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魔女の娘の秘密  作者: みあ
本編
3/53

「わたくし、アデレイドと申します」

 騎士の横に立ち、アディとお呼びくださいねとフィーアに向けてにこやかに続けるのは、若草色のドレスを身に付けたご令嬢だった。


 騎士と出会って、馬車に揺られて二日。たどり着いた都の外れにあるお屋敷で待ち受けていたのが彼女だ。


 身ぎれいな騎士と令嬢の前で、一人華奢な作りの椅子に座っているのはひどく落ち着かない。だけど、馬車の中で面白くない結論にたどり着いたフィーアは、まだ見ぬ父に文句を言ってやるつもりで大人しく騎士に従っていた。着の身着のまま連れ出されたから、家に戻りようがなかったというのもその理由の一つだ。


 フィーアと騎士と、馬車の御者。これまで面識のない三者の旅は、三食しか共にしないために親交が深まるわけもなく、会話が必要以上に少なかった。


 ここにきてようやく少しは話ができそうな女性の登場だ。フィーアは警戒しつつ、自らも名乗った。存じ上げておりますと言葉少なに応じるアデレイドはやはりにこやかで。

 どう見ても親愛の笑みを浮かべているようで戸惑いを覚える。


「ここにはあまり人を呼んでいませんの」

「はあ」

 魔女の娘に愛想のいいご令嬢なんて初めて出会う存在で、フィーアはどうしても警戒心をぬぐえない。なぜなら、かつて出会った貴族たちは、母のいる前ではそれなりに愛想がよい真似をしたが、フィーアが一人きりになると手のひらを返したように意地が悪くなったものだったから。


 騎士がいなくなった途端に彼女が手のひらを返すことだって十分にあり得る。


「わたくしではいたらないところもあるでしょうけれど、どうかお許しくださいね」

 そんなことを言われても、どう答えたらいいのだ。戸惑うフィーアをよそに騎士はそのやり取りに満足げにうなずくと、あとは任せたと言い残して部屋を出て行った。


 何をどう任せたか当然のことながらフィーアにはさっぱり分からない。アデレイドの方といえば、了解したようにうなずいたから何かわかっているのだろうが。


「では姫さま、まずは身を清めましょうか」

「え」

「やはり、兄では女性に対する気遣いが足りませんわね」

 騎士が去っても態度が変わらない女性にも驚いたが、その呼びかけ方にはもっと驚いた。それにも気付かずアデレイドはたたみかけるように言葉を続ける。


「まずは湯を用意しなくてはなりません。あら、でもその前にお茶をいただいてもらった方がよいかしら」

 ぽんと手を打って、アデレイドは部屋の外へ顔をのぞかせて何やら指示をしている。


「手際が悪くて申し訳ございません」

「いや、そんな」

 恐縮するアデレイドにフィーアはぶんぶんと首を降って逆に恐縮する。


 彼女はどこまでも丁寧で、ひとかけらの他意もないように見える。たとえフィーアが国王の血を引いているとしても、それだけで魔女の娘に丁寧に応対できる物とは到底考えられないのだけど。


(よっぽど純真な人で、なおかつ多少は私に悪いって思ってる……ってことかしら?)

 内心首を傾げつつ、フィーアは彼女に少し好感を持った。


******


 まずは運んでもらったお茶を楽しみつつ、二人は他愛もない世間話をして過ごした。


 多少好感を持ったにしろ、すべての警戒を解くにはこれまでの経験が悪すぎた。魔女である母の目が届かないところで貴族たちはたやすく手のひらを返したのだ。フィーアが不必要になれば今は丁寧に応対してくれるこの貴族の娘が態度を急変させる可能性は十分にありうる。


 やがてお茶を運んできた老女が再び姿を見せ、その老女の先導で二人は場所を移動した。

 たどり着いたのは白く煙る風呂場だ。老女が一礼して去り、フィーアはアデレイドと二人残される。


「お手伝い致します」

 張り切って腕まくりをするアデレイドにフィーアはぶんぶんと首を振った。


「いやいや、一人でできるんで!」

「ですけど」

「人の手を借りなきゃできないとかそーゆーお育ちじゃないもんで!」

 アデレイドの身につけているドレスより、フィーアの服はよほど単純にできている。手を借りるなんて逆に難しいくらいだ。馬鹿みたいに両手をあげて服を脱がせてもらうなんてとんでもない。


 できれば一人で入らせて欲しいとフィーアは訴えてみたが、手伝いを申し出るアデレイドは難を示し、なにかあればすぐ手伝える位置に控えておくというところで妥協することになった。


 綺麗なアデレイドの目の前で素肌を晒すなんて恥ずかしくてたまらないが、しぶしぶフィーアは上着に手をかけた。


 ここは庶民の住まいよりは十分広い屋敷だが、人があまりいないというだけあってそうは広くない。なのに風呂場は十分な広さを誇っていた。身分ある人がちょっと気晴らしでお忍びに訪れるような場所なのかもしれない。


 騎士は公爵の血を引いているらしいし、アデレイドはその騎士を兄と呼んだ。そういう身分ある人が、国王の隠し子を連れてくるには似合いのところなのだろう。

 あれこれ考えながら羞恥心を誤魔化し、フィーアは手早く身を清めて湯に身を沈める。


 程よく温かい湯に思わず気の抜けた声が漏れそうになるのをこらえて、伸びをする。湯船はフィーア一人が入るとやや余るほどの大きさだ。もう少し大きい人間──たとえば、あの騎士くらいならばいささか狭いだろう。


 風呂場はたっぷりの空間のほぼ中央に浴槽があり、その脇の片側に洗い場がある。反対側の壁際に戸棚と奥行きの長い腰掛けがあった。


 庶民にはなかなか手が届かない贅沢な空間だ。幸いにしてフィーアの家には風呂があるが、ほぼ浴槽だけの狭い空間だ。狭くても魔法の力で湯を用意できる母がいなければ準備するのが面倒で無用の長物と化すのだから、場所がもったいないくらいだ。母が不在の時は数日おきに大きめのたらいに湯を用意してそれが冷めないうちに手早く湯を浴びるのがせいぜいで、自分のためだけに用意するなんてとんでもない。


 丈夫に出来ているフィーアでも所詮はか弱い娘だ。たくさんの湯を用意するのは重労働だし、たらいに湯を用意するのでさえ大変なこと。それができない時は温かいタオルで体を拭くので精一杯だ。


 母がいる時に魔法で簡単に風呂を張れる贅沢を知っている分、人の手で用意された風呂がさらに贅沢な物だとフィーアには想像できる。

 ちゃぽんと手を水面から出したり入れたりしながら、フィーアは久々のお風呂を満喫した。 


 お風呂だけで十分贅沢なのに、人の手を借りるなんてとんでもないなと思いながらそっとアデレイドを見ると、彼女はフィーアが人手を必要ないと悟ったらしく戸棚から大きなタオルを出してベンチに敷き込んでいた。


 その後でさらに戸棚からあれこれと取り出して、何かを用意している。

 温かい湯の中にいるのに背中に冷たい物が流れたような気がフィーアにはした。気のせいだろうと自分に言い聞かせながらざばりと上がりタオルを要求すると、無事に手にすることが出来る。ほっと息を吐いたが身体から水気を拭いた後は、ベンチに横たわるように強固に主張された。


 もちろんとんでもないとフィーアは固辞したが、気づかぬうちに身につけていた服がどこかにやられ、裸にタオルで逃げ出すわけにいかずついには屈した。


「アデレイドさん」

「はい。アディとお呼びくださいと申し上げましたわ」

 フィーアがため息混じりに「アディさん」と呼びかけ直すと、彼女は「呼び捨てで構わないのですけど」と苦笑した後で何でしょうと首を傾げた。


「何するんです、か?」

 タオルを身体に巻きつけたままの状態で、他人の前で横たわるのは同性相手とはいえ落ち着かない。フィーアの戸惑いなどまったく気にしないらしいアデレイドは笑みを深くして腕まくりをした。


「身体のお手入れですわ!」

 薄々感じていた嫌な予感が現実になる気配にフィーアは絶句して固まってしまう。


 それを良いことにしてアデレイドは先ほど用意してベンチに並べていた瓶を手に取った。

「わたくし施術に関しては素人なのですけど、精一杯させていただきますのでとりあえずは我慢くださいね」


「……我慢できません」

「そうおっしゃらずに。姫様は素材がいいですからわたくしの手でも大丈夫ですわよ〜!」

 フィーアの文句の意味をさらりと取り違え、アデレイドは楽しげに瓶の中身を手に垂らし、フィーアににじり寄った。


******


 アデレイドは美しい見かけのわりに気の置けない人で、フィーアの抵抗をものともせず嬉々として彼女の体を磨き上げた。


 怒涛の経験は恥ずかしすぎてしばらく思い出したくもないが、結果としてフィーアは鏡の中にアデレイドと同じようなドレスを身につけた引きつった笑みの自分を見つけ出した。


 違和感ばかりが大きくてちっとも似合っているとはフィーア自身には思えないのに、アデレイドは満足げだ。

 綺麗な人に「まあ美しい」だなんて言われても、白々しいお世辞としか思えず笑みは引きつったままだ。


「私、これからどーなるの?」

「まずは一通りのことを覚えていただきます」

「ひととおり?」

「ええ、姫様として当たり前の作法や言葉遣い、人の使い方ですね」

「はあ」

 実に勝手な話だと思いつつ、フィーアはやる気なく相槌を打つ。


「そういう態度はよくありませんわ」

 アデレイドは唇を尖らせてから、フィーアに向けて姫さまの心得なるものを説き始めた。

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