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「アルトベルンさまがお見えです」
画期的な現状打破の方法が思いつけないまま後ろ向きに考え込む日々に終止符を打ったのは、先触れもなく訪れた来訪者だった。
一番親身になってくれている侍女がにこやかに「お入り頂いてもよろしいでしょうか」と問いかけてくるのを、フィーアは呆然と見つめた。
彼が姿を見せなくなって、果たして幾日経っただろうか。
何の音沙汰もないからやっぱり愛想が尽きたんだろうなあとフィーアの中で結論付いてから、数日が経過している。
「と、突然ね?」
「近頃はお忙しかったようです。何とかお時間をいただけないものかと私どもも手を尽くしていたのですが、なかなかよいお返事がいただけず……。
ですが、ようやく今日になっていいお返事をいただけたのです」
どういうことだろうとぐるりと考えを巡らせて、思い当たった後でフィーアは目をむいた。
「えっと、それは、貴方たちが彼を呼んだ、と。そういうこと、なの?」
恐る恐る問いかけると、侍女たちは迷いもなく一斉に頷いた。
「アルトベルンさまがお越しにならなくなってから、目に見えて姫さまは落ち込まれていましたもの」
違うそれは違う、と言えない自分がフィーアは憎らしかった。
文句を言うこともできず、彼女たちが心配していた方向が予想と違ったなと現実逃避を試みたが、返事を待ち望む侍女たちと外で待つはずのアルトベルンに思い至ってしぶしぶうなずいた。
喜々として場を整える侍女たちには悪いが、彼を呼ぶだなんて余計なお世話なのだと声を大にして言いたかった――もちろんそんなこと言えない。
くつろいでいたフィーアの身支度が手早く整えられ、ほとんど同時にテーブルにはお茶の用意がされる。
あれよという間に招き入れられたアルトベルンが何かを言う前に、さあっと侍女たちは部屋から出ていった。
引き留める暇なんて、まったくなかった。
(そりゃ、いつもは人払いしてたけど! 今日だけはやめて欲しかったというか!)
未練がましく扉を見つめても、彼女たちは帰ってこないだろう。
人見知りの質の王女が、気を許した騎士と過ごすときは人払いすると彼女たちは心得ているのである。こうなると最後、アルトベルンが呼び戻すまで戻っては来ない。
「ご無沙汰しておりました」
往生際悪く彼の様子をうかがうのをフィーアは先延ばしにした。そんな彼女に聞こえたアルトベルンの声は、予想より穏やかだった。
思わずぱっとアルトベルンの顔を見ると、別段怒ったような様子もない。
少なくとも、愛想を尽かした王女に無理矢理呼び出されて気を悪くはしているわけではなさそうに見受けられて、ほうっと息を吐く。
「うん、なんか忙しかったんだって? さっき侍女が言ってた。それなのに、私のせいで無理に呼び出しちゃったみたいでごめんね」
遠慮がちに頭を下げるフィーアに、いいえとアルトベルンは言う。
愛想を尽かされたのではないかという予想に反して、以前と同じような対応に見える。
(でも、本心かどうかまでは読めないからね)
なんて心に防衛線を張りながら、それでもフィーアはほっとした。
「姫さまが気落ちなさっているのであれば、一刻も早く馳せ参じるのが我が務めであったのでしょうが……。その理由が想像できるだけに、少々躊躇っておりました」
フィーアと同じくらい遠慮がちに、アルトベルンは言った。
「そ、そうですか」
「はい」
これは愛想を尽かしてないパターンみたいだと悟って、フィーアは動揺した。
躊躇っていたのは、王宮を去りたいフィーアの心情を思ってのことだろうか。そうであれば、彼は思ったよりもフィーアのことを考えてくれているのだろう。
その好意はありがたいが慰留されるのは困るわけで、世の中はままならない。
「そのご様子では、やはりご意志は変わりませんか」
苦笑したアルトベルンが静かに呟く。
彼は落ち着いた様子で、誰かのように説得したり泣き落としたりしはじめるようには見えなかったので、フィーアは素直に頷いた。
「だって、やっぱり、気が重いもん」
バカみたいに子供っぽい言い方で唇をとがらせてみる。
「自分が王族だなんて知らないまま、ずっと育ってきたんだよ。大勢の人にかしずかれるなんて生活、私には合わない」
「そうですか」
「みんなが何でか、いて欲しいって言ってくれるのが、嫌ってわけじゃないんだよ? どうしてそんなにいて欲しいのかさっぱりわかんないけど」
反論することなくただうなずいてくれる彼に、フィーアは思わず続ける。
「でも、心臓に悪いよ。いつボロが出るのかわかんないし、することはなくて暇だし、ここにいる人で気を許せるのは母さんかアルトくらいだから気が休まらない」
アルトベルンは驚いたように軽く目を見開いた。
「――そのようにおっしゃられますと、陛下をはじめ王族の方々が悲しまれます」
たしなめるような言葉に、フィーアは「だって」と呟くだけで後が続かない。
フィーアの人生で、魔女の娘ということで疎んじられたことは数多い。好意を全く知らないとは言わないけれど、それは限られたごく少数からだけの特別なことだったのだ。
それがここにきて、異母弟やその母親という微妙な関係の相手や、これまで顔を見た記憶のないような父親から好意を向けられても、すんなり受け入れられるわけがないのは仕方ないんじゃないだろうか。
だって、もう独り立ちしてもおかしくないような年齢なのだ――なんて思ってから、フィーアは密かに自嘲した。
(独り立ちできてないから、なんだかんだ言ってずるずるここにいるわけだけど)
確とした信念があれば説得に抵抗できるだろうけど、何をするにせよ魔女の娘というハンデに尻込みしてしまう自分が想像できるフィーアにはそれができないのだ。
「親身になってくれてるのはわかるけど、身に余るというか、その、ね?」
王妃と側室たちとその子供たちの関係が良好だなんて、フィーアの常識の外過ぎて理解が追いつかない。いずれ慣れるにしてもそれはまだ今ではなくて、仮に慣れたとしても自分が王族の枠に収まっておほほなんてやる未来は想像できない。
「……それはそれとして、自分がこのまま王宮でうまくやっていけるなんて思えないよ」
彼が基本的に聞いてくれる体勢をとってくれるのをいいことに、つっかえつっかえながらフィーアは言いたいことをいってしまう。
「アルトには悪いけど、私は王女さまだなんてがらじゃない。このままここにいたら気の休まる時もなくて息が詰まっちゃう」
「私でよければ、気晴らしにおつきあいします」
「でも、アルトは本当は忙しいんでしょ? あの皇太子さまがいたときだけが特別だったんだと思ったけど、違うの?」
「それは……そうですね、あの方の牽制をする必要もありましたので」
フィーアの問いかけを否定することなくアルトベルンは頷いた。
「色々知られてるアルトといればそりゃあ気楽なところはあるけど、四六時中一緒ってわけにはいかないでしょ? 侍女たちは私に親身になってくれるからもうちょっとくらい仲良くなれたら嬉しいけど、お姫さまの中身がこんなだって知られたら幻滅されると思うし」
それに、とフィーアは一息吐いた。
「あれだよ、いくら仲良くなったって完全に素を出すわけにいかないよ。むしろ私、侍女に混じればもうちょっとうまくやっていける気がするんだけどなあ……」
ふとそんな風に思いついて、フィーアはきらりと目を輝かせる。
「母さんに髪の色を元に戻してもらってお仕着せを着たら、そんなに顔も知られていないんだしバレないと思わない?」
「姫さまのご尊顔は絵姿にて広く知られております」
「お仕着せ着たら別物だよ! あとそんな恥ずかしいこと思い出させないでー!」
「たとえ別物でも、王宮で働くにはそれなりの後ろ盾が必要です。姫さまにそれが用意できますか?」
「か、母さんは下女として潜り込んだって」
冷静に告げるアルトベルンに苦し紛れに呟いても、「魔女殿に不可能はほとんどないのではないでしょうか」とにべもない。
「下女は侍女よりは敷居が低いですからね」
「次の公爵のアルトが後ろ盾に、とか」
「たとえご命令であっても従いかねます」
最後まで言う前にアルトベルンはきっぱりと言い切った。
「姫さまが侍女の真似事をなさるなどとんでもない!」
「私これまで、侍女どころかきっと下女のような暮らししてたんだけど」
「これまではこれまで、これからはこれから、です」
結局は引き留めにかかるのかとフィーアは憮然とする。
少しは言い分を聞いてくれただけでましだったけれど、結局は憂鬱な問答が続くだけかと唇を噛む。
「そんな風に押し込められてしたいこともできなかったら、本当に病気になっちゃうよ……」
力なく呟くと、アルトベルンははっとした。
「姫さま……」
何と言っていいのかさすがの彼も思いつかなかったらしく、部屋がしんと静まり返った。
「私、みんなのことが嫌な訳じゃない。戸惑いの方が大きいけど、好意を向けられたら好意を返したいなって思うもん」
しばらく考えて、フィーアはそう切り出した。
「だけど、そのために自分を押し殺す必要って、あるのかな? このまま王宮にいて、私ってどうなるの? 王妃さまは将来まで心配いらないっていうけど、行き遅れの王女なんてお荷物だよ。それより、適度な距離感で時々会うくらいがちょうどいいんじゃないかなあ。アルトはそう思わない?」
首を傾げて見やったアルトベルンは、一理あるとでも思ったのか渋い顔でゆるゆると頷いた。
「姫さまがそう思われるのでしたら、そうなのかもしれません。皆さまが時々で納得してくださるかはまた別の問題でしょうが」
「納得……してくれない、かなあ?」
「難しいのではないでしょうか」
「やっぱり?」
「適度な距離というのがどのようなものかにもよりますが」
「そんなの改めて聞かれても困るなあ」
フィーアは首をひねった。
「一番近い距離は、やっぱり王宮でお仕事することかな」
「おやめください」
さらっと話を蒸し返すと、途端にアルトベルンは眉間にしわを寄せる。
「無難なのは王都内で何かの仕事をすること?」
「――姫さまの絵姿が上下でも広く知られているとご存じの上でそうおっしゃいますか?」
今度ははっきりと嫌な顔になって、アルトベルンは冷えた声を出した。
「本物のお姫さまのお忍びじゃあるまいし、都会に出てきた田舎娘としてきちんと紛れ込めるって!」
慌ててフィーアは言い募ったが、アルトベルンは大げさにため息をもらす。
「貴女は本物の王女なのですよ?」
指摘する声には呆れが混じっていて、フィーアは身をすくめる。
「う、いや、そうなのかもしれないけど、そうじゃなくて」
萎縮してしまえば軽快に口が回るわけもなくうだうだ呟いていると、アルトベルンはそんな彼女にそっと視線を合わせた。
「陛下がそのようなことをお認めくださるとは考えがたいです」
「だろうな、とは思う」
「もう少し現実感の伴う提案であれば、考慮していただけるとは思いますが――」
「ど、どうせ現実感はないわよ! 私は深窓のお姫さまでもないけど、世間慣れしてない田舎娘だからね! 現実感の伴う提案なんてできないわよ!」
冷えた眼差しに射すくめられて、フィーアはいじけて反論する。
「その田舎娘に王女の真似事をずっと続けろって方が本来、無理がある話なのよ。アルトだって、念願の騎士として仕える姫がこんななのって嫌でしょ?」
勢いのままフィーアは言い募り、アルトベルンが動揺したように動きを止めた隙をついて「だからどうにか協力してよ!」と畳みかけようとしたのだが、瞬時に気を取り直したらしい彼が「いいえ」ときっぱり否定したのを見て自分の方が動きを止める。
「え?」
「先日も申し上げましたのに、まだご理解いただけていないとは。私は貴女の騎士なのです。そのことを誇りに思いこそすれ、嫌だなどとは露ほども思っておりません」
「正気?」
「……何故そこで正気を疑われるのでしょう」
「いや、だって」
アルトベルンはふうと息を吐いた。
「フィーアさま――現在の私があるのは、貴女の存在があるからこそなのです」
とうとう本気で呆れられたかと身をすくめたフィーアは、続きを聞いて虚を突かれる。
バカみたいにぽかーんと口を開けてしまった彼女を咎めることもせず、アルトベルン真剣な様子を崩さない。
今度こそ正気か問いただしたくても、一度開いた口は簡単にはふさがりそうにない。
「かつて騎士になりたいと望みを告げた私に、文官家筆頭の当主としての責任があるからそれはならぬと周囲の大人は言いました。それを掬い上げて、自分の騎士にしてあげると仰ったのが、幼き日の姫さまです」
口の端にほのかに笑みを乗せた彼は過去を思い起こしているのだろうとは感じたが、全く記憶のないフィーアはひきつった顔で「そうなんだ」と呟くしかない。
「ええ――子供のおままごとのようなものでしたが、現実を受け入れがたい少年が希望を持つには十分すぎることでした」
それはあまりに優しい声で。
きっとアルトベルンにとってそれがとても大切な思い出なのだということが、フィーアにだってわかった。
「もっともそれから一年ほど経った頃には、現実をほとんど理解しておりましたけれど。それに追い打ちをかけるように急な病で姫さまがいらっしゃらなくなったことは衝撃的な出来事でした」
「そ、そーなんだ」
乾いた声で相づちを打つフィーアに、アルトベルンは何故か満面の笑みを見せる。
最近は表情をよく変える彼にしても珍しいくらいのまばゆい笑みなのに、それが記憶のどこかに引っかかる。
どういうことだと首をひねり、フィーアは思い当たった。
(ああ前に母さんから話を聞いた後で夢に見た男の子が、アルトだったってことか)
姫さまだなんて呼ばれただけの一瞬を切り取っただけのような夢だったけれど……過去本当にあったことだったのかもしれない。
記憶を変に刺激された結果の夢だったのだろう。
「――どうかされましたか?」
考え込むフィーアにアルトベルンは不思議そうに問いかける。
「ううん、なんでもない。アルトがそこまで笑うなんて珍しいなと思って」
夢で見た以上のことを思い出せそうもないのに、少し昔を思い出したようだなんて期待させるようなことなんて言えない。
「そうかもしれませんね。先日まで姫さまの前では冷静沈着な騎士たろうとしていましたから」
「あー、そんなこと言ってたねえ」
しみじみ呟くフィーアにはいとアルトベルンは頷いた。
「――ともあれ。 姫さまが療養で長く王宮からいなくなられたことは大変残念なことではありましたが、それが故に私に専属騎士の道が開けました」
「っていうと?」
「国王陛下唯一の姫君とあらば、常であれば専属騎士の希望者は多いはずなのです。
ですが、姫さまの療養生活は長かった。王宮に戻ってこられるかも、どこで療養されているかもわからない姫さまの騎士になるという猛者はさすがに出なかったのです」
皆無というわけではなかったらしいですがと続けた彼は、
「騎士団としては、優秀な人材を不在の姫さまの専属として遊ばせるのは避けたかったようで、裏ではなにやらあったようですね」
だなんてさらりと告げる。
「まあ、それはそうだよねえ」
森の家にご立派な騎士さまが来ても、アルトベルンがそうだったように浮くだけだ。
「結果として空位になりそうだった専属騎士の枠に、私が滑り込めたわけです。本職の騎士を不在の姫の専属にして遊ばせるよりは、かつておままごとで姫の専属騎士の真似事をしていた私を名目だけ据えたほうがよかろうと。
ご自身が騎士でありたかった陛下のご温情です。騎士を不在の姫さまの部屋に無駄に付けるよりは、文官に騎士の位を与えて日頃は執務に励ませた方が役に立ちますから」
「肩書きが増えるだけ面倒が増えただけなんじゃないの?」
「いえ。たとえ名目だけでも騎士の位を与えられて、私がどれだけの喜びを得たか」
アルトベルンは再び満面の笑みだ。
「――姫さまの存在が、私の幸せなのです」
きりりと美形が笑顔で締める。とてもじゃないがフィーアにそれを正視することはできなくて、若干目をそらしがちに「そーですか」と言うのがせいぜいだった。
「そうであるならば、私はその姫さまの幸せを求めていくべきなのでしょうね……」
不意に転じた口調に、フィーアはちろりとアルトベルンを見た。
笑顔を消した彼は見慣れた真顔だ。
「どういうこと?」
「できるだけ、姫さまが心穏やかに過ごせる方策を考えましょう」
それはこの話の流れから彼が至った結論とは思えなくて、フィーアはもう一度どういうことか尋ねてしまう。
「王家の方々は、皆姫さまのことを考えていらっしゃいます。先ほど私に説明してくださったように、きちんとお話しされれば改善の道も見えるのではないでしょうか」
「うーん……そうかなあ。王妃さまも落としどころを見つけようなんて言ってくれはしたけど、そこから話が進まないってことはいい方法が思いつかないんじゃないかなあ」
きりりとした顔で告げるアルトベルンの声は落ち着いていたが、フィーアは楽観視ができない。
「かといって、私に思いつくのは都か王城のどこかで自活してなんとかするってくらいだもん。それは駄目だって言うんでしょ?」
「当然です。国王陛下の膝元の王都であればよからぬ輩が入り込む余地はあまりないですが――それでも、法の目を逃れ潜む輩は皆無ではないでしょう。姫さまのような若い娘にそんな輩が目を付けないはずはありません」
「……そこできっぱり断言されると怖くなるわ」
フィーアは基本後ろ向きな娘なので、迷いなく言い放たれるとどうしても悪い想像が先走る。
「姫さま大事の国王陛下もお認めくださるとは思えません」
「アルトでさえ反対なら、あのおとーさまが頷くとは思えないね」
悪いことに巻き込まれるのは確実でなくとも、娘ラブな国王陛下が反対するのは確実だ。フィーアはしみじみと頷いて、前途のなさに頭を振る。
「じゃあ、どうすりゃいいっての? みんなを納得させるいい方法なんてある?」
「万人が納得する唯一の回答はないものと考えます。あえて言わせていただくのならば姫さまが王宮にいてくだされば、皆さま納得なさると思いますが」
「それ、駄目じゃん!」
真顔で否定的なことを言うアルトベルンに思わずフィーアは突っ込んだ。
「私がそれには納得できない!」
「そうですねえ」
「アルトってば……そうですねえ、じゃないよ!」
「ですから、万人が納得する結論はないと申し上げました」
「例えが最悪すぎるよ」
フィーアがじっとりと睨みつけてぼやいても、アルトベルンは悪びれない。
「交渉をすれば、どこかで折り合いはつくものと思いますよ」
「どこでどう折り合いがつくのか、さっぱり思いつかないわよ。だって、私の希望とみんなの希望には大きな隔たりがあると思わない?」
「そうですね」
あっさり同意するアルトベルンを見るフィーアの眼差しは益々鋭くなるが、彼が気にするような素振りはない。
「自分の行く末のことなのに、人に口を出されてまともに反論できないのが悔しい」
とうとう彼から目をそらして、フィーアはうめいた。
「少しでも母さんの才能を受け継いでいたら、自分の力でなんとかなりそうなのに」
我が身の才のなさを嘆いたのことは両手の数でも足りないが、今ほど思ったことはない。
国の最高権力者が娘――フィーアを、溺愛して放さないつもりなのだ。嫌になって姿を消したところで捜索の末、あっさり見つけだされそうだ。
希望を見いだすとすれば王女が姿を消すなんて外聞が悪いから、大々的な捜索は行われないであろうということくらいか。だとすれば、万に一つくらいは自由になる余地はありそうである。
ではあるが……、それができないのが後ろ向きなフィーアなのだった。
「ないものを嘆いても仕方がありません」
「正論でどうにかなるならなって欲しいよー」
あーあとため息を漏らして、フィーアは肩をすくめた。