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魔女の娘の秘密  作者: みあ
本編
20/53

20

 慣れない生活は、それからもおおむね平和に過ぎた。

 途中で知らなくていいようなことを知って身もだえしそうになったが、とりあえず忘れることにすればいいことである。


 二番目の弟が絵画を趣味にした原因に自分の存在があるなど、実にどうでもいい情報だ。


 曰く。

「ファラ母上が魔法で姉上のお姿を知らせてくださいましたが、それを直接臣下に見せるわけにはいきません。ですので、見ることのできる僕がお姿をとどめておこうと思ったのです」

 だそうだ。正直意味がさっぱり分からない。


 自分でさえ見慣れない金髪碧眼ドレス姿、その上化粧済みであろうと思われる絵画が王城内の一室にしれっと飾ってあった時には先祖のどこかに似た人物がいたのだと一瞬信じたくらいだ。絵心もなく、美術方面に明るくないフィーアでもうまいのだなあとわかるような一枚。


 仮にも王位継承権二位の王子の趣味にしては巧みだし、趣味にとどめるにはもったいない腕前だそうだが、本人はあくまでも趣味で「将来はもちろん兄を助けて過ごすつもり」だそうだ。


「僕は姉上のお姿を絵に留めることにより、常に見ることができるようになっただけで十分ですので」

 とのことだが、どう考えても理解できない。


 理解はできないが、色気も素っ気もない安い服しか身につけていなかったフィーアをものの見事にお姫様姿で残した手腕が間違いないことだけはわかった。

 そして理解できないのはフィーアだけで、国王やその妻たち、息子たちにはその肖像画がすこぶる好評なのがさらに理解不能なのだった。


 猫を被ったフィーアの正体を全く疑った節もなく親身に侍女たちが世話をしてくれるわけである。それはありがたいが、何とも言えないもやもやを感じる。


「アルトもさあ」

 その理解不能な事実を知った後、例によって侍女を遠ざけだらりとソファに身を凭せ掛けたフィーアは呟いた。


 数日の間に、何とフィーアはアルトベルンを愛称で呼ぶことに成功していた。

 親しくなったのだから名前で呼ぼうと思ったのだが、アルトベルンと呼ぶのはいかにも長すぎる。断られたらそれまでだと思いながら聞いてみると、存外あっさりとうなずいてくれた。


 ダメそうでも言ってみるものだし、真面目で合いそうにないかと思っても親密度を上げる努力をしたかいはあったとフィーアは満足した。

 今後の目標は姫さま呼びを改めてもらうことだが、真面目な彼がそう簡単にうなずくとは思えず現在機会を狙っているところだ。


 それはさておき、呼びかけられたアルトベルンは「何でしょう」と静かに応じた。

「姫さま、お話はお伺いしますが――」

「なに?」

「その前に。お寛ぎなのはわかりますが、もう少し姿勢を正していただけないでしょうか」

 丁寧に懇願しているように見せかけつつ、そうしろと断固として要求している声色だ。


「だって、なんていうの? 気疲れしたんだもんさー」

 文句を言いつつもフィーアは彼に従った。正確には少しというのだから少し身じろぎしてみせた程度だが。

 逆らっても意見は平行線をたどるので、意見を取り入れた振りをしておけば大体彼は満足するということを学習したのだ。


 他の人目がある時に気が抜けないから二人の際は気を使わないとあらかじめ宣言してあるのだから、強くは言えないのだろう。少しのことで平穏に過ぎるなら、従うふりをして見せることくらいたやすいことだ。

 フィーアが素を出すのと同様にアルトベルンも少しは素を見せているのか、本音は不満らしく一瞬ピクリと眉根を寄せたが、案の定何も言わない。


「アルトもあれ見てたの?」

 そしてその不満を封じ込めるように話を続ければ、彼はこくりと首肯した。


「相当数の者が見ているかと」

「うわ、余計な情報がひっついてきた!」

「心外です」

 アルトベルンはすっとフィーアに近づく。


「余計な情報がご希望でしたら、王都の人間なら誰しも姫さまのお姿を知っていると最初からお伝えしております」

 真顔でそっとささやかれたフィーアは思わず叫びそうになった。


 そうならずにすんだのは至近距離でささやいたアルトベルンがそれを予期してフィーアの口を手でふさいだからにすぎない。

「そのような声を上げられると困りますね」

「いや、だって、だったら言わないで欲しかったというか」

「言うつもりはございませんでしたよ?」

 フィーアの驚きが去ったのを見計らって後ろに下がりつつ、アルトベルンはしれっと言い放つ。


「姫さまが余計な情報をご所望のようでしたので」

「欲しいなんて言ってないし!」

 喉元まで「突然接近して人の口ふさいでんじゃないわよ」という文句が出かかったが、口にできたのはそれだけだった。


 そんなことを言ったら、フィーアをまったく年頃の娘だと思ってもいないような言動の男に密かに意識してますとでも宣言するようなものだった。

 努めてなんでもないようには割り切ってふるまってはいるが、フィーアは長く母と二人暮らしをしていたので男への免疫がほとんどないのだ。近くの村に彼ほど整った顔立ちの男はいなかったのだから、余計にである。


「おや、そうでしたか」

「そうよ! でもそんなこと聞いたからにはせっかくだから聞いてあげる。なんでまたそんなことになってんの?」


「王族の絵姿は民には人気ですので、姫さまの肖像の写しも当然出回っております」

「――なんで?」

「理由を尋ねられましても。あえて申し上げるとしたら、我が国の王室は民に慕われているからではないでしょうか」

 反射的なフィーアの問いにアルトベルンは戸惑いがちに応じてきた。


「ふうん。さすが王家のお膝元ってわけかしら」

 肯定するようにアルトベルンはうなずき、にこりと微笑んだ。


「姫さまの絵姿は陛下と人気を二分しているそうですよ」

「……満面の笑みで余計な情報をダメ押しでくれなくてもいいんだけど」

 滅多にないことだけに、それは嫌みかと言いたくなってしまう。


 フィーアが恨めしそうにアルトベルンを見つめると、彼は不思議そうに首をかしげた。

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