろうが連れに話しかける声しか聞こえない。女の声は獲物を定めるそれだった。

 進むのに邪魔な障害がだんだんと増えてくる。周りの者と同じようにルリも中心に向かって手を伸ばすが、服の袖すらも捕らえることができない。そうこうしているうちに二つの影が高く飛び上がり、民家の屋根に降り立った。

「また来るから、そのときに」

 被り物からは赤花賊たる所以だろう赤い髪が一房ばかり見えた。赤い髪の女が先行し、二人は屋根を伝って町から姿を消した。その姿を見送って、うっとりとしたような吐息が男女関係なしにいくつも聞こえてくる。

「逃がしたのか?」

 下から尋ねてきたのはクロウだ。その背丈では見えないのも無理はない。

「でも、また来るって言ってたわ。近々なにか盗みに来るってことでいいと思う?」

「もしかしたら、今夜かもしれない」

 騒ぎが収まって徐々に人もいなくなっていく。何人かは今度はルリとクロウを認めて睨んだり舌打ちしたりもしたが、人が多いため他者への被害を考えたのだろう、石を投げられることはなかった。

 二人は大通りに戻ってから屋敷へ向かった。大通りにさえ出られれば迷うことはない。

 屋敷へ入ってすぐ近くにルリが用を頼まれた医者はいた。ルリが薬草を手に入れることはできなかったと告げると、やはり彼は許してくれた。

「気にせんでいい。薬屋は売ってくれず、野にも生えていなかった。謝ることではなかろう? 完治は遅れるかもしれんが……それはそうとあの少年、様子を見に行ったときはもう本を読んでおったよ。少し話す程度なら問題ない、見舞いに行ってはどうだい?」

「それじゃ、そうさせてもらいます」

 ルリは答えて、貸し与えられた隣にある部屋を訪ねようと広い屋敷を歩きはじめた。ウィンドランドでは城に住んでいたためこのくらいなら迷うこともない。上階を考えなければ軽く見て母国の城はこの屋敷の十倍はある。

 けれどもクロウは不安なようで、道はあっているのか角を曲がるたびに訊いてくる。そのたびにルリは大丈夫だと言わなければならなかった。コクフウの部屋はルリたちとは別になっていて、こちらの部屋の隣にある。案内なしで自分たちの部屋にたどりつけないというのも情けない。

 一応部屋を覗いて己の荷物があることを、ここが貸された客間だと確認して隣室の扉を叩いた。どうぞと掠れた返事が返ってくる。

 コクフウは寝台の上で医師の言っていたとおり本を読んでいた。アイスランドに昔からある話のようだ。カロンは枕元で丸くなっている。

「寝てなくても平気なの?」

「ええ。この本、使用人の人に持ってきてもらったんですけど、なかなかおもしろいんですよ」

「どんな話?」

 コクフウの寝床の横に椅子を置いてルリとクロウが腰かける。

「そうですね。遠い遠い昔、神獣と初代魔王が現れてこの地を救った、というお話です。魔界創世物語にも書かれていたと思います。お二人はなにをしていたんですか?」

「医者に町の薬屋で薬草を買ってくるよう頼まれたの。でも売ってくれなくて、それどころか追い出されちゃった。町の人には悪いように言われるし、石なんか投げられるし」

 理不尽さに腹が立ってきた。彼らの態度の理由には混血だというのが半分、もう半分はルリがここの主とつながっているからだ。支配者を良く思う者は少ないものだがこれは嫌われすぎている。赤花賊の慕われようも異常だ。

「それは大変でしたね。大丈夫だったんですか?」

「ええ、当たったけど石はそんなに大きくなかったから」

「そうかそうか、それはよかった。難儀なことであったな。あとできつく言っておかねば」

 堂々と会話に加わってきたのは町長テーリアソンだった。彼もまた机のそばに一つだけ残っていた椅子を持ってきて座る。そういえば入ってきたときの物音もしなかった。

 今は雇われているような立場なのでルリは立ち上がって礼をした。テーリアソンは手を振って座るよう促す。

「それで、悪いようとはどのような?」

「……金につられてとか、混血だとか」

 混血と言った瞬間テーリアソンは目を細めた。ルリから離れようとして、しかし無理矢理その場に留まろうとしたその動きをルリは見逃さなかった。鈍いのか気にしていなかったのかルリの正体には今気づいたようで、彼も混血児は好かないようだ。やはり言わなければよかったと思ったが問われて答えないわけにはいかない。

「あとは?」

「町に赤花が現れたと聞きました。それで町の人が、偽善の町長に罰を、とかなんとか」

 テーリアソンが露骨に不快なものを見たような顔をした。

「そいつの顔は」

「周りには人がたくさんいたのでわかりません。でも、みんな……いえ、なんでもありません」

 みんな同じようなことを言っていた、とルリが正直に言えば、どうなることかわからない。町長と町人の仲が悪いことは部外者でも少し見ただけでよくわかった。無差別に町人を罰してしまうかもしれない。

「なんだ。途中まで言ったのだから言え」

「みんな……赤花賊が来て喜んでいるように見えました」

 テーリアソンの怒りを買わないようになんとか言った。間違ったことは言っていない。しかし彼の顔が物騒になったのを見てどうやらまずいことを言ってしまったと気がついた。そうだ、テーリアソンは赤花賊のことを嫌っていた。

「愚か者どもが。誰のおかげでこの町にいられると思っているのか」

「どういった意味でしょうか?」

 寝台の上に身体を起こしていたコクフウが問うと、テーリアソンが自慢げに話した。

「私が金をアイスランド領主様に払っているのだ。この町の愚か者どもが戦場に行かなくてすむように、全員分をな。そのためにどれほどの金がかかっていると思う。七千レイルだ」

 このスエジ町にそれほど人がいるとは思えない。それなのにこの金額とは、一人あたり兵役を免れるのにどれくらい必要なのか。

「赤花賊を捕まえれば国から褒賞金が出る。褒賞金のかわりに、交渉すれば金を払わずとも町人どもを戦場にやらせないようできるかもしれん。そうなれば百レイルなんぞ安いものよ。たとえ病人を連れていても、そなたらには感謝しておるのだ」

 誇らしげな話しかたに気分が悪くなる。この場が濁ったように感じた。

「では、早く捕まえなければいけませんね」

「よろしく頼むぞ。いくら税を高くしても、そろそろ蓄えも尽きるころ。そうなればこの町も人間の女だけになる」

 わざわざ人間の女と言って区別した彼は人間以外を嫌悪しているようだった。女であれば普通家を守らせるものだが、魔物なら女でも人間の男より役に立つことがある。

 テーリアソンが再び話そうとしたとき、コクフウは身体を丸めて咳きこんだ。クロウがその背をさすっていてもなお治まらないのを見たルリが慌てて医師を呼ぼうとしたところ、コクフウはそれを遮る。

「少し話しすぎたのかもしれません。大丈夫です、医師を呼ぶほどでは……」

 そう言って再び口元を手で覆って咳きこむ。少し話せるとはいったもののそれほど回復していないらしい。まだ休んで一日目だ。

「ああ、すまんな。つい長居をしてしまったようだ。私は執務に戻らなければ」

「コクフウ君、あたしたち、もう出るわね」

「すみません……」

 これ以上ここにいるとかえってコクフウに気を遣わせてしまいそうで、ルリはそう申し出た。

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