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時を刻む紅  作者: 榊原
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5-3.淀んだ陰り

 その屋敷にもやはり門番はいたが、やはり例の貼り紙を見せるとなにも疑わずにすんなりと通してくれた。

「ようこそお越しくださいました」

 内へ入れば、使用人らしき女が出てきて頭を下げられた。夜に訪問するのは嫌われる行為だが今回はとても歓迎されたようである。なにか裏がありそうだ。

「あの、連れが熱を出していて……」

「それなら寝室を案内いたします。医師もつけましょう、お連れ様を任せていただいても?」

 ルリがうなずくと女は他の部屋にいたらしい男を呼びつける。呼ばれた男は心得たようにコクフウを横抱きにして寝室へ向かった。彼らの姿が見えなくなるまでルリはそれを見ていた。

「しばしお待ちを。まもなく主人が参られます」

 退室した女の足音が遠ざかっていく。空いている椅子に適当に座って、ルリが口を開いた。

「あたしたちの他には誰もいないわね」

 同様に椅子に座ったクロウはカロンを膝に乗せたまま気のない相槌を打つ。

 部屋に通されて驚いたことが、ルリたちの他に誰もいないということだった。賊の捕縛だけで百レイルももらえるというのにおかしな話だ。腕の立つ者ならおもしろ半分で賊を捕らえようとしても不思議ではない。一人でというのが不安なら数で固めればいい。褒賞金はその人数で割ればいい。

 誰にでも考えつきそうなことだったが、賊を捕まえようという者はルリたちを除いていないようだった。きっとなにか理由がある。

 やがて一人の背の低い男がやってきた。彼が主人、町長のようだった。町長というわりには領主と比べても見劣りしないほどの宝飾や衣装をまとっている。

「よく来てくれた。連れのほうには医者をつけておいたから心配は無用だ。明日を越えればあとはよくなるだろう、とのことだ」

 よかった、とそれを聞いてルリは詰めていた息を吐き出す。医者が言うのであれば間違いない。

「我が名はジュビラッツ・テーリアソン。貼り紙を見てここへ来たのだったな。説明を」

 彼は椅子にどっかりと腰を下ろして手を組んだ。姓があるのは領主や貴族のみ、それをひけらかすか隠すかで程度もわかる。促されてそばに控えていた女が前へ進み出る。

「捕らえてほしい賊は赤花賊、レアズという赤毛の女が率いています。先日、この屋敷に赤花賊が盗みにやってくると聞いた使用人がいまして、賊を捕縛してくれる者を募ったのです。しかし彼らは……」

「関係のないことまで言わなくていい」

「失礼いたしました。彼らはアイスランド全土にわたって盗みを行っていまして、もちろん捕らえられたことは一度や二度ではありません。しかし、アイスランド城の地下深くにあるという堅固な牢ですら数日の内に脱牢してしまうのです」

 すぐに脱牢してしまうのではうまく捕らえたとしても意味がないのではないか、というルリの疑問は言葉を発する前に解ける。

「ですが、今回捕縛したらはすぐさま大都へ送るよう、そしてたとえ深夜であっても早朝であってもかまわず首を斬る、と領主様から通達が出ました」

 そこまでするとはよほどアイスランドも手を焼いていると見える。また赤花賊の実力も相当なものだろう。そのような賊を果たして捕まえることができるのか、ルリは自信がなくなってきた。

「アイスランドを、民を不安に陥れる赤花賊……。どうか、国と民のために賊を捕縛していただきたいのです」

「成功した場合の褒賞金の一部は国から出されるもの、それに私からのほんの礼を加えて百レイルだ。捕まえることができなくても、なにも盗まれることがなければ百レイルとはいかないがそれなりの礼は支払おうと思っている。悪い話ではないだろう? 病人の世話もここですればいい」

 心細さは残るが悪い話ではない。たとえ賊を捕らえることができなくても、品物を盗まれてしまっても、なにを言われるかわからないがとりあえずコクフウを休ませることができる。暖かな寝室がある。それが重要だった。

「わかしました。それで狙われている品物というのは?」

「換金性の高い物だが……後でまとめて持って行かせよう。では、健闘を祈る」

 テーリアソンは立ち上がってそばについていた女と一緒に部屋を出る。並んで歩いているのを見ると彼の背は女と同じか、やや低いのが目立った。それとほぼ同時に別の女が入室してきた。

「お部屋にご案内します」

 ルリはクロウとカロンを連れて女の後に従った。顔が映りこむほど磨かれた廊下を歩き、扉の前で立ち止まる。

「こちらになります。お連れのかたは隣のお部屋です」

 女は床と平行になるほど上体を倒して礼をすると、またもと来た道をだどるように去っていった。



 翌朝、寝台でゆっくり休息をとったルリの身体は昨日までと比べものにならないほど軽い。ルリが目覚めたころにはクロウはとうに起きていて、部屋で朝食を摂っていた。持ってきてもらったらしくルリの分も用意してある。カロンはまだクロウの枕の横で丸くなっていた。

 食事を終えたルリたちが隣室のコクフウを見舞おうと扉を叩いたところ、中から出てきた気のよさそうな医師に呼びとめられる。

「君は彼の?」

「はい。なにかありましたか?」

「実は、明日を越えればよくなると言ったのにすまないんだが薬を切らしてしまってね。あれがないとどうにもならんのだ。薬屋で買ってきてくれないかね。薬屋は門を出て、大通りを進んだところの右にある。自分は患者を看ていなければならないから」

「あぁ、それなら任せてください。それで、どんな物を?」

 医師は紙に何種類か書きつけてそれをルリに手渡すと、そそくさとまた部屋の中に戻る。紙には珍しいものから一般的な薬草の名前が並んでいた。これらを用いて薬を作り出すのだろうか。

 赤花賊について町の人に尋ねてみようと思っていたところで外出するのはちょうどよかった。薬屋に行けばそれとなく話を聞けるかもしれない。

「クロウ、カロン、行きましょう」

 寒い外に出るのは気が進まず嫌そうな顔をしたクロウ、主と一緒にいられると嬉しさに目を大きくさせるカロンを伴い、ルリは屋敷の外に出た。

 門を出て大通りを歩く。進んだところと言われてもよくわからないので右側に注意を払って足を進める。進むにつれて、違和感は徐々に大きくなっていった。

「ねぇ、なんだかおかしくない?」

 なにも言わずにクロウはただうなずく。門を出たときから不快そうな表情は変わらない。それが半ば無理矢理連れ出したことについてなのか、違和感についてなのかはわからない。喜んでいるような顔は見たことがないが、この子供、不満などははっきり顔に出るようだ。

 ずっと右側を見ながら歩いていたルリは後方から衝撃を受けた。慌てて振り返るが、見たのは数人の子供がルリに背を向けて笑いながら走り去っていくところ。カロンはその方向に向かって牙を剥いていた。足元を見れば、クロウの手のひらには余るほどの大きさの石が転がっている。あの子供たちだ。

 くだらなさにため息をついてルリはとめた足を動かしはじめた。

 不満だけしか顔に出さなくてもクロウのほうがよほどましだ。外見は走り去っていった子供たちと並んで歩くクロウとは等しいのだが、はたして考えかたにはどれほどの差があるのだろう。

「大丈夫か」

「ええ、たぶん。クロウはあたらなかった?」

 ずきずきと痛む後頭部をさすりながらルリが言う。町などに住む混血児はこれくらいの仕打ちはあたりまえのことだった。もっとも、混血の数などたかが知れている。物珍しさもあったのかもしれない。

 あまり感情を表出さないがそれでも心配そうにクロウはルリを見上げている。

「今までこんなことが起こらなかったのが奇跡なくらいだから。平気」

 安心させようとルリは少し腰をかがめてクロウの頭を撫でてやる。ずっと触っていたくなるような手触りにルリは驚いた。

「いつまで触っているつもりだ」

 嫌そうに身を捩るクロウを見て、名残惜しく思いながらもルリは手を引っこめた。

 冷たい視線にさらされながらやっと目当ての薬屋についてルリはほっとした。なにか罪を犯したわけでもないのにどうして蔑むような目で見られなくてはならなのだろうと思いながら戸を引いて中に入る。

「すみません、この紙に書いてあるものが……」

 ほしいんですけど、と言う前にルリの姿を認めた店主と思しき老婆が声を張り上げた。

「出ておいき、ここにはあんたたちに売る物はないよ!」

 予想しなかった怒鳴り声にルリの身体が震えた。

「野に出れば薬草なんていくらでも生えているだろう。どんなに金を積まれても、あたしゃなんにも売らないよ。とっとと出ておいき。さぁ、さぁ」

 老女は立てかけてあった箒に手をかけた。まるで汚いものでも掃くかのようにルリたちを外に追い出そうとする。箒が床を掃くと同時に埃が舞った。

 抵抗むなしくついに外に追い出され、戸が壊れるのではないかと思ってしまうような音をたてて閉められる。さらには丁寧に内側から鍵までかけられてしまった。戸を叩いても返答はない。

「なに、あれ」

「相当な嫌われようだな」

「あたし、なにもしてないわ」

 同じようなことがファイアーランドから独立したというリューズエニアでもあった。しかし、荷物を振りまわしてどこかの息子たちを追い払ったときもでこれほど盛大には追い出されなかった。ルリは客として訪れたというのに、ここまで嫌悪感を丸出しにして閉め出してもいいものなのか。

「どうなってるのよ、この町は」

 今度は右肩に衝撃を受けてルリはふらついた。だが石をぶつけられたのではない。睨むように振り返ると見上げなければならないほどの大男がいた。兵士をやっているといえばそれで納得してしまうような体格だ。

 男はルリを睨み返し、眉間のしわを深くする。これはまずいと怯んだが、男は興味を失ったように町の出入り口のほうへ行ってしまった。

 はっとしてルリは懐や隠しを探りはじめた。小さな子供に有り金をすべて盗られたことはまだ記憶に新しい。サンドランドでようやく手に入れた秘宝はクロウに持たせておいて正解だった。あれほどの大人が子供から物を盗むのは身長差があってやりにくい。男はクロウが目に入ってすらいないようだった。

 幸い今回はなにも持ってきていなかったので盗られずにすんだようだ。薬草の代金は町長の屋敷に請求するように、また現金は絶対に持っていかないようにと医師に言われていたのだ。

「……大丈夫か」

「うん、平気。ぶつかられただけだから」

 石を投げつけられたときのようにクロウに問われてルリも返事をする。

「本当に、野に出れば薬草なんていくらでも生えてるもの? アイスランドでも」

 ルリがそう言うとクロウは一瞬口を閉じかける。しかしなにか考える素振りをして再び口を開いた。

「雪の下に隠れているものもあるかもしれない。カロン、先に行って探してきてくれるか?」

 人語を理解する賢いスフィンクスは頭を垂れて、それから空へ飛び立った。

 それを見送ったルリは、どうも見られている感じがしてそっとあたりを見回す。たしかに数人が直視することはせずにちらちらとこちらを見ていた。人間であれば聞き取れなかっただろう小さな声が聞こえてくる。

「あれが赤花賊を捕まえるために町長が呼んだ娘だって。内容も知らないで、どうせ金につられて来たんでしょうね」

「赤花賊がどういう奴らか知ったらどんな顔をすると思う?」

「だったらおまえが教えてやんなよ」

「あんな混血なんかと口利けってのか。ごめんだね。あんたが教えてやればいい」

 ウィンドランドでのルリは混血児という認識以前に領主の娘だった。混血であることについてクロウになにか言われることはなかった。だがここはウィンドランドではなく彼らとは顔もあわせたことがないのだ。領主の娘でないルリがこのように言われることはどこもおかしくなかった。

 ルリでも聞くことができる声をクロウが聞き取れないわけがない。証拠にどことなくそわそわとしている。すべて聞こえなかったふりをしたルリはこちらを見上げるクロウの手を引いた。

「行きましょう。カロンが薬草を見つけたかもしれないわ」

 クロウは黙ったままだったが、屋敷を出るときのように抵抗することはなく大人しくルリに手を引かれて町を出た。

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