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暗くなりがちな思考を時々引き上げているうちに、とうとう馬車は王城の門をくぐりぬけた。
「そろそろですわね」
フィーアの緊張を取るべく明るい話に努めていたアデレイドはそう言って居住まいを正した。
しばらくすれば馬車はしかるべきところにまでたどり着くのだろう。フィーアは、馬車を降りた後の心づもりを全く聞いていないことにそこでようやく気付いた。
「着いたら、どうするの?」
大事なことなのに聞くのを失念していたのは緊張ゆえだろうか。ギュッと膝の上に置いた手を握りしめるフィーアに気付いて、アデレイドはその上にそっと手を重ねてきた。
「私とともにお茶会に参加していただきます」
「お茶会?」
ええ、とアデレイドはうなずいた。
お茶会がどういうものか、おぼろげにフィーアは知っている。貴婦人たちが集って社交する場――だったと思う。
「そこで何をすればいいの?」
フィーアの問いかけにアデレイドは小首を傾げた。
「特に何もなさる必要はありませんわ」
「じゃあ何のために参加するの?」
城に到着した直後に、何の心づもりもなくお茶会に参加するだなんてまったくの謎だ。
「王城の敷地内はともかく、奥深くに入るにはそれなりの名目が必要ですから。名目としてお茶会でしたら無理がありませんでしょう?」
なるほどとひとまずフィーアは納得し、すぐに気付く。
「それって大丈夫なの?」
「はい。十分にお気をつけくださいましたら、姫さまの所作はどこに出ても通用するとこのアデレイドが保証いたします」
自信満々にうなずくアデレイドに慌ててフィーアはかぶりを振る。
「礼儀作法はボロを出さない程度に頑張るけど! そうじゃなくて、そんなのに私が出て大丈夫なの?」
普段化粧っけのないフィーアも今はアデレイドの手で化粧を施されている。腕がいいのか品がいいのか――あるいはその両方か。
日頃よりは綺麗にめかしこんでいるが、化粧したからとて顔が劇的に変化しているわけではない。知識がないから確実とは言えないけれど、他にどうした所で顔の作りが大きく変わるとは思えない。
「外から中に入る名目ってことは、参加するお茶会にお姫さまとして出るわけじゃないよね? そこで顔が知られたらあとあとまずいんじゃないの?」
大々的に王女の替え玉として国王の隠し子である魔女の娘を招いたなんて知らせるわけがない。大貴族のご令嬢であるアデレイド直々にフィーアの世話を焼いてくれたのがその証明だ。真実を知らせるものを最小限にとどめるのなら、お茶会に参加などして素顔をさらしている場合ではない。
アデレイドには悪いけれど、別に替え玉がうまくいかなくたってフィーアはそれはそれで構わない。
でも、うまくいかなかった結果、魔女の娘として疎んじられるのは嫌だった。
「大丈夫ですわ」
フィーアの懸念を知ってか知らずか、アデレイドはにこやかに請け負った。
「ホントに?」
なんとなく不安を理解してもらえてない気がしてフィーアが尋ねると「もちろんです」とうなずく。
目的地にたどり着いたのかガタリと馬車が揺れて止まり、扉が開きそうな気配を感じてフィーアは懸念をすべて口にすることができない。
「ええ、何もかもご存知の王妃さまのお茶会ですもの」
「ちょっ!」
なんでもない口調でさらりと告げるアデレイドにフィーアは目を見開いた。瞬間出た叫びを途中で止めたのは思った通りに外から御者が顔を見せたからだ。
(それ、一番私が顔を見せたらまずい相手じゃない!)
事情をどこまで知っているかわからない人間の前で言うに言えないのがもどかしく、フィーアははじめてアデレイドに敵意に似た何かを抱き、おもわずじっと彼女を睨みつけた。
久しぶりの投稿です
これからもスローペースで続く予定です…




