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久しぶりの投稿です。筆が遅いのでなかなか書けません…
フィーアが一通りのことができるようになったと認められたのは、早くもそれから五日後のことだった。
とはいえ、彼女が並外れて優秀だったわけではない。幼き日に上流階級の所作を見憶えていた過去があることと、アデレイドの丁寧な指導のおかげだった。
失礼な理由で呼び寄せられたことに憤慨しつつも、アデレイドがあまりに熱心に教えてくれるものだからつい熱が入ってしまった。記憶の端にその教えの一つが引っ掛かれば、あとはするするとあれこれを思い出せたのだ。
そのことにフィーアは複雑な感情を持った。魔女の娘だから厭われると気付いていなかった過去に実を結ばなかった努力を、まさか誠実とは思えない父親のために思い出してしまうとはと。
「さすがですわ姫さま!」
だがしかし何度固辞してもフィーアを姫さまと呼ぶアデレイドがきらきらした瞳でそう言うと、悪い気はしない。我に返って誰のために頑張っているんだろうと考えると、まだ見ぬ父でも本当の姫――王女のためでもなく、アデレイドのためだという結論になった。
短い付き合いの中で、白々しいと思えるほどの彼女のお世辞めいた言葉はどうやら本気のようだとフィーアは感じた。アデレイドは純真な人で、フィーアは少々気後れするくらい。だからこそ、思わず無駄に努力してしまった。
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ほとんどアデレイドのために重ねた努力を後悔したのは、再び騎士に相見えた時だ。
突き刺さるような視線の中、詰め込んだ上流の所作を維持するのは至難の技。旅の途中に彼が愛想なしだと知ってはいたが、アデレイドを深く知ると兄妹だとは思えないくらい性格が違うようだ。
「まあ、よいでしょう」
フィーアの向こうに誰かを見ているような視線でしぶしぶうなずかれても、まったくすっきりしない。
上っ面に張り付けておいた笑みを捨ててフィーアは騎士を睨み、アデレイドもまた兄に鋭い眼差しを向けた。
「お兄様! もう少し言いようはありませんの!」
「それ以外に言いようがないってことでしょ」
むくれてフィーアは行儀悪く足を組んだ。悲鳴を上げるアデレイドにかまわず、挑戦的に騎士を見上げる。
「まあまあでもいいんなら、いいでしょ? よその国の王子様が来てる間、猫被りで誤魔化せばいいってだけの話なんだから」
魔女の娘を身代わりに立てて無茶なことを考えるとは思うが、それは不可能ではないはずだ。
国王陛下の大事な大事な王女さまは、何せ病弱というお話だ。会うのは身代わりで健康なフィーアでも面会時間など限られるだろうし、ボロが出そうになれば気分が悪くなったふりでもすればいい。
騎士はピクリと片眉をあげ、なおかつ大げさに頭を振った。声は聞こえなかったが「嘆かわしい」とでも言うように口が動いたのでますます気を悪くする。
その気持ちをなだめるようにアデレイドがフィーアに近づいてきて、手を取った。
「本当に……無粋な兄で申し訳ありません」
どうかお許しくださいませと無関係の彼女に謝られて、怒りを持続するのは難しい。フィーアは騎士を見ないようにして、苦笑がちに気持ちを落ち着ける。
だが、怒りが再燃したのはその直後だった。
無粋と妹に断じられた騎士が明らかに嫌々、渋々といった調子で口を開いたからだ。
「では、明日登城する」
本当はそんなことをしたくないのだという内心が透けて見えそうな口ぶりが、心底忌々しい。ふつりと蘇るフィーアの怒りをなだめるようにアデレイドはきゅっと彼女の手を握り締める。
「明日ですか? そんな、急ですわ」
心を代弁してくれるアデレイドに同意して、フィーアはこくこくうなずいた。ふんとばかりに騎士は鼻を鳴らす。
「一刻でも早くと、陛下は仰せだ」
アデレイドはぐっと言葉に詰まり、ついでため息を漏らした。
ためらう視線が一瞬フィーアに向けられる。
「姫さまのお気持ちも考えてくださればよろしいのに」
「陛下もじれておられる。わかるだろう?」
親身にフィーアを案じてくれるアデレイドも、国王陛下に逆らうことはできないらしい。
目の前の騎士にも、まだ見ぬ父親にも素直に従いがたかったが、アデレイドの気持ちのためにフィーアはうなずいた。
「ま、先延ばしにしたって、付け焼き刃が本物になることはないわよ。だったら今日だろうが明日だろうが、もっと先だろうが、いつでも構わないわ」
心の準備はさせてほしかったと内心思いつつ、やけになったフィーアは堂々と言い放った。