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翌日、フィーアは再び馬車で揺られることとなった。
前回よりも気楽なのは、アデレイドが同行していることだ。でなければ、先日と同様面白くもない思索にふけらなければならなかっただろう。
翌日すぐにも登城すると聞いたフィーアは、昨晩よく眠れなかった。
アデレイドに礼儀作法を習っていた数日は疲れていたのか心地よく眠れたのだが、愛想のない騎士に再会してもやもやとしたものを思い出してしまった。
陛下もじれている、と――。
そう騎士は言った。あまりに端的に過ぎて、何にじれているのかまったくわからない。
国王陛下のご落胤としてこれから豪勢な生活ができるのだ――なんて、フィーアはお気楽に考えられなかった。
まず第一に、フィーアは厭われる魔女の娘だ。
第二に、本物の王女さまの身代わりで城に行くと来ている。
どう考えたって、この先はない。だとすれば、どう前向きに考えようとしても、国王は他国との関係を損ねないためとはいえ、愛娘の代わりに魔女の娘なんかを使わなければならないことに苛立っているのだろう。
一刻も早い登城を求めるのは娘の姿を見たいわけでなく、おそらくは早いうちにフィーアが使えるか使えないか確認したいということだと思われる。
朝方ようやく眠りについて起きた後も、ともするとそんなことが思い出される。あらかじめ最悪の想定をしておくのがこれまで学んだフィーアの処世術だが、うつうつと考えていたいわけではない。
だからアデレイドがにこやかに話をしてくれるのはそれなりにいい気晴らしになった。
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フィーアが滞在していた都の外れにある屋敷から城まで、馬で一時間ほどの距離があった。
屋敷はアデレイドの生家であるルガッタ公爵家の遠縁の先代が奥方の病の療養に建てた代物だったそうだ。今回使用されていなかった屋敷を借りたのだという。
その屋敷から出た馬車は先日の物とは異なり、二頭立てでルガッタ家の物だという紋章が刻まれた作りのいいものだった。
乗り心地はよかったが、身につけているのは朝早くから整えられたドレスだ。ドレスというくくりからすると無難なデザインではあるが、見慣れぬフィーアからすると十分豪勢なものでたっぷりと布地が使われているのになぜか軽く、柔らかな肌触り。
ここしばらくで着慣れてきたとはいえそもそも実用的な形ではない上に、ぎゅうっと腰を締められていて余計に動きにくいように思える。
フィーアの物思いを知ってか、アデレイドの話は世間話に毛が生えたような代物だ。
とはいえ、二人の育ちは違い過ぎていて、フィーアの耳には新鮮な話ばかりだった。
例えば、都での流行りものなんてフィーアは全く知らない。田舎の人間、まして普段森にこもりきりのフィーアには都は遠い世界だったのだ。
魔女の娘に生まれたにもかかわらず魔力もなく、ただ他者にうとまれるだけだったフィーアは、率先して都会の情報に触れようとは思わなかった。狭く限られた世界――住まいのある森のそばの町以外に優しいところをフィーアは知らなかった。
母の仕事について行けばいくらでも触れる機会はあったのだろうけど、幼い頃の記憶が痛すぎて率先してしようと思ったことがない。
話を聞くだけできらびやかで、光があふれているように思える。アデレイドの声は明るくて、なんの憂いもないからだ。
(――アディは幸せな人なのね)
フィーアは明るい話に心の中で影を重ねる。きらびやかなところには、必ず闇があることをフィーアは十分に理解しているつもりだ。
アデレイドの世界は彼女に優しいだろうが、フィーアにまで優しいと考えるのは間違いだ。
真っ正直な彼女の言葉を聞くのはとても楽しいけれど、話半分にしておく方が無難だろう。王女というメッキをかぶっていれば多少はましだろうけども。
だけどフィーアが本当は魔女の娘だと知っている人間が、陰でどうするかはわからない。
その不安は、簡単には拭えそうになかった。




