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時を刻む紅  作者: 榊原
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2-5.賭博師の朝

 階段をのぼると眩しいほどの光が差しこんできた。地下が相当暗かったことがよくわかる。

 牢からは出させてもらったが、司令部から出ることは許されていないようだ。二人は迎えの兵に連れられ、角を曲がってさらに階段をのぼり、奥へ奥へと進んだ。

 理不尽な理由では処刑などされない。クロウのほうだって、なにか理由があって王城に侵入したのだ。邪魔する兵士の隙をうかがっていたが、さすがというか、頭になにも入ってなさそうに見えても熟練された兵に隙など微塵も見られなかった。

 三階まで来ただろうか。そこまで行くと案内役が変わった。こちらのほうが処刑されるとでも言うような無表情さを持つ男が見えたと思うと、視界が白色で覆われた。布で目隠しをしたのだ。どこを向いても白、白。なにも見えない。

 目隠しをされた二人はまたどこかへ移動させられ、不意に歩みがとまった。もうここはどのあたりなのかは見当もつかない。

 男がごん、ごんと扉をたたく。音に応じるように扉がゆっくりと開けられるのをルリは空気で感じ取った。蝶番が緊張を促す音をたてる。建てられたばかりだというのに長いあいだ使われていなかったような音がするとは奇妙なことだ。

「連れてきました」

「入れ」

 洗脳でもされているのではないか、と疑いたくなるような声だ。これから処刑を行うというのに、感情のかけらさえ見い出せない。こういった者が処刑を行うのに相応しいのだろう。

 雑魚と紹介されれば納得してしまうような者たちの中に、見えなくとも異様な気を発する者が一人、二人混じっていた。おそらくそれらが上層部だろう。

 空気を切る音。鋭利なものと推測するにたやすいなにかが構えられた。

 寒いというのに、外套は脱がされてしまった。外套の素晴らしい防御効果を見破られてしまったのだ。司令部にはそこかしこに魔除けが施されているようで、術を使うことは困難だ。炎術は魔物の力ではないが、混血の身体が重くて腕をあげるだけでも消耗してしまう。魔物の部分は血の半分でしかないのにこれほどとなると、兵士たちは大丈夫なのだろうか。

 ルリは左側からぴりぴりした圧力が生じるのを感じた。策でもあるのだろうか、クロウがなにかしようとしている。目の前で武具を構えているはずの、そういった方面には疎い兵士たちはそのことに気づかない。

「二人の枷をはずせ」

 ルリたちを侮り、また自らと部下の力を過信した上官と思しき人物はそう言ってのけた。魔除けを一部の隙間もなくに施してあるこの部屋で、熟練された手練の前で、たとえ子供ごときに自由になった手で目隠しを取られたところで何ができる。誰でも思うことだ。

 視覚を奪われると他の感覚が鋭くなる。一人の兵が前に出て鍵を持ち、手枷をはずしてやれという言葉に黙々と従うのが見て取れるようだった。

「なにか言い残すことは」

 老成した声が響いた。

「……一つお訊きたいことがあります。王城に無断で入ったというこの子供が処刑されるのはわかります。しかし、いったいなぜ、勅命を受けて魔王直紋を持ち、罪も犯していないこの私が処刑されなければならないのですか? 王命を受けた者の道を遮るとどうなるかなど、知っておられるでしょうに」

 気に障って激昂してもらっては困る。立ちっぱなしで少々疲れてきたが、ルリは牢を出るさい二人の兵士に言ったことをできるだけ懇切丁寧に話した。まだ国を出ていないのに殺されるなど真っ平だ。処刑のときの騒ぎというものに希望を託す他ない。時間稼ぎだ。

「まさか混血だからという理由ではないでしょう? 私はウィンドランドの領主の娘です。なんの理由もなく私を殺すと言うのならば、死ぬ前に、どうか答えてください」

 ここはウィンドランド、いつの日かこの手で治める国だ。領主の娘であるという点を強調して、しかしなるべく感情がこもらないように言う。

 なんだか違う。自分で口にしていて言葉の端々に違和感がある。その地位ゆえに両親を相手にしたときでなければ敬語などあまり使わないのだ。慣れないことをするべきではない。どこかできっと失敗しているに違いない。

「紅の混血児は勅命で『希望』を集めていると聞いた。魔王がなにをお考えかは我らには想像できないが、勝手なことをされては困るのだよ」

 周りよりも格の高いだろう男は、冷酷な氷の微笑を浮かべていることだろう。

「勝手なこと……?」

「そう、我らの道を阻むものは死あるのみ。それだけだ」

 周りの温度が下がった。これを聞いた中には、そのような理由で処刑なんてとんでもない、と考える者もいくらかいるのだろう。しかしながら上に逆らえる者などいない。

 やれ、という言葉を、しかし男はぎりぎりのところで飲みこんだ。

 下の階が騒がしい。爆音や人々の声。こういった処刑のための部屋の壁は防音に関しては最高のもののはず。出入り口の扉だってかなり重かったようなのだから、下の爆音はかなりの大きさだと思われる。

 次の瞬間、そのとてつもなく重いはずの扉が吹き飛び、数人の兵に被害を与えたようだ。まず扉が床に落ちて空気を振動させ、続いて兵士の短い叫び声があがる。隣にあるクロウと思われる重圧が霧散した。

「何者だ、姿を現せ!」

 周囲が騒がしい。侵入者は沈黙を守ったままだった。だが一人の兵士の驚きの声によりその正体が明らかになる。

「だ、大将軍……なぜここへ?」

 ルリはなにが起こっているのか気になり、震える手を叱咤しながら目隠しをはずした。ルリが目隠しを取ろうとしていることにも気づかないほど場は混乱に陥っている。苦労しながらもやっとのことで白い布を取り払ったルリは、隣のクロウを見やった。彼はまるでとうの昔に目隠しを取りここであったことは全部見ていたという顔つきをしていた。

 ルリは状況を把握しようとあちらこちらに目を向けた。

 煙が広がりよく見えないが、這いつくばり逃げまわる兵士たちと、逃げるな、と必死に彼らを呼び戻そうと叫んでいる小太りの上官らしき人物がいた。そしてもう一人、男が赤髪の男と向かいあっていた。床には石のかけらがたくさん散らばっている。扉があったほうから土煙が流れてきているようだ。爆発により吹き飛ばされて欠けた扉はルリの近くにあった。兵の一人がその下敷きになって気絶している。人影が二つ三つ無言で出入りしていた。

 これがちょっとした騒ぎだというのか。混乱具合を見ればわかる。この階だけの話ではあるまい。

「この騒ぎはなんだ。殺せといった覚えはないぞ」

 男の声。昨夜牢を訪れた彼だ。騒ぎが起きると自分で言っておきながら、白々しく兵士の一人を問いただしている。

「し、しかしですね、彼らは」

「黙れ」

 赤毛の男の目は炎の色であるにもかかわらず、冷酷な色を宿した。凍った血の色とでもいおうか。

「おれが最高官だ。許可なしに勝手にことを進めるな。それとも領主の前に突き出されたいか? 頼めばすぐ来てくださるだろう。なにしろ懇意にさせていただいているからな」

「そんなことは、まさか……」

「ならおれの気が変わらないうちにとっとと失せろ」

 そう言い放って、彼は男を蹴り飛ばした。哀れな悲鳴をあげながら出て行くその姿を見て、彼は鼻で笑った。

 そのやり取りを見ていたルリは、煙の中に一人の青年が立ってるのを目の端で捉えた。

「ヴェル!」

「トーリュウ……よく探したけどないみたいだった。先を急いだほうが」

「ああ、でも少し待ってくれないか」

 煙の薄くなっているところから声の主の姿が見え隠れする。

 どこからともなく青年に歩み寄ってくる、ヴェルと呼ばれた黒い影。魔物の、長い黒髪の美しい女だ。その名前は国境村近くの森で耳にしたことがある。あのとき傷を負っていた女だ。

 となれば、男声の持ち主はあの酒場の炎を水術で消した男だ。彼は煙の中に身を隠しながら言った。

「ここにいるんだろう、紅の混血児。じき爆発するから早く逃げたほうがいいぞ」

 一拍おいて今度は駆け足が聞こえ、窓の割れる音を聞いた。ルリは窓から外を見た。

 銀髪青眼の彼が、威嚇するように咆哮をあげる漆黒の翼を持った四肢のある魔物にまたがり空を翔けていた。一つに束ねられた銀髪がなびく。彼が振り返れば、青い眼が見えた。

 クロウは爆破されてできた壁にあいた大きな穴からそれを見て、小さく呟いた。

「漆黒のグリフォン……どうしてこんなところに」

 あの魔物はたしかにグリフォンだった。王の象徴であるグリフォンを使役することは反逆者の証。また本来ならば純白のはずの翼が漆黒というグリフォンはとても稀少で、他のどんな魔物より誇り高く賢いとされる。そのようなグリフォンが、どうして素性も知れぬ青年につき従っているのか。

 青年を背に乗せた獣は急上昇し、身体が漆黒であるにもかかわらずうまく雲に隠れながら飛び去っていった。

「彼は――」

「さっき小僧の言っていたことが本当ならここは爆発する! 全員退避しろ!」

 赤髪の男が声を張りあげた。わざとらしかったが慌てていればなんとも思わないだろう。

 扉が壊されて広くなった入り口から、周囲にかまわず我先にとなだれのように人が逃げていく。建物自体の出入り口はあまり大きくなかったからそこで詰まると予想される。

「あの人は、あなたが?」

「おれが侵入者の手引きをした、と?」

 男は面倒くさそうにため息をついた。不満げな顔だ。ルリとクロウしかいないことを確認した後で、やがて独り言のようにそっぽをむいて言う。

「魔除けは破った。地下牢の最奥に転移陣がある。あれを使えば力の消費も半分で済む。やつらと同じ道から逃げたらまた捕まるぞ」

 それだけ言うと、男もここから出ようと歩きはじめた。それをルリが声をかけて引きとめる。

「待って! あの、どうして助けてくれたんですか? それと、大将軍って……」

 大将軍、とさきほど呼ばれていたはずだ。国ごとに基準は違うにしても、領主が直接選ぶ大将軍といえば領主に次ぐ腕を持つという。国で六つの席があるが全席埋まったという話は聞かない。その六席の一つに座るのがこの男だというのか。

 よく覚えている。この赤い髪の男は、ルリとクロウを捕縛しこの司令部まで連れていくとき先頭で六本脚の馬を操っていた人物だ。そして暗い地下までやってきてルリにいろいろと質問をしてきた。となると、大将軍ほどの者がわざわざルリに会うため足を運んだということだ。

「……別に助けに来たわけじゃない。命令違反の男に用があっただけだ。それに言ったろう、『おれの権限ですぐ殺せる』って。おれの一存で生かしておくこともできる、ということだ」

「でも『確認を取ったら』って」

「ああ、あれは、おまえたちが本当に罪人かどうかの確認だ。上に確認するって意味かと思ったか? わかったらさっさと地下牢に行け。適当に階段使えば行けるだろう。おれと遊んでる場合じゃないはずだ」

「はい。ありがとうございます」

 二人はこの部屋を出て、彼の言うとおり階段を使って地下牢へ向かった。途中で目隠しされたために道ははっきりとはわからないが、少なくとも下っていけば地下へつくのは明白だ。

 その後ろ姿を見送った男はぽつりと呟いた。

「魔界の未来を、ウィンドランド領主の娘に賭けたくなったものでな」



 二人は息を切らしながら地下牢の廊下を走っていた。やはり魔除けがないとずいぶん身体が楽だった。

 牢には眠っている囚人や、いまだ自由を求めて手を伸ばし続けている囚人がいる。このような場所にいては瓦礫の下敷きになって死んでしまうと思ったが、ここは地下であるから上の騒ぎに巻きこまれずにすんでいるのかもしれない。不吉な音は聞こえなかった。

 走り続けているうちに、壁に突き当たった。

「地面に文字とか書かれてない?」

 廊下の明かりだけでは到底見えない、とルリは言うと同時に足元を炎術で照らした。指先から生じた小さな炎が床を照らす。

「これか……?」

 息の荒いまましゃがみこんだクロウは、細かな文字を見つけるとルリに言う。剣の先で暇つぶしに彫ったような、おそろしく丁寧な字だ。その文字を目で追っていくと、陣が構成されていることがわかった。見つけた。これで余計な時間も力も使わずにここから脱出できる。

「じゃあ、これで」

「ああ。だが、たいした距離は移動できない」

「ここから出られればそれで充分よ。急ぎましょ!」

 さっきまで聞こえなかった風のこすれるような音が迫ってきている。天上からぱらぱらと小さな石片が落ちてきた。ここまでくれば囚人たちは上の階でなにかおこったと感づくだろう。この具合だと、地上も地下も関係ないようだ。逃げられなかった者は諦めるしかない。それもここにいるのは罪人ばかりだ。少し前まで牢に入っていたことを無視してルリは思った。

 二人は陣の上に立ち、転移のための力を引き出す。眩しいほどの光が溢れ出した。

 やがて、司令部の完全な崩壊と共に二人の姿は消えた。

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