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フィーアの言葉に歓声を上げたツァルト王家の末王子は、それからしたたかに姉との二人きりを望んだ。
そしてフィーアが呆然としているうちにすべては整えられた。
アルトベルンは兄王子たちの足止めがてら王太子の見送りに向かうと踵を返し、バートはそれに笑顔で感謝を告げてフィーアの腕を引っ張るようにして部屋に入り込む。
「姉上は、のどは渇いていらっしゃいますか?」
「え? ええと、さっき飲んだばかりだから」
「じゃあ、お茶はいいので少し下がっていてね!」
室内に控えていた侍女に無邪気に告げて二人きりになると、一人前にバートはフィーアをソファまでエスコートしてくれた。
二人掛けのソファに並んで座り込んでえへへと笑う顔に他意はなさそうだったが、あざやかに要望を押し通す辺りに手慣れたものを感じる。
のどは渇いていないはずなのに、フィーアは思わず生唾を飲み込んだ。
「ようやく姉上と二人きりです!」
「うん、そうだね……」
嬉しそうに言われても、なぜそこまで喜色満面なのかフィーアにはさっぱり理解できなかった。
乾いた声でうなずきながら、彼女は弟の様子をじっくりと確認する。
彼の言うとおり、末弟と二人きりというのは初めてのことでどこか落ち着かない。
例外は先日のイアンリードとの対面の時くらいで、いつだって彼ら三兄弟は揃って現れたからだ。そして、少々年の離れている末弟はいつも兄たちの勢いに押されているのか、どちらかといえば口数が少なかった。
この弟は狙ったようなタイミングで妙に鋭いことを言う印象がある、ような気もする。
だからこそ、フィーアはごく自然に二人きりの状況を作り上げたバートが何を言い始めるのか緊張したのだが、彼はにこにこしながらそわそわしている。
言いにくい話をどう切り出すのか考えているように見えるのは穿ちすぎだろうか?
全く面識のなかった出会って間もない姉を、こうまで慕う素振りを見せるのが異常のように思えるのだが――。
フィーアはマイナス思考を振り払うように息を飲んだ。自らそれを指摘して墓穴を掘るのも愚かなように思えて、単純に喜んでいるように見えなくもないバートが何を言い出すのかしばらく待った。
だけど、待てども何も言い出さない彼にじれて、仕方なく口をひらく。
「二人きりで話をしたいんじゃ、なかったの?」
「ええと、たくさんお話ししたいと思ってたんですけど。いざ二人きりだとちょっと緊張しちゃいます。いろいろお話ししたかったんですけど」
「そう……」
照れたようにバートはもじもじする。
フィーアの方は特に彼と二人きりで話したいと考えたようなことはなかったので、もじもじされてしまうと会話はほとんど成り立たなかった。
「えーと。さっき、私と会う時は三人揃ってだとか言ってたけど」
先ほども思った通り会話の糸口はつかめない気がしたが、なんとかひねり出して話を振ってみると、途端にバートは勢いづいた。
「そうなんです! ずるいんです!」
フィーアが驚いて身を引いたのにも気付かずに、バートはそれがいかに理不尽なことなのかを言い募った。
概要をまとめたら、帝王教育で忙しい兄二人に比べて自分は時間があるから、本当ならいくらでもフィーアと過ごせるはずなのに、抜け駆けするなと命じられたのだという。
「なのにこの間、イアンさまとお会いになる時に僕だけ置いてきぼりにしたんですよ!」
「いつも揃っていたからいないのが不思議で尋ねたら、イアンリード殿下の言動が不安だからバートには遠慮してもらったとか何とか言っていたように思うけど」
「イアンさまはいつもあんな風で変わりないと思いますけど」
不満顔で漏らしたバートだったが、ふと何かに気付いたように顔を綻ばす。
「あっ、姉上はあのとき僕のことを気にしてくださったんですね!」
弾む声に嬉しさがにじみ出ていて、深い意味もなく尋ねただなんて本当のことを言えないフィーアはうなずくにとどめる。
そして喜んでいるようにしか見えない様子に、言いにくい話をしたいというわけではなかったのだろうと結論づけた。
突然現れた姉という存在をなぜここまで慕っている様子なのか、相変わらず理解は不能だったけれど。
嬉しそうな様子の末弟をまじまじと見つめたフィーアは、この機会に尋ねてみようと決める。
「喜んでもらえると、私も嬉しいけど」
これは、幼い少年にだからこそ聞きやすいことだ――自分にそう言い聞かせながら、当たり障りのない言葉を間に挟んで。
「でも、不思議なんだけど、どうして貴方たちはそんなに私に会うことを大事にしてるの?」
「えっ?」
「エセルもリックも、忙しいのよね? バートだって、ずうっと遊んでいるわけじゃないでしょう? なのに、わざわざ予定を合わせて私に会いに来る必要はないと思うんだけど。食事の時だって会ったりできるんだし」
それこそ不思議そうな顔で聞き返してくるバートにフィーアは言い募った。
これをエセルやバートがいるときに聞けば、適当な言葉で誤魔化されそうな気がずっとしていた。バートは本人の言うとおり、いつもならば兄達に押されてあまり口を開かないが、口を開けば案外ぽろりと大事なことを漏らしているような気がする。
黙りを決め込んでいるのも間が持たないのだからと思い切って尋ねてみれば、バートは驚いたように目を白黒させた。
「えと、確かに必要はないと思うんですけど」
しばらく返答に悩んだ素振りを見せたものの、答えを見つけたのかバートはあっさりと言い切った。
「僕はいつでも姉上にお会いしたかったですし。でも、兄上達がそれは抜け駆けだと言うんだもの」
「抜け駆け……」
「でも、兄上達の方がずるいですよね! だって、昔姉上が城にいらっしゃった時には、よく一緒に遊んでたんでしょう?」
記憶のないフィーアは、その質問には答えがたい。
だが、異母兄弟とはいえ母親達の関係が良好であれば、そうだったのかも知れない。
「僕はまだ生まれてもいなかったし、姉上とほとんどお話ししたことがないですもん。だからどうしても姉上とたくさんお話ししたくって」
ぼそぼそ続けるバートは本気で言っているようだとフィーアは判断した。
「でも、その、えーっとねえ」
刺激しないように言葉を選びながら、フィーアはおずおずと口を開く。
「わたし……えーと、おねえちゃんからすると、今までろくに会ったことがない姉に何でそんなに懐いてくれるのかが不思議だなあ、と。ああ、そりゃあ嫌われるより好かれているのはとっても嬉しいんだけどね?」
弟の様子をうかがいながら、何とか想定の質問をし終えてフィーアはほっとした。バートは気分を害したような様子もなく、むしろ呆然としている。
「何でと言われても。えっ、なんででしょう?」
「え、理由はないの?」
可愛い顔を難しそうに歪めてバートは首を傾げ、続いた問いかけにコクリとうなずいた。
「うーん。だって、兄上たちがずうっと昔から姉上が大好きだったですもん。だからきっと姉上はすてきな方に違いないと信じていました」
「すてきって――想像するだけで、好意って募るものかしら……?」
「僕にはわかりません。でも僕はお会いしたことはなかったですけど、時々気まぐれにファラ母上が魔法で姉上のお姿を見せてくれることがありました」
「ああ……そういえばそんなようなこと、前に言っていたけど。その姿とやらって――何の飾り気もない森での様子でしょ?」
やっぱりそれで好意を得ることができるとは考えがたい。
森での生活は、今のそれとは全く違う。着るのに手助けが必要なドレスなんて当然着ない。食べるものも自分で料理するし、もちろん掃除だってする。
仕事に長期で出かけることが多い母がいなければ、ほぼ一人暮らし。時々は買い出しに出かけるけれど、家の周りに畑を作って賄うだけでかなりのものが満たされた。人恋しくなって幼なじみと話をするついでに少し買うくらいで十分だった。
その日々を垣間見ても、何も面白くないと思う。
(物珍しかったのかもしれないけど)
フィーアは自嘲したが、別段恵まれた環境にあった弟たちが姉を憐憫するような様子はなかったとすぐに気付く。
そんな様子があったら、毎日揃ってやってくる弟たちの訪問がさぞや気鬱だったに違いない。そうではなかったからこその、戸惑いの日々だった。
バートはしばし考えるように眉間にしわを寄せ、それからむずむずと口をもごもごさせる。
「姉上はとても楽しそうに過ごされていると、僕は思いました」
悩んだ末に口にしたであろう奥歯にものが挟まったような物言いにフィーアは苦笑する。
「気を使わなくっていいよ。別にそう楽しそうでもなかったでしょ」
どんなものかは知らないが、これまでの日々を垣間見られていたのだとしっかり自覚すると、自然と口調が砕けたものになる。
「気なんて使いません!」
「いやいやいやいや、起きて家事したり食べたりして寝るだけの単調さだもん」
「――姉上の作ったお料理が食べたいと僕たちはいつも話していました。畑での収穫に目を輝かせる姉上は可愛いと父上はおっしゃっていたなあ」
否定されたのがイヤだったのか、バートはあれやこれやと言い始める。
料理も畑仕事も、掃除や息抜きのティータイムまで、母が父親や家族に知らせたのは予想通りフィーアの飾り気のない日常の真実であったとその口振りからだいたいの予想はついた。
恵まれた王族暮らしの彼らからすると侘しいであろう日々が、なぜかとてもいいもののように受け容れられているのが不思議でたまらない。
それを口にすると、バートはきょとんとした。
「え、だって、ずうっと前からそうやって過ごされていたのでしょう? ファラ母上が魔女の娘であるならばそんな暮らしは当然だとおっしゃってましたし、とっても楽しそうに見えましたけど……」
「……うん、まあ、楽しいと言えば楽しい、かな?」
首を傾げる弟に、フィーアは消極的に同意してしまう。
少なくとも、あの生活が恋しいと思っているので間違いはないだろう。
(物心ついたときから私がそうして過ごすことが当たり前って思ってる子に、聞いたのが間違いだったのよね)
そして、内心結論づけた。




