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魔女の娘の秘密  作者: みあ
本編
31/53

31

 去り際にアルトベルンが落としていった爆弾は、他国の王太子殿下との面会した記憶を吹き飛ばすくらい衝撃的で、フィーアは気持ちを持ち直すのに苦労していた。


 うーだのあーだの呟きながら室内を歩き回り、時々頭を抱える姿は誰にも見せられない。


「何で今更、ああいうこというのかな!」

 ああいうことというのは「私は姫さまの騎士です」発言のことだ。


 もちろんこれまでそういう設定で彼が近くにいてくれたことをフィーアは知っていた。知っているが、フィーアの秘密を知っているから仕方なしにいてくれるものだと信じて疑っていなかった。


 だってそうでしょう、とフィーアは自問する。

 最初、いかにも彼は嫌々フィーアの相手をしていたはずだ。好意的に思い返そうと思っても、言葉少なに嫌みったらしくしてきた姿しか思い浮かばない。


「それがなに? 衝撃を受けたの浮かれたのって何?」

 苦々しく呟いても、答えを知るアルトベルンはいない。

 だけどどう考えても浮かれてああいう態度になるとは思えない。


 眉間にしわを寄せて「私ってやっぱりマイナス思考なのかしら……」と自問してもやはり答えは変わらない。

「どういうことよ」

 考えても考えても答えは出なくて、まあいいかとフィーアは諦めた。


 嘘でしょうと否定して態度の豹変の裏を読もうと考えたが、アルトベルンにそうするメリットもないと思う。


「それくらいは信用しちゃったのよねー」

 フィーアがそういうものだと受け取っていた態度を翻したのは彼なりの理由があるのだろう。さっぱり意味は分からないし今更だが、無口だろうが饒舌だろうが彼が真面目だという芯はおそらく同じのはずだ。


「だったらもうちょっと前から相づち打つだけじゃない話し相手になってくれたら良かったのに、ホント今更だよね!」

 目的のボーゲンシュットの皇太子殿下と面会を果たし、フィーアの滞在期間は指折り数える程度のはずだ。

 だというのにあるべき騎士の態度とやらを定め直すという考えにいたる思考回路はやはり真面目なのだろう。


「真面目すぎて、仕えるべき主がこんなのだって知ったら、そりゃいじけて嫌みにもなるってもんで」

 フィーアは首を傾げ、

「それでもそれなりに猫かぶりをこなせたから、認めてくれたってことかな」

 眉間にしわを寄せる。愛称呼びを許してくれた辺りから態度の軟化は感じたが、それでもまだ何か引っかかりでもあったのだろう。


 フィーアには真正のお貴族様の思考回路は理解できないので、自分の理解できる範囲で納得するしかない。

「私にとってよりよい騎士ってどんなのだっちゅーの」

 自分でもよくわからないものをあの真面目な人がどう定めるかは興味があるなあと、フィーアはようやく落ち着いた気持ちになった。


 そんなの定めても、本来自分は騎士を必要とする生活してないんだけどね、なんて一人ごちながら。


 *****


 ところが。


 侍女がいないのをいいことにぐうたらとソファに横になっていたら、フィーアの平常心を吹き飛ばすような嵐が現れた。


 急に扉が開くようなことはなかったのでとっさに居住まいは正せたが、ノックの返事もしないうちから扉は開いたので危ういところだった。

「フィーア!」


 飛び込んできた嵐の名は、国王陛下。フィーアの父が、背後におそらくは上司の暴挙を押しとどめようとしたであろうアルトベルンではない騎士と、フィーア付きの侍女を従えている。


「あのう、返事もしないうちから娘の部屋の扉を開けるなんてどうかと思いますけど?」

 やんわりとフィーアが言うと、はっとした顔で国王陛下は扉の向こうに消えた。律儀に最初からやり直す気らしく、ノック音がする。


 フィーアはあきれ果てて扉を見やった。国王陛下はどうして時々礼儀を忘れるのだろう。

 ため息を吐きながら許可を出すと、少しばかりばつの悪そうな顔が再び姿を現す。


「おまえたちは下がれ。誰が来ても取り次ぐなよ」

 背後の騎士や侍女に告げて後ろ手に扉を閉めると、国王陛下は「いや悪かった。悪気はなかったのだが気が逸ってしまった」と口早に謝罪を述べる。


「悪気がなければ許されるものじゃないと思います」

「フィーア……! こ、この父を許してほしい。私にできることなら何でもするから!」


「その名目でドレスや宝石を贈られても困りますのでやめてください。初めてお会いしたときのお詫びもそうでしたよね?」

「あの感動の再会が初めて、だと……」

 ぼそりと呟いた国王陛下は、気を取り直すかのようにフィーアに向き直る。


「ならばなにをすればおまえは喜ぶんだい? この父に教えてほしい。無骨な父には娘が喜ぶものといえばそういうものしか思いつかないんだよ」

 弱々しいそぶりで言われても、フィーアに返せる答えはなかった。


「フィーア?」

「次から気をつけていただけるなら、十分です」

「っく、なんて奥ゆかしい娘だ」

 とっさに何も思いついたのが、そろそろ鍋の修繕が必要だからいっそ新しいのが欲しいなあ程度だったフィーアは、さらっと高額なものを贈ろうとしてくる国王陛下からすると欲がない娘だろう。


 なにやら感動に打ち震える父を見つめるフィーアの眼差しは自然に冷ややかになる。


 フィーアだって一応は年頃の娘だから綺麗なものは嫌いではないが、きらびやかな宝石を身につけるような生活には縁がなかったので持て余すだけだ。


 身につけられるために加工された輝く石だって、大事にしまい込まれるよりは誰かの胸元や指先に飾られた方が幸せに決まっている。魔女の母を持ち若干世間とはずれがあるかも知れないが、フィーアは庶民的な金銭感覚を持っているつもりだ。何年分の食費になるかわからない大振りな宝石を身につけるなんて、そんな恐ろしいこと考えたくはない。


「ところで今日は何でお越しですか? おつきの方は困っていたようですけど」

 執務を放り出してきたんですかと言外に問えば、「休憩時間だ」と堂々と国王陛下はおっしゃる。


「悠長に書面に向き合っているうちに、フィーアがイアン殿の毒牙にかかるかと思うととても落ち着いてなどいられず!」

 そして語るに落ちるような言い訳に、フィーアはなんだか頭が痛くなってきた。


「どれだけ信用がないんですかあの王太子殿下様は……」

 思わずぼそりと呟くと、国王陛下から「だってあのイアン殿だぞ?」と訳の分からない返答が返ってくる。


「相当な浮き名を流してるのかも知れないですけど、だからこそ私なんかに手を出す理由はないと思いますよ? それを見越して、私を呼び寄せたんだって聞きましたけど」

「そりゃあそうだが、でも、実際に愛らしいフィーアの姿を見たらあの女好きがどう出るかと父は気が気ではなかったのだ。うん、もちろん、そう軽々しく行動に起こすような人間ではないのは承知しているんだが」

 続くだってフィーアときたら、で始まる国王陛下のデレデレの誉め言葉をフィーアは何とか平常心で聞き流すことに成功した。


 国王陛下の目は節穴で、長らく会えなかった愛しい娘への愛情を変なふうにこじらせてるよなあと、話を聞いているふりで視線を遠くにやりながら数を数えるのがこつだ。そうですか、ありがとうございます、と合間で相づちを打っていれば適当なところで落ち着くが、「幻想抱きすぎです」と遠回しに否定すると長引くことを経験上理解している。


「私が魅力的だと思ってくれるのはうれしいですけど、全然そんなことなかったですよ。私に会いたいなんていうのは社交辞令の一種で、実際はエセルやバートと交流したかっただけじゃないですか?」

 きりのいいところでやんわりと言うとなにやらぶつぶつ言っていたが、最終的にはフィーアがそういうのならと口をつぐむ。


「あとは、あの王太子殿下が帰るときにでもちらっとお見送りしたらお役ごめんですよね」

「おそらくは。イアン殿が少々押してこられても、できる限りおまえに会わせないように配慮する」


「そう長い滞在じゃないんですよね?」

「予定ではあと五日ほどだな」


「じゃあ、私のボロが出ないうちにいなくなってもらえそうですね」

 いつ果てると知れなかった王宮での日々が指折り数える程度だと知れて、思わず笑顔になってしまう。

 国王陛下はそんな娘の様子に笑み崩れる。


「ボロだなどと、心配せずともおまえはとても可愛い!」

「それは贔屓目ってヤツですよー」

「いや、誰もがフィーアの愛らしさは認めるところだ」

 断言されてフィーアは苦笑するしかない。


「ありがとうございます。それはそれとして毎日ドレスを着ていたら家にいるよりも疲れるような気がするし、いつ付け焼き刃がばれるんじゃないかと気が気じゃなかったから、解放される日が待ち遠しいです」

 否定しても水掛け論になるからと、あと五日くらいなら耐えられそうかななんてフィーアは微笑んでみせる。


 すると、満面に広がっていた笑みを怪訝そうに歪めながら国王陛下は首を傾げた。

「ん?」


「いや、着慣れないドレスを着なくてすむ日が待ち遠しいなと」

「何?」


「綺麗だけど実用的じゃないですよね、ドレスって」

 言葉を重ねれば重ねるほど国王陛下が渋面になっていくのは気のせいだろうか。


 まだ存在に慣れない父親は、立場が立場だけあって気心が知れた範疇にないらしい人目のあるところでは威厳のある国王陛下だ。


 逆に言うと、人目を気にしないでいい場所では常にやに下がっていらっしゃる。片田舎のへんぴな森の中に住んでいたフィーアでさえ、国王陛下が娘を溺愛していることは伝わっていた。それが自分だ、ということに未だ納得は行かないものの、それが事実だと言うことは我が身に染みて理解してしまったフィーアだ。


 その、娘大好きな国王陛下が、人払いのされた室内で娘の前でいやに真面目な表情を作ると、なんだか身構えてしまう。

 盲目に娘を溺愛する父親としての顔ではなく、幾度か垣間見た為政者としての顔つきに見えるからなおさらだ。


「一つ、聞きたいんだが」

 真剣な様子に居住まいを正して、フィーアはこくりと一つ相づちを打つ。


「もしや、おまえは近いうちに、城を去るつもりなの、かな?」

 おそるおそるの問いかけに今度はフィーアの方が怪訝そうな顔になってしまう。


「もちろんそうですけど……えっと、何か問題が?」

「そんな! なな、なぜなんだい? 何か父にいたらない点があっただろうか!」

 ものすごい勢いで国王陛下が身を乗り出してきたので、思わずフィーアは身を引く。だがそれは逆効果で、返って父親が娘にすがりついてくる結果になった。


「ちょ、ちょっと、待ってよー!」

 元は武人だったという人だ。フィーアが腕を突っ張っても拘束から逃れることができない。


 初対面の――国王陛下的には感動の再会以降二度目の抱擁を止めてくれる人もこの場にいなかった。

 背後がソファで逃げ場もろくにないのが災いし、フィーアは為すすべもなく父親の泣き言を耳のそばで聞くことになった。


 心の中で平常心と唱えながら、再び数をかぞえて収まる時を待つ。しかし間近でささやかれると、どうしても内容が耳に残った。


 為政者の顔とは一転して情けない顔になった国王陛下が愛娘にすがりついて支離滅裂におっしゃる内容は、まとめれば簡単なことだった。

 条件を満たしてファランティアとフィーアを呼び寄せたならば、二人はずっと城に居るものだと思っていたというのがそれだ。


 そんなこと、初耳だった。フィーアは何とかして国王陛下を追い返して、母に詳細を尋ねに行こうと心に決めた。


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