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「姫さまは……ご自分の魅力をもう少しご理解なされるとよいかと思われます」
「っはあ?」
なにを言ってるのだこいつはと思わずフィーアはアルトベルンを見つめた。
例のごとく真面目ぶった顔で、冗談を言っているようには見えない。
「えーと、アルト、正気?」
「もちろんです」
打てば響くように返ってきた返答によどみはない。
「姫さまの絵姿は国王陛下に次ぐ人気ですと申し上げませんでしたか?」
「そんなようなことを聞いたような聞いてないような気がするわ」
できればいたたまれなくなるので思い出したくないことだ。歯切れ悪くうなずくフィーアに一つうなずいて見せて、アルトベルンは満足げに口の端をわずかに持ち上げる。
「そのように人気である理由をお考えになったことは?」
「あるわけないじゃない」
そもそもアルトベルンから聞いただけで、自分の目で確認したことじゃないからにわかに信じがたいことだ。いかにも真面目な彼が嘘を言うなんて思えないから事実なのだろうが。
「国王陛下は、中身はアレだけど外見はいいし、よい政をしているから人気なんでしょ?」
ふむと考え込んで、フィーアは口にする。
「王族の絵姿は人気だって言ってたわね? エセルもリックも見目がいいし、バートもかわいいし、同じくらい人気でもおかしくないと思うけど。リックの描いた私の肖像画とやらは華やかだったから、やっぱり男のものよりは見栄えがするから?」
でもそれなら王妃さまのものだって華やかでもおかしくないわよねえ、お美しい方だし。
ぶつぶつ呟いていると、アルトベルンが出来の悪い生徒を見るような目で自分を見ている気がした。
「病弱な深層の姫君という形容が国民の同情を煽っていることは否定できかねますが」
被害妄想にいそしむフィーアに気づく様子もなく、アルトベルンは正解を語る気になったようだ。
「人は同情のみで絵姿を買わないでしょう。王族方の絵姿は広く出回っております。しかし、その値はそうは高くはありませんが、民にとってはけして安くはありません。高貴な方々の絵姿ですので、おいそれと安い紙に写すなどできないのですよ」
「はあ」
「国王陛下の次に姫さまのものが人気なのは、国王陛下の愛し姫と呼ばれる愛らしくもお美しい姫さまのお姿を近くに持ちたいと慕う民の多さの表れです」
フィーアの生返事にもめげた様子もつっこむ気配も見せず、アルトベルンは真顔できっぱりと言い放ち――フィーアはぽかんと口を開けた。
そして。
とうとうとアルトベルンの語りを聞いたフィーアが我に返ったのは、彼が丁重に一礼をして部屋を去り、さらには侍女たちが戻ってきてからだった。
あり得ないことを聞いた気がするので、脳が認識することを拒否したのだろう。
真面目な騎士が冗談の欠片もない懇切丁寧な口ぶりで、いかに我が国の王女が民に愛された存在なのかを語ったのだから当然のことだ。その対象が自分でないのならば軽く流せたのだが、まるで嘘のような形容で装飾されているのがフィーア自身であるのだからたまらない。
「ですから、姫さまにはきちんと自覚を持って行動していただかなければなりません」
思い出したくもないような言葉を続けて最後にそう結ぶと、フィーアがそれをしっかりと聞いているかどうかは問題ではなかったのかアルトベルンは満足げに暇を告げていった。
呆然として反応の薄い主を気遣って、戻ってきた侍女たちは気遣ってくれたがろくな反応ができない。流れるように背にクッションを挟んでもらい膝掛けをかけてもらってから、ようやく礼を言えたくらいだ。
「ゆっくりお休みになって下さい」
「お茶をお入れしましょうか?」
なんとなく膝掛けを両手で掴みながら、フィーアはゆっくりとうなずいた。
「お願いできるかしら」
「はい!」
一人が用意に動くと、もう一人はフィーアの視界のぎりぎりの位置に移動してそこに控える姿勢だ。
フィーアはバレないように顔をうつむけると、そうっと深呼吸した。
(とにかく、病弱の姫さまの虚像が大胆に一人歩きしているから危険ってこと、なのよね?)
自問しても当然答えは出ない。
実物を見ればそんな気も失せるだろうと思うが、実物を知ってもなお真顔でアルトベルンが注意をよこすのだから、嘘くさい姫さま像に女好きの王子さまが目をくらませている危険性が高いのだろう。
(私の言動を見れば気を変えそうだけど、その噂を損なわない程度に振る舞わなきゃならないからそれが問題ってわけか)
だがそれを問題にされてもフィーアには対処のしようがない。
仮によからぬことを思いつかれても問題がないようあらかじめ母に対策をとってもらうのがせいぜいか。
それはそれで気まぐれな母が娘のために動いてくれるかは未知数だ、なんてつらつら考えて。
(そんなに心配することはないと思うんだけどねー)
などとフィーアにしては楽観的に結論づける。
女好きと名高いらしき王太子殿下をみんなして警戒しているようだけど、万に一つも自分がそのお眼鏡にかなうとは思えない。なにせお相手には事欠いてない人らしいから、フィーアごとき歯牙にかけることはないだろう。
そうとはいえ、着飾ったフィーアは確かにそれなりの見栄えがする。気まぐれで食指が動く可能性は完全には否定できない。
だけどその場合でも、王女さま専任騎士を任じられているアルトベルンや、問題の王太子殿下と血のつながりのある弟たちがあれだけ警戒しているのだから何とかなるはずだ。
それになにやら娘に幻想を抱いているらしき国王陛下が良しと言わなければ、そうそう手を出してくるわけにもいくまい。
あらかじめ対策を立ててくれるか不明な母も、きっと考えられる最悪の想定の「いざ」となればさすがに少しは力を貸してくれるに違いない。
それだけの安心材料を積み上げれば、そこまで自分が警戒する必要はないとフィーアは結論づける。
そうして、戻ってきた侍女が差し出してくれたお茶のカップをにわか仕込みの優雅な所作を意識しつつそうっと持ち上げた。